運命の出会い
転移の魔法陣から発せられた光が消えるも、青空の中、太陽が天高くに座しているのが見える。
どうやら、地獄を出たようだ。
眩しすぎる太陽光を遮ろうと手をかざす。
ようやく見えてくるのが、丘の下に広がる壁に囲まれた都市。
都市の中央には荘厳な宮殿が置かれ、技術力の高さを誇示している。
多様な施設の並びと数の多さもあり、この世界の基準で言えば、大都会と言っても過言ではないだろう。
ふと、僕の立つ草原に風が吹いた。
風に煽られた植物の綿毛が舞い上がり、行方を探して空に踊る。
植物に感情があるとしたら、きっと、期待と不安が入り混じっているのだろうな。
「ねえ、これから、どこへ行けば良いの?」
傍らにいる犬の怪物に話しかける。
まだ具体的な行先も聞いていないから。
「まあ、待て、その前に転移の魔法について説明せねばならないことがある」
犬の怪物が言うには、転移の魔法も融通の利かない部分があるみたい。
再度発動させるためには3日間は必要らしい。
予定では、1ヶ月もあれば神の元に辿り着くそうで、その間は自由に行動して良いと言われたが、難しい話しだ。
僕の着ている服では動くこともままならない。
地獄に落ちた時に、いたるところに血の染みがついて、袖や胸の部分が破けているのだ。
そのせいで、僕の姿を見た住人が驚くことも考えられる。
注目を浴びるのは好きじゃないから、そういったことは避けたい。
けれども、お金が無いため、服が買えない。
つまり、完全な手詰まり状態。
付けていたはずの結婚指輪も、地獄へ落下した時に何処かに飛んで行ってしまった。
売ればかなりのお金になっただろうに、勿体ないことをした。
「不安なのか?」
犬の怪物は僕の表情を読み取り、心の奥を打ち明けるように促した。
言ったところで、何かが変わるとは思えなかったが、自分だけで考えているのは不安というもの、心の負担を軽くするためにも吐き出そうと思う。
「綺麗な服が欲しいのに、お金もないからさ。
この格好じゃ恥ずかしくて人前に出られないってわけ」
「なんだ、そんなことか」
犬の怪物は僕の悩みを軽いものと言い、僕の体に薄く広がった。
「ちょっと、何するの?」
僕の抵抗を他所に、犬の怪物は厚手のローブに変わる。
ボロボロの服と体を隠すように作られており、僕の耳元に隠れるように怪物の口が伸びている。
それで、会話をするつもりなのだろう。
たぶん、耳はどこかに隠している。
着心地や、見てくれも良く、能力の高さに感心する出来だ。
この怪物が一つ目になっていたり、鎧になっていたところを見たことがある。
そのことから言えば、体の形を変えることは難しいことではないのだろう。
「ありがとう、なんか凄いね」
「なんかとは何だ」
僕が上手く感謝を伝えられなかったことに、怪物は不満を言いつつも、どこか喜んでいるみたい。
怪物に話しかけようとした時、怪物に名前が無いことを思い出した。
名前が無いと不便ってこともあるけど、何より、悲しくなってしまう。
いつまでも遠くにいるみたいで。
それに、お前って言い続けるのは、ぶっきら棒な感じがして好きじゃない。
「ところでさ、呼ぶとき大変なんだよね、名前が無いから。
あんまり、お前って言うのも良くないし、名前が必要だと思うの」
「名前を付けるなんて人間みたいで良いな。
どうせなら、強そうな名前が良い」
僕の提案を、怪物は快く受け入れてくれた。
名前が決まれば、もう少し仲を縮められるかもしれない。
そのことに期待感を膨らませるが、強そうな名前という単語に一抹の不安があった。
そういった名前は、長かったり、小文字が多く入って呼びにくかったりする。
念のために言っておいた方が良いかもしれない。
「それじゃあ、名前を考えといてよ。
でも、あんまり呼びにくいのは止めてね。
呼ぶ側も困るからさ」
「任せろ」
雑談もそこそこ、都市へ辿り着く。
解放された門の端には門番が二人。
それぞれが、武器として杖の様な物を地面に立てているが、その姿に違和感を覚えた。
というのも、今まで見てきた門番は槍か剣が殆どで、杖を使う門番なんて初めて見たから。
どのように戦うのか疑問を抱きつつも、門を抜ける。
街並みを間近で見ると、見えるものも変わってくるというもので、一番に目についたのが生産性の高さだ。
物の種類も豊富だが、同種類の商品が幾つも並んでいるのだ。
手作業で生産するとなると、大量には作れない。
何か別の方法で作っているのだろうが、その方法までは分からない。
ナイフ一つ見てもどれもが同じ出来具合だ。
おそらく、人間が手作業で作った物ではないのだろう。
手作業で作れば、多少なりとも差が出る。
しかも、これだけの量となると、大人数で作らねばならない。
そうなると、作り方に個人差が出るというもの。
機械的な生産設備があれば、可能かもしれないが、その雰囲気はここには無い。
「ところで、金も必要と言っていたな、そのために少し血を貰うぞ」
「ひゃッ?!」
急に背中を何かに刺されたもんだから、変に高い声を上げてしまった。
幸い誰にも気にされていないようだが、これ以上目立つ真似はしたくない。
注目されるのは恥ずかしくて苦手なんだ。
背中に刺さされたものを通して血が抜かれていることが分かる。
声を我慢していると、針が抜かれた。
「やめてよ、ビックリするからさ」
「事前に言ったぞ、さて、目の前に片腕が無い大男がいるだろう?
奴の近くを通ってみろ」
「何でもかんでも急過ぎるよ。
それで、どうして?」
「言われた通りにしろ、すぐに分かる」
そうですか、話しは聞いてくれないのですか。
たしかに、目の前の冒険者4人が談合している中に、片腕が無い大男がいる。
おそらく、今後の目的を話し合っているのだろう。
何を目的として僕を動かそうとしているのかは分からないが、通り過ぎるくらいならと、大男の横を過ぎる。
すると、僕の後ろで驚きの声が上がった。
「おい、見間違えじゃなねーよな!
俺に右腕が付いてやがる!」
振り向くと、大男が声を大きく上げて、仲間の冒険者に聞いて回っている。
3人の冒険者も信じられないと言った様子で、大男の右腕を触っている。
新しくできた右腕は傷や汚れもなく、見てくれは不自然に見えるが、機能的には問題が無い。
一連の出来事から察するに、この怪物の仕業だろう。
「あれって、お前がしたの?」
「ああ、そうだ。
あれくらい、私ほどの高位の存在には造作もない」
大男の右腕について尋ねると、怪物も腕の良さを自慢げに語った。
ハイセンに食われるために一流の治療の魔法を受けたことがあるが、一瞬で腕を生やすというわけにはいかなかった。
そのことからも、この怪物の技量の高さが伺える。
「やっぱり、僕なんかが、お前を名前で呼ばないのは気が引けるよ。
早く名前決めてね」
僕が卑屈気味に言うと、怪物が耳元で囁き返してくる。
「何を言うか、お前さんがいるから私も力を存分に使えるのだ。
私にとっても、お前さんは必要な存在だ」
耳元で囁かれたことと、言葉の雰囲気も相まって変な気分になりそう。
「僕を必要としてくれて、ありがとね。
でも、お前が羨ましいよ。
魔法が使えるなんてさ」
必要とされていても、僕には何の力もない。
力がなければ何もできない。
そのことは生きてきた中で十分に身に染みている。
「お前さん、魔法が使いたいのか。
それならそうと、言ってくれれば良い。
後で、魔法の使い方ってものを教えてやろう」
「えっ、本当っ!?」
魔法を教えてくれるということに、この上ない高揚感と希望を覚えた。
僕も強くなれる。
それに、色んなことができるようになるんだろうな。
「ああ、教えてやるとも、だが、今は金を得るのが先だ。
誰でも良い、怪我をしてるやつを治していれば、金ならすぐに貯まる」
惚けた僕を怪物が急かす。
「治せないもはあったりするの?」
「治せないものは無い。
怪我だろうが、病気だろうが、毒だろうが治せる」
怪物さんの言葉を信じて、怪我をしている人を探す。
この町にも体を欠損させた冒険者は多くいる。
失う物が多いのに、冒険を続けるのは夢や希望なのかもしれない。
強力な魔物を倒せばそれだけで、力の誇示になる。
魔物の中には体内に希少な物を生成する個体も存在し、それを売れば家を一つ建てることくらい簡単な金額が手に入ることもある。
この世界では絶えず魔獣に対する脅威がある。
魔物を排除してくれる冒険者は、無力な人間の憧れでもある。
そんな魅力のある職業なのに、今でも僕は冷めた目で見てしまう。
魔物を無闇やたらに殺すことは冒険者の共通の特徴だから。
話して交渉するよりも実際に見せた方が早いと思い、指を何本か欠損させた冒険者に目を付けて、そのうちの一本だけを治す。
期待通りに驚いてくれた冒険者に対して、残りの指を治す代わりに、少しだけお金を分けてくれるように願いをする。
無料も同然で欠損した指を生やせるということで、冒険者は罠では無いかと勘ぐるが、あと一押しで受けてくれそうな迷いを見せている。
交渉ごとの経験はある。
ハイセンとの付き合いがこういった形で役に立つのは癪にさわるが。
治療を受けたくないのなら、他の人のところへ行きますと言い残し、僕が去ろうとすると、慌てて引き留められた。
思惑通りだ。
想像できるリスクが低いのに、機会を手放すことはしない。
リスクを前にして機会を手放す慎重な考えの人なら、そもそも冒険者にはならないから。
治療を受けてくれるということで、冒険者の手に僕の手をかざすと、淡い光が広がった。
怪物が言うには、単なる演出だそうで、治療の速度を遅めた結果だそう。
魔法の演出が無ければ治療を受けているという実感さえなく、不信感を煽ってしまうからだって。
治療が終わり、申し訳なさそうな表情をした冒険者から、治療代を受け取る。
申し訳ない表情をした理由は、単に少ない金額で指を生やしてもらったことに罪悪感があるのだろう。
本来ならば、もっと、お金がかかるし、僕が子どもということもある。
良く分からないけど、子どもの前では大人はカッコつけたいんだってさ。
怪物がそう言ってた。
受け取ったのは、見たこともない通貨だった。
金色に光るコインに、見たことも無い文字で、マルクと書かれている。
見たことも無い文字が読めることに疑問を感じつつも、僕の思考はすぐに遮られた。
他の冒険者たちが僕の治療を受けようと積極的に頼んできたのだ。
無料も同然で治療をしたところを見たからだろう。
そこからは飛ぶ鳥を落とす勢いで、僕の噂を聞きつけた冒険者が集まった。
その果てには通路に渋滞ができてしまうほどに。
広場に移るも、すぐに溢れだしてしまう。
誰もが我先に治療を受けようとして、事態に収拾がつかなくなり、順番待ちさえしてもらえなくなってしまった。
「まずい、このままだと、誰かが怪我をするかもな。
これだけの数がいれば血の気の多い奴もいるだろう。
喧嘩で済めば良いが」
怪物が深刻そうに言葉を漏らす。
「そんな、どうしよう」
喧嘩は駄目なのに、僕の行為は、いつも裏目に出るんだ。
この状態に収拾を付けられるほどの器量の良さは僕には無い。
「仕方ない、私が手伝ってやろう」
そう言って、怪物はローブから首だけを伸ばし、僕の頭上から大きな頭で周囲を見下ろし、狼のような鋭い眼光をぶつける。
突然の出来事に、この場にいる全員の動きが止まった。
「ちょっと、何するの!?」
悪い奴じゃないと思うのだけど、もし、ここで暴れられたら、全員が死ぬ。
そうなる前に止めなければならないが、怪物は僕の言葉に耳を貸してくれそうにない。
「一列に並べ!」
怪物が一喝すると、この場にいる全員が体を鋭く震わせた。
今にも襲い掛かりそうな怪物の形相に気圧され、お客さんが列を作ろうと動き出す。
蛇行して伸びた待機列は形こそ滅茶苦茶だが、先ほどの状況と比べたら良い方だ。
所々、列に入れない人たちが順番のことで言い争いを起こしているが、怪物が吠えると、その人たちは渋々と後ろに下がっていった。
時間のかかり具合から見て列を離れ行く人間もいるが、そういった人たちは治療を受ける必要性の低い人達だ。
治療は何時間にも渡り、人が捌けたころには、日が暮れていた。
費用は無いも同然だ。
深刻に体の不調に困っている人も多くて、そういった人たちからは、お金自体を受け取らないようにしていたが、それでも、相当な金額が貯まった。
この国の所得で言えば、1カ月の平均的な所得に届くくらい。
治療の途中、雑談も交えて色々とこの国の情報を探っている内に物価のことも教えて貰ったのだ。
ここはハンブルク国の首都ということも分かった。
僕も一度は聞いたことがあるが、経済と魔法技術に優れた超大国の一つだ。
僕の好きだった物語に出てくる英雄もハンブルク国の出身で、この国には前から興味を持っていた。
この国に来れたのは良かったが、来た理由が理由なだけに、素直に喜べない。
みんなが死んだ中で、僕だけが生きている。
これはズルい話だ。
この国でも魔法で治療を受けるにはお金が凄く必要なんだって。
だから、殆ど無償で治療する僕は、救世主みたいに感謝された。
その感謝の言葉を聞くたびに、僕も頑張ろうと思える。
誰かのために動くことで幸せを感じていたのかもしれない。
必要とされると、自分の存在を認めて貰えたように思えたから。
お母さん、僕、少しだけでも良い子になれたかもしれない。
沢山の人が僕の存在を認めてくれたよ。
それでも、全てが幸せというわけではない。
心配なのが怪物の体調だ。
僕と違って不死身ではないから、休みも必要だろう。
けれども、体調のことを聞くたびに平気と言い返してくる。
怪物は文句一つ言わないで僕に付き合ってくれた。
これだけのことをしてくれたのだ、お返しに、僕も何かしてあげたい。
明日は1日中怪物に付き合ってやろう。
楽しいことが好きって言ってたしね。
「ごめんね、こんな遅くまで付き合わせて」
「大丈夫だ。
お前さんこそ、よく頑張ったな」
怪物は言ってくれているけど、僕は大して頑張っていない。
治療をしている間も僕は立っているだけで何もできなかった。
暴動が起きそうになった時も、僕は慌てていることしかできなかった。
僕の困っていることを颯爽と解決する怪物に憧れを抱いている自分がいる。
「全部お前のおかげだよ。
僕はただ立っていただけだもの」
「体を食われても平然としていられる奴はそうはいない」
治療の途中、僕の内臓を食べさせたことを怪物は言っているのだと思う。
血で賄うには生命力が足りなくなってしまい、急きょ食べてもらったのだ。
そりゃあ痛かったさ。
でも、治療を待っている人たちのことを考えると、痛がっている暇なんて無かったから。
「僕なんかよりも、困っている人たちは大勢いる。
時間が無い中で、僕が痛がっていたらその人たちを全員助けることなんてできないよ。
僕は当然のことをしようとしただけだから」
「それでも、頑張ったさ。
それで救われた人がいる」
僕の行いを認めてくれる怪物さん。
そういうのは素直に嬉しい。
僕は間違いばかりを犯してきたから。
「ありがとね。
とりあえず、人も来なさそうだし、どこかに泊めてくれる場所を探しに行こうか。
お腹も空いたしね」
雑談を切り上げ、宿泊場所を探す。
そのうち泊まれる場所が見つかるだろうと高を括っていたが、どこも満員だった。
となると、野宿か。
怪物さんには悪いが、ベンチがあったので、そこで寝ることにした。
中々寝付けないでると、怪物さんが僕のことを聞いてきた。
僕は今までの出来事、この世界の人間ではないこと、家族がいないことも話した。
怪物さんはひたすら僕の話に耳を傾けてくれて、僕はずっと話していた。
過去の出来事を思い出して、不安になっていると、怪物さんが何があっても守ると誓ってくれた。
本当なのかは分からないけど、言ってくれただけで嬉しかった。
怪物さんの体温に包まれ、いつの間にか僕は眠りに落ちていった。
日の登りきらない時からこの国は動く。
怪物さんに起こされ、目覚めきらない瞼を川の水で擦る。
もう少し寝かせて欲しかったのだけど、寝かせて貰えなかった。
怪物さんが言うには、規則正しく生活しないと子供の体には悪いんだってさ。
小言が五月蠅く感じる今日この頃。
店が動いたと同時に、服を買う。
白いシャツに長ズボン。
パンツも男物。
これで、ようやく男らしくなった。
「お前さんに言っておかねばならないことがある」
「何さ、改まって」
「名前を決めた」
「本当っ!」
怪物さんの名前が決まったということに、心が弾む。
これで、ちゃんと名前で呼べるのだ。
今か、今かと、怪物さんの発表を待つ。
「私は、お前さんといることで無限のエネルギーを得ることが出来た。
今の私は神に匹敵する強さを持つ。
昔の縁もあって、名前を借りてウロボロスにしようと思うのだ」
ウロボロスさん、キャーカッコいい!
とはならなかった。
僕の頭の中にはハテナが浮かぶ。
縁と言われても全く知らない。
名前の持ち主の姿も知らないのだ。
それに、リズムが悪くてウロボロスさんとは言いにくい。
うーん、とりあえず、カッコイイって言ってあげないと可哀想だし、それは嘘を言うみたいだな。
まあ、嘘も方便だ。
「カッコいい名前だね、普段は短く愛称を込めてウロさんって呼んでも良い?」
「ああ、構わない」
我ながらナイスな判断だと思った。
本人の意思を組みとりつつ、僕の意見も取り入れている。
名前の原型が分からないため、傍から聞けばカッコよくないとは思わないだろう。
分かってるさ、単なる自己満足の評価だってことくらい。
怪物さん、もとい、ウロさんは上機嫌だ。
ウロさんのことは好きだから、喜んでくれているだけで、僕も楽しくなる。
「じゃあ、ウロさん。
今日はウロさんの遊びに付き合ってあげる。
どこへでも付いてくよ」
喜んでもらえるように言ったのだが、ウロさんの反応はあまり良くなかった。
言葉に詰まって、どうにも困っている。
「えっと、そのな、楽しいことは好きなのだが、楽しいことに触れる機会はあまり無くてな。
それで、何が楽しいのか分からないのだ。
お前さんが楽しいことなら、私も楽しめることがあるかもしれない。
だから、どちらかというと、お前さんに合わせたいのだ」
そっか、ウロさん初めてなのか。
けど、僕も楽しいことはあんまり知らないんだよな。
「僕もここに来るのは初めてだから、あまり期待には応えられないと思うよ」
「そうだったな、それなら魔法のことを教えてやろう。
お前さんも楽しそうだったし、そもそも、そういう約束だったしな」
あっ、魔法のことなんて完全に忘れていた。
僕のこういう抜けているところって、いつになったら直るのだろうか。
僕の努力不足なんだろうけど、直す方法がよく分からないんだよな。
「どんな魔法を教えてくれるの?」
「まあ待て、その前に知っておくべきことがある」
ウロさんが言うには、魔法を使うには魔力が必要らしい。
魔力は待機中に漂っており、時間と共に脳に蓄積される性質があるそう。
その蓄積速度も、蓄積量にも才能があるらしくて、脳に蓄積されていない魔力は扱うことができないそうだ。
ウロさんのような地獄の生物は魔力の代わりに、生命力で魔法を扱う。
生命力は生き物の肉体に存在し、入手手段は生き物を食べるか魂を直接食べることの2つだけ。
生命力は魔力と比べて蓄積量がとても高いそうだ。
「まあ、なんとなくわかったよ。
僕が不死身である理由も生命力の多さと関係あったりするの?」
「すまない、私にも良く分からない」
「そっか。
そろそろ、魔法を教えてくれても良いんじゃない?」
「気が早いな、もう少し落ち着きを持つべきだ。
お前さんは子供だからまだ良いが大人になったら大変だぞ」
また、小言が始まった。
人間そう簡単に変われるもんじゃない。
分かりきっている小言を聞いているフリをしてやり過ごす。
本題に入るまでが長い。
僕の親じゃないのに、しつこくて困る。
僕の将来のこととか聞いてくるし、正直、面倒くさい。
まあ、でも、地獄で約束したことを守ろうとしてくれているのだろう。
僕が間違えないように注意してくれているのだ。
けれども、実際に言われるとこうも面倒だとは。
突然、頭の中に何かが流れ込んでくる。
「何これ、頭が変だよ」
「なんだ、前にもしてやっていたのに、気づかなかったのか?
お前さんが今、話している言葉だって、私が植え付けたものだ。
文字だって読めていただろう?」
ウロさんの仕業だったのか。
「そしたら、ウロさんが話す必要はないんじゃない?
説明だって、全部植え付けてくれれば、すぐに済んだのに」
小言だってそうしてくれた方が早くて助かるのに。
「人間の記憶は大まかに短期記憶と長期記憶の2つの仕組みで成り立っている。
私が記憶に焼き付けられるのは長期記憶に該当する部分だけだ。
くだらない冗談も含めて大人になっても必要なのか?」
「それは気が滅入りそうだからやめて」
頭の中でぼんやりした記憶が徐々に鮮明になる。
ヘルカノンという攻撃魔法の記憶だ。
手のひらに火炎球を作り出し、それを投射する魔法だ。
けれども、この魔法を使うための呪文が長すぎる。
全ての魔法は呪文を詠唱することによって発動の切っ掛けが得られる。
一分間も呪文を言い続ける必要があるなんて、実用性に欠けていると思う。
「この魔法だと詠唱時間が長すぎて、使う前に倒されそうなんだけど。
もっと、短いやつは無いの?」
「そのうち体が慣れてきて無詠唱でできるようになる。
それに、その魔法を選んだのも理由がある」
ウロさんの話を聞くと、質量が重い物を魔法で発現させるほど、魔力を使うそうだ。
そのため、僕の魔力量を計測する必要があり、魔力の消費量が少ないこの魔法を選んだそう。
「早速、使って良い?」
「それなら、丁度良いものがあるな、あの看板を見てみろ」
そう言って、ウロさんが針のように尖らせたもので何かを指し示すが。
「ごめん、遠すぎて分からない」
「全く」
ウロさんに呆れたようにため息をつかれた。
僕が悪いのね。
針の先を辿ると、闘技大会が開催されてることが分かる。
不安がよぎり、気乗りしないまま闘技場に近づくが、人が密集して中の様子が分からない。
人混みに分け入ると、大きな円形の幾何学模様が地面に浮かぶ中で1対1で戦っている様子があった。
一人は杖を持った、怖い顔をした30代くらいの男性。
もう一人は若くて長身の男性で、自分の肉体に自信があるらしく、武器を持たずに上半身の筋肉をむき出しにしている。
杖を持った男性が何もない空間から水を巻き上げる。
それに対して半裸の男は構えを崩さず、戦いの最中でも爽やかな顔立ちで笑っている。
その光景に観客の女性たちが黄色い声援を飛ばす。
おそらく、半裸の男に向けて言っているのだろう。
だって、あの人、イケメンなんだもの。
すまないが、これだけの女性が叫ぶと耳が割れそうになる。
女性たちの言葉をなんとか聞き取ると、あの半裸の男性はジークという名前だと分かる。
ジークさんは次々と飛んでくる水の塊を拳だけで打ち破る。
飛び散った水が僕の方に飛んで来たから、腕で顔を守ろうとしたが、僕に直撃する前に見えない障壁に阻まれて消失した。
「案の定、驚いたな。
安心しろ、地面に描かれている魔法陣が起動している間は安全だ」
ウロさんが笑いながら教えてくれた。
「もう、先に言ってくれれば良いのに」
悪い気はしない、僕も笑って返す。
2人の戦いを観察すると、ジークさんの腕の周りに風が渦巻いていることに気づいた。
おそらく、その風が水の塊を掻き消したのだろう
これでは、水のように飛散してしまうものではジークさんに太刀打ちできない。
対抗策として杖を持った男性は岩石を作り出し、ジークさんに向けて飛ばすが、届くまでもなく細かい砂に変わる。
対抗策を考えているのか、杖を持った男性は動きを止めた。
その隙を突き、ジークさんが一瞬にして距離を詰め、拳を繰り出す。
繰り出された拳は男性の鼻っ面の手前に止まった。
どう見ても拳は当たっていないが、男性は杖を落として気絶してしまった。
頭の中では直撃したものと勘違いしたのだろう。
ジークさんは、20歩の距離を一瞬にして詰められるだけの筋力を持っていた。
その拳を喰らえば気絶で済むはずもなく死んでしまう。
その恐怖が彼の意識を奪い去った、のだと思う。
周りの歓声が上がるも、同時に不満の声もジークさんに飛んでいる。
それを爽やかに受け止めるジークさん。
こういったことには慣れているのだろう。
女性たちに囲まれながら、その場を後にするジークさんの姿は男として憧れる姿なのかもな。
女性にモテるほど男性としての魅力がある。
そのことに、観客の男性たちは嫉妬しているのだろう。
別に僕は羨ましくなんかないけどさ。
アマリアに失礼だし。
「練習も兼ねてこの戦いに参加しろってこと?」
「そうだ」
やっぱり僕の不安は当たったか。
誰かを傷つけることにもなるし、戦うことは嫌なんだよな。
何かと理由をつけて、参加しないようにしよう。
「でも、どうやって出るの?
大会は既に始まっているよ」
「こういうのは言ったもん勝ちだ。
声を出して元気に言えばいい」
「それでも、僕なんかが出ても勝てるわけないよ。
見っとも無く負けるのが目に見えてる」
「わがままだな。
私を使え、それとも、私が負けると思うのか?」
そう言って、ウロさんは僕の体に鎧を作る。
背中を見ると、僕の背丈に合わせた剣があった。
柄頭からコードが伸びており、鎧と繋がっているようだ。
どうしても、出させたいのか。
言ってみてもどうせ参加させてくれないだろう。
参加できないことが分かればウロさんも諦めてくれるはず。
「すみません、僕も参加したいのですけど」
ため息交じりに声を上げる。
「悪いけど、もう出場するやつは決まってるからさ」
女の人に揉まれながら、だらしない顔をしてジークさんが答える。
あんな姿を見れば反感を持つ人もいるだろうな。
現に、僕もイラッときた。
まあ、でも、出られなくて良かった。
そう思ったら、観客の男性たちが声を上げた。
子供のお願いも聞けないのか、男の癖に心が狭いぞとか。
心が狭いのはお互いなんじゃないかと思うけど、言えない。
単に反発したいだけなんだろう。
ジークさんが困っている。
「仕方ねーな、じゃあ、入ってきな。
俺が相手だけど構わねーよな」
困り果てた結果、観客の意見を聞き入れたようだ。
ジークさんが闘技場の中に入る。
結局、参加しなきゃいけないのか。
仕方なく、僕も魔方陣に入ると、ジークさんが拳を構える。
僕も剣を抜いて構えようとするが、構え方なんて知らない。
こんなもんかなと、切っ先をジークさんに向けるけど、剣の動きが固定できずに頼りなく揺れる。
「ウロさん軽くならない?」
「お前さんが貧弱だからこうして鍛えようとしているのだ」
あーそうですか。
どうせ貧弱ですよ。
「来ないならこっちから行くぜ!」
構え方に苦戦していると、痺れを切らしたジークさんが一瞬で距離を詰めてきた。
ジークさんは容赦なく僕の体に拳を叩きこもうとする。
それを阻止しようと、剣になっているウロさんは針を伸ばす。
伸びた針はジークさんの拳に突き刺さり、ジークさんは針から拳を引き抜くと血を流しながら距離を取った。
「早く魔法を使え」
ウロさんに急かされて詠唱を始める。
ジークさんも魔法を使うために自身の周りに魔法陣を広げた。
その魔方陣の中心から大剣が飛び出すと、ジークさんは大剣を引き、僕に向かって突進を始めた。
ジークさんの動きを阻害するために、ウロさんは再度、針を伸ばした。
針は途中まで伸びると、先端から無数に広がり、ジークさんの動きを阻害するように襲いかかった。
ジークさんも棒立ちのままではない、回避され、当たらない軌道にある針が出てくる。
しかし、そういった針は方向を変えて再度ジークさんを追い続ける。
執拗に襲い掛かる針の数に押され、ジークさんは大剣で防御する暇もなく、回避に専念し続けている。
ウロさんの時間稼ぎのおかげ僕の詠唱は完了した。
そのはずなのに、僕の魔法は発現する気配が無い。
焦りながらも、再度、詠唱に挑戦する。
「お前さん、魔力が全く無いぞ!」
「はあ!?」
ウロさんの突然の言葉に気を散らしてしまい、対処に遅れてしまう。
いつの間にかジークさんが目の前に迫っていた。
振り下ろす大剣を受け止めようと剣をぶつけるが、ジークさんにそのまま押しつぶされてしまう。
仰向けに倒された状態で大剣の刃を喉元に押し付けられてしまい、抵抗できる状態では無くなってしまった。
魔法も使えないし、これ以上、戦っても無意味だ。
「降参です」
小さく言葉を漏らす。
負けたけど、恥ずかしくは無かった。
ただ、魔法が使えなかったことで、放心状態になっていた。
「良い勝負だったぜ」
ジークさんは僕に握手を求めてきた。
立ち上がり、鎧に付いた土ぼこりを払って、ジークさんの握手に応える。
「また戦おうな」
ジークさんがそう言って会釈をしてきた。
不自然な会釈のタイミングに疑問があったが、会釈をされたのだからこちらも会釈をする。
すると、ジークさんがキョトンとした顔になった。
ジークさんはすぐに表情を爽やかな表情に戻したが、何かあったのだろうか?
観客は僕を励ますように声をかけ、ジークさんに対しては批判の声を出す。
僕に対しては良くやったぞとか、ジークさんに対しては子供相手に本気出しやがってとか。
ジークさんは何も言い返すことなく、苦笑いをして女の人のところへ戻る。
僕もその場を後にすることにした。
闘技場を出て、ウロさんには鎧と剣を解いてもらい、ローブになってもらう。
「すまない、こんなはずじゃなかった」
ウロさんが申し訳なさそうに声を出す。
魔法も使えなかったし、負けてしまった。
面目の無さがあるのだろう。
「大丈夫だよ気にしてないから」
「もっと怒っても良いんだぞ」
僕だって失敗する。
そのたびに、怒られたくないって気持ちがあるから、僕は怒りたくない。
けれども、ウロさんは自分の不甲斐なさを責めて欲しいみたい。
よく分からないな。
「どうして、そんなに怒ってほしいの?」
「いや、本当に悪いことをしたと思ってな。
自分を責めたい気持ちがある」
自分を責めたいって気持ちは分かるな。
責任を取りたいのだろう。
でも、僕は気にしないし、気を使われるような価値も無いのだけど。
ウロさんには助けられてばかりだし、励ましてあげないとね。
「戦ってる姿、とってもカッコよかったよ。
失敗は次の成功で取り返せば良いんだよ。
ウロさんなら大丈夫だよ。
それとも、僕の言葉信じられない?」
「そうだな、次がある」
「それじゃあ、気分転換に遊びに行こうか」
僕の励ましでウロさんは、ある程度は持ち直してくれたみたい。
良かった。
魔法が使えなかったのは残念だけど、それが全てじゃないしね。
「話しは変わるが、お前さんに魔力が無いというのはあまりにも変だ。
少なからず、誰でも魔力を持つ。
そのように出来ているはずなのだが、もしかしたら、お前さんの生命力が悪い方に働いているのかもな」
そんなところだと思ってたよ。
僕の人生で上手く行ったことなんてないしさ。
「気にしない、気にしない。
ウロさんがいるだけで、僕は満足だよ」
ウロさんが落ち込まないように言葉を選ぶ。
町を歩いていると、誰かを呼んでいる声がした。
その声には聞き覚えがあり、気になって後ろを振り向くと、走って向かってくるジークさんの姿があった。
どうやら、僕に用があるみたい。
「やっと、止まってくれた。
君、この世界の人間じゃないだろ」
ジークは僕の前に立ち止まり、そう言った。
言い当てられ、少し驚いたが、知られても大したことではないし、すぐに落ちついた。
「ええ、そうですけど、何か?」
「実はな、俺もこの世界の人間じゃないんだ」
彼が何を目的に言っているのか分からなかった。
僕以外の人間がこの世界に来ていても不思議とは思わないし、前の世界のことも興味が無かった。
「これは、珍しいこともあったものですね」
「もうちょっと、驚いてくれても良いんじゃないか?」
僕の反応が不満なようで、ジークさんは笑った表情を崩しかけている。
同郷の人と会えたのだから、懐かしさがあるのかもしれない。
こっちは前の世界には嫌な思い出しか無いのだけど。
「あー、いえ、びっくりして言葉も出なかったんですよ。
どうして、僕がこの世界の人間じゃないと分かったんです?」
「そりゃあ、この世界で頭を下げる習慣なんてないからな。
俺以外の転生者を探すために、出会った奴らに片っ端から会釈して、見事、君が引っかかってくれたってわけよ」
つまり、釣られたってことか。
この世界の習慣や文化についてはあまり気にしたことがなかったな。
「ジークさんも、日本人だったんですか?」
「まっ、立ち話もなんだし、ちょうど昼時だ。
美味しい店があるんだけどさ、紹介させてくれないか?」
そんなに親しくないはずなのに、ジークさんが僕の肩を掴んで、半ば強引に連れて行こうとする。
まあ、予定は特に無いし、付いて行くのは良いんだけどさ。
こうして誘われるなんて初めてだから、少し嬉しい。
ジークさんに連れられて、古い外装の店に入る。
外見とは対照的に内装は綺麗な作りだった。
端正に並べられたテーブルの上に真っ白なテーブルクロス。
電球色の温かさに彩られ、ゆったりとした音楽が流れていた。
動きづらいローブを脱ごうとすると、ウロさんが察してくれて、剣の形になって椅子に倒れかかってくれた。
「落ち着くお店ですね。
電球があるってことは電気が通っているんですね」
「いや、魔法の力だよ。
昔からこの店に世話になっていたから、役に立ちそうな魔道具とかを渡していてね。
その電球も魔道具なんだよ」
魔道具か。
僕もそういうのなら使えるのではないだろうか。
椅子に座り、メニューを渡されるが、どれも見たことのない料理名だ。
とりあえず、サラダらしきものを注文する。
ふと、ジークさんが僕の顔を見つめていることに気づいた。
僕が何かをしたのだろうか? たぶん、何もしていないと思う。
恥ずかしいから、あまり見ないで欲しいのだけど。
「もしかして、男の子?」
ジークさんがボソッと言葉を漏らす。
またか。
げんなりする。
彼は女の人が好きなようだし、僕を口説くためにここに連れてきたのか?
しかも、13才の子供を。
嫌な感じはするが、僕の方も勘違いということがある。
「ええ、男ですよ」
「いやー、気になってたんだけど、傷つくと思って、聞くに聞けなくてさ。
ようやく聞けて良かった」
悩みの霧が晴れたジークさんは顔を綻ばせる。
単に性別が気になっていただけのようだ。
僕の勘違いで良かった。
こうした勘違いを避けるためにも、もう少し態度を男っぽくした方が良いのかもしれない。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。
僕の名前は一応ステインです、わけあって偽名ですけどね。
姓は事情があってまだ決めていないのです。
そしてこの剣にも名前があって、生きてるんですよ。
名前はウロボロス。
ウロさんって呼んであげてください」
僕から名乗り、剣になっているウロさんを紹介しようと持ち上げると、剣の柄頭から伸びた目玉がジークさんの様子を伺った。
ジークさんが若干引いている。
まあ、ちょっとグロテスクだし、仕方ないかな。
「これから長い付き合いになりそうだ。
よろしくな」
「ぜひとも、仲良くやっていこうぜ。
改めてよろしくな」
ウロさんと、ジークさんが挨拶を済ませる。
他に話すことは無いようで、ウロさんは目玉を柄頭に戻した。
「ところで、本題に入りたいんだけど。
俺は、元々刑事だったんだ」
ジークさんは朗らかな表情を崩して話を切り出した。
その雰囲気の変わりように、言いようのない不気味さを感じる。
今までの行動が事前に用意された、彼の本性を隠すような、仮面のように思える。
彼の感情が読めないと言うことは、考え方さえも知ることが難しい。
なんだか怖いし、ジークさんとは一定の距離を保った方が良さそう。
ジークさんの話は続く。
ジークさんがこの世界に来る前の話だ。
刑事として、ある殺人事件を追いかけていた。
捜査を続け、その殺人事件の背景に組織的な動きがあったのを知り、事件の真相にたどり着こうとするが、ジークさん自身が何者かに誘拐されてしまった。
監禁されて殺された後、この世界に赤ん坊として転生して今に至るそう。
ジークさんとしては、今でもその組織の素性を調べ上げて、人殺しが起きないようにしたいらしい。
刑事としての正義感から来るものだそうで、そのために、色々な人から情報を聞いている。
特に転生者達に。
僕としても、誰かを救う行動には協力したいが、できることはなさそうだ。
僕が知っていることは何もないから。
「僕がこの世界に来たのは誰かに殺された、とかではありません。
単なる自殺です。
お力になれなくて、すみません」
「謝ること無いって、ここに転生してくるやつは何かしら事情がある奴が多いからさ。
聞いた俺が悪いのよ、ごめんな」
僕が自殺と言ったことで、空気が重くなる。
ジークさんは、触れてはいけないものに触れたことを理解したらしく、少々慌てている。
僕もどう言えば良いのか分からない。
お互いに言葉に詰まり、沈黙が流れる。
窒息死しそうな空気を破るように、腹をつつく良い匂いが運ばれてきた。
テーブルに置かれた物を見ると、この世界では久しく見ていないものがあった。
「それ、肉じゃがですかね?」
「そう、アッタリ―。
日本が懐かしくて作ってもらったんだけど、この世界の人には味が合わないみたいでさ。
俺が食うためだけに、メニューに載せて貰ってんだ」
少年のようにジークさんは料理を見て喜ぶ。
外見以上に年を取っているはずなのに、こうも、若い振る舞いをするなんて、少し不思議。
まあ、外見は若くてイケメンだし、多少のことは気にならないのだろう。
「材料が良く見つかりましたね」
「いや、似たような食材は、探せばあるもんだぜ。
この世界にも生態系があって、気候も似ているしな。
ただ、魔法生物みたいのがいるから形が変わっていたりもするんだろうけど」
ジークさんの言う通り、この世界は地球と似た部分が多々ある。
ただ、この世界の技術的な関係で、その全てを知るのは、ずっと未来になるだろうけど。
話しは変わり、ジークさんはこの世界に来てからのことを話し始めた。
その内容には聞き覚えがあり、どうしても気になって聞くことにした。
「神を殺して世界を救った英雄の話と似てますね」
「実は、その話って俺のことなんだよねー」
ジークさんは、照れ気味に、それでいて自慢げに言う。
英雄の名前は、たしか、ジークリンテだったはずだ。
ジークとジークリンテは違うな。
「あの、僕の聞いた英雄の名前ってジークリンテなんですけど、ジークさんと名前が違うのはどうしてなんです?」
話が飲み込めないといった表情を浮かべるジークさん。
「ああ、そっか。
そういや、こっちは自己紹介してなかったな。
ジークって呼ばれてたから、てっきり知ってるもんだと思ってたよ」
頭を掻くジークさん。
その態度でようやく僕も理解した。
「もしかして、単なる愛称?」
僕の言葉に軽く笑うジークさん。
はあ、やっちまったな。
「そうそう、俺の名前はジークリンテ。
ジークは単なる愛称だよ」
「ジークリンテさん、すみません、思い込みが激しくて」
「君って面白いやつだな。
ジークで良いって」
ジークさんは、僕のミスを水に流してくれたようだけど、自分の間抜けさに落ち込んでしまう。
愛称である可能性は十分にあったのに、気づけなかった僕は間抜けなんだ。
気分は落ちながらも、僕にとって、英雄は憧れだから、ジークさんに聞きたいことは山ほどある。
少し残念なことに、ジークさんは僕の理想の英雄の姿とは違っていた。
もっと謙虚な人を想像していたから。
それでも、世界を救った英雄であることには変わらないのだ。
聞きたいことがあるのは変わりない。
「僕、その話が凄く好きなんです。
どうやって世界を救ったのか聞かせてもらえません?」
「良いぜ、何から聞きたい?」
ジークさんは快く英雄としての活躍を最初から話してくれた。
ジークさんは、この世界に転生して、魔法使いとしての才能に目覚めると、膨大な魔力を操り、瞬く間にその地位を上げたそう。
膨大な魔力量にものを言わせ、強力な魔法をいとも容易く使いこなす。
その力は自然さえもねじ伏せるほど。
火山が噴火すれば氷漬けに。
竜巻が起きれば、風を操り消失させ。
大地を動かし、地震さえも止めたのだ。
そんな英雄は邪悪な神エイボスタンと戦う運命にあった。
「エイボスタンが戦いを始めた理由って何なんです?」
「詳しく知らないけど、他の神から聞いた話だと、性格に問題があったらしいな」
元々、エイボスタンは攻撃的な性格の持ち主であり、他の神々との争いが絶えなかったそう。
それまでは小競り合いで済んでいたが、攻撃的な性格は戦争を望み、エイボスタンは世界を手に入れるために動き出した。
手始めに世界中にエイボスタンは使徒を送り、殺戮の限りを尽くした。
それにより、人類との戦いが始まる。
他の神々と人類を敵に回したエイボスタンは最初の勢いこそ凄まじかったが、ジークさんの活躍により、敗走を重ねることになったのだ。
「エイボスタンはヨルムンガンドという兵器を作ったのですよね?
一体どんな兵器なんですか?」
「せっかちだね、君は。
ちゃんと話すって」
ジークさんの登場により、エイボスタンの敗北は目に見えていた。
ヨルムンガンドはその劣勢を跳ね返すために作られたのだ。
ヨルムンガンドとはこの世界から魔力を吸い上げ、枯渇させる兵器。
魔力が消え去ると、全ての生命の体に不調が起きる。
症状の進行には個人差はあるが、初期段階では体に気怠さを感じ、行動が鈍くなる。
症状の進行と共にあらゆる活動が鈍くなり、最終的には生命維持に必要な臓器の活動さえも止まってしまうのだ。
その状況を重く見た神々と人類はヨルムンガンドを破壊するため、全兵力を注ぎ込み決戦を仕掛けた。
エイボスタン側もヨルムンガンドを守るために兵力を集中していたため、戦いは拮抗する。
このままでは勝てないことを理解し、ジークさんは全ての戦いを避けて、ヨルムンガンドを破壊することにした。
戦場を疾走し、敵の反撃を受ける前に敵の中心部に到達すると、エイボスタンが待ち構えていた。
エイボスタンを無視して、ヨルムンガンドを破壊しようとするが、エイボスタンの攻撃を回避することで精一杯になり、破壊は困難なものとなる。
そこで、ジークさんはエイボスタンに捨て身で突進し、エイボスタンを貫通してヨルムンガンドを破壊することに成功した。
ヨルムンガンドが破壊された後、エイボスタンは壊れたヨルムンガンドから、それまでに吸い上げた魔力を持ち去った。
敗北を覚悟したエイボスタンは世界の全てを道連れにしようとしたのだ。
世界を終焉に導く魔法が存在し、それを発動するには膨大な魔力だけでなく、詠唱にも時間が必要であった。
魔力は既に手元にある、後は時間だけ。
時間稼ぎのためにエイボスタンが張った障壁はあまりにも強力。
一時的に障壁に穴を開けることが可能であるが、人を一人送るのが精一杯だった。
そのせいで、ジークさんは単身で乗り込むしか無かった。
「そろそろ、神器の出番ですね。
神器って何が強かったんです?」
「君と戦った時に俺が大剣を呼び出したの覚えてるよね?
あれが神器なんだけど、実は秘密があってな」
神器には魔力を消失させる力があり、魔力量が無い人間が使えばすぐに干からびてしまう。
神々の魔力を注ぎ込まれ、完全復活を果たしたジークさんはエイボスタンを切り裂いた。
エイボスタンの有利性はヨルムンガンドから得た魔力量だけ。
膨大な魔力を使い、深い怪我でさえ癒し続けていたが、魔力が無くなれば魔法は使えない。
短期決戦において、ジークさんが負けることはまずないのだ。
平和になった今でも色々とあるそうだが、魔法学校の先生になり、家族を持って幸せに暮らしているそうで、羨ましい限り。
少し前に魔物の大量発生が起きて、この首都が包囲されたことがあったそう。
連絡が断ち切られ、食料も入って来ない状況で、住民が喘いでいた。
ジークさんはその状況を打開すべく、数万にも及ぶ魔獣の大量発生の原因である魔力の溜まり場を発見して破壊した。
英雄としての活躍は今も続いているということ。
もっと話を聞いていたかったのだが、予定があると言われて、優しく諫められてしまった。
食事を終えて、ジークさんと別れる。
去り際に、困ったことがあったら相談してくれと言われた。
その言葉が本当の意味を持つのかは分からないが、英雄と話せたことで満足し、これ以上は身に余る贅沢だと自分に言い聞かせる。
自分勝手な思いで相手を拘束してはいけないと注意されたばかりだ。
そのことについて、ウロさんにも謝らないと。
「ウロさん、ごめんね。
退屈だったでしょ?」
「英雄に取り入って利用しようという魂胆だったのだろう?
そのために時間を費やした。
やるな、流石だぞ。
私には到底思いつかない作戦だ」
「皮肉は言わないでよ。
それでウロさんが楽しいなら別に良いけどさ。
もう少し、マシな趣味を見つけた方が良いと思うよ」
「冗談だ。
お前さん、ジークリンテに言われたことを気にしているのだろう?」
「まあ、ちょっとだけね」
昔から、怒られてばかりで、注意を受けても直せなくて。
そのせいで、怒られたり、注意を受けると嫌われてしまうと思って怖くなってしまうのだ。
「彼の方が最初に強引な方法で食事に誘ってきた。
それを自分勝手と言わずになんと言う?
私が言いたいのはこういうことだ。
筋を通して生きるなんてことは難しい、ちょっと言われたくらいでへこたれるな。
根性のある方が女にもモテるぞ」
ウロさんが女の人の何を知っているのかは分からないし、別に他の女性にモテる必要もないのだけど。
元気づけようとしてくれたことは分かる。
もう少し、分かりやすく言ってくれた方が助かるのだけど、ウロさんは複雑に言いたいのだろう。
「ウロさんのそういう変な言い方をするところ、好きだよ」
「それは恋仲になりたいという告白か?」
「バカ言わないで」
ウロさんの冗談をあしらい、街中を彷徨う。
楽しいことは中々見つからないもので、演劇の舞台を見ようと劇場を見つけても開演時間外。
魔道具の存在を思い出し、魔道具屋を探す。
見つけた魔道具屋は他の立ち並ぶ店と違い、大きな構造に建てられており、多くの魔道具があるのだろうと、期待が膨らむ。
期待通りに、様々な魔道具がケースに飾られ、値段の高い物はそれぞれが魔法陣によって守られている。
その反対に値段の安い物は、無防備な状態で陳列されている。
魔道具の種類は、攻撃用、防御用、補助用の3つに分かれているみたい。
攻撃用の魔道具は初歩的な魔法しか扱えない。
防御用の魔導具は半透明な障壁を作り出し、使用者の身を守るというものだ。
補助用の魔道具は使用者の治療、魔力の回復といったもの。
どれもが、値段が高いほど効果が高く、物自体が大きくなる。
一番高いのだと、防御用の魔道具で僕の所持金の100倍だ。
到底、買える物ではないし、持ち運べないほど重い。
英雄ジークフリートの最大威力の斬撃を受け止められるという売り文句が書いてあるが、動けない状態でタコ殴りにされる姿が容易に想像できる。
魔道具を起動させるにも、魔力結晶が必要で、その魔力結晶はゴミのように扱われている。
値段なんて無いも同然に設定されており、山積みにされ、放置されている。
魔力結晶だけ買っても仕方ないのに、ウロさんが買ってくれと、ねだりはじめた。
いくら値段が安いからって、様子がおかしかったから買わなかった。
理由を聞いても教えてくれないし、なんだか怖い。
「色んな物があるけど、使い所に想像がつかないね」
「今すぐ必要というわけではないしな。
お前さんは人が喜べばそれで満足なのだろう?」
「それもそうだね」
萎んだ胸の中は裏切られた勝手な被害者の心情が渦巻いていた。
「魔道具が使えなくてもお前さんは十分に強い。
普段は自分の体が壊れないように、制御されているだけで」
「僕にはそんな力は無いって」
「誰もがそういう仕組みになっている。
お前さんが否定してもな。
火事場の馬鹿力ってやつだ」
火事場の馬鹿力ってなんだそりゃ。
適当に嘘言って作った言葉みたいに感じる。
「まあ、そういうことにしといとくよ」
「ところで、私には今すぐ必要な物があるのだが」
「あっそ、良かったね」
どうせ、ウロさんが欲しがっているのは魔力結晶のことだろう。
街中を歩いていると、誰かの叫び声が聞こえた。
気がついたら体が勝手に向かっていた。
活気溢れる大通りから外れる。
薄暗い路地裏を通り、開けた場所に出ると、表の姿からは想像できない光景が広がっていた。
成人した男女4人が鞭を打たれて、恨みや苦しみを呟く姿に重なるものがある。
彼らは高台に立たされ、手足に枷を付けられており、自由を制限されている。
さらに、使いまわされたであろう、汚い布で必要な部分だけを隠し、群衆に眺められている。
ここは人身売買の場だ
影になっている奥の方には多数の人間が檻の中に押し込められている姿があり、この場の犠牲者の多さが分かる。
この場の主催者である男は、豪勢な服で身を包み、普通の身なりをした男性二人を従え、商品としての人間を紹介している。
主催者の指示を受けた部下2人は、売り物の姿勢を正し、表面的な価値を分かりやすくする。
その状況下で、自由を奪われた彼らの中にも意思を挫くことなく、顔を真っ赤に腫らし、たった一人で抵抗している、若い女性の姿があった。
彼女は、主催者の部下が自分の体に触ろうとしてきたため、身をよじって抵抗する。
抵抗し続けていると、主催者の部下に首を絞められ、呼吸の苦しくなる様を見せた。
男性に筋力で押さえつけられては、何もできない。
僕なら諦めてしまう。
それでも、彼女は諦めなかった。
女性は組み付いている腕に噛みつき、鼻息を荒くする。
噛みついた腕が離れた瞬間を狙い、高台から飛び降りようとする。
しかし、無残にも押さえつけられる結果となった。
彼女の顔はこちらを向いている。
彼女の涙と苦悶の表情が僕の目に映る。
「私は何も悪いことをしてない!
誰か助けてよ!」
女性の叫びに群衆は顔色一つ変えず、その状況を眺めるだけ。
その瞬間、僕の中のどす黒い感情が全身に行きわたった。
こんな非道なことを平気な顔でやれるなんて、あまりにも酷い。
これだけの人がいるのに誰も彼女を助けようとしない。
これだから、人間ってのは嫌いなんだ。
みんなも、自分のことも。
女性の元へ駆け出そうとするが、脚が動かない。
「お前さんがこの場で動いても、どうなるかも分からないんだぞ」
ウロさんが僕の脚を縛り付けて、動けないようにしているのか。
「じゃあ、どうすれば良いの?!」
「まずは冷静になれ、この場にいる全員に正当な理由があるのかもしれない」
「じゃあ、なんで、あの女の人は泣いているのさ?!
理由があれば何をしても良いって言うの?!」
「それはだな」
「理由ばっかで何もしないウロさんは嫌い。
僕一人でもやるよ。
これ以上、誰かが傷つくのを見るのは嫌なんだ!」
「分かったから、自分の手を強く握りしめないでくれ! 血が出ているじゃないか。
私だってお前さんが無意味に傷つくのは見たくない」
「僕はどうなったって良い!」
僕の言葉にウロさんは、ため息をついた。
「なあ、お前さんは助けた彼らがここで生きられると思っているのか?」
「ウロさんの転移を使って他の所に逃がせば良いだろ」
僕の言葉に、また、ウロさんはため息をつく。
僕の行動に呆れているとでも言いたげだ。
そんなに僕が馬鹿だって思っているなら、思っていれば良いさ。
馬鹿には馬鹿なりの生き方ってもんがある。
「原因を潰さなければ、また、同じ境遇の人間が出てくることもある。
その人たちは助けずに見捨てるのか?」
「全員助けて、原因を潰す。
それで、全てが解決するじゃないか」
「事態が重くなって、関係のない人間が巻き込まれても構わないと?
生活だって失うかもしれない。
お前さんは、そんな無情な子じゃないはずだ。
今は、ただ、頭に血が上っているだけで、本当はもっと、優しい子だ。
どうか、考え直してくれ。
私は、お前さんの優しいところが好きなんだ」
「でもっ、でもっ」
言い返そうと思っても、何も言葉が思いつかなかった。
話しの長さに気圧されたのもあるけど、関係のない人間を巻き込むことを考えると、反論が出来なかった。
それでも、彼女を今すぐ助けたい気持ちが葛藤する。
「お前さんを愛しているからこそ、拘束は解かない。
私のことを嫌いになってくれても構わない。
それくらい、お前さんのことが大事なんだ」
僕は彼女が嬲られる姿を黙ってみているしかなかった。
何もできないということに、自分のことを見つめ返す機会があった。
僕には力が無い。
力が無ければ救えない。
それなのに、助けたいと言う気持ちは凄く大きい。
力の無いこんな僕が彼女を助けようと動いても、どうせ失敗する。
僕の行動は裏目に出るんだ。
そのことを忘れていた。
ウロさんが僕に冷静になるように言ってくれなければ、取り返しのつかない失敗をしていたかもしれない。
それなのに、怒りに任せてウロさんに嫌いとまで言ってしまった。
本当に僕は馬鹿だ、どうしようもないくらいに。
「ごめんなさい、僕が間違ってました。
本当はウロさんのこと嫌いじゃないんです。
好きなんです」
「私はな、お前さんを人間で言う息子のように感じる時がある。
危なっかしいところを見ると、どうしても守ってあげたくなるのだ。
泣き虫で、なよなよしていて、それなのに、意思の強いところがある。
誰かに優しくしようとする姿が可愛くて仕方がない。
お前さんが落ち着いたら、一緒に彼女たちを助ける計画を考えよう。
納得してくれるか?」
だから、僕の親みたいなことを。
でも、こんな短い間に、僕の親だなんて。
「もう大丈夫、落ち着いてるよ」
僕がそう言うと、拘束が解かれた。
「彼女たちの人生がかかった行動になる。
始めことは最後までやり遂げなければならない。
途中で失敗したからといって、逃げ出すこともしてはいけない。
その覚悟はできてるか?」
ウロさんが僕に覚悟を問う。
でも、僕には最初から答えが出ている。
「行動する前から最悪のことばかりを気にしていたって仕方ないよ。
僕は結果を受け入れるし、最悪のことが起きないように行動する。
必ず、救う。そうしないと前に進めないから」




