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私は、私立藤花学園という、そこそこの進学校で、高校生相手に国語を教えている。
6月を迎え、今年も初々しい教育実習生たちがやってきたのは、6日前の月曜日のことだった。
今年は、私も初めて一人担当することになっていて、緊張半分うれしさ半分という気持ちで彼らを迎えた。
「元宮幸紀です。短い期間ですが、よろしくお願いします」
おろしたて感ただようスーツに身をまとった実習生たちが次々と挨拶をしていく中で、一番私の目を引いたのは、スーツに着られているような、童顔の彼だった。
メガネをかけているので、多少は大人っぽく見えているものの、それでもうちの学校の制服を着れば、間違いなく学生にまぎれてしまうだろう、美少年(青年だけれど)に、私は目を奪われてしまった。
か、かわいいっ……!
……実は私、大のかわいい物好き。
そりゃあもう、ぬいぐるみから何から、かわいい物が、愛くるしい物が、大大大だいっ好き!なんだ!!
それでもって、目の前で少し緊張しつつもしっかりと挨拶をしている元宮幸紀君は、そんな私が、ぎゅう〜ってしたくなるほど、めちゃくちゃかわいかった。
実習生たちは、教頭先生からの注意事項を真剣に聞いていたけれど、私はそんなものそっちのけで、そのかわいい顔をこっそりと見つめていた。
あぁ〜、顔小さいなぁ。目大きいし、髪もふわふわ〜……触ってみたいなぁ〜。
「――では、元宮君は筑茂先生、井上君は各務先生、お願いします」
「はい」
うおぉ〜っ、なんってラッキー!!
二週間だけとはいえ、あのかわいい顔を毎日近くで拝めるなんて!
顔には出さず、心の中でだけガッツポーズをする。
「では、連絡事項は以上。せっかくの実習です。幸いにも我が学園には個性的……ではありますが、優秀な先生方が揃っておられる。彼らや生徒達から数多くのことを学び、ぜひ教師になりたいという意欲をかきたてられて下さいね」
「はい!」
教頭先生のにこやかな笑顔につられるように、緊張していた実習生達が笑顔で答えた。
私は、この教頭先生を、教師としてとても尊敬しているんだけれども……個性的、というところで目が合ってしまったのは、どういうことでしょう、教頭?
まぁ、それはともかく、私はウキウキした気持ちを隠しつつも、元宮君の前へ立って、友好的に見えるように軽く笑みを浮かべてから、右手を差し出した。
「1年5組の担任で、現代国語担当の、筑茂です。よろしく」
「あ……元宮です!こちらこそ、よろしくお願いします!」
握手を求められたことに戸惑った様子の元宮君だったけれど、少し頬を染めてそれに応えてくれた。
身長は165cmぐらいだろうか?視線の高さがヒールを履いた私と変わらないし。色も白いし、肌もきれい。全体的に色素が薄いのか、髪も瞳の色も茶色がかっていて……。
ああ……近くで見れば見るほど、持って帰りたいくらい、かわいい……。
「あきちんってば、ヨダレたれそう」
「ぅわっ!」
いきなり耳元で囁かれて(しかも息まで吹きかけられて)、思わずのけぞる。
その様子を楽しげにクスクスと笑っているのは、私の同僚兼親友(悪友?)で、私がかわいい物フリークであることを知っている数少ない人間の一人、各務麻由だ。
「麻由……。耳はやめろと言っているだろう?」
こそばゆい耳を押さえて睨む私を、背の低い麻由が小悪魔のような笑みを浮かべて上目遣いに見上げる。
「あら、ごめ〜ん。そういえば、暁は耳が弱かったっけ?」
「おい……」
他の実習生は、古株の先生達と談笑していて聞こえていないだろうけど、目の前の元宮君にはしっかりばっちり聞かれたぞ?
おかげで彼は、どう反応すべきかわからず、頬を染めて、曖昧な笑みを浮かべていた。
まったく、こいつは……。
麻由は、私より年は1つ下だけれど、新卒でこの学園に入っているため、2年前からここで働き始めた私よりここでの教師生活は1年長い先輩だ。
そして、かわいい物好きの私にはたまらないくらい、麻由はかわいい。肩までのふわふわウェーブがよく似合う、お人形のような人だ。
ただし。
……口を開かなければ。
「あたし、英語担当で1−6担任の各務。そこの個性派教師代表の筑茂先生とは、隣の教室だし、合同授業は5組と同じになるから、絡むこと多いと思うわ。よろしくね?」
にっこりと、男が見とれずにはいられないとびきりのかわいい笑顔で元宮君と挨拶を交わす麻由。
「……こら、なんで私が個性派代表なんだ?」
「え〜、だって、教頭先生がばっちり暁のことを見て言ってたじゃない?」
「…………」
麻由の指摘に、やっぱりあれは、偶然目があったわけじゃなかったらしいと、少し落ち込む。
確かに、私は身長も高い方で、立ち居振る舞いも男らしいと言われるし、ハスキーボイスの上にこの話し方。せめてもと髪だけは肩過ぎまで伸ばしてはいるものの、男性より女性にもてるし、実際、小柄な麻由と並んで歩くとそっちの方の恋人同士に見られたこともあるほど。
まぁ、男に間違われることがないだけ、マシかもしれないけれど……。
「それにしても元宮君って、かわいいね〜。名前もゆきくんっていうのよね?なんか、暁とは正反対な感じね」
麻由のあけすけな態度に元宮君は苦笑いしている。
普通、男性が、かわいいなんて言われても嬉しくないだろうけど、麻由が言うと嫌味に聞こえないのが、彼女のすごいところだと思う。
「筑茂先生は、暁さんっておっしゃるんですね。素敵なお名前ですね」
元宮君がかわいい笑顔でにっこりと笑いかけてくれた。
その笑顔にこっちもつられてしまう。
「ありがとう。名前の通り男らしく育ってしまったし、どうやらかなり個性的らしいから戸惑うこともあるかもしれないけれど……。私もがんばって、元宮君には納得のいく2週間を過ごして欲しいと思っているから」
「はい。僕もたくさん先生から吸収できるようがんばりますので、よろしくご指導お願いします」
元宮君は、まぶしいくらいの笑顔でそう言ってお辞儀をした。
……とまぁ、元宮君と私の関係はそこから始まったわけだけれど。
元宮君が、卒業生組ではないこととか(地元が遠いので大学に近いうちの学校を選んだらしい)、大学に入る時に1浪していて22歳だとか、彼のプライベートもいくらか教えてもらったけれども、それもただの担当教師と実習生の間にかわされる、ごく普通の情報だと思う。
……確かに、元宮君を持って帰りたいくらいかわいいとは思った。思ったけれども!それは、あくまで飾って眺めていたい的な感情であって、こういう関係になりたかったとかでは決してなかったはず!?
「あ、あの……。おはよう、ゴザイマス……」
私の叫び声で目を覚ましてしまった元宮君が、ベッドにちょこんと正座して、照れたように頬を染めて言う。
メガネのない顔は、いつもより幼く見えて、さらにかわいらしい。
……でも、どう考えてもそんなことを言っている場合じゃないな、今は。元宮君だって、私だって……素っ裸だし。
やばい、本格的に頭が痛くなってきた……。
「…………」
「えっと……先生?」
固まっている私の顔を、元宮君が覗き込む。
「は、はい……」
思わず返事した声は、格好悪いくらいに上ずってしまった。
「……覚えてませんか?昨日のこと」
「あぁ〜…………」
まったく見ず知らずの遊び人相手になら通じるごまかしも、見知った顔には通じないだろう。
言葉を続けられずに、うなった私に、元宮君がポリポリと頭をかく。
「やっぱり。もしかしたら、とは思ってたんですけど……」
「ごめん……」
謝る私に、元宮君が慌てたように手を振った。
「いや、先生が謝ることじゃないでしょっ!っていうか、先生が覚えてないかもっていう気がしながらも自分を止められなかった俺に責任があると思うしっ!……だから、すみませんでした!」
元宮君が慌てて謝る中、私は“元宮君って自分のことを普段は俺っていうんだな”とか、全然関係ないことを考えていた。
だって、なんか、本当に頭が痛くなってきて……。
あぁ、やばい……。
「あの、先生?ひどく顔色が……」
「ん……。頭、割れそう、かも……」
それだけ言って、私はズルズルとベッドへ沈む。
「うわ!ちょっ、先生、大丈夫!?」
「も、だめ……」
それだけ言うと、頭が本当に割れそうなほど痛くて、私は何も考えられなくなった。
教育実習の経験がないので、変なことを書いていたらすみません。