表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君が笑って 僕が泣いて  作者: 竹丈岳
4/6

小さなたちあがり

 呼吸が戻り、頭の中で鐘が鳴るように痛む。

 周囲は薄暗く、視界がぼやけて、状況が良く分からない。

 点滴の袋が吊り下がっているのがかろうじて見えるだけ。

 この世界にも点滴があるのか。

 僕に刺した注射器もそうだが、目に見えない部分で発達しているようだ。

 病気や怪我は必ず起きる。

 医療の発達は当然のことかもしれない。

 

 それにしても何の薬だ?


 点滴の袋から伸びた管は僕の腕に向かって伸びている。

 上体を起こそうにも力が入らず、腕を少しづつ動かすのが精一杯だ。

 おそらく動けなくするための薬だろう。

 点滴の針を外そうと、腕に力をこめるが、外から伸びてきた腕に、動きを止められた。


「やあ、気分はどうだい?」


 優しい口調だが、ハイセンの目には悪魔の意思が宿っている。

 薄暗さも相まって不気味な雰囲気が強調される。

 逃げようとしても体に力が入らない。

 この感覚、何かに似ているかと思えば、精神安定剤を大量に飲んだ時に似ている。

 吐気にも似た気分の悪さが続いて、怠さで動けなくなる。

 何かにすがりたくて母親の持っていた精神安定剤を大量に飲んだ。

 でも、自分を苦しめただけだった。


 ハイセンによって僕の腕から点滴の針が抜かれ、横抱きにされる。

 僕をどこかへ持っていくつもりだ。


 無機質な石造りの通路を通る。

 窓は一切なく、光源の分からない照明が全体を明るく照らしてる。

 魔法なのだろうか、照明器具の無いところを見ると、そう考えるのが妥当かもしれない。


 途中、可愛らしい服を着た子供を何人も見た。

 どの子も目から光が消えていて、ハイセンを見ると体を震わす。

 ここは地獄だ。

 

 扉の前に立ち止まるハイセン。

 扉を開けると、ピンク色のおぞましい部屋が広がっていた。

 壁紙からカーペット、その上に置かれた、家具の色も同様の色に施されている。

 小さい部屋だが、丸い机と椅子、クローゼットもあるし、天蓋のついたベッドまで置かれている。

 

 あまりの手の込みように、恐ろしくなる。

 これだけの物を揃えるとなると、相当の時間がかかる。

 かなり前から用意されていたのだろう。


「さあ、このベッドで寝るんだよ。心配しなくても大丈夫。僕がお世話をしてあげるからね」


 柔らかいベッドに寝かせられ、気色悪くも、ハイセンは僕の頬にキスをする。


 拭おうにも体に力が入らず、涙が滲んでくる。

 この変態に一生を費やすと思うと、死にたい気持ちが濁流のように押し寄せた。


「これから、他の子の所に遊びに行くけど、嫉妬しちゃ駄目だよ。

 体は一つしかないし、君だけのものじゃないんだ。

 良い子だから分かってくれるよね?」


 そう言い残してハイセンは部屋を去っていく。


 扉が閉まり、何かが動く音が聞こえた。

 どうやら、外側から鍵を掛けたようだ。

 逃げ出さないようにするためだろう。

 閉じ込めたようだが、それは絶対に逃げ出すという意思を、さらに強くするだけだ。

 こんなところであんな変態と過ごすなんて耐えられない。


 薬が抜け、体が楽なりはじめると、部屋の中を見て回った。

 逃げるためにも、役に立ちそうな物があればと思ったが、何も無かった。


 クローゼットの中には僕のサイズに合いそうな女物の服が並んでいる。

 下段に入っているのは女物の下着だ。


 これを僕に着ろということか。

 着ればハイセンのご機嫌を取れるかもしれない。

 機嫌が良くなって油断したところで少しづつ情報を聞き出す。

 そうすれば脱出の方法も見つけられるかもしれない。

 唯一の問題が男としてのプライドだ。

 女の子の格好をするなんて、自分を男じゃないと否定してしまう気がする。


 でも、着てみたい。

 

 興奮して変な気持ちがする。

 僕はハイセンと同じように変態なのかもしれない。

 自分が汚く感じる。

 凄く下品だ。

 でも、この状況で誰かが助けてくれるなんて方が馬鹿げている。


 強くなろう。

 後ろ向きに考えていてもこの状況は変わらない。

 できることを一つずつやっていくしかない。

 たかが着るだけだ。

 僕は変態なんかじゃない。

 

 裸になり、女の子の下着に足を通す。

 やっぱり、すっごくいい。

 何かが目覚めそう。

 

 やはり、ハイセンは僕に女の子になって欲しいみたい。

 女の子みたいな僕を見てとても喜んだ。

 思惑通りにいきそうではあるが、複雑な心境だ。


 僕の他にもこの建物の中には大勢の子供がいる。

 色々な事情があって連れて来られるけど、誘拐が殆ど。

 ここに来る子はどの子も家族を恋しがって、涙を流す。

 涙を流すのは最初だけ、次第に感情が死んでいく。

 子供達は金持ちの好みに合うように作り替えられた後、売りに出されるから。

 こんな非道なことを続けて良いわけない。


 この施設は、ハイセンの息がかかった人達だけで動いている。

 彼等から子供たちは教育という形で躾を受ける。

 内容はあまり言いたくない。

 強いて言えば可愛らしい仕草。

 出来なければ罰が待っている。


 辛すぎて見ていられなかった。

 誰かが罰を受けそうになったら、僕が庇いに行った。

 僕が罰を受ければ、他の子供たちは助かるから。

 あまりの痛みに体がダメになりそうだった。

 不思議なことに鞭で叩かれて背中に傷ができても、次の日には何事も無かったかのように消えている。

 

 気分が良い。


 子供たちの受ける罰を全部引き受けていたら、みんなが僕を慕ってくれるようになった。

 僕を労わって話しかけてくれるし、小さい子は僕のスカートを掴んで付いて回る。

 その中でも泣き虫の子がいるんだけどさ、自分と似ていて、その子のお世話ばっかりしている。

 そうしたら、他の子がやきもちを焼くから、その子達を抱きしめてあげるんだ。

 するとね、落ち着いたのか安心して眠たげに目を細める、それが凄く可愛い。


 僕よりも一つ年上の女の子がいるのだけど、その子からお姉さまなんて言われる。

 もう、どこから突っ込めばいいのか分からない。

 その子の名前はアマリアって言うのだけど、たぶん、僕はその子のことが好き。

 僕が不安になっているといつも傍に来てくれて心配してくれる。

 嬉しかった、前の世界では嫌われ者だったからさ。


 できれば、その子と二人っきりになりたいのだけど、遊びに来た子供たちにいつも邪魔をされる。

 だから、好きってことも伝えられていない。


「お姉さま、何か良いことがありましたか?」

 

 アマリアが僕の顔を横から覗き込んで、ニッと笑う。

 アマリアと僕はベッドに腰掛け、お互いの手が触れる距離にいる。


 アマリアは一言で言えば天使。

 言い過ぎじゃない。

 少女特有の幼い可愛らしさの中に少年性が気品を漂わせており、癖のあるフワフワの金髪が頭の動きに合わせて揺れる。

 僕に気を許してくれているようで、天使の顔で感情を豊かに表現してくれる。

 それに合わせて、僕も気を許してしまうし、話すだけで楽しくなる。


「いや、ちょっとね。

 気になったのだけど、

 何で、アマリアは僕のことをお姉さまなんて呼ぶの?

 アマリアの方が年上なのに」

 

 僕の質問にアマリアは口元に手を当てて考える素振りをした。


「だって、私よりも面倒見良いし、

 女の人みたいに優しい。

 それにね、お姉さんが欲しかったから」


 僕に寄りかかるアマリア。

 距離が近いためアマリアの匂いが僕をくすぐり、花の香りを知らせる。


「僕ってそんなにかな?」


 アマリアの口から優しいと言ってくれてすごく嬉しい。

 でも、自分のことを優しいと認めてしまうと、自己が肥大化して優しくできなくなりそうだったから。


「みんな、お姉さまのこと好きですよ。

 もしかして、お姉さまって言われるの嫌?」


 アマリアの不安な顔を見ると、嫌とは言えない。

 ただ、環境のせいもあって目覚めてくるものがある。

 自分を見失いそうなんだ。


「言われるのは、好きだよ。

 ただ、僕は男だからさ、

 女の子になりきれないっていうか」


「そんなことないです。

 お姉さまは誰よりも綺麗です。

 女の人そのものです」


 女の人と言ってくれても、ちょっと困る。

 綺麗と言われたのは少しだけ嬉しかったけど、余計に女装の良さを感じてしまう。


「まあ、そう?

 えっと、ありがとね」


「やっぱり、疑問がありますよね。

 あの、私がお姉さまと呼ぶ理由を聞いてくれますか?」


 何か思い詰めた表情をするアマリア。

 こんな顔も可愛い。

 

 思わず固唾を飲み込む。

 アマリアを襲いたい。

 ここのところ、下品な感情が強くなる、前はこんなに強くなかったのに。

 薬を盛られた?

 いや、ここの人達が薬を盛るなら、隠す理由は無い。

 堂々と飲ませるはずだ。

 薬は飲んでいない、それなら原因はなんだ?

 分からない。

 でも、襲うなんて駄目だ。

 そんな下品なこと、自分がされて嫌だった。

 自分がされて嫌なことは相手にしてはいけない。


 我慢だ。

 呼吸を整え心を落ち着かせる。

 

「えっと、何でも聞くよ、僕で良ければね」


「私、貴族の娘なんです。それも、長女。

 期待されていたわけではないけど、

 嫁がせるために色々なことをやらされました。

 嫌なことがあっても家族にさえ相談相手がいない、頼れるのは自分だけ。

 下の子たちは自由なことばかり。

 そんなことが続くから、優しくて頼れる人が欲しかったんです。

 お姉さまはいつも優しくしてくださいます。

 不安なことがあっても常に傍にいてくれて、

 辛いことにも笑顔で立ち向かう。

 それが凄く素敵なのです。

 お姉さま自身も不安に押し潰れそうになるのを必死で堪えているのが私に伝わります。

 私はお姉さまのように強くはありません。

 でも、支えたいのです。

 私にとってお姉さまは、お姉さまなんです。

 でも、年下にも、男の人に言うのも変ですよね」


 感情を起伏させ、自分を語るアマリア。

 その動きに僕は引き込まれていく。


 僕と一緒なんだね。

 誰かに頼りたくて、優しくしてもらいたくて、

 でも、助けてくれる人なんて殆どいない。


 アマリアを深く抱きしめる。

 こんなにも体が細くて、柔らかいだなんて、すぐに折れてしまう。

 こんなにも白い肌だと、どんな色にも染まってしまう。

 

「何があっても僕が守る。

 必ず幸せにしてあげる」

 

「お姉さま、一生付いて行きます」


 感情を昂らせたアマリアが僕の唇を奪い、アマリアの涙が僕の顔に滴る。

 

 頭が真っ白になった。

 突然のことに理解が追いつかない。


 りんごの味がする。


 僕、男なのに、奪われちゃった。

 子供たちが周りで遊んでいるのに、見せちゃいけないのに、永遠にこのままでいたい。


 ここで負けてはいけない、僕も男だ。

 

 アマリアを引き離し、彼女と真剣に目を合わせる。


「僕ね、アマリアのことが大好きなんだ。

 君のその顔もその言葉も。

 君の全てが好きなんだ。

 君に見てもらうことばかり、考えている。

 君がいるだけで僕の全てが変わる。

 君を幸せにしてみせる。

 だから、僕のものになってください」


 僕の言葉にアマリアは目を細めて静かに口を開く。


「知ってるよ」


 また、アマリアに唇を奪われる。

 男なのに二度も負けちゃった。


 子供たちは空気を察してこちらから目を背ける。

 気を使わせちゃってごめんよ。


 ここを出たら、アマリアと一緒に暮らそう。思い出を作って、今までを忘れるくらい幸せになるんだ。

 家はどんなのが良いかな、どんな場所でもきっと素敵だろう。

 そして、最後は笑顔で死にたい。

 ずっと一緒だよ、アマリア。


 実は、この施設から逃げる準備は少しづつでも進んでいるんだ。

 必ず、みんなを逃がすからね。

 脱出の方法を考えていたら、それが表情に出ていたようで、アマリアに気づかれそうで冷や冷やした。

 アマリアにとっては僕が楽しそうな表情をしているように見えたようだけど、それは脱出のことを考えていたから。

 もし、アマリアが脱出のことを知ってしまえば、協力したいと言われてしまう可能性もある。それは避けたい。犠牲になるのは僕だけで良い。

 

 今に至るまで、ハイセンに対して甘くすり寄り、鬱陶しがられても必死で媚びを売った成果がやっと出始めた。

 僕がすっかり従順なペットになったと思ったのだろう。

 僕の部屋に鍵を掛けることも無くなったし、ハイセンとのデートの約束も取り付けた。

 目的はダイアの指輪。

 逃げ続けるにもお金が必要だ。

 お金を持って逃げるにも大きくてかさばる。

 出来るだけ、小さくて価値のある物ということから探りを入れたら、結婚指輪なる存在を聞いたのだ。

 この世界も同様に結婚指輪を結婚相手に渡す。

 そのことを聞いてハイセンに結婚を迫ったが、

 ハイセンの奴もケチなところがあって、「指輪が無くても愛は変わらないよ」と抜かし、

 泣きまねをしたら、渋々といった感じで承諾してくれた。


 アマリアの指輪はどんなのにしよう、細い指で支えられるように小さなダイアの方が良いかな。

 でも、どうせなら、大きい物を渡したい。


 アマリアと遊んでいたら、ハイセンが僕の部屋に入って来た。

 僕からアマリアも含めて子供たちに出て行くように促す。

 アマリアとアイコンタクトを取り、不安そうなアマリアを見送った後、ハイセンに近づき、仕事の労いを始めた。


「ハイセン様、お疲れ様です。お仕事大変でしたでしょう? 

 会えなくて僕がどれほど寂しい思いをしたことか、

 会えたことでたまらなく頭の中が蕩けているのです。

 今日も生きている喜びに触れさせて頂いたことに感謝させてください」


 ハイセンの胸にそっと寄り添いハイセンの顔に両手を這わせて、心の中で唾を吐く。


 僕という言い方は、彼の好みに合致したようで矯正はさせられなかった。

 ハイセンというのは本当によく分からない奴だ。

 まあ、でも、アマリアが言ってくれるなら、可愛いかも。


「私も愛しているよ、本当に食べてしまいたいくらい可愛い」


 ハイセンが僕の手の甲にキスをする。

 気色悪い。


「そんな勿体ないお言葉、ありがとうございます」


 口元に手を当て、恥ずかしそうに視線を逸らす。

 こういったことを続けていれば演技も上達するというものだ。


「じゃあ、ちょっと付いてきてくれるかな?」


 脈絡もなくハイセンに腕を引かれる、理由を聞いても中々教えてくれない。


 着いたのは調理場だった。

 そこには、エプロンをした人たちが数名で食事を作っている姿があった。

 僕たちの夕飯を作っているのだろう。

 手慣れた手つきで包丁を扱い、食材に刃を通す。

 グツグツと音を上げる寸胴。

 香辛料の臭いが空腹を誘う。


 罰さえなければ良い場所なんだよな、それに誘拐も。

 

「こんな所で何を?」


 ハイセンがこちらを向く。


「言っただろう? 食べてしまいたいくらいに可愛いって」


 ハイセンが不気味に笑う。

 その瞬間全てを察し、僕の顔から仮面が剥がれ落ちた。

 これはもうくだらない喜劇だ。


「手足が無くなるのは絶対に嫌です。

 もしかして、僕が要らなくなって、

 罰を与えようと言うのですか?」


 涙を流して必死に説得を試みる。


「そんなことはないよ。

 ちゃんと愛してる。

 治療の魔法が扱える人を呼んでるから、

 無くしても元に戻るから心配いらないよ」


 逆にハイセンから説得を受ける。

 ハイセンに手を握られ、汗と皮脂によって汚される。

 今までのハイセンの暴力性から説得は無理だと悟る。

 逃げるにしても、どうせすぐ捕まる。

 腹を括り、腹をさらけ出せとは無理難題。


「絶対嫌です」


「じゃあ、やってみようか」


 逃げようにも、ハイセンに腕を強く握られ、引き留められる。

 暴れても、複数人に取り押さえられて動けなくなった。

 僕の恐怖で引きつる顔を見ても誰も止めやしない。


 こんなことばっかり。


 治療の使える魔術師が僕の傍に立つ。

 彼は、相当の腕前で、国政に関わるほどの実力者だそうだ。

 大金に目が眩みやすいのは聞かなくても分かる。

 だって、ここにいるのだから。


 僕の腕がまな板に乗る。

 今の僕は裸にされている、そのおかげで、僕の服が血で汚れる心配だけはいらない。


 鼓動が早く、今にも心臓が破裂しそうだ。

 奥歯を押し潰し、運命を待つ。


 肉斬り包丁が振り下ろされた。

 関節に刃が入り込み、凄まじい痛みが襲う。

 堪えきれずに叫び出してしまう。

 一度で切断にまで至らない。

 硬い関節に切り込みを入れるから、作業が進まない。

 何時間も続く解体作業の中、さらに不幸な出来事が起きた。

 内臓が掻き出されている途中、僕の体が淡い光に包まれた。

 溢れた内臓が元の位置に戻り、開腹の傷痕さえ消えたのだ。


 治療をするにも呪文の詠唱が必要だ。

 詠唱がされていないのに、傷が消えるというのは、あまりにも不自然だ。

 再度、開腹を試みても、淡い光が出てきて全てが最初から。

 想定外の出来事にハイセンは唸った。

 周りがどよめく中、僕だけは分かっている。

 これは呪いだと。餓死でも、窒息でも平穏は許されない、最悪の呪いだ。

 次第に、呪いが発生する間隔が短くなる。

 解体速度を優先するために、僕は乱暴に扱われた。

 上半身と下半身で分けられたり、首を切り落とされたりもした。

 それでも死ねない、きっと挽肉になっても死なないのだろう。


 作業は何時間も続き、全てを取り出し終えて、解放してくれた。


 あまりの苦痛と恐怖にそこら中に嘔吐を続ける。

 医務室に運ばれても吐き散らす。

 落ち着きかけても、すぐに恐怖を思い出し、耐えきれなくなって暴れ出す。

 見かねた医者に押さえつけられ、首に何かが刺さると、気絶するように意識が無くなった。


 医務室のベッドの上で目覚める。


 恐怖を思い出し、暴れそうになるが、ここに居る子供たちのこと、アマリアのことが頭をよぎり、踏みとどまった。

 このまま暴れ続けていれば、他の子どもに暴力が飛ぶ。

 アマリアと離れ離れになるのは嫌だ。

 アマリアは僕の全てだから、それだけは避けねばと考えた。


 ハイセンが呼んでいるということで、食堂に向かう。

 内容は分かりきっている。


 頭の中を静かな暴力性が支配する。

 

 絶対にハイセンを殺す。

 死ぬまでの間、拷問にかけて、少しずつ。


 部屋に入ると、香ばしい臭いが漂い、ハイセンがステーキを切り分けていた。


「やあ、フォルツ。

 気分が良くなったみたいだね。

 今試食しているのだけど、どれも美味しいよ。

 これで、文字通りに一つになれる」


 満足げに笑みを浮かべるハイセン。


 それに対してハイセンに見えないよう、後ろで拳を握りしめ、笑顔を作る。


「それは良かったです。

 美味しく食べていただいて僕も嬉しいです」


 嬉しいわけがない。

 必ず息の根を止めてやる。


 恨みを抱えたまま日が過ぎ、ハイセンとの約束の日になった。

 外の様子と脱走するまでのルートを頭の中に描きつつ、注意深くあたりを観察する。

 怪しまれないようにするため、ハイセンと腕を組みつつも少し後ろに下がり、ハイセンの視界に入りにくいようにする。

 この施設の出口は二重扉になっており、それぞれ鍵が掛かっていた。

 やはり、鍵の質は悪い。

 もしかしたら、鍵を盗むまでもなく作れるかもな。


 僕たちは街から離れた場所に監禁されていた。

 離れていると言っても徒歩十分くらいの距離。

 遠目から見ても町に防壁はない。

 おそらく、このあたりには危険な動物はいないのだろう。

 町に近づくにつれて大きな建造物が主張を強める。

 巨大な街並みが広がり、その下を人間が行き交う。

 建造物の多さもあるため、いたるところに影を落としている。


「ハイセン様、今日はこうしてデートのお願いを引き受けてくださり、ありがとうございます」


「何を畏まっているんだい? フォルツがしたいと言うなら、何だってしてあげるよ」


 何でもってのは都合の良い言葉だよな、言う側にとって。

 ところで、スカートの中に手を入れるな。

 僕はそこまで望んじゃいない。


 「優しいお言葉が体に浸みます。買って帰ると言うのも忍びないので、町の様子を見て回りたいのですが駄目でしょうか?」


「どこへでも付いて行くよ」


 言葉は優しいが、本当に呆れる男だ。人目がある時しか大人しくない。


 この町は大きい。

 馬車による交通手段が発達しており、公共のものとして定期的に馬車が走る。

 離れた隣町にまで伸びているらしく、逃走する際に役立つだろう。

 時刻表を記録するためにメモが必要だな。

 前の世界では鶏頭として虐められていた。

 そのくらい記憶力が悪いのだ。

 この世界に来てからは、物忘れが極端に減ったが、それでも、この量は覚えきれない。

 紙とペンを買うにしても怪しい動きはできない。

 ペンだけでも買えるなら、体にメモを書くのだけど、それも怪しまれたら終わりだ。

 仕方ない主要な時間だけでも覚えておこう。


 大通りを歩いていると、人だかりができていた。

 慌ただしく動き回り、人を呼び合っている。


 気になるけど、僕にできることはないから行っても邪魔になるだけだ。

 遠巻きに見ていると、人混みの隙間から大勢の人が倒れているのが見えた。

 ここから見えるだけでも10人くらい。

 人だかりの大きさから考えると30人は超えそうだ。

 外傷もなく、一見すると、眠っているようにも見える。

 倒れている人が揺さぶられていたが、目を覚ます様子はない。

 

 湿らせた、ため息を吐き出す。

 やるせない。

 

 野次馬の話を盗み聞きしていると、どうやら、倒れている人たちは全員死んでいるらしい。

 前にハイセンが言っていた原因不明の大量死と関係がありそうだな。

 なんにしても、ここから早く逃げないといけないのだが。

 何らかの障害にもなり得る。

 計画の大枠が決まってから考えよう。


 かなり高いダイアの指輪も買ってもらえたし、後は鍵か。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ