② 紫電、鉄塊、風の神
セリアは突如として現れ、自身へと突撃する霊幻と放たれる鉄球の姿に眼を丸くした。
京香も霊幻もPSIに制限はかけていない。
制限していて足止めが務まる相手では無いのだ。
ヒュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
何か音がした。風の音である。
瞬間、霊幻と鉄球が透明な〝何か〟に激突した。
「『!』」
霊幻と鉄球を食い止めたそこが雨粒で姿を現し、透明な〝壁〟が現れる。
――何あれ?
京香の疑問は即座に霊幻によって答えらえた。
「空気の壁だ!」
エアロキネシスによって固めた空気の壁。それが霊幻と鉄球を阻む様に即座に生まれたのだ。
「『アネモイ、上へ!』」
「『わkた』」
ビュオオオオオオオオオオオオ! セリアの命令に強烈なジェット気流が彼女らの体を上へと押し上げた。
「残念! そこにはもう〝網〟を張ってあるわ!」
京香は笑う。既に研究所の入口上方には砂鉄で組み上げた鉄の網を作っている。
「『え!?』」
セリアの声が響く。既に彼女達の体は砂鉄の網の一歩手前まで迫っていた。
「捕まえろ!」
磁場を一気に狭め、京香は網を閉じる。
アネモイとセリアの周囲が砂鉄で包まれ、このまま行けば彼女らの体の柔らかい部分はズタズタに引き裂かれる。
彼女は戦いに慣れていないのだろう。セリアの体は硬直し、アネモイへの指示が遅れた。
しかし、砂鉄の網が彼女達の体を捉える事は無かった。
まるで透明なバリアの様に、空中のセリアとアネモイの体を卵型の空気の壁が包み込み。砂鉄を防いだのだ。
京香の砂鉄の網は空気の卵ごとセリア達を包み込む。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! 直後、空気の卵は砂鉄の網ごと空へと逃げようとする。
「霊幻! 引っ張って!」
「おう!」
京香は砂鉄の網の一部を地面へ伸ばし、それを霊幻が掴んだ。同時にPSI磁場を目一杯使って地面へと卵を引っ張る。
ヒュン! ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!
動き回ることも京香は忘れない。周囲には真空の刃が飛び回っているのだ。
大雨とPSI磁場の感覚で京香は目に見えぬカマイタチを回避する。
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 京香! 力比べでは勝てんぞ!」
「踏ん張って!」
卵を押し上げるエアロキネシスの風圧は京香と霊幻の全力を持ってしても敵わなかった。
ビキビキと砂鉄の網が千切れていく。これが出力AのPSIか、と京香は苦笑いをした。
――そりゃ勝ち目無いわよね。
京香は恭介を、彼が連れたココミが操るアネモイ2の到来を待っていた。
結局、第六課の戦力だけでアネモイに勝てる戦略が思い付かなかった。
風の神に勝つには、風の神をぶつけるしかないのだ。
――恭介には五分は持たせるって言った。けど、無理ね。後三十秒も保てない。
京香はPSI力場の出力を上げる。それと同時に脳が熱を持ち、視界が軽いブラックアウトを引き起こした。
PSIの使用には必ず制限がある。京香が一日に使える時間は休み休みで三十分程度だ。全開ではすぐに限界が来てしまう。
脳の温度が上がって行く感覚。沸騰してしまったらPSIは使えない。そう成ったら勝ち目は無い。
しかし、その時、研究所からアネモイ2と恭介達が現れた。
「清金先輩!」
「任せた!」
「ハハハハハハハハハハハハハ! 行け!」
京香は砂鉄へ掛けていたPSI磁場を消失させ、同時に霊幻が高笑いを上げながら手を離した。
アネモイとセリアを包んでいた空気の卵は急速に上空へと上昇し、アネモイ2と恭介達がそれを追いかける。
先代と今代の風の神達の姿はみるみると小さくなった。
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー!
ビュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
「………………はぁ」
自身の靴へと掛けていたPSI磁場を切り、地面へと足を付け、京香は大きく息を吐いた。
ぎりぎりの戦闘だった。一手間違えていれば首は地面に落ちていただろう。
ハハハハハハハハハ!
「とりあえず、第一段階は成功だな」
霊幻が笑いながら京香へと近寄る。トレードマークたる紫マントの裾は乱雑に切り裂かれていてた。
「そうね。ここからは恭介とホムラとココミに気張ってもらいましょう」
京香は恭介と言う非戦闘員を前線には置きたくない。だが、今のアネモイ2はココミのテレパシーで操っている状態だ。目覚めたばかりのアネモイ2では幾らPSIと記憶をインストールしてあるとはいえアネモイには敵わない。
そのアネモイ2の認識とPSIの補強をココミのテレパシーで行う必要がある。
そうなると、ココミから離れられないホムラはもとより、彼女達の持ち主である恭介もまたアネモイ2の傍にいる必要があった。
京香は雨風でもう見えなくなった二体のアネモイと恭介達を見上げる。
「死なないと良いけど」
「ハハハハハ! 死なないさ!」
霊幻の言葉に根拠はなく、京香は「そうね。信じるしかないか」と返事をした。
どちらにせよ、賽は投げられた。京香には他にするべきことがある。
「霊幻。行くわよ。アタシ達にはまだ仕事が残ってる」
「そうだな! 吾輩達が居なければこの撲滅、完遂する事は出来まい!」




