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8)

 ……男の人の運転する姿って、どうしてこうも格好よく見えるんだろう?


 隣で、なんだかとても楽しげに運転する元宮君の整った横顔が、ハンドルを握るその大きな手が、すごく格好よく思えて、胸がドキドキしてしまう。


 そういえば、兄さん達が運転しているのを見るのも好きだったな、昔から。


 私には年の離れた兄が2人いて、車に乗れるようになったと同時に、彼らはよく私を遠くへ連れ出してくれた。


 普段から、格好いいところだけは自慢の兄達が、運転してる時には3割増くらいに格好よく見えたっけ……。


「ん?……あれ?」


 変なことを思い出しながら、ぼぉっと外の景色を見ていたら、いつのまにかうちへ帰るコースから外れている事に気づいた。


「元宮君?」


 不思議に思って隣の元宮君へ問いかけると、彼はチラッとこっちを見てから、ニコッと笑った。


「先生が少しドライブがしたいって言ってたから……。ダメでした?」


「え……いや、ダメじゃないけど……」


 ドライブがしたいと言ったのは、運転の練習を兼ねてという意味だったんだけど、元宮君には伝わってなかったのか。


 まぁ、でも、たまにはこの子(愛車)も走りたいだろうし、私もドライブは好きだし……。


 後ろに荷物を積んだまま、というのが気にならないでもないけど。


「それにしても……。本当に、これだけの荷物でいいのか?」


 積みこんだ荷物に目を走らせながら、まだ使える家電や食器などを置いてきた彼に問い掛ける。


「はい。冷蔵庫はどうしたって積めないですし、電子レンジとかはもともともらい物だったので。俺は先生のところにお邪魔してるから困らないけど、あいつはすぐにでも使える家電があれば喜ぶと思うし。着る物と本があればそれで十分ですから、俺は」


 にこやかに答える元宮君に、後ろに積まれた大量の本と衣類を見て、友達思いなんだなぁと感心する。


「本当に災難だったな」


「まぁ……。あれだけ格安のアパートはもうないでしょうし、それを考えるとこれからきついなぁとは思いますけどね」


「貧乏学生だものな」


「えぇ……まぁ……」


 何気なく言った言葉に返ってきた返事が、妙に歯切れが悪くて、首をひねる。


「?」


「……俺、本当は、金がないわけじゃないんですよ」


 しばらく考え込むようにしていた彼が言ったその言葉に、驚く。


「え?だって、貧乏だって……」


 そう言っていたのに、と戸惑う私に、チラッと向けられた視線が、一瞬だけフッと緩む。


 でも、その後、前を向いた彼の横顔は、真剣そのものだった。


「元宮君……?」


「使いたくないんです、その金。…………親が死んだ時にもらった保険金だから」


「あ……」


 なんと言っていいのかわからずにいたら、一瞬だけ優しい笑みを浮かべて、元宮君が、自分のことを話してくれた。


「俺の親、二人とも先生と同じで教師だったんです。だから、というか、子供の頃は結構厳しく躾られてて……。で、それに対して不満に思っていた俺としては、ありがちにも高校生の時、グレたんです」


 元宮君が…?なんだか、想像がつかない。


「反抗しまくりましたよ、もう。学校は、出席日数ぎりぎりだったし、夜は遊び歩くし……。彼らの愛情を知らなかったわけじゃないんです。たまに帰れば親父に殴られました。母さんには泣かれました。それでも、二人の愛情を見て見ぬふりして。そんな自分は本当にバカだったって気づいたのは……一人になってからでした」


「…………!」


「……卑怯ですよ、死ぬのは。やっとバカだったって気づいても、死なれたら謝ることもできないじゃないですか。あの人達にとって、最後まで俺はバカな息子で、もう撤回させてもらえないなんて、ずるいと思いました。財産をもらっても、保険金をもらっても、そんなものはいらないから、二人を返してくれ、って、謝らせてくれって……」


 そこで、いったん言葉を切った元宮君が、ふぅっと細く息を吐きだす。


「でも、どうしたってそれはもう叶わないから、だから俺、自分も教師を目指してみることにしたんです。親が生きてる時は、教師なんてくそくらえって思ってたのに。あの人達と同じ教師になったら、少しは近づけるかなって、理解できるかなって思って。ついでに俺のことも許してくれるんじゃないかなっていう、期待というか願望もあったり。だから、あの金は、俺が教師として一人前になったって思えるまで、絶対に手をつけないって決めてるんです」


 そして元宮君は、『だから、貧乏ですよ』と笑った。


 ……元宮君が、本気で教師を目指していることは知っていた。でも、その裏にこんな事情があったなんて知らなかった。


 まっすぐ前を見たまま、淡々と話した彼の態度に、もう、胸が痛くて、痛くて……たまらなかった。


 私は、何も言ってあげることができずに、ただ、堪え切れなくて、うつむいた。





「あ、先生。つきましたよ!ここって、結構きれいなんで一度先生と来たか……って……えぇ!?」


 どれくらい時間が経ったのか、ずっと物思いにふけるように静かに運転していた元宮君が、車を止めて、明るくこちらを振り向いて……目を丸くして叫んだ。


「先生!?……ちょっ、なんで泣いてるのっ!?」


 とめどなく溢れてくる涙をもてあまして、ぼろぼろぼろぼろと落ちてくるそれを、ただ手の平で受け止めていた私を、シートベルトを外した元宮君が覗きこむ。


「だ、だって……元宮くん、痛くて……。平気、そうに……してるけど……声、震えていたし……。つらかった……だろうな…って……。でも……がんばった、んだなって……うぅ……」


 ズビズビと鼻をすすっていたら、涙で濡れた頬を、元宮君が自分の羽織っているシャツでぬぐっていく。


「だからって、先生が泣かなくても……」


 苦笑気味につぶやかれた言葉に、泣かせたのは君じゃないか!という理不尽な怒りが沸いてくる。


「し……仕方……ないだろう!私は……こうみえて、涙腺が……ゆるいんだっ……。あんな話を……聞かせた……君が、悪いっ……」


 涙のせいでしゃくりあげながら言う言葉は、弱々しくて、怒りは伝わらなかったかもしれない。


 案の定、元宮君はクスクスと笑っているし……。


「先生に、聞いて欲しかったんだ。……俺の全てを知って、好きになって欲しいから」


「うぅ……」


 そんな、殺し文句を、今言わないで欲しい。


 涙は止まらないうえに、顔まで熱くなってきて、なにがなんだか……。


 とうとう密室でのその空気に耐え切れなくなって、私は、車から外へ抜け出した。



「……う、わぁ……」


 外へと避難した私を待っていたのは、まばゆい光達だった。なんとなく、山を登っている感じはしていたけど……。


 目の前に広がる夜景に、思わず声が漏れる。


「気に入ってもらえた?」


 平日で、しかも穴場らしいこの場所には私達しかいない。


 目の前の柵へつかまって、下を眺めながら、隣に並んだ元宮君が問いかけることにコクコクとうなずいた。


「すっごくきれいだ!知らなかった、こんな場所があるなんて……」


 感動して隣へ視線を動かすと、暗がりの中、すごく優しい顔をした元宮君と目が合って、胸がドキッと鳴った。


 こんな風に男の人と並んで夜景をみるなんて、初めての体験だった。


 夜景を見るのは好きだから、友人にお勧めの場所へ連れて行ってもらったことはある。でも、今まで恋人と呼んだ存在に連れてきてもらったことはなかったから……。


「よかった。……涙も止まったみたいだし」


 そう言われれば、と瞬きをすると、目に残っていた涙がポロッと零れ落ちた。


 それを拭こうとあげた手を元宮君につかまれて、かわりにまた彼のシャツの袖で優しく拭われる。


 その動作に、カァッと顔に血が上った。


「あああ、あの……」


「ん?」


 なんだか、今更ながら、ひどく恥ずかしくなって、胸のドキドキが止まらなくて。つかまれた手を離そうとしたら、逆にギュッと強くつながれてしまう。


 驚いて元宮君を見つめると、彼がニッコリと微笑んだ。


「先生の手、すごく冷たいから。本当は抱きしめたいけど、これで我慢」


 そう言って元宮君が、つないだ手を軽く上げてみせる。


 だ、だ、抱きしめたいって……!


 彼のそんなストレートな言い方に、また胸の鼓動が早くなって、それが手から伝わってしまいそうで、怖い。


 ……けれど、彼の、私よりも大きな手のぬくもりがとても心地よくて。


「…………」


 心の中でエイッと気合を入れながら、それを軽く握り返して、ごまかすように夜景に視線を移すと、隣からうれしそうな笑い声が聞こえた。


 なんか、恥ずかしい……。


 4つも年下なのに、急にそれを感じなくなった気がして、戸惑う。


 それで、気づいた。


「あれ?敬語……」


 ご両親の話を聞いたところまでは敬語だったと思うのに、なぜかそれが変わっている。


「あ〜、まぁ、あれだけかわいいところを見せられたら……ね?」


 また聞かされたかわいいという言葉に、心臓がはねた。


「ちゃんと学校では気をつけますから。ダメですか?」


「あ……」


 再び使われた敬語は、私と元宮君の間に、一枚の壁を作ってしまったようで、寂しく感じてしまう。


「べ、別に、いい……」


 自分の感情に困惑しながらも、そう伝えると、元宮君は満足そうに笑みを浮かべる。


「じゃあ、ついでに。……暁さんって呼んでもいい?」


 ついでって……。


「それは……先生と呼ばれるより、そっちの方がいい」


 少し恥ずかしいけれど、自宅でくつろいでいる時に先生と呼ばれることに抵抗があったのも事実で……。


 そう言ったら、元宮君がニコニコと笑う。そして、今度は自分のことをちょんちょんと指差す。


「?」


 何のことかわからずに首をひねった私に、元宮君が言った。


「俺のことは?」


 そして、そう言われて初めて、自分のことも名前で呼んでほしいと言っているのだと気づく。


「えぇ!?」


「俺の名前、覚えてる?」


 それは、もちろん……。


「……幸紀、くん」


 小さく呟くと、元宮く……幸紀君は、すごくうれしそうに笑った。


 ただ名前を呼んだだけなのに、胸のドキドキがさらに早くなった気がして……。


「うん。……泣いてくれて、ありがとう。暁さん」


 そう言われた時。


 繋がれた手を、少しだけ強く握り締めた。

 

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