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13)

 実習も残すところあと2日。


 実習生達にとって、恐怖の授業参観が始まった。この教育実習中に学んだことを結集して挑む授業を、教師達が見に来るのだ。


 一人、また一人と緊張の授業で燃え尽きていく中、幸紀君は、明日の1時限目の予定だった。


「井上が、もう自分が何しゃべってるかわかんなかったって言ってた。あ〜もう、俺も今日がよかったなぁ。嫌なことは早く終わらせたい……」


 放課後になって、図書準備室へ帰ってきた途端、幸紀君がくだけた様子で大きなため息をついた。


「まぁ、そう言わず。せっかく明日なんだから、他の実習生達の言葉を参考にしてがんばれ。こればっかりは私も助けてあげられないしな」


 クスリと笑いながら、淹れたてのダージリンティーを、立ったままの幸紀君へ差し出す。


「ありがと。……うん、暁さんに恩返しするためにも、頑張らないと」


 コンコンッ


 幸紀君がダージリンティーに口をつけた時、軽いノックの音がして、私が返事をしたと同時に、うちのクラスの女生徒が3人入ってきた。


「失礼しまぁす」


「なんだ。またお前たちか」


「なんだとは何よぉ、筑茂センセ冷たいなぁ」


 3人娘の1人、柳が頬を膨らませた。


 やなぎ志乃しの小出こいでゆうか、牧村まきむら美那みなというこの帰宅部3人娘は、放課後になるとよくここへ訪ねてくる、というか遊びに来る。


「あ、先生達いいもの飲んでる〜」


 柳が、私達のダージリンティーをモノ欲しそうに見つめるけれど、これはいつものこと。


「欲しければ、勝手に入れて飲め」


「わ〜い。美那よろしく!」


 私が苦笑混じりに言うのも、牧村がお茶を淹れに立つのもいつものことだ。


「あ、牧村。あのダージリン開けたから、飲んでいいぞ」


「マジで?やった!よかったでしょ?」


「うん。これは好きだな」


「へへっ。先生ならそう言うと思ったんだ!」


 牧村と私は紅茶好きという共通点があって、よくその話で盛り上がる。今日開けたダージリンは、この前牧村がおすすめ品だと持ってきたものだった。


「先生、牧村も、ごちそうさまでした。……じゃあ、僕はそろそろクラブの方へ顔出してくるんで」


 ダージリンティーを飲み終わった幸紀君が、そう言って立ち上がる。


「うん、おつか……」


「あ!あ!ちょっと待ったぁ!」


 お疲れさまと言おうとした私を遮って、柳が幸紀君のスーツを掴んだ。


「な、なに?」


 その勢いにびっくりしたように幸紀君が立ち止まると、柳の隣で小出がカバンからがさごそとデジタルカメラを取り出し、牧村も自分の携帯を取り出して……。


 それを見た幸紀君は、何か納得したように苦笑して、柳に腕を組まれ、次に小出と、という具合に次々と写真に納まっていく。


「何事なんだ、一体……?」


 突然始まった撮影会に驚いているのは、私だけらしい。


「あれ?先生、知らないの?今実習生の先生達と写真撮るのが流行はやってるんだよ」


 ……それって、流行りとかいうものなのか?


「今年はさぁ、先生達、かなりレベル高かったから、いかにカッコイイ&カワイイ先生とたくさん写真が撮れるか、みたいな競争になってんの」


 私が柳に説明を受けている間に、幸紀君はそそくさと部屋を出て行った。


 知らなかった、そんなことになっていたとは……。


「元宮先生なんて、校内2位だから、結構撮られまくってるよね〜」


 小出の言葉に首を傾げる。


「校内2位?って、なんの?」


「「「実習生ランキング」」」


 …………。


 そんなの、あったのか。


 3人娘のきれいなハモリに、驚くよりも呆れの気持ちで脱力する。


「ちなみに1位は瀬古せこ先生で、3位が亀井先生でしょ〜、4位が井上先生で、5位が森山先生。元宮先生を含めたこの5人はね、こんなプロフィールまで出回ってるんだよ」


 牧村が、カバンからメモ帳程度の大きさの、5枚つづりの冊子(?)を取り出した。


 それを渡されてペラペラとめくると、先程名前の上がった実習生の簡易プロフィールが。


 ご丁寧に写真入りなうえに、大学名とか誕生日とか血液型とか……ちょっと待て。スリーサイズ?


「誰だ?こんなもの作った暇人は……」


「新聞部だよ。あそこは常にネタに飢えてるからね。あ、ちゃんと女の先生版も出てるんだよ?スリーサイズは載ってないみたいだけど」


 柳の言葉に他2人も『ねー』とうなずく。


 新聞部、よっぽど暇なんだな……。


 冊子をめくっていて、幸紀君のプロフィールで手が止まった。


 K大、22歳。これは、知っている。あぁ、血液型はAB型か。麻由と同じなんだな……。そういえばあの2人、どこか似ている気も……小悪魔笑顔とか。


 ……ん?


「あれ?元宮先生、誕生日が……」


 幸紀君のところに書いてある日付は、6月22日。


「あ、うん。明後日だよね、誕生日」


 し、知らなかった……。


 当たり前のように答える柳に、少しショックを受ける。


「明日で先生最後だし、うちのクラスでも誕生日をかねてお別れのプレゼントをすることになって、今日代表が買いに行ってるんだ〜」


「へぇ……。うん、それはいいな」


 生徒達の気持ちに、胸が暖かくなる。


 ただ、うちのクラスのことだ。どんなものを買ってくるやら……。


 ……まともな物じゃないことだけは確かだな。


 プレゼント、か。


 ……私も、何かあげたいな。


 3人娘は、その後も勝手に話し続けていたけれど、私はうわの空で半分以上聞いていなかった。



 幸紀君は、何を喜んでくれるだろうか……?





「え?誕生日?」


「うん、明後日が、幸紀君の誕生日だって……。違うのか?」


「明後日って22日?そっか、そうだね、誕生日だ……。忘れてた」


 幸紀君がいつもの場所で夕飯の塩サバをほぐしながら、うんうんとうなずく。


 本気で忘れていたらしい……。


「でも、なんで暁さんが…………もしかして、アレ、見た?」


「アレっていうのが、プロフィール帳のことなら、見させてもらったぞ。今日柳たちに」


 一瞬顔が引きつった幸紀君に、ニヤッと笑って答えると、彼の顔が赤く染まった。


「あ〜、もう……。あの3人娘、余計なことを」


「幸紀君、校内2位なんだって?モテモテだな?」


「またそういうことを……。モテてないってば。俺は大学が近いから、俺を通して他のK大生と仲良くなろうなんて魂胆がミエミエだし。今時の高校生は、結構打算的なんだよ?」


 そうかな?柳たちの話を聞く限りではそんなこともなかったような気がするけれども……。


「それに、あれは、新聞部にどうしてもって泣きつかれて、仕方なく……。あんな形で出回るなんて聞かされてなかったし、恥ずかしいったらないよ、まったく」


 新聞部にだまされたんだと怒る幸紀君に笑って、私は食後のお茶を手にとった。


「まぁ、おかげで私も幸紀君の誕生日を知ることができたわけだし……。それで、あの…………幸紀君は、今、何か欲しい物とか、あるのかな?」


「え?」


 私と同じくお茶をすすっていた幸紀君が、私の唐突な問いに驚いたように目を丸くする。


 恥ずかしくなって、ごまかすようにお茶を飲み干した。


「……あ、あの、な?幸紀君の誕生日を知って、何かプレゼントをと思ったんだけど、何をあげたらいいのかさっぱりわからなくて……。それで……」


「ちょっと待って、それって……。暁さんが、俺の誕生日、祝ってくれるってこと?」


 驚いた顔のままの幸紀君に遮られて、うなずく。


 祝う、というかプレゼントでもあげられれば、というか……。


「…………」


「幸紀君?」


 突然、右手で顔を覆って黙りこんでしまった幸紀君に、おそるおそる声をかける。


 なにか、まずかった……?


「……うわぁ、やば……。すっごくうれしいかも……」


「へ?」


 手を外して顔を出した幸紀君は、あのサッカーの時のように、うれしさを隠しきれないような笑みを満面に浮かべていた。


 ……鼓動が、勝手に速くなる。


「あ、あの、それで、欲しい物、は?」


 自分の動揺をごまかすように、同じ質問を繰り返す。


「今欲しい物なんて……一つしかないんだけどな」


「?」


 ボソッとつぶやかれた言葉の意味がわからなくて、首を傾げる。


 幸紀君が、そんな私の反応に、クスッと笑った。


 そして、しばらく考えるようにしてから、何か思いついたらしくニコニコと微笑んだ。


「二つお願いがあるんだけど、いいかな?」


「そんなに難しいことじゃなければ……」


 プレゼントの代わりに、お願いを叶えて欲しいということらしい。


「じゃあ、一つめ。明日で実習期間が終わっちゃうけど、引越し先も決まらないし。……日曜日までここに置いてください」


 人差し指を一本立てて言われたお願いは、あまりに簡単で。


 ……でも、彼の口から出た引越しの言葉に胸が痛んだ。


 幸紀君は出て行くのだと、改めて気づかされて、一瞬泣きそうになる。


 まだ、ぶつかることもできずにいるくせに……。


「……もちろん、かまわない。な、なんなら引越し先が決まるまで、いたらいいし」


 ずるい答えだと思った。


 怖くて、幸紀君の顔が見られなかった。


「……ん。助かる」


 幸紀君の答えは簡潔で、逸らした視線を戻すと、いつものように優しい笑顔がそこにはあった。


 何も気づかれなかった……?


「じゃあ、二つめ」


 幸紀君がニッコリと笑って、指を2本に増やす。


「俺の誕生日に、暁さんを一日貸しきりさせてください」


「……私を?貸しきり……って?」


「朝から晩まで、俺に暁さんを独り占めさせてってこと。デートのお誘い、とも言う」


 …………で、で、でぇと!?


 デートって、あのデートか!?


「ダメ?もう予定入ってる?」


「い、いや、予定はない、けど……」


 今週は特に学校へ行く用事もなかったはずだし……。


「じゃ、オッケー?」


「あ……うん、わかった」


「やった!」


 幸紀君が無邪気に喜んで、どこに行こうかなぁなどと楽しげに言いながら、食器を片付け始める。料理を教える代わりに片付けは幸紀君が担当してくれているから、それはいつものことだ。


 それにしても、幸紀君が喜んでくれるのはいいことだけれど、ただデートするだけなんて、祝ってあげることにならないんじゃ……?


 なんとなく納得がいかなくて、テーブルを片付けてから、流しに立つ幸紀君の隣に並んで聞いてみる。


「幸紀君、本当にそんなことでいいのか?他にもっと、欲しい物とかあったら……」


「ん?ん〜……」


 ここ数日ですっかり慣れた手つきで食器を全て洗い終えて、タオルで手を拭きながら、幸紀君が私の顔を覗き込む。


「?」


「……俺の欲しいもの、本当に言っていいの?」


「うん、もちろん。あ、でも私に用意できるものでお願いしたいけれど……」


 幸紀君のことだから、本だろうか?でも、祖父の本は今手に入りにくくなってるから、それを言われたら難しいかな……?あ、でも、祖父の担当だった編集さんに頼めばなんとかしてくれるだろうか?


 そんなことを考えていたら、いつの間にか……背中に冷蔵庫があった。


 ……あれ?


「ん?」


 そして目の前には、幸紀君のかわいい顔。


「えぇ!?な、なんで!?」


 幸紀君が冷蔵庫に両手をついて、私を固定している。


 あれ!?何が一体、どうなった!?


「暁さん、本当に俺の欲しいもの、わからない?」


「え、ええと……祖父の本、とか?」


 とりあえずさっき考えていたものを答えてみるけど、幸紀君の手は離れず、首を振られてしまう。


「それもいいけど、違うよ」


「じ、じゃあ……家財道具?」


 ほら、ほとんど置いてきてしまったし。


「それも違う。……わからない?」


「う……うぅ〜ん……??」


 幸紀君がこう言う限り、きっと私にもわかるものなんだろうと、そう思うんだけど……。


 しばらく頭をひねってみたものの、幸紀君の望むプレゼントなんてやっぱりそれ以上思いつかなくて、私は降参とばかりに首を振った。


「ほんとに、暁さんって……かわいいよね」


「ひゃ!?」


 かわいいの部分を耳元でささやかれて、思わず飛び上がりそうになる。


「ゆ、幸紀、くん……耳、みみ……」


くすぐったくて、背中がゾワゾワするからやめてもらおうと、そう言ったのに、幸紀君はそれを無視して、あろうことか耳元でクスクスと笑う。


 うぅ、拷問……。


「暁さん」


「は、はい?」


「俺が欲しいのは…………暁さん、だよ」


「!?」


 耳元にチュッと音を立ててキスされて、ささやかれた言葉とその行動に、耳を押さえてズルズルとしゃがみこんだ。


 い、今、なんて言った!?


「ゆ、ゆ、ゆっ……」


「暁さんが、欲しいんだ」


「……あ……う……」


 さらに頭上から降ってきた声に顔をあげると、そこに思いがけず真剣な顔があって、何も言えなくなる。


 てっきりからかっているんだと思ったのに……。


用意・・できるかどうか、考えといてね」


 最後にそれだけ言って、いつものようにニッコリと笑うと、幸紀君は楽しそうに鼻歌なんて歌いつつ、お風呂場へと消えていった。


 ……………………言い逃げ!?


 見えなくなった背中に突っ込みつつ、うずく耳と熱くなった顔をもてあます。


『暁さんが欲しい』って……!欲しいって、どういう意味だっ!?


 やっぱり、やっぱり…………そういう、意味なのか?


 …………………………。


 だ、大体っ、私が聞きたかったのは誕生日のプレゼントであって、あくまで『おめでとう』と言って渡す、リボンをかけた、あのプレゼントであって………リボンを…………?


 …………。


 …………絶対、似合わないから。


 一瞬、頭にリボンを付けた自分の姿を思い浮かべてしまって、泣きたい気持ちで、大きな冷蔵庫を抱きしめた。


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