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君が笑って 僕が泣いて  作者: 竹丈岳
2/6

幸せ?

 彼に拾われて2年が過ぎた。


 彼はハイセンという名前の商人で、仕入れのルート開拓と、複数の雑貨屋の経営をしながら収入を得て生活をしている。


 僕はハイセンさんの家に住まわせてもらい、仕事の手伝いをしつつ、言葉や商売の勉強をしている。

 満足できるだけの食事があって、優しい人が傍にいる。今までの境遇からは想像もつかない生活だ。

 ハイセンさんといると胸が静かに鼓動する。

 

 これだけ恵まれた生活をしているのだ、返しきれないほどの恩がある。

 いつかは返せるだけのことをしたい。

 そのためだったら、僕はなんでもするつもりだ。


 ハイセンさんが次の出店場所を探しにいくと言うので、共に馬車に揺れる。

 途中何度か、トカゲに似た魔物が近づいてくるが、護衛の6人の大男が剣を構えるとすぐに逃げ出す。


 今は対処しているようだが、油断した隙に全員殺されるかもしれない。

 少しの不安がどんどん大きくなっていく。すると、ハイセンさんに優しく頭を叩かれた。


「心配しなくても襲われたりなんかしないさ」


 言葉に出さずとも不安を察してくれるハイセンさんの優しさに、心が包み込まれるような安らぎを感じる。

 僕を拾って不自由なく生活をさせてくれているのだ、大丈夫ハイセンさんは嘘をつかない、信頼できる。


 言葉通り、大事なく町に辿りついた。

 城壁が町を囲い、門の前には門番らしき人が高台に立っている。

 こちらに気づいたようで門番が高台から降りてくる。


 馬車を止めて自分の鞄を掴み、真っ先に馬車から降りて、挨拶に向かう。

 雑務は僕が唯一役に立てるものだから。 


 挨拶を終えて、下げていた鞄から二枚の手帳を取り出し、目的のページを開いて門番に見せる。

 ページには商人資格の内容と振り分け番号がそれぞれ書いてある。


 この手帳を見せるのは、単なる脱税対策の意味合いが大きい。

 会計処理の公表を義務付けられ、そこから算出した分の税金をこの町に納めるという仕組みだ。


 税金は町の全体に使われる。納税は社会性を持つ人間としての義務。

 だから、ムスッとした顔はやめなさいと。ハイセンさんに言われたことがある。

 働いても沢山お金を取られてしまう。

 それが嫌だったから、表情に出てしまっていた。

 話を聞いていくうちに、なるほどと思えることがあった。

 社会は多数の人間によって成り立つ。

 自分だけで何かを生産するには限界があるし、その代わりに誰かが動いてくれている。

 その誰かを蔑ろにしていたら生活ができない。

 だから、税金は納めるべきと言われた。


 社会性、良い言葉だ。

 僕も誰かの役に立ちたい。

 それで誰かが喜んでくれるならそれほど嬉しいことは無い。


 門をくぐると、会話と人だかりの街の姿があった。


 人は笑い、子供たちは草原の上を駆け回る。

 心地よい風が通り抜け、川のせせらぎと小鳥の鳴き声に聞きほれそうになる。


 忘れかけながらも、思い出し、護衛の方に賃金を支払う。

 彼らはギルドから派遣された人たち。

 僕とハイセンさんがこの町に留まっている間も、他の仕事を旋回されるから、彼らとはここで解散。


 ハイセンさんは出店の準備に取り掛かるために、この町の偉い人に会いに行く。

 その間に、僕が手ごろな宿屋を見て回る。

 これは事前に話し合って決めたことだ。


 ただ、文句を言われることに不満がある。

 折角、良い宿屋を見つけても、安い場所だと質素と言われるし、高いと贅沢と言われる。

 自分で探せば良いのになんて、口が裂けても言えない。


 だって、僕は養われている身だし、それに、僕がしっかりすれば良いだけのことだし。


 80シニーくらいを目安に探すと三つ候補が出てきたので、根気よく交渉して70シニーに下げてもらった。

 子供の交渉なんて相手にしてもらえないことがほとんどだが、食い下がれば、それなりに相手をしてもらえるってことを最近知った。

 交渉術を知るまでは苦難の道だった。

 ひたすら値下げしろと言い続けても、つまみ出されるから、手法を変えて説得するのがコツだ。

 それと、相手の弱みを握ること。


 さて、寝床も見つけたし、待ち合わせの時間まで随分と早い、街の様子でも見て回ろうかな。


 商店街に行くと変な形のナイフとか、身に着けるための装飾品、使い方の分からない物も売っていたが、見て回るだけでも十分に楽しい。


 綺麗という理由だけで装飾品を眺めていると、店主から声を掛けられた。


「ちょいとお嬢さん、君みたいなお綺麗な子なら、このネックレスが似合うよ。

 このネックレスを身に着ければ、どんな男だってお嬢さんの魅力に骨抜きだ。

 お金が無くても大丈夫。これを身に着けてお願いすれば父親だって言いなりよ」


 変な訛りを混じらせつつ、通る声で売り文句を言う店主。

 店主が持っているのは綺麗な装飾の施されたネックレス。


 困ったな、出来る限り男っぽい服装にしたのだけど。


 頭を掻きつつ正直に言おうと決める。


「あの、僕は男です」


 店主の迫力に気圧されながらも小さく言う。


「本当かい? あっ、いや、すまない。

 あんまりに綺麗な顔立ちだったから間違えてしまったよ。

 じゃあ、こっちの、男物の方を見てみると良い。

 お詫びに、どれでも半額で売るよ」


 何がどうお詫びになっているのかは分からない。何かと理由を付けて買わせようとしているのだと思う。


 買う気はないが、ここにいたら言いくるめられそうで怖い。


「別に、良く間違われるので気にしてないです」


 そう言って、足早に立ち去り、人込みに紛れたところで一安心。


 やっと、落ち着いて見て回れる。

 ああいう商売をする人は苦手だ。

 なんて言うか、水と油てきな感じ。

 僕自身、活発でないから、活発な人に合わせるのは少し緊張する。


 観光を楽しんでいると、子供連れの女性だけでなく、冒険者を見かける。


 冒険者とは、言ってしまえば、冒険が好きなだけの人。

 敵と戦って、財宝を見つけて、誰も見たことのない景色を求める命知らずの総称。

 まあ、冷めた言い方をしているけど、僕自身がそういうの大好きなんだよね。

 でも、夢を追い続けても現実はやってくる。

 何もできずに死ぬ人だっている。興味本位で魔物を殺したって、魔物にも家族という形態がある。

 家族が悲しむ姿を想像すると、凄くやるせない気持ちになる。

 そう考えると、冒険者ってのがロマンに満ち溢れているだけと思えてさ、少し冷めた目で見てしまう。

 

 魔物も大変なんだよ。

 魔力を持った人間以外の生物のことを指すのだけど、基本的に普通の動物と変わらない。

 感情だってある。

 子供には情けをかけて殺さないし、仲間が悲しんでいたら寄り添って一緒に悲しむ、

 それでも、殺すか殺されるかの世界に身を置かされ続ける。

 たぶん、辛すぎると思う。


 魔物には魔力があるから、魔物特有の魔法が扱える。

 使える魔法は一種類か二種類くらい。

 そのどれもが必ず治癒の魔法が扱える。

 魔法を駆使して、強引な繁殖を繰り返すことがあって、魔物の大量発生が問題になることがある。

 でも、そういったことは、魔力の溜まり場がないと起きないし、魔力の溜まり場じたいが希少な物ですぐに人間によって隔離される。


 ああ、そうそう。


 ハイセンさんから教わったことだけど、この世界には魔法があって、呪文さえ知っていれば誰でも魔法が扱えるらしい。

 最初は冗談かと思ったけど、聞いているうちに本当だと分かった。

 でも実際に魔法を使える人は少ない。

 魔法を使って暴動を起こされてしまうと、収拾が付かなくなる。

 そのため、呪文自体が禁止にされて、権利を得た人だけが呪文を教えてもらえるという仕組みになっているそうだ。

 呪文が禁止にされると、呪文を継承する必要が無くなるから自然と民間に伝わる呪文は淘汰される。

 うまいこと考えたとは思うけど、細々と継承しているところはあるみたい。

 基本的に国から呪文を教えてくれるのはエリートだけ。

 だから、すれ違う魔法使いと比べたら僕なんか霞みたいなものだ。


 当然僕はエリートではない。

 自分の無力さに落ち込む。

 使いたいな、魔法。

 それを使って色々と遊んでみたい。

 でも、自分なんかが使えるはずがない。

 僕は、身の程を知るべきなんだよな。


 興味を引くような物は無くなり、町探索に飽きて、ハイセンさんと予定してた待ち合わせの場所に向かう。


 石段があったので腰を下ろし、鞄から辞書を取り出す。

 この辞書はハイセンさんが言葉の勉強のために買ってくれたものだ。

 多少値段は張るけど、十分値段に見合う。

 少し前までは手作業で本の中身を書き写して量産していたそうだ。

 だから、誤字があったり、違う言い方にもなったりしたとか。

 今は活版印刷の技術があるから、大量印刷が可能になって、これでも値段が下がったらしい。

 平均的な家庭でも十分に手が届く、それは素晴らしいことだね。


 文字を追いかけて小声で言葉に出す。

 ペンと紙を持ち歩くと、かさ張るしお金もかかる。だから、音読で覚えようとしている。


 勉強が苦手でも僕が頑張れているのは、ハイセンさんに恩を返したいという思いがあるから。

 前の世界では、勉強ができないだけでなく、言われたことをすぐに忘れてしまう質だった。

 そのせいでイジメられていた。

 頑張っても覚えられない。

 報われない努力ほど悲しいものは無い。


「勉強していて、関心だね」


 不意に誰かに話しかけられて、日が暮れていたことに気づいた。

 見上げると、ハンセンさんが上から僕を覗き込んでいた。


「ハイセンさん、終わりましたか?」


「うまくいきそうだよ」


 ハイセンさんは笑顔で答えて、僕を引き上げようと手を差し出す。


 その手に添えると、僕の背中に翼が生えた気がした。

 この翼ならどんな困難があっても飛んでいける。

 そう思えるほどに頼もしかった。


「あの、良かったですね」


「もう少し話を聞いてくれても良いんじゃないかい? それじゃあ寂しいよ」


 寂しいと抱き着く腕にそっと触れて、ハイセンさんに微笑みを向ける。


「別に、興味がないって訳じゃないです。

 ただ、成功すると分かってるから他に聞くことが思いつかなかっただけです」


「そっか、信じてくれているんだね。

 嬉しいよ」


 そう言って優しく抱きしめてくれる。ハイセンさんが喜んでくれれば、それだけで嬉しい。僕だけの大切な存在だから。


「宿屋の準備はできています。早速向かいましょうか?」


「うん、行こうか」


 そう言って頭を撫でてくれる。

 

 自分の頑張ったところを褒めてもらいたいな。


 少し歩くと、薄く汚れた外壁の建物が立ち並ぶ中、ひと際大きな作りの宿屋が特別な存在感を漂わせていた。

 新しい外壁の周りに植えられた綺麗な花。内装も綺麗に整えられており、これで、70シニーは実のところかなり安い。


 宿泊客の数が少なかったようで、他の宿屋を検討していることを匂わせたら、やっと値下げしてくれた。

 

 足元を見たが、これは卑怯じゃない。生きるための必要な手段なのだ。

 心の中で自慢げに腰に手を当てる。


 宿屋に入ろうとした時、視線を感じた。

 視線の元には薄汚れた服を着た子供がいた。

 声をかける前に、その子供はどこか怯えた表情を見せてそそくさと立去った。

 何も心当たりがないけど、避けられるということは自分の存在を否定された気がして、傷つく。


「中々良い場所じゃないか。これで70シニーなら大したもんだよ」


 内装を見回すハイセンさんが、感嘆の声を上げて僕に付いてくる。


 はっきり言って凄く嬉しい。かといって、そのまま褒められては恥ずかしい自分がいる。


「褒められて嬉しいんだね」


 もうっ、ばか。

 

 自分の顔が紅潮したのが分かる。

 恥ずかしさを隠そうと俯きながら歩く。


 広い室内に荷物を降ろすと、ハイセンさんが椅子を引く。


「さあ、座ってちゃんと聞くんだよ」


 言われるがまま椅子に座る。


 何かと僕のことを考えてくれているようだが、どうして、僕だけに世話を焼いてくれるのか疑問に思う時がある。そういう性格なのかな。


 ハイセンさんが言うには、このあたりで原因不明の突然死が頻繁に起きているらしい。

 その多くが集会などの人が多くいる場所。

 殺されたわけではないらしいが、伝染病の可能性があるから、なるべく人の近くには寄らないように注意された。


 ハイセンさんは、この世界のことを教えてくれる。魔法のことや、英雄の話もしてくれた。

 

 この世界には英雄がいるのだ。


 世界を終焉に導こうとした邪悪な神エイボスタン。それに立ち向かう英雄ジークリンテの物語。

 邪悪な神エイボスタンを倒すには、神器が必要だった。

 英雄だけが使える神の作った武器、それが神器。

 それを作るには多くの時間が必要だった。

 時間稼ぎのため、英雄は単身で邪悪な神エイボスタンの陣地に乗り込む。

 戦いは30日間も続き、英雄は体の大半を失った。それでも英雄は諦めない。

 魔法で木の棒を足代わりに生やして戦いを継続する。

 体力も失い、もう駄目だ。

 そう思った時、ようやく、神々が到着した。

 新たな力を得た英雄は、圧倒的な力を駆使して邪悪な神エイボスタンを倒したのだ。

 もう、たまらない話。


 不意に体を揺らされる。


「頭がどこかへ飛んでいただろう?」


 ハイセンさんが心配気味に言う。


「ごめんなさい」


 上の空になっていて、話を聞いていなかったことを謝る。


「そういう時もあるさ、少しづつ話を聞くように頑張っていこうね」


 そう言ってハイセンさんは僕の頭を優しく叩く。


 失敗しても不安に感じることもない。それがどんなに幸せなことか。


 思わずハイセンさんに抱きついて大きなお腹に顔を埋める。


 やっぱり好き。


「次からはちゃんと聞きます」


「うん、人のいる場所には近寄らないことだけは覚えておきなさい。

 それと、お腹が苦しいから離れてね」


「分かりました」


 渋々抱きつくの止めて椅子に座りなおす。


「こんなところはすぐに去りたいけど、出店出来る場所も限られてきたからね、早く終戦して欲しいものだよ」


 ハイセンさんが愚痴にしていたのは、5年間も続く大国同士の戦争のことだ。

 いずれ、双方が弱り切ったところにハイエナのように参戦してくる国が出てくる。

 そのため戦争に巻き込まれないように出店場所を厳選しているのだ。

 そうすると、どうしても出店場所は限られてくる。

 悲しいかな、どんなことにも困難はあるのだ。


「さて、まだ、外に用事があるから、大人しくしておくんだよ、帰るのは遅くなるからね」


 そう言うと、ハイセンさんは荷物を持ってどこかへ行ってしまった。


 ドアが閉まり、空気が鎮まる。


 何もせず、ボーっとしていると、色々な思いが湧き出ては消えていく。

 自分が最低最悪な存在であることを思い出し、過去の罪が胸に突き刺さる。

 罪を償わなければという思いが、楽しいこと幸せなことを遠ざけるように囁く。


 あれは僕のせいではない。そうだと分かっていても、僕の無力さが母親を死なせてしまった。

 悪人は一生罪に捕らわれる。だから、僕は幸せになってはいけない。


 死にたい、死にたい、死にたい。


 毎日、母親に認めて貰いたくて頑張って生きていた。自分の体がボロボロになっても当然のように報いを受けたのだと納得した。


 死のうとした時、死ぬことが罪を償う唯一の手段だと自分に言い聞かせていた。

 でも、本当は分かっていた。認めてしまうと、この罪の重さに押しつぶされて気が狂ってしまいそうだった。

 僕は逃げ出したかったんだ。罪を感じずにいられる世界に。

 死にたい気持ちが僕を駆り立てる。あの椅子も机も、鞄に入っている辞書でさえも。

 全てが死ぬための道具に思えてきた。

 自分が普通じゃないことは分かっている。

 この感情を鎮める必要がある。けれども、


 死ぬことが何より愛おしい。


 気を紛らわそうと辞書を開くがとても集中できるような精神状態ではなかった。

 部屋にいても死にたくなるだけだ。


 鞄を持って部屋に鍵を掛けると宿屋を飛び出した。

 言い付けを守れていないが、そんなことを気にする余裕は無かった。


 川のせせらぎも風が葉っぱを揺らす音も心地よく、ようやく気持ちが落ち着く。

 念のため深呼吸を繰り返す。

 心に余裕ができて、自分の腹の音で空腹に気づかされた。

 この世界だと一日ニ食が基本で朝と晩にしか食べない。

 その分、晩になるころには嫌いなものでも食べられるのだが。


 人通りは少なくなっているが、多少の店はまだ開いている。

 ハイセンさんに外に出るなと言われたけど、遅くなるとも言っていたし、何かお腹に入れておくかな。

 まだ開いていた肉屋でコルラッタの焼き肉を一つ買って、そこらへんにあった石の上に座る。

 包装紙を剥くと香辛料が大量にへばりついた脂ぎった肉が顔を出した。

 コルラッタとは、言ってしまえば大きなネズミみたいな動物の肉だ。

 脂が多くて繁殖能力が高いため食用として出回っている。

 味は、まあ、豚肉を硬くして獣臭さを足したようなもので、香辛料が無ければ臭みのせいで食べにくい。


 一つ掴んで食べてみるが、やはり味は良くない。


 目の前には草のカーペットを夕焼けが照らし、今日のお別れを告げている。

 母親に手を引かれながら楽しそうに笑う子供を見ると、僕も嬉しくなる。

 僕もあんな風に母親に手を引かれて幸せな家に帰りたい。

 これから、あの子は母親の手料理を食べて今日の出来事を話し、おやすみの挨拶をして、幸せな夢を見ながら朝を迎えるのだろう。


 今の生活に満足していないわけではない。

 ただ、寂しい。


 視界の片隅に誰かの影が映る。

 気になって視線を向けると、僕よりも年下の子供が僕のことを見つめていた。

 痩せた体つきからは自分よりも空腹に悩んでいることが分かる。

 

 その子供には見覚えがあった。

 あの時、僕を見て怯えて去っていった子供だ。

 顔が汚れていて分からないが、女の子だと思う。

 手招きをして少女を誘うと、警戒しつつも近づいてきた。


「何でも言うことを聞きます。

 ですから、少しだけで良いんです。そ

 のお肉を分けてください。お願いします」


 少女は泣きそうな顔で、声と体を震わす。

 僕は何もしていないはずなのに、酷い罪悪感を覚える。


「良いよ、全部あげる」


 肉の包装紙ごと少女に渡す。

 本当に欲しい人に渡した方がずっといい。

 しかめ面で食べるよりかは何倍も。


「ありがとうございます」


 少女は肉を受け取ると、夢中で肉を口に頬張る。

 その姿を見て、人生は人それぞれ違うもんだよなと不思議と納得した。


 食べ終えた少女は、目から涙をこぼし、汚れた袖で拭うたびに顔を汚す。

 あまりの涙の多さに、言い表せない気分に押され、鞄からハンカチを取り出し、拭ってあげる。

 少女の涙で濡らしたハンカチは、顔の汚れを落とし、少女特有の可愛らしい顔を出させる。


 洗って返せとは酷だし、拭い終わったハンカチをそのままズボンのポケットにしまう。


「ありがとうございます。

 なんてお礼をしたら良いか」


「お礼なんていらないよ。

 これで、僕のことは怖くはないだろう?」


 少女に笑顔を返す。

 そして、優しく少女を抱きしめる。

 別に、えっちな意味ではない。ただ、少女があまりにも悲しい存在で、僕も寂しかったから。

 誰かの体温を感じると一人ではないことを実感する。そうすると、少しでも寂しくも悲しくも無くなる。


 ただ、唯一の難点が少女の臭いだ。

 女の子なのに、どれほどお風呂に入れていないのだろうか、そう考えるだけでまた悲しくなる。


「はいっ、怖くないです。

 あの、聞いても、良いですか?」


 おどおどした様子で話を切り出す少女。

 こういう性格なのだろう。


「何が聞きたいの?」


 少女を開放し、優しく話を促す。


「さっき、ここの近くを体の大きな人と一緒に歩いていましたよね?」


「ああ、ハンセンさんのことね。歩いていた時に君を見たよ」


「その人ってお姉さんのお父さんなの?」


 お姉さんという言葉に混乱するけど、話の脈的に僕に対してだと思う。そんなに女の子に見えるのだろうか?


「違うよ、身寄りが無かった僕をハンセンさんが拾ってくれたの」


「そうなんだ」


 そう言った少女の顔は、どこか悲しくもあった。


「君は普段、どうやって生活しているの?」


「普段は畑仕事をしていますけど、基本的に何でも。

 収容所で寝泊まりをしています」


「収容所って?」


「身寄りのない子供が集められる場所です」


 身寄りか。

 ハイセンさんに拾ってもらわなければ、僕もこの子と同じ生活をしていたのかも。

 僕とこの子は運命が違うってだけで、生き方にこんなにも差が出るなんて、悲しい。


「収容所にはどれくらいの子供がいるの?」


「えっと、三十二人です」


 教室一クラス分はあるな。お小遣いが足りるが心配だけど、まあ、仕方ないか。

 この子だけを特別にするなんてできない。


「じゃあさ、またここに来なよ。

 この街にはそれほど居られないけど、少しなら食べ物を分けられるからさ。

 それを持って、収容所に行こう。そうしたらみんな喜んでくれるよね?」


「本当に、良いんですか?」


 少女は目を輝かせて言った。

 こうやって驚かして喜ばせるのは楽しくもある。


「うん、本当だよ」


 そう言ってあげると、少女はまた泣き出してしまった。これでは、いくらハンカチがあっても足りない。


 少女とは別れて、宿屋でハイセンさんを待つ。


 けれども、眠気に負けてしまい、枕を抱きかかえ、シーツに包まって眠りにつく。



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