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君が笑って 僕が泣いて  作者: 竹丈岳
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死、そして、再生

 甘い香りの食堂。

 長机の上に、琥珀色のべっこう飴が盛られたお皿が置かれている。

 甘いお菓子を前にして、子供達がお行儀よく座って待っている。

 

 この施設の躾は厳しいし、僕が痛い目に会わないように子供達自身も頑張っている。

 お行儀が良いのは何よりだけど、元気でいて欲しい。

 そのこともあって、子供たちが元気になるように、お菓子を作った。

 砂糖と水だけでできた、単純なべっこう飴しかないけど、ここでは甘い物は出ないからね。

 喜んでくれるかな?

 

 子供達の前にべっこう飴の入った最後のお皿を置き終えて、僕も椅子に座ろうと、アマリアの隣の椅子を引く。


「いただきます」


 僕の言葉を皮切りに子供たちが手を伸ばして、べっこう飴を口に入れる。

 嬉しそうに頬を上げて、楽し気な会話で幸せを共有する姿が見られれば、頑張って作った甲斐があるというもの。

 アマリアも口に入れて、幸せを感じている。


「美味しいです、お姉さま。

 これ何ていうお菓子なんですか?」


「べっこう飴って言うんだよ、僕の故郷のお菓子」


「こんな素敵なものがあって、お姉さまが生まれた場所、きっと素敵な所なんですね」


 アマリアの言葉に複雑な感情を抱くけど、雰囲気を壊さないように笑顔を維持する。

 前の世界に対して素敵という感情を抱いたことは一回も無かったから困ってしまった。


「アマリアなら、きっと素敵な人生が送れると思うよ」


 なるべく言葉を選んで嘘を言わないようにした。

 嘘を言うと、裏切った気になるから。

 アマリアみたいに美人で良い子ならきっとイジメられないで受け入れてくれるだろう。

 それは嘘じゃないはずだ。


 アマリアと笑顔を向け合うと、アマリアが僕の方に椅子を寄せてきた。

 触れた肩を通してお互いの体温が伝わる。

 少し動けばアマリアの唇が手に入る距離だ。

 我も忘れてキスをしようと口を近づけるけど、子供達にからかわれて止める。

 顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。

 アマリアは笑っているけど、節操のなさが露呈して恥ずかしい。

 

 気を紛らわそうとべっこう飴を一つ掴むと、べっこう飴に付いている紐が申し訳なさげに垂れる。

 本当は爪楊枝みたいのをつけて棒付きにしたかったのだけど、丁度良いのが無くて仕方なく裁縫用の糸を束ねて代用した。

 手が汚れないようにしたのだけど、みんな直に掴んでるし、紐ごと口に入れているから邪魔なだけのようだ。

 

 口に入れると懐かしい味が広がる。

 僕がもっと小さかったころ、嫌なことがあって落ち込んでいると母親が作ってくれた。

 手を付けないでいると僕の口に運んでくれて、その味の良さに夢中になって嫌なことも忘れてしまう。

 恥ずかしいけど、単純な人間なんだよな僕って。


 お母さんに会いたい。僕がもっとしっかりしていれば、今でも生きていて優しくしてくれていたかもしれない。

 僕は母親を守れなかった。


 お母さん、ごめんなさい。

 駄目な息子でごめんなさい。


 過去を思い出して気分が落ちていく。

 

 僕の手に誰かの手が置かれた。

 見ると、アマリアが表情を崩して心配そうにしていた。

 感情が表情に出ていたようだ。


「ごめん、何でもないよ。

 ただ、思った通りの味が出せなくてさ」


 アマリアに心配をかけまいと嘘を言った。

 ごめんねアマリア、嘘はつきたくなかったのだけど。


「全く嘘が下手ですね。

 分かってます。

 辛いことを思い出したのでしょう?

 後で慰めてあげます」


 アマリアの顔が柔らかくなる。


 嘘を言った僕に優しくしてくれて、察してくれて、嬉しさのあまり涙が頬を伝っていた。


「ごめんね、嘘ついちゃって。

 本当は嫌なことを思い出してちょっと凹んでた」


 涙を指で拭ってアマリアに謝る。


「何でも相談してください、私とお姉さまは一心同体なんですから」


 アマリアは決意に満ちた眼差しを僕に返してくれた。

 僕の手を握る強さも高まり、その決意の度合いが伝わる。


「ありがとう、必ずみんなを幸せにしてみせるから」

 

 僕を勇気づけてくれる素敵な女の子に感謝をして、目を腫らしながらも、楽しく会話を続ける。

 

 少なくなり始めたお皿の中から、紐の付いていない少し大きなべっこう飴が顔を出す。

 それに気づいたアマリアが手に取って割ろうとするが、べっこう飴の固さに苦戦して指を痛めたようだ。


「指大丈夫?」


「大丈夫です。

 固いですね、これ」


「僕がやるよ、アマリアが強い女の子になったら、僕の良い部分が無くなっちゃうからさ、力仕事は全部任せてよ」


「お姉さまって、単なる卑屈に見えても、実は優しいんですよね、益々好きになっちゃいます」


 アマリアが僕の肩に頭を乗せる。

 表情は見えないけど、幸せそうだ。


 僕ってそんなに卑屈かな、悪い方向には行っていないようだし、深く考えないようにしよう。

 それこそ後ろ向きになりそうだし。


 みんなが食べ終えたのを見て、ゴミを集めてお皿を重ねていく。

 指が上手く動かせず、指の間を抜けてお皿が床に落ちたが、音を立てただけで割れずに済んだ。


 胸を撫で下ろす。

 危うく割るところだった。

 奥行の把握が難しくなってるようだ。

 疲れのせいだろうか?


 アマリアがお皿を洗うのを手伝うと言ってくれたけど、やんわりと断った。

 あんまり仲の良いところを周りに見せてしまうと、ハイセンの耳に伝わって、引き離されてしまうから。

 そのことを伝えるとアマリアは渋々といった感じで理解してくれた。

 

 誰もいない調理場に行き、ゴミを捨てて、汲み置きしてある水を掬い上げて鍋に入れる。

 その中に、使った食器を入れていく。

 火の付いている釜戸の上に食器ごと鍋を置いたら、自分の部屋から裁縫セットと作りかけのナップザックを持ってきて作業を進める。


 裁縫セットは少し前に、ハイセンに趣味を作りたいと言って買ってもらった。

 けど、本当の目的は違う。

 子供達を逃がす時、自分の荷物を持っていけるようにナップザックを作っている。

 

 もう少しで脱出できる。

 一刻も早くここから子供たちを逃がしてあげたいから、寝る間も惜しんで作業を進めている。

 自由になれる時間は少ないから作業はどうしても深夜になる。

 そうなると、寝られない。

 三日間、寝ていないせいか、精神的に弱くなっているようだ。

 けど、死なないのだから、僕の体は寝なくても平気なはず。

 でも、アマリアの前で不安な表情を出してしまったのは悔やまれる。


 前の世界では家事は全部自分でやっていたし、必要な裁縫も自分でやっていた。

 まさか、こんなところで役に立つなんて、夢にも思わなかった。

 ちなみに、ナップザックの材料は子供達の使っていない服だ。


 指に針を刺してしまい、血が滲んでくる。

 視界が霞むせいで、間違って刺してしまった。

 死なないにしても、眠らないと作業効率が落ちるみたいだ。

 けれども、眠くないのは体内時計が狂っているからなのかもしれない。

 

 最後のナップザックを作り終えて、少し時間ができる。

 さて、小麦粉を練っておかないと。

 

 前回は型の取り方が少し雑で、鍵穴に入らなかったしな。

 今度こそ成功させないと。

 何度か実験も繰り替えして、形の崩れとかも分かってきた。

 後は、このまま誰にもべっこう飴で鍵を作ってるなんて、知られないように祈るばかり。

 

 それにしても、調理場を丸ごと使わせてもらえて良かった。

 ハイセンのためにお菓子を作ってあげたいと言ったら快く受け入れてくれた。

 高いのに砂糖も買ってくれた。

 まあ、僕のことが好きだっていうのはよく分かる。

 ハイセンは真っ当に生きるべきだった、それだけだ。


 逃げる時には、砂糖は全部べっこう飴に変えておこう。

 遠くまで逃げるにも、子供達の親を探すにも食料が必要だ。

 糖分は十分な食料になる。


 食料が無くなれば僕の体を食べてもらうしかない。

 子供たちも人肉を食べるのは嫌だろうけど我慢してもらうしかない。


 僕自身は子供たちの為なら腕を切り落とすくらい躊躇はしないさ。

 愛する存在のためなら、自分を犠牲にできる。

 自分の子供ができたらこんな感じなのかな。

 この考えも所詮は子供の戯言なんだろうけど。

 早く大人になりたい、そしたら、色んな人に僕のことを認めて貰える。

 そのためにも、今を頑張らないとね。


 小麦粉の練り物を入れるために、パースニップと呼ばれる根野菜を取り出す。

 パースニップとは根野菜の一種のようで、白い人参にも見えるし、小さな大根にも見えるのだが、そこは重要じゃない。

 根野菜特有の日持ちの良さと、加工のし易さを活かして箱の様な物を作る。

 この中に良く練って水気が入りにくくなった小麦粉を入れて、形が崩れないようにして蓋をする。

 これを3つ作って、少し前に作っておいた目隠しも一緒に書斎の棚に隠しておく、以前も成功したし、今回も上手くいくだろう。


 食器の煮沸消毒が終わり、食器を片付ける。


 下準備も終えたし、子供たちの様子を見に行かないと。


 調理場を出ると、視界が歪み始めた。

 少し細長いというだけで、どれもが人間の姿に見える。

 強烈な眠気も来てるが、休むわけには行かない。

 歩くことすらままならなくなり壁に倒れる。

 

 最初の威勢はどこへ行ったのやら、さすがに体の限界が来ているようだ。

 でも、このままここで寝るわけにはいかないしな。

 そうは言っても無理そうだ。


「お姉さま、時間です、起きてください」


 アマリアの声に目を覚ます。

 あれ、どうしてアマリアの胸の上で寝ているんだっけ?

 重いだろうに、アマリアが僕の下敷きになっていて、天使の顔がすぐ近くにある。


 ボーっとする頭を動かして、ようやく思い出す。

 フラフラしていたところをアマリアに助けてもらい、僕の部屋に連れて行ってもらったんだ。

 そのままベッドに倒れようとしたら、アマリアが下敷きになって、そこから意識が無くなったんだ。


「ごめん、重かったよね」


 名残惜しさを残して体を離そうとするが、アマリアに抱きかかえられて止められた。


「お願いですから、少しだけ話を聞いてください」


「うっ、うん。

 どうしたの?」


 言葉の調子から重要な話だと分かり、体勢をそのまま、アマリアの胸に埋める。

 話を聞こうにも、無粋な感情が邪魔しにくる。

 深呼吸をしようにも、余計におかしくなりそうだ。

 

 僕を抱く腕に力がこもり始める。


「私、お姉さまのことが大好きなんですよ、一生を通して支えたいくらいに。

 けれども、お姉さまは私に心配かけまいと頼りにしてくださらない。

 お姉さまは素敵な人です、私なんかよりもずっと良い人に言い寄られる。

 私の良いところを分かってもらえる前に、他の女の人の所へ行ってしまいそうで不安なんです。

 ですから、何でも言いつけてください、言う通りにしますから捨てないでください」


 言葉の端々から悲しみを感じる。

 泣きそうになるのを堪えていても、それがどれ程の悲しみなのかも分かる。


 ごめんね、辛い目に合わせてしまって。

 不安なんだね、自分の心までが壊されてしまいそうで。


 腕を立てて体を支える。

 顔を合わせるとアマリアが恥ずかしそうに顔を逸らした。

 悲しさで顔に赤みがかかっており、乱れた髪がベッドに散らばっている。

 アマリアの吐息の荒さにつられて僕の呼吸も荒くなる。


「僕も同じこと考えてた。

 アマリアみたいに綺麗な女の子なら、僕よりも良い男が寄ってくる。

 僕は寂しいんだ、ここに来るまではずっとイジメられて友だちもいない、家族も死んじゃっていない。

 また一人になるんじゃないかと、いつも怯えている。

 アマリアに捨てられないように、カッコイイところを見せようと平気なフリをしてた。

 それが、アマリアにとって辛いことだとは思ってもみなかった、ごめんね。

 もし、アマリアが他の人とくっついたら、僕は寂しさで死んでしまう。

 だから、アマリアの気持は凄く分かる。

 なのに、察してあげられなくてごめんね」


 僕が泣きながら謝っていると、アマリアは涙を流しながらも笑った。


「真剣な話なのに、笑っちゃってごめんなさい」


「大丈夫、何で笑ったのか分かってるから」


 笑ったことを場に合わないと謝られたが、そんなことはないと顔を撫でてやる。

 アマリアが僕の手に愛おしそうに頬を寄せる。


「私ね、恋人になればずっと幸せでいられると思ってた。

 実際は、嫌われないように頑張って、それで、気苦労しちゃって。

 でも、お互いに同じなんです。

 だから、これからはもっと正直な自分でいます。

 お姉さまも正直な自分でいてください、全部受け止めますから」

 

「良いの?

 僕も男だよ」


 冗談めかして言う。


「女装が好きな変態さんだってことも受け入れますよ」


 隠していたはずなのに、全部見透かされていた。

 きっと、全て知っていて、知らないフリをしてくれていたのだろう。

 僕が全てを話してくれると信じて。


「分かった、全部話すよ、正直な自分でいるために」


「はいっ」


 それから、お互いの全てを打ち明けた。

 過去も自分たちのこれからも。

 一番驚いたのが、アマリアって、結構ベタベタな甘えっこだってこと。

 僕の体を触る回数が多くなったけど、悪い気はしない。


「お姉さま、もう行ってしまうのですか?」


「ごめんね、子供達の様子も見ないといけないし、ハイセンに対して用事があるからさ」


 ベッドから起き上がろうとすると、アマリアが渋々と僕から離れる。

 手を振ってアマリアに別れを告げた後、子供たちの様子を見て回る。

 怪我もしていないようだし、一先ずは安心。

 子供達も、僕の限界に気づいていたようで、逆に休んでるように言われた。

 そんなに、演技が下手なのかな、ハイセンは簡単に騙されてくれるのだけど。

 

 まだ、ハイセンは帰ってきていない。

 作り置きしておいたべっこう飴を盛ったお皿を持って玄関でハイセンを待つ。

 今回も上手くいくと良いが、何が何でも、奴の鍵が必要だ。


 前回は2時間もかかったし、今回はなるべく早く帰って来て欲しい。

 何もしないで立っているというのは精神的にも疲れるな。


 暇つぶしがてら、当たりを観察する。


 玄関の近くに守衛室があるが、この施設の警備はそれほど厳重ではない。

 というのも、僕たちが子供だからだろう。

 見回りの様なものはないし、それほど舐められているのだ。

 こちらにとっては都合が良いけどね。


 玄関の鍵は守衛室の中にあるようで、外に用事がある人は守衛室から鍵束を持って出てくるし、帰った時には守衛室の中に鍵束を置いて出てくる。

 鍵束には玄関の鍵以外に、もう一つの鍵が付いており、それは、子供達の部屋に鍵を掛けるためのものだ。

 普段から鍵を使っている姿を見ていれば分かる。


 守衛室を襲うにも、子供の力で大人の男性に立ち向かうのはあまりにも非力だろうな。


 この施設は窓一つなく、いくつかの通気口があるだけ。

 その通気口でさえ、調理場と、トイレのみ。

 小さい子供が通れる程の隙間はないから。

 出られる場所は玄関のみ。

 

 警備が無い夜間がねらい目だけど、夜間になると、ハイセンの手下は守衛室に入って、そこで寝泊まりをする。

 全員が入ったら、内側から鍵を掛けてしまうから、守衛室の外から鍵を取りに行くことはできない。

 だから、事前に鍵が必要なのだ。


 隣町に伸びる馬車は明け方に動く。

 その間、子供達を待機させないといけない。

 

 追手が来ないように対策も必要だけど、ある程度の方法は思いついている。

 

 そうだ、ついでにハイセンも拷問して殺してやろう。

 人を傷つけるのは悪いことなのに、ハイセンに復讐をすることを考えるだけで、体がそわそわしてくる。

 楽しそうだ。きっと、見苦しい悲鳴を上げるのだろうなぁ。

 さんざん、痛いことをしてきたんだ、悪さには罰を与えないと。


 でも、悪人が悪人を裁くなんておかしな話だよな。

 何でもかんでも殺して解決できるなら、苦労はしない。

 これだから、僕は馬鹿なんだよな、罪を償うために罪を重ねるなんて馬鹿げている。

 危うく正気を失いかけていた。


 死ぬほど苦しかったけど、苦しかっただけだ、何も失っていない。

 でも、ハイセンが生きていたら、また悪いことが起きるかもしれない。

 奴も悪人だ、報いは受けねばならないし、悪いことは未然に防がねばならない。

 それなら、行く先々の町でハイセンの悪い事実を広めていこう。

 悪い事実が広まれば、ハイセンと関わろうとする人も減るだろう。

 社会的に孤立すれば人は生きていけない。

 成功するかは別として、ハイセンの悪事はいずれ止める。

 でも、その前に子ども達のことが済まないと身動きが取れない。

 うーんと、それでも、被害者は出るだろうし、あー、どうしよっかな。


 考え続けていると、三時間も経っていた。

 鍵の回る音がして、扉が開き、ハイセンが入って来る。


「おや、また待っててくれたのかい?」


 ハイセンが驚いて僕を見る。

 帰る日にちは分かっていても帰る時間は分からない。

 玄関で帰るのを待つとなると、何時間も待つ必要が出てくる。

 そのことを察してハイセンは驚いたのだ。

 

「ハイセン様おかえりなさい。

 お菓子もこうして作って待っておりました。

 早く、僕にご褒美をください」


「そんなに急がなくても逃げないよ」


 甘くすり寄ろうとする僕を制止させてハイセンは守衛室に入ろうとする。


「まだ焦らすのですか、僕のことは第一に考えてくれないのですね。

 ハイセン様の愛に応えようと3時間も立ち続けて帰りを待っていたのに、あんまりな仕打ちです。

 ここまで愛しているのに嫉妬するなという方が無理な話です」


「分かったよ、鍵を置いたらすぐだからさ」


 ハイセンの前で腰を落とし、泣き崩れる演技をするが、それでもハイセンは鍵を置くことを優先させる。


「ああ、もう、鍵が一番大事だと言うのですね。子供なんかに奪われようもない鍵がそんなに大事だと言うのですか」


「分かった、分かった。

 いますぐだね」


 なおも守衛室に入ろうとするハイセンを止めようと、やかましく騒ぎ立てた。

 少し、大袈裟に演技をし過ぎたかもしれないが、宥めるようにハイセンが僕の背中を叩き、ようやく折れてくれた。


「ありがとうございます。ああ、もう待ちきれません。早く来てください」


 そう言って、構わずハイセンを引っ張って、書斎に連れて行く。

 強引なやり方に、ハイセンも付いてくるのがやっとのようで、体勢を崩しかけているが気にしない。


 書斎にハイセンを連れ込み、扉を閉める。

 ハイセンから上着を脱がせて、シャツのボタンを外していく。

 脱がした服は丁寧に畳んでいく、どうやら上着のポケットに鍵を入れたようだ。

 

「さて、どんな、ご褒美が欲しいのか言ってごらん?」


 ハイセンがいやらしく笑う。


「その前に、これを付けてください」


 ハイセンに目隠しを渡すと、想像と違ったことが起きたようで、ハイセンは少々困惑気味になる。


「目隠しを付けてどうするんだい?」


 質問を無視し、椅子に座らせて、ハイセンの耳元に口をやる。


「僕もされて気づいたのですけど、何をされるのか分からないって、とってもドキドキするんですよ」


 耳元で囁いてやると、ハイセンは意味もなく興奮し、自ら目隠しを付けた。


 間抜けな男だ。

 こんな姿にはなりたくない。


「少し、待ってくださいね。面白いものを準備しますから」


 素早くハイセンの上着から鍵を取り出し、棚の扉を開けて、パースニップの入れ物ごと小麦粉の団子を3つ取り出す。

 少し乾燥しているが、問題はなさそうだ。

 鍵を押し付けて、跡を付ける。

 はみ出た個所を取り除き、丁寧に形成していく。

 3本とも鍵の型を取り終えると、型を棚の中に戻し、鍵もハイセンの上着に戻す。

 

 目的は達成したが、ハイセンの相手が残っている。

 面倒くさい奴だ。


 事を終えてハイセンが満足げな顔で出て行くのを見送った後、鍵の型を持って自分の部屋に戻る。

 

 さて、そろそろだな。


 寝る前に、脱出のことを知らせるために集会を開いた。

 アマリアから、皆に希望を持たせる必要があると言われたからだ。

 希望と成功の経験があれば、困難にぶつかっても強くなるらしい。

 アマリアって、誘拐される前は貴族の娘だし、そういう人心掌握の教育も受けてたんだって。

 もしかしたら、僕も良いように扱われているのかもね。

 でも、それでも、今が幸せ。


 僕の部屋にアマリアも含めて子供たちが集まり、空気を察して、気を散らすことなく、僕の方を向く。

 子供達と同様にアマリアも座り、僕の話を待っている。


 脱出の計画はこうだ。

 ハイセンの戻らない日を狙い、皆が寝静まった深夜、子供部屋の錠を全て外して、玄関の錠を突破する。

 玄関を開放したら、守衛室前に長机を置いて開かないように塞ぐ。

 明け方、この施設を出て、隣町にまで伸びる馬車に乗る。

 そうして、町伝いに遠くへ逃げるという算段。


 べっこう飴の鍵が使えなくても、ハイセンと外で一泊すれば盗めるし、鍵の問題は無い。

 ただ、ハイセンに気づかれるのが早いと言うだけで。


 強張った表情を緩めて優しく話を切り上げると、子供たちが僕に抱き着いてきた。

 声を押し殺して静かに泣いているようだ。

 遠すぎて僕に抱きつけない子たちは、目を潤ませて泣きそうになってる。


 ただ、困ったことに、僕自身としては脱出に喜んでくれるものだと思っていた。

 予想外の反応に、どうすれば良いのか分からず、子供達を泣き止まそうと、ひたすら背中を摩る。


「ごめんね、泣かせようと思ったわけじゃないの、ただ、喜んで欲しくてさ」


「お姉ちゃん、違うの、嬉しいのに涙が出るの」


 目の前の子が声を引きつらせながら、一生懸命に自分の感情を教えてくれた。

 

 ああ、そういえば、前にもこんなことがあったな。

 子供たちの頭を撫でて慰める。

 子供ってどうしてこんなにも守ってあげたくなるほど可愛いんだろう。


「それじゃあ、元気になるまでお姉ちゃんの中で泣いちゃいなさい」


 手から余るけど、頑張って子供達を寄せる。

 自分でお姉ちゃんと言うのは抵抗があったけど、みんながお姉ちゃんって言うから、もう良いかなって。

 みんなが泣きにくるもんだから、鼻水と涙で服が濡れてしまうけど、汚くはないさ。

 

 ふと見ると、アマリアが居場所を失って困っているのが可愛くて、少し魔が差してしまった。


「アマリアも、お姉ちゃんの中で泣きたい?」


 冗談で言ったのだけど、アマリアも混ざろうとこちらに寄って来て、ちょこんと座った。

 その可愛らしさのあまりに笑ってしまう。


 アマリアの頭を撫でてやると、嬉しそうにするから、それがまた可愛い。


 脱出の日になった。

 静かな深夜に玄関の前に立つ。

 傍らにアマリアが立っている。


 べっこう飴の鍵を鍵穴に差し込む、難なく鍵が回り、錠の外れる音がした。

 予想通り、単純な構造だったようだ。

 2つ目の錠も難なく解除できた。

 

 音を立てないようにアマリアと共に長机を運び、守衛室の扉の前に置いていく。

 そのうち、異変に気付いたのか、守衛室の扉から叩くような音がする。

 守衛室の扉と対面する壁の間に、長机がつっかかるように置かれているため開かないのだ。

 そうは言っても、隙間があるため机が揺れる。

 この調子が続けば、机が外れて扉が開いてしまうかもしれない。

 

「お姉さま、子供たちを呼んで加勢してもらいます」


 アマリアも僕も必死なのだ。

 この扉が開けば、僕たちの力では到底敵わない。


「分かった、子供達が怪我をしないように、運ばせるものは考えてね」


「分かってますって、任せてください」


 自信満々にアマリアは駆け出す。

 アマリアは子供たちを呼びに行き、僕は机が動かないように支える。


 守衛室の中から怒声が飛んでくる。

 はっきり言って怖い。

 でも、僕はここに来た時に決めたんだ、強くなるって。

 僕が強くなればみんなを助けれられる。

 こんなことは続いてはいけないんだ。

 

 耐えていると、子供達が物を運んで来てくれた。

 椅子や棚を持って来る中、鍋とか形の悪い物を持ってくる子もいたけど、頑張って持ってきてくれたんだから怒りたくない。


 長机を中心に物が積みあがり、完全に安定した状態になった。

 側面に置かれたクローゼットや、本棚の中には物がいっぱい詰まっており、役に立ちそうに無かった鍋も入っている。

 重みがあれば動くこともなくなるからね。

 

 ちなみに、僕たちが通るために机の下に隙間を残してあるから、僕たちが動けないということは無い。

 途中で気づいて良かった。


 危機を脱したことで、安心して気が抜けてしまう。


「みんな、ありがとうね」


 その場に座りこみ、みんなに頑張ってくれたお礼を言うと、突然、玄関の扉が開いて子供たちが力なくその場に倒れた。

 何かに押されて守衛室前の積み上げた物が崩れていくと、大きなものが現れた。


 それは生物とも言い難い。

 丸く大きな頭には様々な器官が巻き付き、大きく見開いた一つだけの目玉からは鈍い光が這い出て、その下に大きな口が付いている。

 小さな胴体から生えた小さな手足は宙に浮き、風に流れるように揺れている。

 一言で言えば風船の化物だ。


 得体の知れない何かに対して、言いようのない恐怖を感じる。


 守衛室前の障害物が取り払われたことで、守衛室の扉が勢いよく開かれた。

 飛び出た大人たちは風船の化物を視界に捉えると、倒れこむようにしてその場に崩れる。

 

 直感的に理解した。

 けれども、それが間違いであると思いたかった。

 みんな眠っているだけのようにも見えたから。


「ねえ、起きてよ、みんな」


 子供達の体を揺さぶるが、誰も目を開けてくれない。


 足取りを重くアマリアの元へ寄る。

 倒れたアマリアの体を抱きかかえると、人形のように四肢を垂らし、息もしてくれていない。

 温かさはあるものの、あまりにも体が重い。


 アマリアの顔に大粒の涙が落ちる。


「ごめんね、守れなくて」


 離れてしまった。

 アマリアを引きとめようと抱きしめても、僕の腕には戻って来ない。

 

 ああ、そうか。

 鍵が掛かっていたから今まで入って来なかったのか。


 誰も、こんな風船の化物がいる何て思わないだろう。

 それでも全部ぼくのせいだ。

 僕が鍵を開けなければみんな死ななかった。

 死ぬことを回避する機会はいくらでもあったはずだ。

 アマリアを引きとめていれば、みんなが巻き込まれることも無かった。

 人が集まり過ぎたんだ、だから、ここに来た。

 

 僕の行動は全て悪い方向へ収束した。

 そして、僕だけが残された。

 僕が不死身だからだろう。

 みんなが死んでいく悲しみの中で、永遠を生き続ける。

 

 死にたい。

 みんな元へ行きたい。

 

 風船が体を震わせた。


「見つけた、見つけた」


 風船の化物の歪な口から言葉が漏れ出る。

 歪な口の底には噛み合わせの悪い歯が並び、飛び散った体液があたりを汚す。


 復讐なんて気は起きなかった。

 僕は涙を流し、ひたすら殺してくれと願った。

 あの世に行っても口だけの僕を嫌ってみんな受け入れてくれないのかもしれない。

 でも、生きていたって、頑張ったって、迷惑をかけるだけじゃないか。


 何のために僕は生きているのだろう。


 床下に浮かんだ円形の幾何学模様が白く光り出す。

 風船の化物は小さく何かを呟き続けている。

 聞いたこともない言葉だから、理解も出来ない。

 

 そのことに一つ心当たりがあった。

 魔法ってやつだろう。

 言葉だけでしか聞いたことは無いが、理解のしようもない現象はそう言うしかない。


 施設の全体が揺れ始めて、建物全体に亀裂が入る。

 壁が崩れ、屋根が落ち始める。

 

 床下の幾何学模様の光が強くなり、瞼を透過するほどの強烈な光が広がった。


 落下する感覚に包まれたかと思うと、体中に衝撃が走り、頭蓋骨が砕けて内臓が飛び散った。

 体の再生が始まるが、凄まじい熱と、湿度に呼吸すらしにくい。

 体を持ち上げようにも、腕の骨が飛び出ているため、立ち上がれない。

 損傷個所が多すぎて修復が追いついていないようだ。


 首を動かし、残った右目だけで辺りを見ると、薄暗いとても広い部屋の中にいることが分かる。

 壁全体が心臓のように脈打ち、部屋中が強烈な赤色に満たされていることで、むき出しになった肉質を連想させる。


 薄暗さの中に巨大な人の姿があった。

 その巨体の存在は人間というにはあまりにも異質で、怪物と呼ぶには知性的な風貌が邪魔をしていた。

 物静かな老人の様な顔つきではあるが、鎧を身に着けており、三角を結ぶように配置された眼球は視線を一様に僕の方向に定め、蠢く髭を手で摩りながら、肘掛けの付いた椅子に深く腰掛けて、僕のことを見下ろしている。


「お前は何者だ? 

 子供のようだが、どうやって、直接ここへ来た?」


 重低音の声が響き、内臓が揺らされるような感覚に気持ちの悪さを覚える。

 巨体ゆえに声も大きいのだろう。

 僕の言葉を待っているようだが、ここに来た理由なんて知らない。


「話したくなければそれで良い。

 殺してやるだけだ」


 巨体にとっての脅しは僕にとっての願いそのものだった。

 僕は何もせず、ただひたすら、ここで殺されることを望んだ。


 所詮は脅しだった。

 僕の態度に不満を持つのは当然のこと。

 巨体は肘掛け対して苛立ちを鳴らす。

 そのリズムは早さを増し、部屋全体に乾いた音を響かせる。


「言葉が分からないのか?

 それなら、話せるように脳みそを弄ってやろう

 死ぬほど痛いだろうがな」


 巨体は姿勢を崩さぬまま僕に警告をするが、無言の僕に対して呆れた様子を見せる。

 聞き出すことを聞き出すべく、暴力を振るうことを躊躇っているのだろう。

 巨体が動けば、僕は蟻も同然。

 その動きによって潰れてしまう。


 例え脳を弄ったとしても、話せるようにはならないだろう。

 僕の頭は役に立たない飾りだから。

 その証拠に、僕の頭を振っても脳みその入っている音さえしない。


 巨体が着ている鎧から細長い管の様な物が伸びてきた。

 その先には一つだけ目玉が付いており、僕の姿を観察をするように動く。


「おそらく、精神的な負担のせいで喋らないのでしょうな。

 溢れ出る生命力がどこから来ているのかは分かりませんが、

 無尽蔵に湧き出ているおかげで傷一つない」


 一つ目の下には口があり、主人である巨体に対して僕の状態を報告する。


「勝手な真似をするな下がっていろ」


 巨体は面倒くさそうに手を払う。


「出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありません」


 主人の機嫌を損ねたことで、一つ目はそそくさと身体を鎧に戻す。

 一つ目としては協力したかったのだろうが、その行動を勝手な真似と言われたのだ。

 少しだけ、一つ目のことが可哀想に思えた。


「まあ良い。

 この生命力を喰らえば、奴らに対して有効な攻撃手段となろう。

 この人間は亡者の部屋に押し込めておけ、そのうち事情も話すだろう」


 巨体が一つ目に指示をすると、着ていた鎧の形が変わり、僕の傍に漆黒の体毛に身を包んだ巨大な犬のような姿を作った。

 これが、一つ目の正体なのだろう。

 犬の怪物は自身の毛を動かすことが出来るようで、毛を伸ばして僕の体を持ち上げると、自分の頭に乗せた。

 大きな四本足が床を踏むたびに床が軋み、床が悲鳴を上げているようにも聞こえる。


 連れて来られた亡者の部屋は牢屋そのものだった。

 沢山の牢屋が通路を挟んで対面するように並び、同様の牢屋が縦に高く積みあがっている。

 牢屋の中にはたくさんの人間が押し込められており、その中の誰もが虚ろな眼差しで空を見つめている。

 犬の怪物は器用に毛うごかし、誰もいない牢屋の中に僕を入れた。

 その扱いは優しく、僕を仰向けで寝かせた後、犬の怪物は大型犬ほどの大きさとなり、牢屋の中に入って来た。


「この地獄を出たいという意思はあるか?」


 どのように発音しているのかは分からないが、犬の口を使って僕に話す。

 大きさも見慣れたものに変わったため、少しだけ可愛らしさを感じる。

 鋭い眼差しは獲物を捉える狼のよう。

 漆黒の毛はその触り心地の良さもあり、嫌な印象は無かった。


 けれども、話す気力は無い。

 新しく人生を見つけても、また失敗をする。

 何も守れやしない、口だけの僕に機会を与えるだけ無駄だ。


「精神的に衰弱しきっているようだな。

 何か困ったことがあるなら、協力しよう。

 私もここから出たいのだ」


「それなら、アマリアと子供たちを生き返らせてよ」


 どこへともやれない自分の不甲斐なさから来る苛立ちを吐き出す。

 生き返らせられるとは思っていない。

 無理なことを言えばどうにもできないと分かってくれるから、それで一人にして欲しかった。

 どうせ死ねないのだから、何も考えず、何も感じずに、苦痛から逃げ出したかった。


「よく分からないが、つまり、大切な人間が死んだから投げやりになっているのか?

 まあ、生き返らせるのは無理だ、私は神ではない。

 それなら、神に頼むほかあるまい」


「嘘言うなよ、それくらい僕にだって分かる」


 言い終わらない内に口を挟んだ。

 色々な人が死んでいく中で、誰かを特別扱いするなんてあり得ないからだ。


「最後まで話を聞け、お前さんの力を使えばここから出ることは容易だ。

 ここを出た後、神の元へ頼みに行く、私も神に対して用事があるのだ。

 私が神に頼めば、きっと、生き返らせてもらえる。

 これでも、まだ不満か?」


「もう少し、作り話を考えるべきだな」


 頼み込む姿に対してあっさりと言い放った。

 経験から言わせてもらえば、騙そうとしている可能性の方が高い。

 そう簡単に都合よくことが進むわけない。

 僕の行動は全て裏目に出る。

 だから、断った。


「なんだ、あっさりと希望を手放せるほど、アマリアという奴は大切じゃないのか」


「黙ってろよ、僕がどんな目に遭ってきたのか知らない癖に!」


 アマリアが大切じゃないなんて言っていない。

 大切だけど、そのせいで、周りを巻き込むのは嫌なんだ。

 

 また、アマリアのことを思い出して、堪えきれないほどの涙が出てくる。

 腕を当てて涙を抑えようとしても溢れ出てきてしまう。


「なんだ、怒っているのか?」


 塞ぎこもうとする僕を煽る。

 けれども、その手には乗らない。

 頭と足を抱えて、自分の殻にこもる。

 

 言葉では意味をなさないことに気づいたのか、今度は僕の体に纏わりついた。


「悪いことをしたな。

 何も、感情が無いわけじゃない、お前さんを元気づけたくて言ったのだ。

 お前さんは心も体も疲れている。

 そこは硬いだろう?

 私に寄りかかって今は休め、寝れば元気になる」


 頑なに姿勢を崩さないでいると、毛を使われて無理やり寝かしつけられた。


 その温かさと柔らかさに、アマリアが重なり、涙が止まらない。

 無理やり寝かせるならと思い、体毛に顔を押し付けて涙と鼻水を拭う。

 嫌がらせだけど、なにもせず僕を受け入れてくれた。

 何もしないのを良いことに、思いっきり泣き続けていたら、泣き疲れていつの間にか眠っていた。


 目を覚ました時には、少しだけ気分が良くなったが、罪悪感は心に深く残っていた。


「ねえ、名前なんて言うの?」


「そんなものはない」


「そう」


 また沈黙が流れる。

 どう接したら良いのか分からず、色々と効いても無愛想な言葉が返ってくるだけだった。

 そんなに悪い奴じゃないように感じるし、もっと中身を知るために仲良くなりたかった。

 この怪物の話に乗れば、アマリアも子供達も生き返らせることができるかもしれないから。

 その確証が欲しかった。

 

 でも、そのためには変な自意識が邪魔するけど、そういうのは駄目だよな。


「さっきは、ごめんなさい。

 投げやりになってました。

 できれば、仲良くしてほしいな」


 出来る限り下手に出るようにしおらしく謝る。


「急に態度が可愛くなったな。

 お互いに信頼は無かったのだから当然の反応だ、気にしてない」


 気にしてないと言ってたけど、たぶん嘘だと思う。


「あのね、できればなんだけど、可愛いって言わないで欲しいな、嫌なこと思い出すから」


 ハイセンは僕のことを可愛いと言っていた。

 みんなが死んだ中、ハイセンだけは生きている。

 人の生き死にに善悪は関係ないことは分かっているけど釈然としない。

 そんな世の中の理不尽さを思い出して心が荒れそうになるから言うのを止めて欲しかった。


「何があったのかは知らないが、どう言われたい?」


「えっ、どうって言われても」


 困ったな、自分でもどう言って欲しいのか分からない。


「そりゃあ、まあ、カッコいいとかさ」


 自分でも言ってて変なことは気づいている。

 でも、他に思いつかなかった。


「お前さんみたいな綺麗な女の子には似合わんよ」


 犬の怪物は鼻を鳴らして嘲笑するように言う。

 

 またか。

 そのことに、怒りは出ないけど、なんだか、嫌な感じがする。

 まあ、でも、女物の服装だし、仕方ない部分もあるかな。


「理由があってこの身なりだけど、僕は男だよ」


 僕がそう言うと、男だということが信じられないと言った様子で犬の怪物は頭を持ち上げて、僕の顔をまじまじと見る。

 そのことに恥ずかしさを覚えて視線を逸らすが、ひたすらに僕の顔を見るから、穴が開きそうだ。


「言われてみれば、そんな気もするな。

 まあ、その顔なら女受けも良いだろう。

 悪く取らないでくれ」


「いや、女受けってなんだよ」


 僕の言葉は無視された。


 話している内にこの怪物に対して、少しづつ愛着が沸いてきた。

 耳を跳ねさせるところなんて犬に近い仕草で、というより犬そのものだ。

 何かの気の迷いで頭を撫でてやると、目を閉じて嬉しがっている。

 

 この怪物のことが分かって来たし、本題に入ろうかな。

 ここに居ても何も始まらないし。


「ここから出たいって言ってたじゃない?」


「気が向いたのか?」


 僕が話を切り出すと、犬の怪物は素早く頭を持ち上げた。

 素早い反応に関心の高さが伺えるが、話が飛び過ぎだ。


「まだ決めたわけじゃないよ、良い顔してた奴が実は悪い奴だってことがあって、中々信頼するのが難しくてさ。

 もし、ここを出てお前が悪いことをするなら、アマリアを生き返らせられるとしても、僕にはどっちが大事かなんて決められない」


 犬の怪物は早くここから出たいようだが、そう簡単にはいかない。

 根拠も無しに信じてはいけないことを学んだから。


「つまり、悪さをしないという信用が欲しいというわけだな。

 そうは言っても信用とは難しいな。

 言ってしまえば信用に足る存在などありはしない。

 となれば、目的を話すのが一番だろうな」


「目的?」


 犬の怪物は立ち上がり、呼吸を置く。

 何を言い出すのだろう、少し怖いけど、期待している自分がいる。


「私がここを出る理由、それは、人間になること」


 期待して損した。

 何を言い出すかと思えば、人間になりたいだなんて。

 人間の生きる世界なんて汚いし、苦痛に塗れてる。

 知らないからそんなことが言える。


 このまま怪物を利用すれば、みんなを生き返らせることが出来るかもしれない。

 でも、後悔はして欲しくないな。

 誰かの不幸で誰かを幸せにするなんて嫌だし。


「人間の世界は汚いよ、決して良いものじゃない」


「お前さんは心が疲れているから、悪いことばかりに目が行くのだ。

 視野を広げれば楽しいことも見つけられる」


 僕が忠告をすると、諭されるように犬の怪物に顔を舐められた。

 引き離そうとしても犬の怪物は舐め続けようとする。


「やめてよ、ああ、もう、顔がベトベトだよ」


「綺麗にしてやってるのだ、じっとしてろ、目ヤニまでついているじゃないか」


 抵抗のしようがなく、されるがまま舐められることにした。

 水っぽいし、生暖かい。

 臭くはないのが唯一の救い。


「そう言うなら、ここで楽しいことは見つけようとしなかったの?」


「この地獄での暮らしは常に同じだ。

 罪のある亡者に罰を与えて、更生をさせる。

 毎回同じ、そんなしがらみから解き放たれて自由に生きたいと思うのが当然だろう?

 よし、ようやく、見れた顔になったな」


 やっと、解放してくれた。

 あんまり、話しが頭に入って来なかったけど、地獄って言ったのは聞き間違えじゃなかったのか。

 確かに雰囲気的にそれっぽいけど、地獄なんて信じてなかった。

 死んだらそのまま消えるだけだと思ってた。


 それに、この怪物も可哀想な奴なんだな。

 自由に生きられないのは辛い。

 僕もしがらみが多いから良く分かる。


「お前も大変なんだね」

 

 綺麗にしてくれたお礼に、毛むくじゃらの顔を乱暴に撫でる。

 嫌がらせ半分なのに、嬉しそうな顔を浮かべる犬の怪物。

 もっと嫌がってくれないと、嫌がらせにならないんだけどな。


 ここが地獄なら、僕も罰をくれるのだろうか?

 罰を受けて罪を償いたい。

 そうすれば、綺麗なままでいられる。


「ねえ、僕はいっぱい悪いことをしたんだ。

 罰を与えてくれるなら、お前から罰を受けたいのだけど」


 変な奴に何かをされるくらいなら、この犬の怪物なら良いかなって。

 よく分からない奴に何かをされるなんて抵抗感しかない。

 

「ここで罪を償うには死ななければならない。

 お前さんはどうにも死ぬことから嫌われているようだしな。

 そうだな、お前さんが良ければの話だが、一つ思いついたことがある」


「何?」


「地獄の住人である以上、私も罪には詳しい。

 ここを一緒に出たら、お前さんが間違いを犯さないように面倒を見てやれる。

 神の元へたどり着く間に、善行を重ねれば少しでも償いができるだろう。

 すぐに信用しろとは言わないさ、ゆっくり考えて決めろ」


 急かさないでくれるのはありがたいけど、フワフワの毛皮に顔を埋めているのに心を許してないとは言えない。


「じゃあさ、悪いことは絶対にしないって約束してくれる?

 何をするにも常に一緒、お互いに監視をしてれば悪いことも簡単にはできないだろうし、

 まあ、トイレくらいは別だけどさ」


 冗談めかして言うと、それなりに笑いも出てくる。


「約束はできるが、それじゃあ、不安が残るだろう?

 そうだ、体を洗うのも一緒にした方が良い。

 前はお互いに洗えるが、背中は無理そうだな。

 少し臭ってもそれが自分らしさってもんだ」


「えっと、もしかして、そういう冗談が好きなの?」


「ああ、大好きだ」


「変な奴だね」


 最初は何を言っているのか分からなかったけど、雰囲気で冗談だと分かった。

 でも、あんまり面白い冗談じゃなかったのが残念。


「さて、ここを出るとなると、生命力が必要だ。

 生命力の補充をするには、お前さんを食べることが不可欠なのだ。

 分かっているとは思うが、死ぬほど痛いぞ」


 言葉に重み持たせたかったのか、犬の怪物は声を低く響かせて言った。

 残念だけど、そういうことには慣れている。

 犬の怪物を優しく叩いてやり、着ていたボロボロの服を脱ぐ。


「気にしないで食べて良いよ、こういうのは慣れてるからさ。

 ところでどのくらい食べるの?

 下半身も食べるなら、スカート脱ぐけど、もう一回言うよ、僕男だから汚いと思うよ」


 服を脱ぐ動きに躊躇いが無かったせいか、犬の怪物の方が驚いて食べるのを躊躇っている。

 それが、してやったりと思えて、なんだか楽しくなってきた。


 あんまり食べるのを躊躇っているから、犬の怪物の口の近くに肩を寄せて食べるように仕向けさせる。

 そうすることで、ようやく僕の体に牙を立ててくれた。

 まあ、こういう風に相手の気持ちを考えて、躊躇う姿を見れば良い奴なのだろう。


 胸が押しつぶされ、肺が割れる。

 息苦しさがあるけど、食べやすいように暴れてはいけない。

 けれども、酸素が回らなせいで倒れてしまう。

 首が砕け、心臓を引きずりだされ、僕の目玉が犬の怪物の舌の上で転がる。

 意識が消えても、時間と共にまた目覚めて苦しさに包まれる。

 

 満足したのか僕から口を離す。

 あたりは血の海、肉片や骨片が散らばり、惨劇が起きた後のように見えるが、僕は平気だ。


「もう良いの? 遠慮しなくて良いよ、誰かのためになるなら、そういうことは好きだし。

 痛いのも慣れているから平気だよ」


 再度促すが、犬の怪物は血の滴る口を振って、態度で否定を表す。


「大丈夫だ。

 これで、転移の魔法陣が使える」


「そう、分かった。

 食べたくなったら何時でも言ってね。

 ところでさ、気になったのだけど、僕の体って美味しいの?」

 

 興味本位で聞いた見たのだけど、嫌な顔をされてしまい、少し傷ついた。


「あっ、いや、驚いただけだ。

 味としては大したことはない」


 僕が傷ついているのを見て、犬の怪物は取り繕うと変に真面目に答えた。

 その慌てっぷりが可愛いくて、つい、笑ってしまう。


「そっか、味付けした方が良いみたいね」


 また、変な顔で見られた。


「さて、服を着ろ

 転移の魔法陣を起動させるぞ」


 床に円形の幾何学模様が広がる。

 これが魔法陣か、風船の化物が使ってたものとは少しばかり形は違うが似ている箇所が沢山ある。


 魔法陣の光が強くなり、一面が真っ白な光に包まれる。


 今度こそ、みんなを助けられたら良いな。

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