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番外編「Ever After」(前)


2人の、その後のお話です。

今回は、幸紀視点で、前後編に分けてお送り致します。



※注意※


『恋愛事情2〜麻由の場合〜』のネタバレを含みますので、『麻由の場合』読了後をおすすめ致します。


 ‘かわいい’なんて、ほめ言葉じゃないと思ってた。






「本当に俺たちが行ってもいいの?千寿ちずさんのパーティー……」


 慣れないタキシードに身を包んで自室から出てくると、白いドレスを纏った麻由さんが、俺を上から下まで眺めて、かわいらしい笑顔でもってニコッと笑った。


 白いドレスとパーティー用の化粧をした麻由さんは、いつも以上に男を惑わすフェロモンを放出しまくってるけど……。


「うん。似合ってるよ〜、ゆっきー。七五三みたいで」


 ……絶対、言うと思った。


 それじゃなくても童顔の俺が、タキシードなんてもの似合うわけないのは、自分がよくわかってるよ、ちくしょう。


 それでも、髪を後ろに撫で付けて、メガネもかけて、なんとか成人に見えるかなってくらいには努力したんだけど(23歳には見えないとしても、だ)


「冗談だってば。そんなにへこまないの。かわいい、かわいい」


「麻由さん……。余計にへこむんだけど」


「あは。わかって言ってるもん」


 ……それって、どうなの。


「なによぉ。暁に『かわいい』って言われたら、うれしそうな顔するくせに」


 麻由さんがダイニングテーブルに頬杖をついて膨れる。


 あのねぇ……。


「暁さんは特別だから、あったり前でしょ」


 俺の大切な大切な恋人なんだから。


「まっ!言ってくれちゃって。少しくらい照れたらどう?」


 麻由さんがつまらなそうに言って、イスから立ちあがる。


「で?その暁は、まだなわけ?」


「そういえば、遅いね」


 チラリと時計を見れば、迎えが来る時間が迫ってる。


 暁さんが部屋へ引っ込んでから、30分以上が経過していた。


 俺のタキシードも暁さんのドレスも、麻由さんの恋人である直人さんが今日のパーティーのために用意してくれたものだ。


 暁さんのだけでいいって言ったのに、『こっちが無理に誘うんだから』って、気づくと俺の分まで用意されてて、暁さんは麻由さんに連れられてドレスを選ばされていた。


 まぁ、フォーマルな服なんて持ってないし、ありがたかったけど……。


 ……これから先に着ることがあるのかな、これ。


「まぁった、暁は……。あ。そういえば暁のドレスって、ゆっきー、まだ見てないんだっけ?」


「あぁ、うん」


 どんなのを買ったのか知りたかったけど、暁さんは絶対に見せてくれなかったし。


 さっき麻由さんと一緒に美容院から帰ってきた時も、恥ずかしがって俺が部屋から出る前に引っ込んじゃったし。


 麻由さんがニヤッて笑う。


 そして、何も言わずに暁さんの部屋の前へ行くと、ノックもせずに扉を開けた。


 ……一緒に暮らしてる俺でも、ノックくらいするよ?


「うわっ!ま、麻由!?」


 姿は見えないけど、中から暁さんの焦ったような声が聞こえてくる。


「やっぱり。もう!なによ、そのナチュラルメイクは!しっかりお化粧しなさいって言ったでしょ〜!」


「だ、だって、似合わないとおも……」


「あ〜、もう!貸して!絶対に似合うってばっ!」


「あ、ちょっ、麻由……っ!」


 …………。


 …………すっごい、気になるんですけど。


 部屋を覗いてみたい気もするけど、それをすると暁さんが怒りそうだし。


 ……待ちますか。


 とりあえず手持ち無沙汰で、キッチンでコーヒーメーカーから俺専用のマグカップにコーヒーを注いだ。


 それに口をつけて、何気なくキッチンを見渡すと、どうしても口元が緩んでしまう。


 俺のマグカップ、俺の茶碗、俺の箸……。他にもいろいろ、俺専用の食器が並んでる。


 彼女のそれの隣に。


 暁さんと恋人同士になって、一緒に暮らし始めてから、もうすぐ1年。


 彼女と対の食器もずいぶん増えて、俺のものが彼女の隣に当たり前に並んでいることが、どうしようもなくうれしくて、ついついそれを見ては、ニヤついてしまうのを止められない。


 いっつも暁さんに、不思議そうな顔をされてしまうんだけど。


 対で買ったワイングラスを眺めて、マグカップを口に運ぶ。


 このグラス達みたいに、ずっと並んでいられたら。


 ……これからも、ずっと。


 最近持ち歩いてる小さな箱を、ポケットの上からそっと触った。




「ほら!直くん、来ちゃったってばっ!」


 インターホンの鳴る音がして、俺がそれを確認する前に、麻由さんが暁さんの部屋から飛び出してきた。


 来訪者の映し出される画面には俺同様、タキシードに身を包んだ(彼の方が断然似合ってるのが悲しい……)直人さんの姿。


「あ、なお……」


「直くん!用意できたから、今、降りる〜!」


 俺が言うのをさえぎって、麻由さんが受話器を奪ってしまう。


 ……人の家のインターホンを。


『わかった。駐車場にいるから』


「はぁい」


 麻由さんがニッコニコと受話器を下ろした。


「準備、できたの?」


 暁さんの部屋をチラッと見るけど、彼女が出てくる気配はない。


 まぁ、なんとなく、状況はわかるんだけどね……。


「む〜ふ〜ふ〜。もう、ばっちりなんだから!ゆっきー、鼻血注意よ?」


 鼻血……?


「暁?あーきーらー!あぁ、もう!あの子ったら……」


 名前を呼ばれても出てこようとしない暁さんに、麻由さんがまた部屋へ戻っていく。


「麻由っ!?ちょ……待った……!」


 暁さんのそんな声が聞こえて、麻由さんに腕を引かれた彼女が部屋から引きずられるように現れ……て……。


「!!」


 恥ずかしそうに俺の前に立った暁さんを見て、固まった。


 シンプルな水色のワンピースドレスに、髪を緩めにまとめて、いつもよりしっかりと化粧をした彼女は、とてつもなく色っぽくて、きれいで……。


 うわ〜……。


 ……これは、マジで、鼻血吹きそう。


「ね?ね?たまんないでしょ〜?」


 誇らしげな笑みを浮かべて言う麻由さんに、黙って親指を突き出した。


 グッジョブ。


「へ、変じゃない……?」


 何も言えずにいた俺のせいで、暁さんが、不安そうな表情で問いかけてくる。


 その顔が、かわいすぎて、ギュッと抱きしめてキスの雨を降らせたくなるのをグッとこらえた。


「すっごく似合ってるよ、暁さん!きれい!かわいいっ!」


 俺の言葉に、暁さんがホッとしたように頬を緩ませる。


 ……それ、反則だし。


 あまりに無防備な表情に、我慢できなくなって、彼女を軽く抱きしめた。


「ゆ、幸紀くん!?」


「あ〜、も〜、やばいって。他の男に見せたくないし。閉じ込めておきたいし。……パーティー行くの、やめよっか?」


 顔を赤くして焦る暁さんは、さらにかわいくて、半ば本気でそんなことを言ってみる。


 パーティーなんて行ったら、悪い虫が寄ってきそうだし。


 まぁ、そんな虫、近づけるつもりは一切ないんだけど。


「え?え!?」


「……ちょっと、ちょっと、ゆっきー。いつまでそうやってるつもり?バカ言ってないで、そろそろ行くよ」


 俺の言葉に本気で驚く暁さんの横から、麻由さんの呆れた声が聞こえて、しぶしぶながらもぬくもりを離した。


「まったく、みせつけてくれちゃって。あたしの存在、忘れないでよね〜」


 からかい半分に、あえて暁さんへそう言った麻由さんが、暁さんの顔が真っ赤になったのを見届けてから、満足そうに玄関へ向かう。


 暁さんの反応がおもしろいから、わざとああいうことを言うんだ、あの人は。


 ……気持ちはすっごくわかるんだけどさ、俺も。


 赤い顔をもてあましてる暁さんの肩に、春物の薄いコートをかけてあげる。


 ずっと車とはいえ、外は梅雨の小雨が降ってるし、コートの下が袖のないのワンピースだから、寒いかもしれないなぁ。


「寒くない?大丈夫?」


「う、うん。大丈夫だ。あ、あの、幸紀君……」


「ん?」


 彼女を気遣うように目を合わせれば、なぜか彼女の顔がさっきよりも赤くなってて。


 なんだ??


「あ、あのな……えっと……。幸紀君も、すっごく素敵だ。……か、格好いい」


「!」


 …………あぁ、この人は本当にもう!


 言った後、さらに恥ずかしそうに視線をさまよわせる暁さんに、クスリと笑う。


 うれしくて、愛しくて。


 たまらずに、彼女の唇の端に口付けた。


「ゆっ……!」


「せっかくのお化粧が落ちちゃうといけないから、今はこれで我慢。だけど、帰ったら……覚悟しておいてね?暁さん」


 ……今日は、寝かさないから。


 その意味に気づいた暁さんの顔が、これ以上ないほど赤くなった。





 エレベーターの前で待っていた麻由さんと一緒に、地下の駐車場まで降りると、高級外車から直人さんが降りて、軽くこちらへ手を上げてみせた。


「直くん!お待たせ〜」


 タタタッと軽い足取りで、彼の元へ麻由さんが駆けていく。


 やっぱり、かっこいいよなぁ、直人さん。


 顔はモデルになれそうなほどかっこよくて、背も高くて、大会社の社長で。同じ男として、え〜って、ひがみたくなるくらいスペシャルな人だけど、性格は至って温和で、気さく。


 彼とも知り合って一年が経つけど、今ではすっかり友人と呼べる存在になってる。忙しい割には、麻由さんと一緒にうちによくきてるし。


 まぁ、そんな直人さんだけど、彼は、麻由さんにべた惚れで……。


「直くん?」


 直人さんが、自分の目の前に立って小首を傾げる恋人の姿に、上げた手を下ろすことも忘れて固まってる。


 ……なんか、思考が手に取るようにわかるかも。


「なおく……って、こら!」


 麻由さんが直人さんの目の前で手をひらひらと動かすと、急に直人さんがその手を引いて、彼女をギュ〜っと抱きしめて、頬に何度もキスを落とす。


「麻由、かわいい……」


「ひゃ!」


 ……ダメじゃん、直人さん。俺より我慢できてないし。


 直人さんの欠点を、しいて上げるとすれば。


 麻由さんのことになると、一切周りが見えなくなるってことかもしれない。


「麻由のやつ、人のこと言えないじゃないか……」


 一向に離れる様子のない2人に、俺の横で暁さんが軽く頬を膨らませて呟いた。







 今日、俺たちを、豪華ホテルで行われる誕生日パーティーなんてものに呼んでくれたのは、直人さんの友人で、彼と一緒に会社を興して、今は副社長をしてる、堂本千寿さんだ。


 直人さんと知り合って割とすぐに紹介された彼女は、ぱりっとスーツを着こなした、俺が劣等感を抱きたくなるくらい、外見も中身も、とてもとてもかっこいい女の人だったんだけど……。


「麻由!暁!!あ〜!!なんってかわいいっ!!」


 …………なんていうか、‘女’好きな人だった。


 パーティー会場で待ちうけていた千寿さんが、両腕をそれぞれうまく使って、暁さんと麻由さんを一度に抱きしめる。


「あ、あの、千寿さんっ……」


「ちぃちゃんったら、もう〜」


 暁さんの困った声と、麻由さんの楽しげな声を聞いて、俺と直人さんは同時にそれぞれの恋人を千寿さんから引き剥がした。


「麻由は僕のだ」「暁さんはダメって言ってるでしょ」


 同時に言った俺たちに、千寿さんがチッと舌打ちする。


 そんな仕草もその辺の男たちよりかっこよくて、様になるから、彼女は危険なんだ。


「心の狭い奴らめ」


 ……どうせ、狭いですよ。


「誕生日おめでと〜、ちぃちゃん」


「おめでとう、千寿さん。今日はお招き頂いてありがとうございます」


 麻由さんと暁さんが、それぞれに千寿さんへプレゼントを渡すと、千寿さんがうれしそうにそれを受け取った。


 ……ところで。


「ちぃちゃんがドレスなんて、珍しいね?」


 麻由さんが瞳を輝かせて千寿さんの姿を上から下まで眺める。


 そうなのだ。


 ショートカットのはずの髪は、なぜかポニーテールになってるし(つけ毛?)、ドレスはシンプルだけど真っ赤なロングドレスでとても華やかだ。


 それはそれはとても似合っていてきれいだし、やっぱり千寿さんは女の人なんだよなぁって、改めて思ったりもしたけど、あまりそういう格好を好まないはずの千寿さんだから、違和感がある。


 そう思って、再び千寿さんの顔を見ると、ものすっごく不機嫌な顔になってて。


「これは、仕方がなく、着てるんだ!」


 ブスッと不機嫌丸出しの千寿さんを見て、直人さんが苦笑しながら教えてくれる。


「ほら、ちぃは、堂本の社長令嬢だから。今回のパーティーは、ちぃの結婚相手探しの意味もあるらしくて、ね……」


「「「えっ!?」」」


 直人さんの言葉に、俺たち3人は、同時に驚きの声をあげた。


 確かに、千寿さんが、ホテル経営とか手広くやってる堂本グループ(このホテルもそうだけど)の社長令嬢だってことは、聞いて知ってたし、このパーティーが、千寿さんの御両親主催で、ありとあらゆる業界から人が集まるらしいってことも、聞いてはいたけど……。


 結婚相手って………………だって、千寿さんは、ねぇ?


「え〜、ちぃちゃん、結婚しちゃうの?」


 麻由さんのちょっと残念そうな声に、千寿さんの顔に、いつもの怪しい笑みが浮かぶ。


「やだな、麻由。するわけないだろ?……そのうち、ジョウからお前を奪う気でいるのに」


 …………。


 これは、冗談。わかってる。冗談だよね、それっぽく聞こえても。


 っていうか、麻由さん、頬染めちゃダメだろ……。


「ジョウ、睨むなって。冗談だろ?」


「お前のは、シャレにならない」


 確かに。


 つい、俺も一緒になってコクコクとうなずいた。


「はいはい、わかったって。……あ〜あ。今までは、よかったんだよなぁ、ジョウがいたから。こいつ、見栄えだけはいいし、今みたく睨みは恐いしさ、男除けになってたんだよ。うちの親父も私がジョウとデキてるって、勝手に信じてたし……」


 ……ああ、なるほど。


 よく考えてみれば、千寿さんって、大手IT企業の副社長で、超大手グループの社長令嬢で、しかも美人で……。


 逆玉の輿狙いの男連中から見たら、ヨダレもんだもんなぁ。


「おかげで、ジョウが麻由助けたっていうあの記事見た親父に、怒られた、怒られた。勝手に騙されてたくせに、『お前がモタモタしとるからだー』とかキレやがって、あんのくそ親父」


 千寿さんが、すごく腹立たしそうにグッと拳を握り締める。


「まぁ、そういうわけで、結果がこれ。仕方ねぇから、今日一日は適当に相手してやるけどさ……」


 今度は、はぁ〜っと、盛大にため息をついてうつむいた千寿さんは、既に疲れ気味だ。


 大変なんだなぁ、千寿さんも……。


 そう思って、かける適当な言葉も見つからずにいると、千寿さんが、ガバッと顔を上げる。


「だから、終わったら、ここのスウィートに集合な!」


「「「「は?」」」」


 千寿さんが笑顔を浮かべて言った言葉に、今度は4人の言葉が重なった。


「二次会するに決まってるだろ?どうせこんなパーティーじゃ、ストレス溜まるばっかりで、せっかくの誕生日が楽しくなくなっちまうし。あぁ、心配すんなって。夜通し飲めるように、ちゃんとお前らの部屋も押さえてあるから」


 二次会?夜通し?部屋押さえてあるって……。


 いやいや、聞いてないし!


 俺は、暁さんと驚き顔を見合わせた。


「おい、こら、ちぃ……」


 同じく初耳らしい直人さんが、文句を言おうと口を開くと、千寿さんがさらにニッコリと笑う。


 ……あ〜、なんかすっごい圧力が。


「友達だよな、皆」


 …………。


 千寿さんって、酒豪だったよね?


「祝ってくれるだろ?私の誕生日」


 …………。


 しかも絡み酒でさ、人にもた〜っぷり飲ませないと気がすまなかったよね?


「祝ってくれるよな?私の誕生日」


 …………。


「…………」


 俺と直人さんは、互いに顔を見合わせて、同時にこっそりと諦めのため息をついた。


 たぶん、考えていることは同じだ。


 ……せっかく、イチャイチャするつもりだったのに!




 ポケットに入れた小箱が、コトリと音を立てた。








 パーティーが始まる寸前に千寿さんが呼ばれていって、俺達が会場に入ると、会場内の人の多さに圧倒された。


 こんな盛大な、しかも高級なパーティーに出たことがない俺は、情けないけど、ゴクリと喉を鳴らしてしまう。


 ふと、タキシードの袖が引っ張られた気がして振り向いたら、暁さんが、俺以上に緊張した顔で、困ったようにこっちを見てた。


「ゆ、幸紀君……」


 その不安そうな顔に、俺の緊張がかえってほぐれて、直人さんと麻由さんがそうしているように、そっと腕を差し出すと、暁さんがゆっくりと手を添える。


 ホッと息を吐いた暁さんと目があうと、彼女が安心したように微笑んだ。



 俺の隣にいて、そんな顔を見せてくれる彼女を、たまらなく愛しいと思う。




 パーティーが始まって早々、主役の千寿さんは、男達に囲まれて見えなくなった。


 あの様子じゃあ、確かにストレスも溜まる。


「千寿さん、大丈夫だろうか?」


 同じことを考えたらしい暁さんが、心配そうに時々チラチラと見える赤いドレスを目で追ってる。


「まぁ、後で俺達が精一杯祝ってあげようよ」


 ストレス発散も兼ねてね。


「うん、そうだな」


 暁さんが、千寿さんから目を離してうなずいた。


 直人さんと麻由さんも、千寿さん程ではないけど、あちこちで捕まって話しこんでいるようだ。


 残された俺達がすることと言えば……。


「とりあえず、食べよう、暁さん!」


 卑しいと言われようと、こんな高級ホテルの料理、食べられる機会は滅多にないんだから。


 俺の言葉に、暁さんの瞳が輝いた。





 ひとしきり美酒と美食を堪能して、何気なく暁さんを見たら、ほんのりと目尻が潤んできていることに気づいた。


 ……これ以上は、やめた方がいいな。


 暁さんと暮らすようになって、彼女の酔いの境界がわかるようになった。傍目にはわかりにくいけど、目尻が少し潤んでくると境界が近い証拠なんだ。


「暁さん、まだ酔ってないよね?」


「うん。酔ってない」


 暁さんは根が素直だから、酔ってる時に同じ質問をすると、ちゃんと『酔っている』って言う。


 俺も、これを麻由さんに教えてもらった時には、嘘だろ〜と思ったけど……本当だった。あり得ないほどの素直さに、思わず笑ってしまったくらいだ。


「なんかソフトドリンクもらってくるよ。この後もあるし、今はこれ以上飲まない方がいいから」


 っていうか、これ以上飲んでもらったら困るんだ、ほんと。


 暁さんには酔うと悪癖があって、無性に人恋しくなるせいで、無意識に人を誘ってしまう。俺相手に出る分にはいいんだけど(俺的には拷問だけど)、やばいくらいにかわいくなってしまう彼女を、この会場の男どもに見られたくない。絶対に。


 俺の言葉に納得してうなずく暁さんを壁際に残して、急いでソフトドリンクをもらいに行く。


「あれ?幸紀……?」


 ドリンクを選んでいたところへ、そう声をかけられて振り返ったら、ピンク色のドレスを着た女の人が立ってて……。


 その顔を見た瞬間、誰だか気づいて、驚いた。


美沙希みさき?」


 進藤しんどう美沙希。俺と同じ大学に通ってた奴で……昔、少しだけつきあってた。


「あぁ!やっぱり幸紀だ〜。びっくりした、どうしたの?」


 決していい別れ方をしたわけじゃないけど、もう、過去の出来事として話せるくらいには時間が流れてる。


 近づいてきた美沙希は、相変わらずかわいらしくて、だけど大学の頃と違う、しとやかさみたいなものが出て、少しきれいになってた。


「俺は、今日の主役とちょっとした知り合い。美沙希は?って、そっか……」


 確か美沙希の父親は、堂本系列の会社で、社長をしていたことを思い出す。


「そう。お父さんのコネで、兄さんの付き添い。兄さん、堂本さんをゲットするようにお父さんから言われちゃってるの。無謀としか言いようがないんだけどね〜」


 美沙希が指を差す先には、千寿さんを囲む群れがある。どうやらあの中に彼女の兄もいるらしい。


「最近どうしてるの?先生になったんでしょ?」


 俺はこの春から、暁さんのいる学校とは2駅程離れた私立校で、念願の教師として働いてる。


 それを、誰かから聞いていたらしい。


「まぁね。美沙希は?」


「あたしは、ふっつうのOL。お父さんのコネで入ったんだけど、まぁ、結構楽しくやってる」


「そっか」


 美沙希らしく元気にやってるんだな。


「あの、さ……」


 美沙希が、少し考えるようにしてから、小さく俺に問いかける。


「何?」


「……幸紀は、今、いい恋してる?」


 何を聞かれるかと思えば……。


 いい恋、か。


 フッと口元が緩む。


「してるよ、すごく。今日も彼女と一緒なんだ」


 そう言って、人込みの中を残してきた暁さんの姿を探す。


 と……彼女が、二人の男に挟まれて困った顔をしてるのが見えて。


 げっ!しまった!あいつら……!


「美沙希、悪いけど、俺……!」


「待って」


 慌てて立ち去ろうとした俺の腕が、美沙希につかまれた。


「おい、美沙希……」


「こんな所で言うことじゃないの、わかってるけど。でも……。幸紀」


 そう言った美沙希の瞳が真剣で、暁さんのことが気になったけど、きちんと向き合わざるを得なくなった。


「……あの時は、ごめんなさい。ずっと謝りたかったの。ひどいこと言って、ごめん」


「あぁ……」


 別れた時に言われたことを思い出して、苦笑する。


 腹は立ったし、印象的だったのは確かだけど、今更、わざわざ謝るようなことでもないのに……。


「あたし、幸紀が全然あたしのことを見てくれない気がして、悔しくて……。だから、本心じゃなかったから。ごめんね」


「美沙希……」


 ……確かに、あの頃の俺は、彼女が言うように、彼女に本気で向き合ってなかったと思う。


 美沙希を好きだと思う気持ちがなかったとか、そういうことじゃなくて。


 ただ、‘誰か’に傍にいて欲しい、そういう気持ちの方が強かった。


 今、暁さんと一緒にいて、すごく幸せで満たされてて。


 ‘誰か’じゃなくて、‘暁さん’にいて欲しい。暁さんじゃないとダメだって、そう思う。


 でも、あの頃の俺には、それだけの気持ちがなかった。


「いや、俺が悪かったと思う。美沙希が気にすることなんてないから……。俺の方こそ、ごめん」


 そう言って謝ったら、美沙希がホッとした顔で首を横に振って、俺から手を離す。


「ううん。いいの。ずっと気になってて……。でも、今日会えてよかった」


「ん。俺も」


「引き止めてごめんね。彼女と仲良くね」


 スッキリした顔でニッコリと笑った美沙希に、俺もうなずいた。


 そして、ニヤリと笑う。


「美沙希も、いい恋しろよ。……俺みたいに!」


「あ、なんかムカつく〜。大きなお世話よ、バカ幸紀!」


 怒って叩く真似をした美沙希が、その後、彼女らしい明るい笑顔を浮かべるのを見届けて。


 俺は、最愛の人の元へ、急いだ。






後編に続きます。

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