第六章 野分前夜(八)
「―――ところで、主上の御容態はどうなんですか」
三守の問い掛けに、冬嗣は少し居ずまいを正す。
「病状は少し落ち着いてこられた。だからわたしにも休養をお命じになったんだと思うが」
「その判断は正しいよ。少しは休まないと、共倒れになる」
「……そうですね」
「お目通りは、まだ許されませんか」
「誰も近づけるなとの仰せだからね―――」
「主上も、難しいお立場だからなあ」
安世はため息をつく。
「太上帝も、もう少し気を回して下さるといいのに」
呟いてから、思い直す。
いや、あの人なりに気を回してるつもりなんだよな。
そのあたりが厄介なことこの上ない。
「太上帝に、口出しを控えて下さるように申し上げることは出来ないものなんですか」
三守は不満気な表情で言った。宮中でもそう思う者は多い。だが、異母弟である安世や、ある程度直接的な接触をもっている冬嗣からすると、
「……それで聞くような方ならね」
とため息をつくほかない。代表して、安世が言った。
「あの方が癇癪をおこすと、それはもう手がつけられないんだよ」
「……お噂は、耳にしていますが」
仮にも前の帝であられる方が、と、三守にしてみれば納得いかないような気がする。
「口出しにしろ、あの方にしてみればあくまでもあの方なりのお思いやりなんだからね。それを控えろなんて言うと……」
台詞まで判るような気がした。
なんだと、仮にも太上帝であるこのおれが神野の為を思って言ってるというのに、口出しするなとは何事だっ! ―――とかなんとか。
悪い人じゃないが、実に困った人だな。
と、安世などは思う。
「主上は、そのことを考えておられるのでしょうか」
「―――だと思うよ。今一番早急に解決しなければならないことだからね」
「円満に解決する方法があるのかどうか……」
三守の問いに、冬嗣は眉間に皺を寄せる。
「難しいね」
安世も少し厳しい表情をした、
「―――一度は、ぶつかるよ。ここまできたら、いかに上手にぶつかるかっていう問題だと思うな。正直言って」
「わたしも同意見だ。出来るだけ、双方共に傷が少ないぶつかり方を探らなければね。―――それも、出来るだけ早いうちに」
最後の言葉は、ほとんどひとりごとのようだった。
だが、安世にはその切迫した響きが判った。
早良親王や、伊予親王の事件のような悲劇を再び繰り返したくはない。このまま緊張状態が続くようだと、いつどこかが暴走して、血の粛清が始まらないとも限らないのだ。力に訴えてでも、今の状態を解消しようと考える者は、決してそれほど少数ではない筈だ。
いや、少数ではないどころか、もし一部が走り出したら、朝廷の大多数が同調することもあり得る。
万が一にも、太上帝が「粛清」されるようなことになったら―――
神野は、一体どうするのだろうか。
「結局わたしたちは、待っている他にないんですね。―――主上がお心を決められるのを」
沈痛な面持ちで、三守が言った。苦い声だった。安世は頷く。
「そう……主上が、お一人で決断しなければならないことだとぼくも思うよ。待ちたいと思う」
少なくとも、ぼくは―――という言葉を、安世は飲み込んだ。
冬嗣は黙ったまま、そんな二人をじっと見つめている。
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