罪のはじまり
僕は、ダメな奴だ。勉強もうまくいかない、運動も苦手。
そんな僕に取り柄を見つける手段なんて、なかった。
実際には、あったのかもしれない。
けれども、探して努力して結果を出す。
なんてことは、無理だった。
学校では馬鹿にされてイジめられて。
家に帰ると、無気力な母を前にして何もしてあげられない。
家事をこなせなくて、料理を焦がしてしまうこともあるし、洗濯物を雨に濡らしてしまったこともある。
その度に母親が力なくため息をつく。
一度だけ、母親に家事を休みたいと言ったことがある。
毎日、家事の全てをやっていれば怪我をすることだってある。洗濯物を取り入れた時に、転んでしまい、腕を折ってしまった。
包帯を巻いた腕を見せながら、母親に向かって家事を休ませてくれと言った。
けれども、無気力で寝たきりの母親は布団から出ることなく、「ここで死ぬのね」とだけ言う。
母親の言葉に罪悪感を覚えて、僕が家事の続きをすることになった。
そして、ダメな僕はとうとう母親を殺してしまった。
正確には自殺してしまった。母親は食事を摂らなくなり、痩せほそり、最終的に死んでしまったのだ。
母親を救えなかったことで罪の意識が残り、救えなかった自分を責め続けた。
全てが嫌になった僕は風に乗って目的地へ目指した。頭の中を冷たい風が抜けて、心地よさに包まれる。これは必要なことだと自分に言い聞かせた。僕は世界にとって必要とされない存在だから。
けれども、やっぱり寂しいな。
消えたと思った僕の意識は、草原の中で目覚めた。
ここは、夢の中だろうか、角を生やした大きいトカゲや大きな牙を生やしたイノシシのような生き物が戦っている。
うわの空でその光景を見続けていると、大きな牙のイノシシが勝ったようで、大きなトカゲを食い殺してどこかへ行ってしまった。
それ以外に変わっていると思えるものは無かった。それにも訳があって、気怠さで何もしたくないからだ。生きることさえも。
日が昇って、また沈む。三日ほどたった。腹の音が鳴っても夢が消えることはなかった。このまま夢の中にいられれば、それはそれで良いのだけど。
夢ではないとすると、天国か地獄か、あるいは、蝶の見ている夢の中か。
ここがどこなのかは気にしない。耐えがたい空腹も辛いが、何より消えてなくなれないことが辛い。
砕けているはずの頭も元に戻っているし、痛みもない。
空腹の辛さに耐えかねて、背の高い木を探した。木はそれほど高くなかったが、11歳の僕には十分すぎるほどの高さであった。
木によじ登り、服を枝に縛りつけて、袖で輪っかを作った部分に首をかける。飛び降りた時に痛みがあったが、これも死ぬ気配がなかった。問題はそれだけでなく息苦しさが続くのだ。
やっと抜け出せたと思った時には、死ぬなんて考えは消えていた。
何かをするためではなく、歩き出すしかなかった。この広くて歩く場所が全て道と言わんばかりの草原の上を。
歩き続けていると、村が見えてきた。
木造の家が立ち並び、裕福とは言えないが貧困とも言えない暮らしぶりだ。
機械や、金属、コンクリートに囲まれて育った僕からすれば、驚く光景だった。
電気の通っている気配もなければ、人工的な素材さえ見当たらない。
自然と共生する。
そんな生き方がここあった。
擦り切れてボロボロになった服の姿で恥ずかしいが中へ向かう。
村人は背が高く、顔の堀が際立ち、鼻の高かい人が多い。
男性の大半が無地のシャツに長ズボン、女性は胸に刺繍を入れた服と長いスカート。
言葉の隔たりは見た目で分かるし、周りの会話を盗み聞きしても何を言っているのか見当もつかなかった。
人気の少ない隅に座って何かが起きることを待った。
当然、何か起きるわけでもなく時間が過ぎるだけ、格好の珍しさにこちらを見る人もいたけど、それだけ。
自分から行動すべきだと分かっていたけど、何をすれば良いのか分からなかった。
草原の上で寝っ転がっているのと変わらないことも分かっている。
何日も経った。
自分の体を粉々にしてみようかと思った日のこと、丸々太った男の人が馬車を連れてやってきた。
その人は僕を見ると知らない言葉で話しかけてきた。
僕は困って言葉にならない声を出すしかなかった。
彼が懐から何かを取り出した。
甘い匂いのするもので、僕の手のひらに置いてくれた。
僕は久々に口に何かを入れられるということで、食べ終えてもひたすら手のひらを舐めた。
そして、また一つ僕の手のひらに乗せられる。
彼の顔は笑っていて、神様のようにも思えた。
彼は僕に新しい服を着させてくれた。
最初は戸惑ったけど、彼の顔が優しかったのもあって、抵抗もしなかった。
彼に連れられて馬車に乗る。
何か幸せなことが起きるという直感に従って。




