恋物語 1通目 →
数々の人々が織り成す恋手紙(恋物語)
あれは雨の降った日のことだった―――。
コンビニ店員として働く大学一年生、6月の梅雨時だったから、まだ一人暮らしを始めて2ヶ月。表現するなら未開拓の土地を自分で切り拓いていくような感覚を覚えていた。
昼時は昼食を求めて多大な量の客でいっぱいになり、店員たちは自分も含め必死になりながらレジ打ちをこなしていく。高校までバイトなんてものをしてこなかった自分にとって初めての事だらけで正直に言うと足でまといな存在でしかなかった。
昼だけならともかく、夕方、深夜近く、午前中と俺は勤務していた時間全てで必ず何か一つやらかしてしまう、トラブルメーカーという存在になりつつあったのだった。
その都度他の店員の奴に怒鳴られ、蔑まれた。
もう辞めてしまおうか。そう思ったことが何度あっただろう。
でもそれはしょうがない事だ、自分が不甲斐ないだけで他の店員はやりこなしている。これが働くということなんだ。
そう自分に言い聞かせていた。
これ以上情けないことは出来ない。そう思いながらたまっていたゴミを処分するために外に出ていた時だった。チーフと先輩のバイト店員が自分のことを話していた。内心ドキリとしながらも話の内容が聞こえるようこっそりと隠れて聞いていた。
「ハハ、あいつが働き出してから自分のシフトが減ってよかったっす」
「何言ってんだよ、あれだけミスしてるんだから規定時間だけ働かせてたら他の奴に申し訳ないだろうが!当たり前なんだよ」
「ボロ雑巾は壊れるまで使っていいんだ、ハハハ」
気付いた時、俺は両手にたくさん持っていたゴミ袋を手から落としていた。
その音に気付いたのか、二人が俺の方へ一斉に目を向けた。
「なんだ、いたのかお前。散らばってるゴミは早く処分しろよ」
チーフが言った。
「タラタラしてねぇでさっさとしろや!」
先輩が言った。
―――ブラックバイト―――
聞いたことのある固有名詞が浮かび上がった。
そうか、俺が働いていた所はブラックだったんだ……。
自分が必死に積み上げようとしていた何かが崩れ落ちた。
悲しくて、悔しくて、騙されていた自分が情けなくて、降り続けている雨に身を打たれながら俺の目からは涙がこぼれ落ちていた。
「あの……どうかしましたか?」
誰かに声をかけられ反射的に子どものように袖で涙を拭った。
目の前に立っていたのは傘をさしている高校生くらいの女の子だった。
「い、いや、何でもないよ」
「嘘……ですよね?」
「嘘なんかじゃないよ、ほら、元気です」
明らかに空元気だった。もっと泣かせて欲しかった。どうして突然現れるんだ。感情のままに動かさせてくれよ……。
「もういいよ、藤井さん。ずっと頑張ってたとこ毎日見てたんだから……」
「……え?」
敬語だった口調は突然柔らかで親しみやすい口調へと変わった。
そして、彼女の表情からは慈愛と慰めの入り交じったような色が浮かび上がっていた。
「どうして……俺の名前……」
「ずっと怒鳴られてたから……、藤井、藤井って」
「ハハ……、そっか」
「でも僕がいけなかったんだ。ミスばっかりするし、怒鳴られて当然だよ」
そうだ、俺がいけなかったんだよな。そもそも失敗なんてしなかったらチーフたちにも目なんて付けられなかったし、普通に働かせて貰ってたんだ。
「失敗なんて誰でもするじゃない?!それなのにどうして……」
「ごめんね、わざわざ気を遣わせちゃって。それじゃあ僕はそろそろ戻らないと」
踵を返して店内に戻ろうとした時だった。
「待ってください!」
彼女は泣きながら僕の袖を掴んでいた。
「私、藤井さんに助けられたんです!何度も、何度も!」
泣きながら彼女は続けた。
「何度怒鳴られたって、お客さんにずっと笑顔で接したり!何度怒鳴られたって、諦めずに頑張ってたり!」
他人に肯定されるなんてことはこれまでの人生において指で数えるほどしかなかった。それなのに、彼女は僕を何度も肯定してくれた。こんな不甲斐ない僕を。
「それだけで私も頑張らなきゃって力を貰ってた!だから……もういいんだよ……?これ以上藤井さんが辛い思いをしながら笑ってる姿なんて見たくないの!限界なの!!!」
自分がバイトのみんなに迷惑をかけていたことを取り消すことなんてできない。それが影響でここまで苦労することになったのも全て自分のせいだ。すごく悲しくて、悔しくて、情けない。そんな感情から出てきた涙なのに……。
どうしてこんなにも嬉しくて、幸せで、安心感に満たされているのだろう。
こぼれ落ちる涙は黒色から、輝かしいほど透明に澄んでいた。
あれから数年経ち、僕は大学を卒業し、無事就職することが出来、厳しいながらも社会人ライフを送っていた。例の件から大学一年の時にやっていたバイトを辞め、他のバイトへと変更させた僕。結果としては様々な経験を積むことが出来てかなり成長できたと思える。そんな、素晴らしい大学生活だった。
「藤井さん」
「やめろって亜弥、お前自分のこと呼んでる様なもんだぞ?」
「日本に藤井さんはたくさんいますよぉー??」
「はいはい、藤井亜弥さん。俺の中で藤井はあなたしかいませんよ」
「え?それどういう意味?ニヤニヤ」
「うるせえなぁ、何でもねえよ」
「ふふ、これからも頼りにしてますよー、藤井さん」
「俺も頼りにしてますよ、藤井さん」
END




