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フォーチュン・ミスト  作者: 異世界連絡員
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奈落 ーto fall into the bottomless pitー 3

この空間から開放されると思い、ゴクリと息を呑んだ。

すぐに出ていってしまえばいいと思う、それでも今の状況ですぐには出れなかった。

もし、あの壁の穴から顔を出した瞬間に右やら左やらに兵士が居たら?とか思ってしまう。

更には、腰にぶら下げた見たこともない帯剣で首を…と、壁がちょうどギロチンの固定台の様に、首だけが空を舞う結果になりかねない。

悪い方向にしか考えが浮かばない事に、内心で腹が立ってしまう。

どうしていつもこうなんだと、普段から悪い方向に考えてしまう癖が途方にもなく嫌だった。


「ちくしょう、こんな時も、なんだってこんな嫌なことばっかり思いつくんだ」


独り言も癖の一つだった。

こんな状況であれば、独り言を言いたくなる人もそれなりにいると思いたい。

苛立たしげに壁を右手で壁を小さく叩いた。


「…ッ!何やってるんだ俺は」


つい叩いてしまった事にすら腹が立った。冷静になろうとすればするほど、底のない沼にハマっていくような感覚が全身を支配する。

瞑っていた目をゆっくりと開けて部屋を見る。穴を開けた壁を背にして目の前にはドア。

もし…もし穴の空いている方を見た瞬間に人が覗いて居たら?

そんな時は本気で叫んでしまうと考えた。


「は、はは…いやいや、何を考えてんだ俺は」


あり得る話かもしれない事に、なんだか笑ってしまった。

人間、悪い方向に考えすぎると、人はどうかしてしまうものかと思う。そんな自嘲に思わず笑ってしまったのだ。

目をゆっくりと右に向ける。

それだけでは右後の壁穴は見れず、首も同じように慎重に動かした。

月明かりが差し込む光と雨水、雨の音だけが、壁の穴から部屋に流れ込んでいた。最悪の結果である、誰かが覗いているなんてことは、幸いにもなかった。


それでもまだ身体を低く、中腰の状態で、慎重に壁穴に近づいていく。音を出さないように歩いて、今更に靴が無いことに気づいた。それでも、静かに移動できるなら好都合だと思った。

壁穴に近づいて壁に近い右目で外の左側を見る。


―――人は居ない。


なら次の問題は、自分の居る壁の反対側。つまり部屋から穴を見て右側だ。

右側に兵士が居たら最悪、一瞬で死ぬかもしれない。

そんな事を考えていると、ふと足元に下ろしていた子供に左手が触れた。

ハッとした。壁穴ばかりに気を取られて、壁穴の近く、足元に下ろしていた子供に気づかなかった。

視野が狭くなっていたことを改めて反省して、弱々しく息をする子供を見る。

どれだけ持つかも分からないのに、どうして移動してしまったのか、そんな疑問が浮かんだ。


「やっぱ助けたいと思ったんだよな…そんな余裕もねぇのに」


無意識に壁の穴まで持ってきた子供を見て、何をしたいのか考えるまでもないと、再び壁穴を見て意を決した。

死ぬ時は一瞬だと、どんな結果になろうとも、こんな所にいつまでも居たいとも思わない。

だったらさっさと外に出てしまえと壁穴から一気に顔を出した。





―――土の匂いを感じる。

雨でかき混ぜられて舞い上がる、独特の土の匂い。

これは元の世界と一緒だと一先ず安心する。


勢い良く出た時に雨が目に入って視界がぼやけた。右手の甲で目をこすってからもう一度、改めて外を見る。

下には足枷が落ちていて、左右には似たような建物、高床式の小屋。

木で作られた割には階段の先のドアは鉄で作られているのに違和感があった。

今いる場所と同じ構造なら、それは小屋というより監獄といえるのかもしれない。


「…うん?なんだ……いや、なんだこれ」


それはそうと、それ以前に何かが決定的に違う。

警戒していた右側には兵士もいない。壁沿いの向こう側には同じ小屋の一部が見える。

そうじゃない、―――上だ。


「ウソ…だよな…?」


空を見て愕然とした。

月が、月が二つ?

黄金色に輝く月が二つ空に浮いていた。

一つは手を伸ばせば掴めてしまえそうなほど大きな月。

もう一つは寄り添うように、小さく、とても小さな月。

本来ならその小さな月が、元の世界と似ている月なのに、自己主張の激しい黄金色の大きな月が、今にも大地に降ってきそうなぐらい近くにある。


「は、はは…」


大粒の雨が顔を濡らす。目に大粒の雨が当たろうと関係なく月を見続けた。

視界はぼやけて、何度も何度も瞬きしても視界は良くならない。

いや、見たくないんだ。現実を、今を、目の前のありえなさを否定したいんだと。


再び小屋と言えば良いのか監獄と言うべきなのか、中に顔を引っ込めてそのまま隠れるように壁に寄り掛かる。

力なく座ったまま、ポタポタと髪の毛から雫が床に落ちていく。


「くそだ…ほんとくそだ、クソみたいな世界だなここは」


いい例えようのない感情が、頭の中をぐるぐると駆け巡った。









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