① プランB
激烈な風圧に恭介の体は浮き上がり、即座に引っくり返った。
「くそ!」
暴風の中、悪態を付きながら眼を見開く。
そして、彼は見た。アネモイを抱いたセリアが部屋を飛び出して行く。
暴風はすぐさま収まり、恭介は立ち上がった。転んだ拍子にずれたフレームレス眼鏡を整え、瞬きをして視界を整える。
部屋の中は無茶苦茶だった。高価な電子機器は全部引っくり返り、人間もキョンシー達も床に転がっていた。
足元でホムラとココミが抱き締め合って倒れていた。幸いどこも損壊はしていない様だ。
「ホムラ、ココミ、立って。プランBだ」
プランA。何事も無くセリアが拘束を受けてくれる場合は既に潰えた。今からできるのは、次点の対応策である。
「……」
「……」
鏡合わせの様に床に転がるホムラとココミへ再度、恭介は命令した。
「二体とも急いで。まだ働いてもらう」
「うるさい。もう十分仕事したでしょ? わたしはココミと一緒にお話してるから、勝手に働いていなさいよ」
「……」
ココミと共に立ち上がったホムラがジロッと恭介を睨む。
これから先の作戦には必ずこの〝二体〟の力が必要なのだ。
「駄目だ。許可できない。ホムラ、ココミ、もう一度言う。手伝え」
「……ちっ」
「……」
舌打ちし、ホムラはそれ以上文句を言わなくなった。
ビターンと床に伸びているマイケルの頬を叩いた後、恭介は部屋の奥へと進む。
そこにはたった今最終インストール作業が済んだばかりのアネモイ2が居た。
その頭からは特殊コンタクトレンズによって可視化されたテレパシーの糸が伸びており、ココミと繋がっている。
小麦色のレインコートを着たアネモイ2は待っていたとばかりに問いを放つ。
『やあ、キョースケ! ココミから伝えられてるよ。ぼくはどうすれば良い?』
『まずは外に出る。足止めをしてくれてる清金先輩達に合流しよう』
研究所の外では、第六課の最高戦力、清金と霊幻がアネモイを待ち構えているはずだ。
清金は〝長くは止められない。五分以内に来い〟と命令している。恭介にとって遥か高みに見える清金の人外的戦闘力は、それでもアネモイに比べれば遥か下の様だ。
『オッケー。さあ、先代に引導を渡しに行こうか』
アネモイ2はニコッと一度笑い、恭介、ホムラ、ココミの体がフワッと浮き上がった。
『行くよ』
号令の元、横殴りのジェット気流が一人と三体の体を部屋から押し出し、恭介達はアネモイを追った。
***
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー!
ビュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!
立っているのもやっとな雨風の中、京香は霊幻とモルグ島の研究所の前で立っていた。
既に額には蘇生符が貼られている。周囲には八個の鉄球が浮き、右手でトレーシーを持っている。
左腕は未だ硬くギブスされ、体近くで拘束されていた。ズキズキと破れ砕けた肘の辺りで痛みと熱がある。
本来ならベッドで安静にしていなくてはならない状態。そんな中、京香はアクティブマグネットを起動して、戦闘準備を完了している。
これは恭介が持って来た情報を元に第六課で立てた作戦だ。
三日前。恭介は〝セリア・マリエーヌが裏切り者で、アネモイを連れてヨーロッパから逃げようとしている〟と言う情報を持って来た。
この情報は直ちにシカバネ町のハカモリとフランスのモルグ島上層部で共有された。そして上層部での話し合いの元、次世代アネモイへのPSI最終インストール作業後、セリア・マリエーヌの拘束が決定した。
そんな中、第六課で立てた作戦はプランAとプランBに分けられる。
プランAはセリアが拘束に応じ、何事も無く作業が終了する場合の作戦。京香と霊幻は研究所に入り、アネモイとココミの護衛に当たる。
プランBはセリアが拘束に応じず、研究所内で捕まえられなかった場合の作戦。ほぼ間違いなくアネモイを手中に収めているセリアは研究所から出て来るだろう。京香と霊幻の役目は足止めだ。
――できれば、何事も無く終わって欲しいわ。
わざわざ戦闘したい訳では無い。だが、京香の直感がきっと戦闘に成ると言っていた。
「京香、来るぞ」
研究所を見つめる霊幻が京香に行った。どうやらプランBに成った様だ。
「分かってる」
トーキンver5の電源は入れたままだ。
二重に聞こえる声を感じながら、京香はトレーシーを研究所の入口へと向ける。
銃口を中心として、京香の周囲に浮いていた八個の鉄球がクルクルと周回軌道を描いた。
「浮いておけ。感電死するぞ」
「了解」
鉄製の安全靴と地面との間に磁場を生み、京香は地面から高さ五十センチ程度浮遊する。
バチバチバチバチ!
霊幻の体が紫電に包まれた。紫電は土砂降りの雨で濡れた地面へと散乱され、バチッと周囲へ音を立てる。
クルクルクルクル。
鉄球と号令を放つタイミングを京香は見計らった。
そして、それは直ぐに来た。
「行け!」
「ああ!」
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!
紫電を纏い、稲妻と化した霊幻が研究所へと突撃する。そして、京香の右腕から鉄球が四つ磁力によって放たれた。
それと同時に研究所の扉が内部からの風圧を受けた様に吹き飛び、そこからアネモイとそれを抱えたセリアが飛び出した。
「撲滅だああああああああああああああああああああああああああああああ!」




