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エピローグ

 午後9時30分。


 宣言どおり、幸紀君の好物をかたっぱしから作って、買ってきたワインとケーキで誕生日をお祝いした。


 料理も喜んでもらえたし、ワインもケーキもおいしくて幸せだったし、言うことないくらい楽しかった、んだけれども。


 ……あと2時間半。


 少し酔ってしまった私から先に風呂へ入って、今は幸紀君が入っている。


 おかげですっかり酔いも覚めた。


 覚めて……思い出してしまった。


 …………例の、プレゼントを。


 リビングのソファに腰掛けて、そこに置いてあるクッションを抱きしめた。でも落ち着かなくて、また立ちあがってうろうろとテーブルの周りを一周する。


 ……あと2時間半で幸紀君の誕生日が終わってしまう。


「ど、どうしよう……」


 幸紀君は本気だろうか?やっぱり冗談だったとか…………いや、あの目は本気だったな。


 クッションをさらにもう一つ抱きしめる。


 幸紀君のことは好きだし……キスだって……いっぱいしたし……。


 ………………。


 あぁっ、でも、プレゼントというからには、『はい、どうぞ』ってあげるものだろうか!?それは、それは、あまりに……恥ずかしすぎる。


 どどどどうしようっ……!?


 再びうろうろと挙動不審な行動を続けていると、突然後ろから、プッと噴き出す声が聞こえてきた。


「あ」


 いつからそこにいたのか、幸紀君が激しく肩を揺らして笑っている。


 うぅ……恥ずかしすぎる。


 慌ててクッションをソファへ戻した。


「あ〜、もう、ほんっとに、暁さんは……」


 風呂上りの濡れ髪を、タオルでガシガシと拭きながら、幸紀君が私の前に立つ。


「あ、あの……えぇと……」


 どうしたらいいのかわからずに、ただ恥ずかしくて、熱くなった顔をごまかすようにうつむいた。


 その私の頭に、幸紀君の大きな手が乗って、ふわっと優しく撫でられる。


 男の人にそんな風に頭を撫でられたことなんてなくて、驚いて顔を上げれば、幸紀君がすごく優しい顔で、でも、少し困ったような顔で、私を見つめていた。


「そんなに固くならないで。無理強いなんて、するつもりないんだから。……あんなこと言ったけど、俺が欲しいのは暁さんの気持ちなんだし。俺としては、今日一日暁さんを独占できて、暁さんに祝ってもらって、それでもう十分だから、ね?」


 無理強いなんて、そんなこと思ってないのに。


 だから……十分とか、言うな。そんな、いなくなるみたいなこと……!


 『ここにいて』と言いたいのに。言って、その胸に飛び込んでしまいたいのに。


 その後に待ち受けるものが怖くて、ただ、黙って、何度も首を振った。


「あ!そうだ!」


 突然、幸紀君がそう叫んで、私へニコッと笑う。


「?」


「俺、暁さんにプレゼントがあるんだ。ちょっと、待っててね」


 プレゼント?幸紀君が私に?……って、なぜ?今日は幸紀君の誕生日で、プレゼントをもらうべきなのは幸紀君の方じゃ?


 そんなことを考えて首を傾げていると、幸紀君が自分の部屋から、見覚えのある袋を持って現れた。


「あれ?それ……」


 幸紀君が持っていたのは今日行った水族館のおみやげ物屋さんの袋だった。


 私が化粧直しに行っている間に、何かを買っていたのは気づいていたけれども、誰かへのおみやげなんだろうと思っていたんだけど。


「はい。暁さんに、プレゼント」


「え?でも……」


 幸紀君の誕生日に、その本人からプレゼントをもらうって、どうなんだろう?


「いいから、いいから。開けてみてよ」


 ニコニコと、私が袋を開けるのを待っている幸紀君に、これ以上何か言っても聞き入れてもらえないんだろうと、とりあえず、袋を開ける。


 袋の中にまた紙袋が入っていて、それにはプレゼント用のリボンが巻いてあった。


 ……これじゃあ、本当に逆じゃないか。


 そう思いながらも、そのリボンをほどいて、中身を取り出して……。


「……こ、れ……」


 中から出てきたものを手に取った瞬間、私は動けなくなった。


 ……クラゲのぬいぐるみ。


 おみやげ物屋さんで、私が手に取ろうとしてやめた、あの、かわいいぬいぐるみだった。


「……ゆ、きくん」


「気に入ってくれた?」


「どう……して……」


 どうしようもなく、声が、震える……。


「ん?だって暁さん、これ見てたでしょ?買うのかなって思ったのに、やめちゃったみたいだったから、『どうかした?』って聞いたんだけど、『なんでもない』って、なんか悲しい顔で言うし……。暁さん、こういうの好きそうだし、どうしたんだろうって。暁さん買わないなら、俺が買ったら、喜んでくれるかなって、買ってみたんだけ……って、なんで泣いてるの!?」


 クラゲにつけられたかわいい顔が歪んだなと思ったら、涙がボロボロと流れ出した。


 幸紀君が驚いたように、今回はパジャマ代わりのTシャツで私の涙を拭ってくれる。


「どうしたの?俺、暁さんに喜んで欲しかったんだけど……。いけないことした?ぬいぐるみ、気に入らなかった?」


 ……違う、違うんだ。


 言葉にならなくて、首を振る。


「じゃあ、どうしたの?」


 困ったように優しく涙を拭き続けてくれる幸紀君の手を握り締めて、黙ったまま、私の部屋へ彼を引っ張った。


「え?ちょっ……暁さん!?」


 驚いた様子の幸紀君と一緒に私の部屋へ入って、電気をつければ、少女趣味丸出しのフリフリカーテンやベッド、ぬいぐるみや人形達が出迎えてくれる。


 私には、当たり前の、心安らぐ光景……でも。


「暁さん……?」


 後ろから、幸紀君の戸惑った声が聞こえて、ずっと掴んでいた彼の手を離した。


「……ゆ……幸紀君は……嫌じゃない?」


「え?」


 声がどうしようもなく震えて、幸紀君の顔を見ることができない。


 でも、聞かなければ……。ずっと、聞きたかったことを、聞かなければ。


 前に、進めないから……。


「この部屋……。わ、私、この部屋……似合わないだろう?変、だろう?私が、こんな、かわいいものに囲まれているの……。幸紀君は、こんな私を……嫌じゃない、の?」


「…………」


 勇気を振り絞って聞いたのはいいけれど、やっぱり怖くて。


 逃げるようにベッドに腰掛けて、下を向く。


 ずっと持ったままだったクラゲをぎゅっと握り締めたら、クラゲの顔が不細工に歪んだ。


 これを買ってくれた幸紀君なら、もしかしたら……。でも……。


 幸紀君が、そんな私の前にゆっくりと立ったのがわかる。


 でも、その口からため息がもれた瞬間、私は堪えきれなくなって、耳を塞ごうと両手を上げた。


「暁さん……」


「やっ……」


 やっぱり、聞きたくない。怖い!


 でも、耳を塞ぐ前に、パシッと両手がつかまれて、クラゲのぬいぐるみが幸紀君の足元へコロコロッと転がる。


「幸紀く……」


「俺、好きだって言ったよね?」


「…………!」


 静かに言われた言葉に、ビクリと体が反応して、おそるおそる顔をあげた。


 目の前には、幸紀君の少し怒った顔があって……。


「俺は、暁さんが好きだよ。言葉だけじゃなくて、体中でそう伝えてきたつもりだったんだけど……。伝わってなかった?俺の気持ち、信じてもらえてなかったの?」


「ちがっ……!そうじゃないっ、そうじゃなくて!」


 幸紀君の気持ちは、すごく伝わってきて、すごくうれしくて……。


 信じてなかったわけじゃない。そうじゃなくて、ただ……。


 フルフルと、首を振る。


「わ、私、今まで『お前には似合わない』って……。『こんなのお前じゃない』って、言われてきて……。だから、この部屋を見ても『好きだ』って言ってくれた幸紀君の気持ちがうれしくて……。でも、やっぱり、だんだん不安になってきて……」


 怖かった。


 私のことを、私の全部を好きになってくれる人はいないんじゃないかと思っていた。だから、私も誰も好きにならないようにしようと思った。


 傷つきたくなかったんだ、これ以上……。


 ……でも。


 そう思っていたはずなのに、幸紀君のことをあっという間に好きになってしまって。


 幸紀君に否定されたら、私はもう二度と立ち直れなくなる、そう思った……。


「誰がそんなバカなことを……。暁さんも、俺とそんな奴、一緒にしないの!俺はそんな風に思ったことなんて、一度もないよ?なんで、不安になったりするかな……?」


「で、でも!……幸紀君だって、あの朝、ここで目覚めた朝!……この部屋のこと、鼻で笑ったじゃないか!それに、あれ以来、この部屋に寄り付こうとしなかっただろう!?私が眠ってしまった時だって、こっちに運んでよかったのにって言ったら、『ちょっと……』って、目、泳がせたし……」


 だから、幸紀君の‘好き’が、私の全てに対してなのか、そうじゃないのか、わからなかった。


「やっぱり、幸紀君も嫌なんだろうって……そう、思って……」


 また涙が出てきて、顔をうつむけた。


 否定されるのが怖くて、自分が傷つきたくなくて、どうしても聞けなかった。


 『どこにも行くな』と、『ここにいて』と言いたくて、でも、言えなかった。


「マジで……?うわ……ごめん、暁さん!俺、そんなつもりじゃ……。まさか、そのせいで暁さんがそんな風に思ってたなんて、全然知らなくて……」


 焦ったようにそう言った幸紀君が、ひざまずいて、正面から優しく抱きしめてくれる。


「幸紀君?」


「ごめん……。俺、毎日、どんどん暁さんとの距離が縮まってきてる気がするのに、どうしても暁さんが完全に傾いてくれなくて、どうしよう、どうしたらいいって、気ばっかり焦ってた。俺、まだまだガキだ……。自分のことばっかりで、暁さんの気持ちに気づいてあげられなかった。ほんとに、ごめん……」


 自分を責めて、辛そうに謝る幸紀君に、腕の中でただ首を振った。


 幸紀君は悪くない。私が、ただ勝手に、怖がってただけだから……。


 ずっと首を振り続けていると、幸紀君の腕が緩んで、コツンと額がくっついた。


 その、至近距離にある彼の顔が、なぜか赤い……?


「?」


「……あのね、暁さん。俺、今からすっごく恥ずかしい告白するけど、笑わないでよ?」


 恥ずかしい、告白??


「俺、確かに暁さんの部屋に近づかないようにしてた。でもそれは、暁さんが気にしてるような理由じゃ全然なくって……。目が泳いだっていうのも…………止める自信がなかったとか、かっこ悪いこと、言えなかったからっていうか………」


 格好悪い……?止める自信って……??


「なにを……??」


 さらに顔を赤くする幸紀君に聞き返せば、小さな声で返事が返ってくる。


「だから、自分を……」


「自分?」


 さっぱり意味がわからなくて首をひねった私に、幸紀君が顔を上げて、盛大なため息をついた。


「……なんで暁さんは、こんなに鈍いかなぁ」


 む……失礼な……。


「もう……。だからね?俺と暁さんはあの日、ここで……寝たわけでしょ?暁さんは酔って覚えてないかもしれないけど、俺は覚えてるんだよ、しっかりばっちり。だから当然、この部屋へ入れば、その時のことを思い出すわけで、暁さんが寝ちゃった時だって、ここに連れて来たら理性なんてぶっとびそうだったし、今だって、どれだけ我慢してると思っ……」


「わぁ〜!いいっ!それ以上言わなくていいからっ!」


 とんでもなく恥ずかしいことを言う幸紀君の口を慌てて塞いだ。


 かぁっと顔が熱くなる。


 そそそ、そうか、そんな理由……。


 幸紀君が、クスクスと笑いながら、私の手を離して、真っ赤になっているはずの顔を覗きこむ。


「だから、俺はこの部屋が嫌で避けてたんじゃないから。わかった?」


「うん……」


 コックリとうなずく。


「……俺は、暁さんのことが好きだよ。きっと、どんな暁さんを知っても、好きだって言える」


 真剣な顔でそう言ってくれた幸紀君に、きゅっと手を握られて、私もゆっくりとそれを握り返した。


 うれしい……。


 再び抱きしめられて、そのぬくもりを私も抱きしめ返そうとして……。


「あれ?」


 ふともう一つの疑問が解けていないことに気づいて首を傾げた。


「じゃあ、あの時笑ったのは?鼻で笑ったよな?」


 そもそも初めにそれがあったから、ずっと不安を抱えることになったんだ。


 顔を上げた幸紀君を、なんで?と見つめれば、彼が『うっ』と答えにつまる。


「?」


「……それって、あの日曜日の朝、俺が暁さんに説明した時のこと、だよね?」


「うん、それ」


 私のことを心配してこの部屋へ入ったと話してくれた時に、フッて笑われたんだ。


 てっきり、『似合わない部屋』だと思ったんだろうなと……。


「鼻で笑ったつもりなんて、全然なかったんだけど……。むしろ、あまりに暁さんらしくて笑っちゃったっていうか……」


「?」


「…………」


「??」


「…………それ、話さなきゃダメ?」


「え?話してくれないのか?」


 なんでそんなに言いたくないんだろうと、首を捻れば、幸紀君が『う〜』と唸り声をあげる。


「……どうしても?」


「できれば、聞きたいな」


「暁さん、この話聞いたら、俺のこと嫌いになるかもしれないよ?」


「ならないよ。約束する」


 私のことを全部好きだと言ってくれた幸紀君を、嫌いになることなんてありえない。今までのが全部嘘でしたとでも言われない限りは。


 とうとう幸紀君が、あきらめのため息をつく。


「そんな、あっさり……。いや、もちろん、うれしいんだけど……。あぁ〜……この話だけは絶対しないつもりだったのになぁ。もう、知らないからね?ちょっと話、長くなるけど、いい?」


 コックリとうなずくと、幸紀君がしゃがみこんで、もう一度ため息をついた。


「……俺さ、暁さんのこと一目ぼれだったって言ったけど、あれ、半分嘘なんだ」


 嘘?半分って、なんだ?


「初めて会った時に、いいなぁって思ったのも事実なんだけどね。でも、正確には二目ぼれ、かな……」


 二目ぼれ……??それは、二度目に会った時、ということ……?


「え?ちょっと、待った。私達が初めて会ったのは、あの教育実習の顔合わせの時だよな?」


 あの、幸紀君のかわいさに私が内心飛び上がっていた、あの時のはず。大体、一目ぼれというのも信じられなかったけれども、二目ぼれって、なんだろう?


 そう思って、首を傾げて幸紀君を見ると、彼が言いにくそうに首を振る。


「実は違ったりするんだよね、それが。……もっと前」


「えぇ!?どこかで会ってた!?」


 幸紀君の言葉に驚く。


 まったくそんな記憶はないぞ?


 これだけ私好みのかわいい顔に会っていれば、私が覚えてないわけがないと思うんだけど……。一体、どこで……?


「暁さんって、電車に乗ってる時、あんまり周りを見るほうじゃないよね?本読んでたりして……」


「え?……あぁ、うん、確かに」


 電車の中で本を読むのは好きだ。あのガタゴトンという揺れが心地よくて、ぼぉっと考え事をしていることも多いと思う。それが原因で乗り過ごしたこともあったり……。


「でもね、暁さんが周りを見てなくても、結構周りの人は暁さんを見てるんだよ?知ってた?」


「え?えぇ?なんで?私、何か変な動きしていたりする……?」


 自分で気づいていないだけで、妙な動きとか変な顔とか、していたりするのかと思って、やだなぁと、そう聞けば、幸紀君が盛大にため息をついて、ガックリとうなだれた。


「違うって……。っていうか、やっぱり、気づいてないし……。あのね、暁さん。自分がかなり目をひく美人だってわかってる?自分で気づいてなくても、結構周りは暁さんのこと『きれいだなぁ』って見てたりするんだけど」


 ……私が、美人?まさか。


「そんなわけない。だって、声をかけられることなんてめったにないし、言い寄られることだって、ほとんどないし……。幸紀君の思い違いだよ」


 麻由みたいにモテたことなんてないし、どちらかといえば怖そうな顔だと思う。


 ほら、私は覚えてないけれど、香田さんたちに絡んできた男達をひと睨みで蹴散らしたというし……。


「思い違いじゃないって!……確かに、暁さんは、声をかけにくい雰囲気の美人さんだから、自覚ないのもわからないでもないけど。凛としてかっこいいっていうか、声かけても相手にしてもらえないだろうなっていう感じの美人だから。俺も、初めて暁さんを見た時は、そう思ったし……」


 う〜ん、そうは思わないけど……。


 確かに、麻由からは『美人なんだから自信を持て』と言われるけれども、それは友人の欲目(?)なんだと思うし……。


「あ〜、もういいや……。暁さんだもんね……」


「?」


「だからね、俺が初めて暁さんに会ったというか、見たのは、電車の中だったんだけど」


「あ、うん」


 幸紀君がわけのわからないことをつぶやいて、何かを諦めたように苦笑してから、話を戻す。


「その時の俺は、本屋に寄って好きな作家の新刊を買って、家へ帰るところで。途中で乗りこんできた暁さんを、きれいな人だなぁって思った。それで、何気なく暁さんを見てたら、暁さんがカバンから読みかけらしい本を取り出して読み始めたんだけど、それがちょうど俺が買ってきた本と同じで、驚いて……」


「…………」


「俺は、どうなんだろう?おもしろいのかな?って、暁さんから目が離せなくなった。それで、しばらくして読み終わったらしい暁さんが本を閉じて……。その本を、満足そうに、愛しそうに撫でたんだよね。俺、『よっしゃ』って、自分が書いた本なわけでもないのに、すっごくうれしくなっちゃって。帰ってから即効でその本読んで、それはやっぱりおもしろかったんだけど、暁さんの表情を思い出して、さらに楽しく読ませてもらった気がする。また会えたらいいなって、その時は、そう思った……」


 ……全然、知らなかった。


 確かに電車でよく本は読んでいるし、気に入った本とか、好きな物は、撫でる癖もある。


 でも、幸紀君にそれを見られていたなんて、まったく気づかなかったな。


 やっぱり、私は鈍いのか……。


「その時は本当に、また会えたらな、くらいの気持ちで……。でも、この後、二目ぼれすることになるんだけど……」


「じゃあ、それが教育実習の日だな?」


 あの日が二度目だったのかと、そう思って聞いた私に、幸紀君がさらに言いにくそうに頬をかく。


「……それも違ったりするんだよね、実は」


「えぇ!?まだ会ってた!?」


 またまた驚く私に、幸紀君がコックリとうなずく。


 ……どれだけ鈍いんだ、私。


「二度目に会ったのは、K書店だよ。暁さん、あそこによく行くでしょ?」


「うん」


 K書店は、学校のある駅から一つ先にある大きな書店で、交通の便もいいし、確かに、よく利用している。


「俺がK書店に入ったら、暁さんはちょうどレジで精算してるところだったんだ。俺は、また会えたって、ラッキーって思ってた。でも、精算の終わった暁さんが、俺のいる出口の方へ歩いてきて、もうすぐすれ違うってところで……突然、立ち止まっちゃって。ちょっとドキドキしてた俺としては、拍子抜けしたんだけど。なんだ?なんで止まったんだ?って……」


「あ……もしかして、それ……」


 K書店で私が立ち止まる理由といえば……。


「うん。かわいいぬいぐるみが、積んであったんだよね」


 ……あぁ、やっぱり。


 K書店は、本だけじゃなく、文具や雑貨も置いていて、その雑貨のブースには、ぬいぐるみコーナーが設けられているのだ。そこでぬいぐるみを見るのは癖になっているし、この部屋にいるぬいぐるみの中にも、K書店から連れ帰った子たちがたくさんいる。


 それを、見られていた……?


「俺、自分でも何してるんだろうとか思ったんだけど、暁さんが立ち止まったのが気になって……。すっごく怪しいけどさ、近くの棚に隠れて、見てたんだよね、暁さんのこと。そしたら、暁さん、クマのぬいぐるみが気に入ったみたいで、それを手にとって……笑ったんだ。ふにゃ〜って、もうたまらないって感じで……」


「…………」


 幸紀君の顔がみるみる赤くなるのを、凝視してしまう。


「前に見た時の印象が、‘凛としてカッコイイ美人’だったから、その笑顔はもう不意打ち。俺、バカみたいに一人で赤くなって、うろたえて……。で、それで、二目ぼれ」


「…………」


 うそ、だろう……?


「それで……ここまで話したから、もう、ぶっちゃけちゃうけど……。俺、どうしても暁さんのことが知りたくなって。自分の買い物そっちのけで……暁さんの後、付いてったんだよ。一緒の電車に乗り込んで、なんか、話すきっかけないかなって、暁さんの方うかがいながら……。でも、そんなきっかけなんて見つからなくて、焦ってた時、学校のある駅で女子高生が乗り込んできて、暁さんのこと、『先生』って……」


「あ……」


「そのころ、教育実習先を決めなきゃいけない時期に来てた俺がしたことなんて、もう、言わなくてもわかるでしょ?」


 幸紀君の問いに、コクッとうなずく。


 幸紀君がうちの学校に実習に来たのは、私に会うため……?


 私の、ため……?


「じゃあ、あの朝のは……」


「思い出し笑い?っていうか……。暁さんらしい部屋だったなぁって」


「…………」


 黙っていたら、恥ずかしそうに、幸紀君が顔を赤くした。


「あ〜、もうっ!だから言いたくなかったんだってば!呆れてるでしょ?呆れてるよね?っていうか、怖いよね、俺。後つけたりとか、なんか、ストーカーっぽいし……。ごめ……」


「本当……?」


「え?」


「その話、本当の本当……?」


 幸紀君が謝ろうとしたのを遮って問いかけたら、きょとんとした顔で彼がうなずく。


「うん。まったくの嘘偽りなし。こんな恥ずかしい嘘つかない…………って、だから、なんで泣くの!?」


 すっかり止まったと思っていた涙が、ボロボロと再び溢れ出す。


「やっぱり、嫌いになっちゃった?俺のこと……」


 おそるおそる涙を拭ってくれる幸紀君に、ブンブンと力いっぱい首を振った。


「違う……。うれ、しい……」


「え?……えぇ!?」


 幸紀君が相当驚いたのか、目を丸くして涙を拭う手を止める。


「だ、だって……。私、かわいいもの……本当に……似合わないって、言われるんだ……。K書店の人に…だって……いっつもぬいぐるみ、『プレゼント用ですね』……って、言われるんだぞ?……どこへ行っても…そうだし……。なのに……幸紀君が…ぬいぐるみ持った……私を見て…好きだって……だから……」


 うれしくて……。


 幸紀君は、最初から本当の私を好きになってくれていたんだ……。


 なのに、勝手に臆病になって、私は……。


「暁さん……」


 幸紀君が、涙の止まらない私の瞼に口付ける。


 その、優しい仕草に、気持ちが溢れて止まらなくなる。


「……好き」


「え!?」


「幸紀君が、好きなんだ。とっくに好きになってた……」


 ごめん、怖がりで……。なかなか、言えなくて……。


「あ、暁さん……」


「どこにも、行かないで……。ここに、いてくれる……?」


 あれだけ言えなかった言葉が、するするっと出てきた。


「暁さん……!」


 幸紀君のTシャツをギュッと掴めば、その手が捕らえられて、力強い腕に体ごと抱きしめられた。


「俺、いていいの?」


「うん」


「おじいさん達の思い出の家なのに……?」


「うん。幸紀君なら、いい。……幸紀君じゃなきゃ、嫌なんだ」


 しっかりとうなずいて、抱きしめ返したら、満面に笑みを浮かべた幸紀君が、たくさんキスしてくれた。



「暁さん……」


「……ん……」


 力の抜けた体が、いつの間にかベッドに寝かせられていて、正面にある幸紀君の少し上気した顔が、いたずらっぽく笑っていて……。


「な、に……?」


「今日はたくさんプレゼントもらった気がするけど。……もう一つ、もらってもいい?」


 …………。


「…………ば、ばかっ!!そういうこと、聞くな!」


 このタイミングで、聞くか!?普通……。


 熱くなった顔に、幸紀君がクスクスと笑いながら、キスを落とす。


「好きだ、暁さん。……愛してる」







 翌朝。

 

 目が覚めて、隣にあるぬくもりに顔を上げたら、幸紀君がニコニコとこっちを見ていた。


「おはよう、暁さん」


「お……オハヨウ……」


 チュッとキスされて、恥ずかしさで一気に覚醒する。


「今日は、叫ばないね?」


「あ、当たり前だ!ちゃんと…その……お、覚えて……」


 だぁ〜!何を言わすんだ!!何をっ!!


 幸紀君が、私の言葉に満足そうに笑う。


「昨日の暁さん、かわいかったなぁ……。酔っ払った時もよかったけど、素面しらふの暁さんはまた一段と、こう……」


「ぎゃあ〜!!!何を言うんだっ!朝っぱらから!!」


 とんでもないことを言われそうな予感に、慌てて耳をふさぐ。


「何って……。感想?」


「い、いらないから!そんなのっ!大体、酔っていた時のことなんて、知らないしっ……!」


 ブンブンと首を振った私に、クスクスと笑っていた幸紀君が、ハタと笑うのをやめる。


 そして、一瞬後には、あの、小悪魔笑顔が……。


 あぁ……ものすっごく、嫌な予感が。


「そうだよね、覚えてないんだよねぇ、暁さん。あの、あつ〜い夜のこと……」


「え?え?」


 その手は何?


「それって、やっぱり寂しいし、暁さんも記憶がないのって、気持ち悪いでしょ?だから、協力するし……」


 協力って!?


 ……いや、だから!なんで押し倒すっ!?


「思いだそっか?」


 ニコッ。


「……え!?ちょっ……ま、待てっ……!!」







 結果。


 …………。


 …………思い出さなくていい記憶って、あると思うんだ(泣)






 ― END ―


これにて『恋愛事情 〜暁の場合〜』完結です。


つたない文章にも関わらず、ここまでお付き合い下さいました皆様、ありがとうございます。

初めての投稿で、緊張の連続でした。

でも、読んでくれている人がいる。そのことがとても励みになりました。

そのうち、この話にも出てきた、麻由の恋愛事情についても、投稿できたらいいなと思っています(自信はありませんが……)


これからも、できるだけ書いていきたいと思っていますので、もし、お暇があれば、また読んでやって下さい。


本当に、本当に、ありがとうございました。


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