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君が笑って 僕が泣いて  作者: 竹丈岳
3/6

馬鹿な考え

 ハイセンさんが帰ってきたのは夜遅くだった。

 その時には僕は寝てしまって気づかなかったが、書置きを残して朝早く出かけて行ってしまったみたい。

 書置きには、今日も遅くなるとだけ書かれていて、傍にお金が置いてあった。


 今日は特に予定があるというわけではない。

 少し気になるし、あの子の言っていた収容所に行ってみようかな。


 寝間着を脱いで、丁寧に畳む。

 鞄から着替えを取り出し、白い長袖に腕を通しカーキー色の長ズボンを穿く。

 長ズボンをベルトで固定したら着替え完了。

 お金も持ったし鞄も持った。


 部屋を出て鍵を掛ける。

 この鍵は、宿屋の主人から受けとった物だが、前の世界の物とは明らかに質が劣っている。

 単純な構造なのもあるけれど、材質も見てくれも微妙だ。

 最低限の機能を備えているだけであり、鍵穴の構造の単純さも見て取れる。

 結局のところ、気休めなのだ。

 貴重品は肌身離さず。旅に持っていくのは常に軽装が基本だ。

 そうしたら、盗まれる心配もない。


 一度だけ、鍵をかけていない部屋に財布を置き忘れたことがあった。

 すぐに気づいて戻ったけど、財布は既に無くなっていた。

 時間にしておおよそ一分。

 手元から離れた物は他人の物と思うくらい警戒しなければならない。

 初めの内は慣れなかったが、自然と体で覚えられる。

 覚えるまでが大変だったけどね。


 受付のベルを鳴らし、主人を呼ぶ、

 奥の方から、主人が出てきて用を尋ねる。

 収容所の場所を尋ねると、親切にもメモ用紙に収容所までの地図を描いてくれた。

 見やすい物ではないが、要所が細かく記されており、僕のためにここまでしてくれたと思うと嬉しかった。

 

 主人に深くお礼を言って宿屋を出る。


 地図によると、収容所は町はずれにあるみたいで、少し遠い。

 地図はカーブを描いているようだが、すぐ近くに脇道を見つけた。

 ここを通れば、ショートカットが出来るかもしれない。

 意気揚々と脇道に入っていく、これが間違えだった。

 高低差が激しいため、階段を上ったり下がったり。

 入り組んだ道を通るから、次第に方向感覚がなくなって、いつの間にか迷子になっていた。


 諦めて大通りに出るけど、どこにいるのか分からない。


 馬鹿なことをした。

 楽をしようとしたのも間違えだし、自分に物事を上手くやれるだけの器量なんてないのに。


 仕方なく通行人に道を尋ねるが、話を聞いてくれる人はわずかだった。

 大半が、無視をするか、忙しさを理由に足早に立ち去っていく。

 親切な人を見つけるのは本当に苦労した。

 それも、一回では説明の全てを覚えられないから、何回も聞かなければならない。

 こんな時にペンと紙があれば良かったのに。

 心の中で深くため息をつく。


 かなりの時間を使ったが、ようやくたどり着いた。


 一番に目に止まったのが時計塔だ。

 短針は大きく動いており、出発してから二時間も経っている。


 時計塔の下には大きくて味気ない質素な建物、あれが収容所だ。

 

 収容所の近くには柵に囲まれた畑があり、背丈の低い植物の葉が等間隔に生えている。

 少女の言っていた畑だろう。

 できるだけ大きく耕されていることから、少女たちの涙ぐましい努力が伝わる。


 突然、子どもの泣き叫ぶ声が聞こえた。

 

 その声を聴いた途端、自分のことのように身震いが止まらなくなり、皮膚が粟立つ。


 イジメられた時の記憶が呼び起こされ、めまいがする感覚に吐き気を催す。

 自分の頭が直接いじられているようなそんな感覚だ。


 叫び声は断続的に続く。

 収容所の方からだ。

 気持ちを落ち着かせるためにもこの場から離れるべきなのだろうが、誰かが辛い思いをしているなら助けに行きたかった。

 誰かの辛さは自分のことのように感じるから。


 それに、助けてくれない辛さは、孤独にも似ている。

 僕が学校でイジメられている時、知ってても誰も助けてくれなくて、助けを求めても誰も助けてくれなくて。

 友だちも出来なくて、ずっと独りぼっちだった。

 

 母親は僕のことが好きじゃなかった。そのせいで冷たかった。


 学校でも独りぼっち、家でも独りぼっち。

 だから、寂しいのは一番嫌い。

 

 収容所に近づく程に鼓動が早くなる。

 怯える足を叱咤し窓から中の様子を覗くと、複数の男が女性一人を囲んで暴行をしている姿があった。

 女性は身を丸めて床に倒れるが、男たちは暴行を止めない。

 部屋の隅には子供たちが恐怖に震えて、身を寄せ合いながら泣き叫んでいる。

 その中には、あの少女の顔もあった。


 暴行を止めなければ、あの女性は死んでしまうかもしれない。

 けれども、子供の僕に何が出来ると言うのだ。

 助けを呼ぶべきだ。


 後ずさりをしつつ、助けを呼びに行こうと決心した時、さらに見てはいけないものを見てしまった。

 体中から血の気が引いていき、気が抜けて、そのまま地べたに腰を落としてしまう。

 頭の中の真っ白な画用紙を前にして、何かを描く切掛けさえも掴めない。


 止めなければという感情が、考えるよりも先に体を動かした。


 収容所の玄関を勢いよく開ける。

 床を蹴散らし、目的の扉を開けると、僕に向かって視線が集まった。


「ハイセンさん、嘘ですよね、こんなこと」


 必死に絞り出した言葉がそれだった。

 あれだけ優しかったのが嘘でないと思い切れなくて、良心に問いかければ元に戻ってくれると信じたかった。


 ハイセンは直接暴力を振るっていないものの、状況から見てハイセンが女性を襲わせているのは明白だ。

 女性は這いずりながら子供達に寄るが、男の足が女性の手を踏みつけて行く手を阻む。

 手を踏まれたことで、痛みに悶える女性。もしかしたら骨折しているのかもしれない。


 恐怖よりも嫌悪感が出ててきた。

 どうにかして助けたい。


 男の数は4人。

 体格の良さから、その道に携わっていることは十分に感じ取れる。

 戦うなんて気はないが、戦えば一方的な結末になるだろう。

 

 おそらく彼らを統率しているのがハイセンだ。

 ハイセンを説得できれば、彼らも大人しくなってくれるはず。


「やっ、やあ。こんなところで何をしているんだい?」


 ハイセンは焦りつつもとぼけた調子で言う。


 とぼけたって無駄なのに。それで誤魔化せると思っているのか。

 勝手に信頼して、勝手に裏切られて。

 僕って本当に馬鹿なんだな。

 でも、まだ信じたい自分がいる。


「どうしてこんな酷いことをしているのか説明してください」


「この人が話を聞いてくれないからだよ」


 僕の必死さに対してハイセンは誤魔化すように笑い、僕との距離を詰めようと向かってくる。

 これが社会的な人間の姿なら、恐ろしすぎる。


 後ろに下がり距離を取る。

 僕が警戒していることが分かったのか、ハイセンは立ち止まる。

 

「話を聞かないからって、暴力を振るわないでください」


 僕の言葉にハイセンは肩をすくめる。

 僕が勘違いしているとでも言いたげに。


「収容所にいたら子供たちは満足にご飯も食べられない。

 それは可哀想だろう?

 親切心から子供を養ってくれる人を探してあげるって言ったんだ。

 それなのに外道だなんて言われたら誰でも怒るよ」


 ハイセンは不満げに異常な正当性を説く。

 話している間も自分の行いの悪さは微塵も感じていない。

 

 あまりのハイセンの異常さに理解が遅れる。

 状況を飲み込もうと言われたことを整理する。


 僕は外道だなんて言われたら、悲しくはなるけど暴力は振るわない。

 自分が間違っていると思って出来事を振り返る。

 怒って暴力を振るうなんて下品だ。


 また、誤魔化すのか。

 涙は出ずとも、胸が痛い。

 自分の中の大切な部分が抜け落ちてしまった。

 また、一人だ。

 それでも、未練を捨てきれない自分がいる。


「どう言おうと、こんな酷いことを続けないでください。

 今すぐ皆に謝って、元の優しいハイセンさんに戻ってください。

 僕は優しいハイセンさんが大好きなんです」


 言っている内に感情が昂り、声が上ずる。涙と鼻水で息を濡らしながら、良心に問いかける。

 

 ばつの悪そうな顔をするハイセンさん。

 けれども、すぐに表情を戻し、口を開く。

 

「そうだね。悪かった。

 じゃあ、仲直りをしよう」


 ハイセンさんが腕を広げてゆっくりと歩いてくる。


 良かった、伝わってくれた。

 仲直りをするべく、ハイセンさんに寄ろうとするが、一つの考えが頭をよぎり、歩みを止めてしまった。


 その考えによると、ハイセンさんの姿が恐ろしく見えてしまい、後ずさりしてしまった。


「どうしたんだい? もしかして、仲直りをしたくないのかい?」


 怖気づく僕に対してハイセンが来るように促す。


 仲直りと言っても嘘の可能性がある。

 そうしたら、助けを呼びに行くこともできなくなる。


 けれども、僕はどうすれば良い。

 信頼しなければ、ハイセンは僕を残してどこかへ行ってしまうかもしれない。

 それは嫌だ。


「ここの皆を逃がしてからにしてください。

 変なことをすれば、助けを呼びに行きますからね」


 声を強めて言う。

 嫌だけど、ハイセンを疑うことにした。

 

 ハイセンは少し考えこんだあと、女性から男の人達を下がらせ、逃げるように促す。

 女性に続いて子供たちが逃げる。

 女性からも、子供達からも去り際にお礼を言われる。

 けれども、嬉しくない。

 目の前の問題が大きすぎて、余裕が無い。


 女性と子供たちが去ったあと、残ったのは僕とハイセンさんと雇われた男4人だけだ。

 

「さあ、これで信頼してくれるだろう?」


 ハイセンは腕を開いて僕を待ち構える。

 

 ハイセンは、僕の言う通りにした。

 もし、これで嘘だとしても、みんな助かる。


 僕の番だ。

 袖を握り締め、決意して歩き出す。

 ゆっくりであるが、確実に距離が縮まる。

 ハイセンの手が届く距離に来た。

 僕の肩にハイセンの手が置かれる。

 襲われるかもしれないと思い、反射的に肩が跳ねる。

 目を瞑り、結末を待つ。


 お願いだから、元に戻って。


「こんなことになるなんて、残念だよ」


 次の瞬間には床に叩き付けられていた。

 口の中を切り、ハイセンにのしかかられる。


「やめてください」


 振りほどこうとするが、力では完全に負けているため、簡単に組み伏せられてしまう。


 必死にもがく中、ハイセンの顔に悲しみが見えた。

 今にも泣きそうなほどに。


「君なら理想の恋人になれたのに」


 胸元でハイセンが声を漏らす。


 ハイセンは僕の鎖骨のあたりに顔を埋めると、鼻息を荒くし、僕の臭いを嗅ぎ始めた。


 ハイセンの鼻息がくすぐったく、鼻息が掛かるたびに、体が痙攣する。

 気持ちの悪さもあるけど、自分の嫌な臭いを嗅がれ、嫌悪感と同時に恥ずかしさが広がる。


「僕は男です。恋人になんかなれるわけない」


 蚊の鳴くような声はハイセンに届いたようだが、ハイセンの興奮を高める材料になってしまった。


 ハイセンの呼吸は激しくなり、舌を出して僕の首を舐める。


 あまりの気持ちの悪さに涙が出てくる。

 こんな関係は嫌だ。

 周りに人がいるのに、こんな変なことができるなんて、恐ろし過ぎる。


 見ると、男たちはただ突っ立って眺めているだけで、動こうともしないし、表情も動かさない。

 ハイセンは僕に隠れて色々なことをしてきたのだと悟る。


 ハイセンの舌は僕の首筋を沿って上がり、耳もとまで来る。

 耳の穴まで舐められ、耳たぶを甘噛みされる。

 それを何度も繰り返される。


 恐ろしすぎて、僕は本気で泣き出してしまった。

 声を大きく上げて、表情を歪ませる。

 僕が抵抗するたびに嫌がらせは激しくなる。

 

 やっと飽きてくれたのか、耳たぶに吐息がかかる。

 濡れた個所が敏感に温度を感じ取る。


「君は僕の理想なんだ。

 その顔も、その性格も。

 最初に君を見た時にこんなにも可愛い子がいるなんて信じられなかった。

 君をものにできるならなんだってする。

 だから君を拾った。

 手塩にかけて自分好みにしていくつもりだったのに。

 それも終わりだ。

 これからは強引な方法でやっていかないといけない」


 哀哭を言葉に乗せるハイセン。


 僕は泣いている中でも聞き取っていた。

 お互いに好きだったのに、こんな関係は嫌だ。

 それに僕がハイセンに対して思う感情は違う。


 ハイセンは結局悪人だった。

 今はひたすらに嫌悪感だけが支配している。

 

 首に何かを刺され、意識が朦朧とする。

 僕の目を覆い隠すように暗闇が支配し、意識が飲み込まれていった。


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