学びの加護
「GUAAAAAAAAAAAA!」
雄叫びを上げている間に俺は体を反転させ、全力で走る。
こいつは本で読んだことがある。しかし、それによれば非常に厄介な性質がある。
「クソッ!」
俺は走るのをやめる。土の……正確には岩となった土の壁によって行く手を阻まれたからだ。
奴の厄介な性質とは、狙った獲物と自分を中心として壁を作り相手を逃げられないようにする、というものだ。その壁は奴と同じくらい硬い。
「戦うしか……ないのか」
ここは森の奥だ。外からここの状況なんて確認できない。そもそも硬き岩の巨人なんてこの辺にはいないはずだ。この異常事態では行き先は伝えてはあっても、父さんの助けは期待できないと思った方がいいだろう。
俺は左手で剣を掴んだ。奴は少しずつこちらへ動いて来ていた。
俺は頭の中にある奴の情報を整理する。奴はその名の通り、硬い岩でできた巨人である。特徴としては壁を作るのに加えて、とんでも無いほどに硬いことが挙げられる。しかし、動きは大して早くは無い。
そこに付け入り、奴の部位の中では柔らかい関節部分を剣で叩き斬る。
それが俺が勝つための最善の手段だ。
「行くぞ……!」
経験したことのない格上の強敵。それと戦う現状に手が震える。それでも俺は先手を取るため、奴へ向かって地面を蹴った。
奴は俺を見るや、すぐに俺の何倍もある巨大な腕を振り上げ俺に向かって振り下ろして来た。その巨大さで放たれた攻撃の威力は尋常ではない。風圧だけで体が吹き飛ばされそうだ。
でも、避けられる。
2撃目がくるが、奴のスピードでは俺には当てられない。
避けて避けて避けまくる。動きになれたところで一気に奴に突っ込む。
「当たらねえよ!」
奴の拳を剣で受け流しつつ、俺は奴の足に全力で蹴りを放った。奴の体勢が少し崩れる。
その隙を狙い、唯一俺の腕と同じぐらいの脆そうな関節へ剣を振った。
剣が折れた。
その事実を理解しようとして、反応が一瞬遅れた。
「GUOOOOOOOOOOOOOO!」
奴の拳がまともに当たる。骨が折れて行く音がする。
俺は一つ勘違いをしていた。
奴の関節部は奴の中では柔らかい部位であって、決して柔らかくはなかった。
つまり、そういうことだ。俺は奴にダメージを与えられない。壁も壊せない。武器もない。体もほとんど動かせない。万事休すってやつだ。
そもそも、こんな所に硬き岩の巨人が居ることがおかしいのだ。理不尽だ。だから仕方ない。
結局俺は最後まで。
「ついてねえな……」
ーーごめんね。一緒にいてあげられなくて。
そうだ。仕方ないんだ。
ーー人殺しはこっち来んな!
俺はついていないだけなんだ。
ーー俺はやってないよ、先生。
ーーもし、その生徒を庇えばあなたはどうなるか。分かっていますね。
だから、俺のせいじゃない。仕方ないんだ。諦めるしか、ないんだ。
「ふざけんな」
奴がトドメにとはなって来た拳を避ける。
そうだよ。ついてねえ。そんな一言だけでなんもかも諦めてたまるか。俺は常に逃げて来たんだ。この世界に来てからぐらい。
「カッコ良く立ち向かってみせろ!」
【超越学習の発動条件を満たしました。超越学習を使用しますか?】
どうせ奴を倒す手段は俺にはない。だったらなんでも使ってやる。突然聞こえた声だろうと。
【超越学習を使用します。また、これより知覚速度を10000倍に引き上げます。】
一瞬で世界がスローモーションのように見えた。しかしそんなことに構う暇はなかった。
頭から恐ろしい痛みを感じた。小さい頭に世界そのものを入れたかのように頭が埋め尽くされる。
【必要な情報の収集が完了しました。これより学びを開始します】
【全ての作業を完了。『剣術Level1』『影魔法Level1』『刀術Level1』の学習を完了しました。『刀術Level1は技術不足のため、非表示とします。知覚速度をリセットします。】
途端に視界が元に戻った。奴は拳を振り上げて居る最中だ。
しかし、俺は今は完全に落ち着いて左手を突き出した。何をどうすればいいのか。俺は魔法のことなんて何も知らないー。でも、完璧に体が答える。どうすればいいのか浮かんでくる。
俺の左手に黒い刀が現れる。柄に暗い紫の帯がまかれている混じり気のない黒い鞘に入った刀だ。
俺はその刀を右手でしっかりと持ち、左手を柄の近くに寄せる。抜刀術の構えも知らない。でも体は動く。ただ、打ち込むにはスキがいる。
だから次の一撃を完璧に避ける必要がある。再び影魔法を使った。影は現実と完全に連動している。そして影魔法は影を操る魔法だ。
つまり、俺の影を移動させれば俺も瞬間的に移動できるはずだ。
狙い通り俺は奴の頭上へ動いていた。
影魔法を使い、奴が切れるほど、刀の切れ味をよくする。
奴が反応する前に、奴を切れるほど早く、刀を振る。
「はぁぁぁ!」
小さく、それでも激しく雄叫びをあげる。その気合を乗せた刀は奴を綺麗に切り裂き、真っ二つになった奴は地面へと落ちた。
「勝った……な」
俺は地面に倒れこむ。異常に体が重かった。すぐ、目も閉じてしまいそうだ。そして、少し空を見ようとした。
しかし、空は巨大な人の形をした大岩で全く見えなかった。
「はは……」
笑うしかない。死ぬ気で一体を倒したというのにもう一体か。実際指一本も動かせないその上意識も朦朧として来ている。勝ち目はない、というかこのまま潰されて死ぬだろう。まあ今ぐらいは言わせてもらおう。
「ついてねえな」
俺の目は、暗い闇に染まっていく。
最後に、黒い炎のようなものが見えたのはきっと気のせいだろう 。