超人クラブへようこそ その4
菊留先生に促されるまま、俺はこれまでの事情をかいつまんで説明した。
入学からひと月は菊留先生の授業があったこと。
いきなり菊留先生がいなくなり国語の先生は逢坂先生になった事。
授業が朗読ではなく俺の知らない内容で、前の授業の続きだった事。
つい一週間前にファミレスで先生にあったけど、教師ではないと全力否定された事。
そして俺はカバンを開けクリアファイルにしまっていた唯一の証拠品を先生に提示した。
「先生、これがその時もらった名刺です」
「ふむふむ、ほんとに菊留義之って書いてある。なんとも摩訶不思議な話だね~」
先生はのんびりとそう言いながら
背広の内ポケットを探りスケジュール帳を取り出した。
「一週間前、開校記念日だね……」
「おれ……ほんと、どうしていいか、解らなくて……」
どんより暗い俺の口調とは裏腹に先生の間延びした声
「あーっ、君と会うのは無理、その日は奥さんと一緒に、のとろ温泉行ってたわ」
「えーっ、先生、既婚者だったんですかー?」
途中で余計な口を挟む角田先輩、深刻なムードが一気に霧散した。
「私、既婚者ですよー、ほら、あっ」
先生があげて見せた左手の薬指に結婚指輪がなかった。
「わーっ、どうしよう、いつの間になくなって……これって奥さん怒りますかね」
「怒るでしょう、ふつう」
ぷっと噴出した。緊張がほぐれた。
そういえば、銀行マンの菊留氏の左手には結婚指輪があった。
静かな物腰、真面目そうな口調、人間、職場が変わればこんなにも雰囲気が変わるものなんだろうか。
「信じるしかないかな、君がこんな手の込んだいたずらをする生徒には見えないしね」
先生は机の上に出された名刺を興味深げに眺めている。
そして自分の」ケータイを取り出し名刺に書かれた番号に電話し始めた。
「私、田中というものですが、融資課の菊留さんにつないでいただけますか」
「はい、そうですか、在籍していらっしゃらない。
……ではこちらの記憶違いでしょう。お騒がせしました。それでは失礼します」
先生は電話を切った後、さらにケータイのプロフィール画面を呼び出して名刺と見比べている。
「何、見てるんですか?」
「私のケータイの電話番号さ、この名刺に書いてある手書きの電話番号と……すごい全く、同じだ」
「……」
「君が今まで体験したことが真実だとすると、つまりこうゆう事かな」
「異次元とか、異世界とかですか」
「厳密には違うね」口をはさんだ角田先輩を軽く否定した。
「私は職業柄、いろんな小説や文献、歴史書や科学雑誌なんかにも精通しているわけだが」
「先生、もっと平たく言ってください。回りくどい説明はなしです」
「全く、君は容赦がないね」
先生は机の上に真っ白なコピー用紙をおいてボールペンで文字を書き始めた。
「君たちはパラレルワールドと呼ばれる多元宇宙の存在を知っているかな」
「はい、そういうSF小説なら読んだことありますけど」
「私たちの世界に似た空間が無数に存在しているという考え方だ。並行世界、並行宇宙、並行時空ともいうけど」
銀行員 菊留義之のいる世界
教 員 菊留義之のいる世界
二つの行を丸で囲み線でつないだ。
「君はこの二つの世界を行き来する謎の生命体という事になるね」
「俺、ふつうの人間ですけど」
「まあ、そうなんだけど、問題は君がなんどもこの二つの世界を行き来しているという事実だね」
「……なんども……」
「ごく普通の人間ならこう何度も経験したりはしない。
体験談を語る人はいるけど大抵は一回きりだったりする」
「救いなのは、二つの世界が非常に似通っていて
行き来していることに気づかないほど君が不自由を感じていないという事かな」
なるほど腑に落ちる説明だ。
「でも、行き来する能力が君自身の力によるものだとすれば、君は安定していないことになる」
「いつまた、他の平行世界に飛ぶかもしれないという事ですか」
角田先輩の問いに頷くと先生はいった。
「これは、十分な資格ありだね。高森君、超人クラブへようこそ、
私がこのクラブの顧問です。君を歓迎します、異存はないね、角田君」
「はい、僕も同意見です」
思いがけない言葉に俺は目を見開いた。
「君はこのクラブを探していたんだろう?、担任の吉田先生から聞いているよ。
もっとも、吉田先生はこのクラブの存在をご存じないけどね。このクラブには普通の人は入れないようになっています。規制を設けている訳ではないけど人智を超えた人の集まりなのでね。」
人智を超えた人の……なら、先輩も?
「不思議そうな顔をしているね。角田君、君の能力を教えてあげたらどうだい?」
「そうですね……こっちの方が早いか……」
先輩は自分の携帯を取り出して待ち受け画面を見せてくれた。
映っているのはにっこり笑う先輩、自分を待ち受けにするなんて相変わらずナル……?
「なななっなんですか このティーシャツの模様」
「何ってヨナグニサンだよ。絵じゃなくて本物、羽を広げると30センチくらいかな、モスラのモデルになった蛾だ」
「彼の能力は、虫、動物全般にわたる意思疎通、今はこんなに明るくなったけど所属した当初は本当に根暗でね。会話に困るほどだったんだ」
「ふーん、人嫌いな先輩にぴったりの能力ですね」
「……人嫌いってどうしてわかった……」
「そりゃ、わかりますよ。だって先輩はいつだって……」
そこで口をつぐんだ。言ってはいけない。そんな気がする。
「だから、嫌いなんですよ。能力者は、人の仮面を簡単に剝いでしまう」
「君の場合は、人間全般でしょう?」
「そんな事を言うと僕はいい子のふりをやめますよ」
「それは困った。君がまた元の根暗に戻ったら、私の努力が無駄になってしまう」
「先生、メンバーは角田先輩のほかに何人いるんですか?」
「あと、三人、近々紹介するよ、この学校はそういう人が集まりやすい場所らしい」
「場所じゃなくて、先生の周り限定だけどね」
「高森君、君はまた次の世界に飛ばされたくはないだろう?
とにかく急がないといけない、。君の能力を抑える方法を彼らなら知ってるかもしれないしね」
素直にうなずく。
だいぶ気分が落ち着いた。
菊留先生のおかげだ。
先生の周りに能力者が集まる。なんとなく解る気がした。
救いを求めるものだけがこのクラブに入ることができる。
先生は困ったものを手繰り寄せ救いを与える事が出来る人なのだ。
その日は久しぶりにぐっすり眠る事ができた。