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後編

 旅支度を終えたオレとムーと少女が、桃海亭の扉をくぐって外に出たのは、少女が店を訪ねてきてから、わずか2時間後のことだった。

 オレは歩き始めてすぐに少女に話しかけた。

「おい、婆さん」

「ウィルしゃん、第15代皇巫女エイレイテュイアは50歳くらいだったしゅ。ババアはまずいしゅ」

「わかった、じゃあ、オバサン」

『…無礼な』

 しわがれた声。

「先に言っておく。シュデルには手を出すな」

『何をいっている』

「姫巫女ひとりでここまで旅をするはずない。どうせ、護衛が隠れているのだろ。そいつらにシュデルを狙わせたい気持ちはわかるが、護衛の10人や20人、束になってかかってもシュデルの命どころか、かすり傷も負わせられない。やめておけ」

『聖杯については助力を願ったが、それ以外については口出し無用』

 オレの物言いに気分を害したようだが、それとは別にシュデルを襲うのをやめる気はないようだ。

「オレは忠告したぜ」

 皇巫女とすれば、蒼水晶からどれだけの秘密がシュデルに渡ったのか気になっていたところだろう。そこに、あのシュデルの一言だ。

 殺すしかないと思い定めているだろう。

 早足でキケール商店街抜ける。アロ通りを南に下る。二ダウの城壁を抜けた先のエンドリア国警備隊の訓練場にレザ聖王家の高速飛行艇は置かれていた。魔法を動力とする高速飛行艇は便利だが、あまり使われない。多くの国が上空からの侵略を警戒して、自国の空を飛ぶことを認めないからだ。今回もレザ聖王家という宗教国家だから認めたのだろう。通過料金もたっぷりと支払われたに違いない。

 高級木材をふんだんに使ったラウンジに案内された。

 船長が姫巫女に礼をとり、姫巫女はオレ達を紹介。

 席につくと、すぐに飛行船は飛び立った。

 オレ達が乗ってから、すぐに数人の護衛が乗り込んだ。隠れて姫巫女を警護していた連中だろう。

 護衛が少ない。

 姫巫女の護衛なら、十数人いるのが普通だ。

「お伺いしてもよろしいでしょうか?」

 姫巫女が遠慮がちに言った。

 可愛い声だったので、返事をした。

「オレにわかることか?」

「シュデル様は、どのように道具と話されているのでしょうか?」

「知らない」

 オレの答えに、困りと疑いを混ぜた顔をした。

「本当に何もご存じないのでしょうか?」

「シュデルの能力については、ルブスク魔法協会に報告してあるから問い合わせれば教えてくれる。この世に残った記憶と話せるらしい」

「では、記憶と話しているのであって、道具と話しているわけではないと」

 必死なのはわかる。状況からして、シュデルにレザ聖王国の秘密が渡ったのは間違いない。知りたいのは、渡った秘密の内容だろうが。

「なあ、姫巫女というくらいだから魔力をもっているのな?」

「はい」

「オレは魔力がゼロなんだ」

 オレが話を変えたことに、困惑した顔をした。

「魔力がないから、魔法が使えない。やり方を教えてもらって魔力のあるやつと同じようにやっても火も水もでない。魔力という感覚がまったくわからない」

 ムーの肩をポンとたたく。

「このムー・ペトリは魔力が有り余るほど持っている。魔法の発動は魔術によるが、魔力をあやつることは教えられてでなく、本能であやつれる」

 ムーが自慢げに指の先に魔力の塊を出現させた。

 頭を軽くはたいて消させる。

「シュデルの能力は生まれながらだ。オレ達はその能力を持っていないからわからないし、シュデルもオレ達が理解できないことをわかっている。だから、オレ達はシュデルが記憶と話そうが、道具と話そうが、道具が勝手に動こうが、そういうものだ、と受け止めている。

 質問の答えになっていないと思うが、それでいいか?」

 少女が祈るように手を組んだ。

「怖くないのですか」

「怖い、シュデルがか?」

「すべてを知られるということに」

 真面目に聞かれたので、真面目に答えた。

「知られるということについては怖くない」

「何を知られても、怖くないと」

「知られるのが気にならないかと言われれば、まあ、気にはなるよな。でも、怖いということはないな。シュデルも知ったことを言いふらしたりするようなやつじゃないし」

「ウィル様は、おおらかなのですね」

 寂しそうに笑う。

「いや、オレはおおらかでもなければ、心が広くもない。シュデルにだって、良い感情だけをいだいているわけじゃない」

 頭が硬いとか、融通がきかないとか、細かいことにうるさいとか、男のくせに顔が無駄に綺麗だとか、女の子にやたらもてるとか、窓からのぞいてキャーキャー騒がれるとか、オレだとガッカリされるとか。

「あれは!」

 姫巫女の隣に立つ護衛が驚きの声を漏らした。

 視線の先には、離れていく二ダウの町。

 見慣れた城壁とエンドリア王宮。

 その空、天に向かって銀の光がのびている。

「セラか!」

「違いましゅ、新入りのあれでしゅ」

「あれって、まさか、あれじゃないだろうな」

「そのあれしゅ。アニエスの指輪しゅ」

「アニエスか…ダメだ、半壊したな」

「アニエスしゅから、全壊しゅ」

 くそっ、だからシュデルは残したくなかったんだ。と、愚痴っているオレに少女が恐る恐る聞いた。

「あれは」

「オレの忠告を聞かずに桃海亭を襲っただろう。命はたぶん大丈夫だと思うが、大怪我を負っているはずだ。早く救助を向かわせろ」

 少女が護衛に目配せした。すぐに救助を出すようだ。

「いったい何が」

「壊れたんだよ、桃海亭が」

 先週半壊して、3日前にようやく修理が終わったところだった。

 星空を見ないで眠れると喜んでいたところで、これだ。

「オバサンはいるのか?」

「現在、遠話は切られております」

「伝言を頼んでもいいか?」

「承ります」

「桃海亭の修理代、今回の報酬金貨500枚と別にきっちり払ってもらうからな」



 高速飛行艇は快調に飛び、夕方にはレザ聖王国に到着した。

 城内の飛行艇発着場に着陸する。

 真っ白な王城。

 真っ白な巨大な扉。

 扉を入る前に、ムーが転んでゴロゴロと転がった以外にはトラブルもなく城内に入った。

 姫巫女を先頭にオレ達は中へと進んだ。

 巨大な王城の内部は音がほとんどない。人がいないわけではない。信者なのか、聖職者なのか、白いローブを着た人たちが城内をせわしく動いている。声を立てない。足音をたてない。ローブの裾ずれの音が聞こえる静けさ。

「こちらです」

 案内されたのは巨大な空間。

 壁には装飾タイルが張られ、緩やかなカーブを描いて高い天井に続いている。

「ランデスの聖杯の召喚をお願いします」

 装飾タイルの模様は独特だ。ひっかき傷のような文様が不規則に並んでいる。

 この文様をオレは前にみたことがある。

「召喚に必要なものがございますでしょうか?」

 ムーが壁に沿ってゆっくりと歩き始めた。

「厚切りベーコンとミックス野菜のサンドイッチ、それとオレンジジュースが欲しいな。ジュースは搾りたてがいいな」

「それは召喚に必要なのでしょうか?」

「必要だ」

 オレが断言する。

 少女が少し黙った。

 小さくうなずくと、口を開いた。

「もし、お食事がしたいということでしたら、召喚後にご用意させていただきます。データの収集を急ぎたいので、召喚を先にお願いします」

「仕事の後の食事はしないことにしているんだ」

 少女の表情を観察する。

「前に毒を入れられたことがあって、食わないことに決めているんだ」

 表情に変化はない。

「こちらとしてはデータの収集を一秒でも急ぎたいのです。先に召喚をお願いします」

 また、返事に間がある。

「オレ達は頼まれて、ここまで来たんだぜ。それなのに、依頼主の皇巫女の挨拶はない、お茶のひとつも出されず、さあ、仕事をしろって、礼儀を欠いてないか?」

 ムーが部屋の入り口の真正面、円周の半分の位置にいた。壁を見上げながら歩いている。

 オレが文様を見たのは深緑の塔の地下。あの時、ムーは文字だと言っていた。

 少女はしばらく黙っていた。そして、頭を下げた。

「申し訳ありません。皇巫女様は今大切な占いを行っており、お会いできません。召喚のあと、ご挨拶させていただきます」

 丁寧ではあるが感情が乗らない話し方。

「今、占いをしているのか?」

「はい」

「だったら、今、あんたと心通話者で話している相手は誰だ?」

 少女の顔に変化があった。

 抑えているが驚いている。

「魔力がなくても心通話くらい知っている」

 心通話。心通話能力のある魔術師を心通話者といい、心通話者同士で会話する。心通話者の能力が強ければ、国をまたいでの心通話も可能で緊急時の連絡用に重宝される。緊急時に限るのは、力が強い方が盗聴できるからだ。オレ達が関わったルゴモ村の事件ではムーの母親の心通話能力が強かったことが虐殺を引き起こした一因となった。

「心通話は使っておりません」

「ここの部屋にくるまで、一言も話さなかったよな。どうやって、今占いをしていることを知った?」

 盗聴は特殊結界魔法で防ぐことは可能だ。外部に漏れないよう結界魔法で覆った空間内では、心通話を日常で使用している場合はあると聞いたことがある。

「それは、いま占いをしている時間だと知っていましたので」

 心通話を認める気はないようだ。

「わかった。心通話の件はもういい。とりあえず、サンドイッチを用意してくれないか。腹がペコペコなんだ」

 少女は頭を下げた。

「どうか、召喚を先にお願いします」

 ムーはまだ歩いている。残すは4分の1程度。

「召喚の前にしなければならないことの方は、準備できたか?」

 少女が首を傾げた。

「黒水晶。シュデルが言っていただろ、召喚の前にするようにと」

 あっ、と小さく声を上げた。

 それから黙った。

 内容が内容だけに、心通話はかなりの時間がかかった。

「いま、持ってくるように手配します」

 少女は部屋にいた聖職者風の男に目配せすると、男はうなずいて出て行った。

「持ってくるまでに時間がかかるなら、サンドイッチが欲しいんだが」

「すぐに黒水晶をもって参ります」

 広い空間。

 何もない。

「ここに聖杯がいたのか?」

「はい」

「クッションとか置かなかったか?」

「クッション、ですか?」

「長くいたんだろ。何かに寄りかかるとか、寝転がるとか、しなったのか?同じ姿勢だとつらいだろ」

 少女は首をかしげた。

「考えたこともありませんでした」

「話はしなかったのか?」

「しませんでした。データは表面に浮かび上がりましたので」

 さりげなく、オレにできうる限りさりげなく聞いた。

「この部屋のタイルの模様、変わっているよな」

「特別に変わった模様だとは思いません」

 疑っている様子もなく、ふつうに答えた。

「サンドイッチが無理なら、飲み物でいいから」

「申し訳ありません」

 頭にふと浮かんだ疑問を口にした。

「聖杯は何を食べていたんだ」

「何も召し上がりませんでした」

 異次元召喚獣は奇妙なものが多いが、何も食べないなどということがあるのだろうかと考えている間に、ムーがヒョコヒョコと寄ってきた。

「黒水晶の準備、できましゅたか?」

 オレ達が入ってきた扉から、箱を持った男が入ってくる。

「あれかもな」

 男が姫巫女に箱を渡すと、受け取った姫巫女が箱を開いた。

 箱の真ん中に置かれた水晶玉。

「黒水晶を見せたくないのわかるが、これはないだろ」

 拳ほどの大きさの水晶玉は紫色。

「これが黒水晶です」

「ウィルしゃん、姫巫女を疑うなんてよくないしゅ」

 ププッとムーが笑った。

 黒水晶だとは思っていないのが丸わかりだ。

 ムーがポケットから蒼水晶をだして、紫色の水晶に近づけた。

「水晶しゃん、イヤがっているしゅ」

 蒼水晶はムーの手を離れ、コロンと音を立てて床に落ちた。そのまま扉に向かって転がり出す。

「蒼水晶をとめなさい」

 慌てた姫巫女が、周りの者に命じた。

「ウィルしゃん」

「わかっている」

 コロコロと転がっていく蒼水晶に、オレは併走した。

 追っ手が次々とやってきたが、転がっていく水晶を拾おうとすると背を屈めて手を伸ばしたところで、オレが背中を蹴り飛ばして邪魔をした。

 オレを先に排除したいところだろうが、水晶の転がるスピードが速すぎて、追いかけるだけで精一杯になっている。

 薄暗い廊下を走る。関係者専用なのだろうか。灯りもランプ型容器に入れられた光苔くらいだ。所々に奇怪な生き物をかたどったオブジェが飾られている。

 蒼水晶はスピードを落とすことなく飛び上がった。小さな神像にぶつかる。そして、その神像の足元にポトリと落ちた。

 光が消えていた。

 追いついてきたローブの男が蒼水晶を手に取ろうとした。スルリと逃げる。男は両手で逃げられないように上から押さえ込んだ。バタバタと暴れている蒼水晶。

 そこに姫巫女がやってきた。

「どうか、召喚の間に、お戻りを」

 息が切れたらしく、途切れ途切れに言う。

「ムーが来たら一緒に戻る」

「召喚を急いでおります。どうか、お戻りを」

「ムーが来るまで待ってくれ」

「帰りの道でお会いできます」

 ムーがトテトテ走っているのが遠くに見える。

「あそこにいるから、ちょっとだけ待ってくれ」

「それでしたら、一緒に戻れば」

 強硬に言い張る姫巫女。

 ちょっと、声色を低く言う。

「オレはともかく、ムーの機嫌はそこねないほうがよくないか?」

 黙った姫巫女。

 ムーが到着。ハアハアと息が荒い。

 オレはムーを指さして黒水晶に告げた

「ここにいる少年が、ムー・ペトリ、またの名をムー・スウィンデルズ」

 神像の右目が光った。

 空中に浮かび上がった傷のような文字。

 数秒で消えた。

「この神像の右目が、本物の黒水晶なんだな」

「違います!」

 否定の叫び。

「…終わり…しゅ」

 切れた息でムーが言った。

「もう、すべて終わりしゅ」

 ムーの言葉はオレだけでなく、周りにいた全員に聞こえた。

「なにを…」

 姫巫女の問いにムーは答えず、オレを見た。

「ウィルしゃん」

「なんだ?」

「年取ったお婆しゃんがいましゅ」

「それで?」

「お婆しゃんがすんごく疲れていましゅ。ちょっと、離れたところに元気の出る泉がありましゅ」

「泉に入ればいいだろ?」

「泉に入って元気になっても、また働かされてヘトヘトに疲れると思うと泉に入りたくないしゅ。このまま何もしないで永い眠りにつきたいと言ったら、どうしましゅ?」

「そんなの簡単だろ」

 オレは神像を手に取った。

「泉につけっぱなしにすればいい」

 ちいさな神像をズボンのポケットに押し込んだ。

 姫巫女がヒィと小さく叫んだ。

「オレが受け取るはずだった金貨500枚の代わりに、この像をもらう。いいよな」

「お待ちください!」

 ムーが姫巫女の腕を、指でつっついた。

「ボクしゃんの召喚代もこれに変更しゅ。イヤなら召喚しないしゅ」

「お待ち、お待ちください」

 青ざめた顔で黙り込んだ姫巫女。

 皇巫女と心通話をしているだろう、時々、うなずいている。

「わかりました。どうぞ、お持ちください」

 落ち着いた口調で言った。




 召喚の間に戻ったムーは、大きな魔法陣を書き始めた。

 異次元召喚に魔法陣は必要ない。

 目的は別のことだ。

「ムー」

「なんでしゅ」

「なんとかならないか?」

 ムーが言った「終わり」は、このレザ聖王国ことだろう。この国がつぶれてもオレ達にの関係ないはずだが、オレ達に限れば関係ないとはいいきれないところがある。

「無理しゅ」

「前にやっているだろ、まずいだろ」

 2年近く前になるが、宗教団体のストルゥナ教団を潰している。

 また宗教団体を潰した、それも巨大なレザ聖王国を潰したとなると、世界各地の宗教団体からにらまれるのは避けられない。

「ウィルしゃん、占いが当たらないのに、どうやって続けるしゅ?」

 部屋にいる姫巫女とローブをきた人々がビクッとした。

 ムーとオレは普通に話している。当然、室内にいる人全員に聞こえている。

「占いだろ、適当にしておいて、当たるも八卦当たらぬも八卦じゃダメなのか?」

「当たる確率が高いからレザ聖王国が大きくなったんしゅ、外れ、外れ、じゃ、お金もらえないしゅ」

「皇巫女とか、姫巫女とか、いうくらいなら、自力で占いはできないのか?予言の力とか、占いの力とか、少しくらいならあるだろ?」

「あるくらいなら、召喚獣呼んでって、頼まないしゅ」

 話しながらもムーは手をとめない。巨大な魔法陣は徐々に形作られていく。

「占いの力をもった魔術師を雇えばいいんじゃないか。いるんだろ?」

「予言の力を持つ魔術師は、ボクしゃんでも2人しか知りません」

「知り合いか、紹介できないのか」

「ウィルしゃん、知り合いになりましゅか?」

 ニマァと笑ったムー。

「やめておく」

 室内にいる姫巫女をはじめ他の人々も落ち着きがない。

 ムーが魔法陣を書いているので、邪魔しないように我慢しているが、質問がしたいだろう。

 占いは当たらない。

 ムーは断言していた。

 召喚獣は本当に来るのか、いま書いている魔法陣はなにか、

「ウィルしゃん、もう遅いしゅ、今もやってるしゅ」

「うまくいったのか?」

「はいしゅ」

 この件、すでに決着はついているらしい。

 あとは、やるべきことをやって、ここから無事に帰るだけだ。

 ムーが立ち上がった。

「さて、呼ぶしゅ」

 ムーが唱え始めた。

 異次元召喚獣を呼ぶらしい。

「我はムー、我が声にこたえよ、ハタトゥヨ!!」

 ドンという音と共の落ちてきたのはリンゴと杏の間のような果実。

 高さ50センチほどで、葉っぱが2枚ついている。

 葉っぱがクルクルと回り始めて、空気をかき混ぜ始めた。奇妙な風が室内を飛ぶ。

「ギャ!」という声のあがった方を見て正体が分かった。すっぱりとローブが切れて、血がにじんでいる。真空の刃が室内を飛び交っているらしい。

 オレは回転している葉を、真上から踏んづけた。停止する葉。

「悪い。召喚に失敗した。ロープを貸してくれ」

 借りたロープでグルグル巻きにした。そのあと、姫巫女に渡して3日間どこかに閉じこめておくよう助言した。

「我はムー、我が声にこたえよ、ハタトゥヨ!!」

 現れたのは手のひらに乗るほどの丸い物体。茶色いブヨブヨしているこれを前に見たことがあった。

 すばやくつかんで扉の外に放り投げた。すぐに扉を閉め、かんぬきを下ろす。

「悪い、また失敗した。召喚が終わるまで扉は開けないでくれ」

「今のは」

 姫巫女が聞いてきた。

「なんだろうな、オレが知っているのは増えることくらいかな」

「増えるのですか?」

「1分で約100個に分裂する」

 前に召喚したのは山奥の廃屋だった。数分で部屋いっぱいになり、扉が壊れ、1時間もたたないで廃屋が崩壊した。あとは逃げ出したから知らない。噂では廃屋のあった山は茶色ブヨブヨで埋め尽くされた。3日で消えたから、魔法協会は詳しい調査をできず、オレ達を犯人と疑いながらも断定できなかった。

 この王城はかなり大きかった。あと召喚が何回失敗するかわからないが、成功するくらいまではブヨブヨで壊れないだろう。

「我はムー、我が声にこたえよ、ハタトゥヨ!!」

 空気が振動した。

 かなりの大物だと思ったとほぼ同時に、現れたそれは地響きをたてて落下した。

 ランデスの聖杯だった。

 まさか本物を呼ぶとは思わなかったので、オレは驚いた。逆に姫巫女と周りの者達は喜んでいる。

 直径約30メートル。丸いお盆を立てたような召喚獣は、圧巻の大きさだった。

 ムーがランデスの聖杯に向かって最初に言ったのは、

「壁の文字は読めましゅか?」という問いだった。

 お盆はゆっくりと壁を見回すように一周した。

「頼めましゅか?」

 ムーの問いに召喚獣が答えたらしい。

「この召喚獣は元の世界に帰るそうでしゅ」

『何を言っている』

 姫巫女の口からでたのは、かすれた声。

「聞こえましぇんか、この召喚獣は帰る、と言っているしゅ。だから、ボクしゃん、帰しましゅ」

 言い終わると印を結び、召喚獣は光に包まれて消えた。

『なんということを…いや、次を、もう1匹呼べばよい』

「イヤしゅ。ボクしゃん、呼んだしゅ、お仕事終わりしゅ」

『呼べ、呼ばなければ、殺す!』

 ヒステリックな金切り声。

 ムーがオレを見た。

 面倒くさいから、後は任せるということらしい。

 オレも面倒くさいが神像1個分の働きはしないとまずいだろう。

「オバサン、この壁の文様が字だということは知っているか?」

 見上げた姫巫女。様子からすると知らないようだ。

「オレも読めないから、内容はムーが話す」

 ボールを投げ返されたムーがブスッとした顔で、説明をはじめた。

「これは手紙しゅ。ランデスの聖杯と呼ばれていた召喚獣の正式名はハタトゥヨ。200年以上前にスウィンデルズの先祖に呼ばれた召喚獣ハタトゥヨは、ここで死んだんでしゅ」

『そんなことはわかっている!』

「わかってないしゅ。死んだのは200年以上前しゅ」

 ムーが壁をペシペシたたいた。

「急に具合が悪くなって死んだみたいしゅ。召喚者が留守にしていたため元の世界に戻せなかったんしゅ。ここに書かれているのは、召喚されたハタトゥヨが元の世界の家族に当てた手紙、召喚したスウィンデルズの先祖から子孫に後始末を託した手紙、この2つが書かれているしゅ」

『死んだというなら、我々がランデスの聖杯と呼んでいたのは、いったいなんだというのだ』

「死体しゅ」

 また、壁をペシペシたたく。

「ここに書かれていましゅた。召喚方法が特殊だったため、死んでしまった身体だけでは元の世界に戻せない。身体が崩壊した後、同種族を召喚して亡くなったことを家族に伝えて欲しいと」

 スウィンデルズの先祖とランデスの聖杯の関係あったという話、召喚するという約束。おそらく、皇巫女の準備するというのは、口伝の途中で都合よく解釈したのだろう。

 ランデスの聖杯が動かなかったのも食べなかったのも、すでに死んでいるとなれば納得がいく。

『データが取れるならば、生きていても死んでいてもよい。早く呼べ!』

 ムーに向かって叫んでいる姫巫女の肩をたたいて、オレの方を向かせた。

「もう、終わっている。ムーがそう言った。それはレザ聖王国が終わりという意味なんだ」

 驚きと困惑。

 この表情を見るのは何回目だろう。

「環境データについては、ムーはランデスの聖杯を呼ぶ気がない。召喚魔術師は他にもいるが、異次元召喚獣となるとムー以外は無理だ。だからデータは手に入れられない。

 水晶による占い方だが、これはあとで占って試して欲しい。オレの考えが正しければ、水晶での占いはできなくなっているはずだ。

 あと、オレ達を殺そうと考えているみたいだが、あきらめた方がいい。今オレ達を殺すと非難が殺到する」

『何を言っている!ランデスの聖杯を召喚すれば、すべて丸く収まる』

「本当に丸く収めたかったなら、なぜ、オレ達を殺すことを計画にいれた」

『殺す計画などない!』

「殺され慣れているから、仕掛けてくる奴には鼻が利くんだ」

 殺さかけた回数は穏やかなエンドリア王国で上位2人にはいる自信がある。もう1人はもちろんムーだ。

「ムーがこの城に入るときに転んだのを覚えているか?あの時、この城にかかっている結界のほとんどを壊した」

 逃げられる準備をしておくことが、生き延びる為のこつだ。

「壊した結界に、心通話の結界もあったとしたら、どうなる?」

『まさか…』

「ムーに心通話ができないとは思わないよな?」

 母親ゆずりの強力な心通話者、当然、皇巫女と姫巫女の会話は盗聴している。

「殺されない保険にムーが盗聴した会話を、ムーの祖父の賢者スウィンデルズをはじめとしてルブクス大陸の多くの心通話者に流していたら、どうなると思う?」

 レザ聖王国の皇巫女と姫巫女の占いが実は召喚獣によるデータによるもので、秘密を知ったオレ達を殺そうとした。

 なかなかのスキャンダルだ。

「オレ達は依頼通りにランデスの聖杯を召喚した。約束の報酬ももらった」

 ポケットの中の神像を指す。

「帰らせてもらう」

 部屋が明るくなった。

 ムーの書いた魔法陣から、階段状の光が空にのびていく。

 天井を壊し、屋根を突き破り、さらに上まで空の彼方までのびていく。

 ものすごく不安だが、命が惜しければ、のんびり考えていられない。

 ムーを抱えると一気に階段を駆け上がった。後ろから登ってくる奴は無視して、オレが出せる最高速で光の階段を登っていく。

「ムー、この階段消せるか?」

「はいしゅ」

 ムーが下に描かれている魔法陣に向かって手を振ると、陣が消え、階段も消えた。

「うわぁ!」

 間一髪。

 オレは片手で屋根に飛びついた。

 抱えていたムーを先に屋根に登らせ、その後、両手で自分の身体を引き上げた。

「消すのは、オレが屋根に登ってからにしろよ!」

「追いつかれそうだったしゅ」

「追いつかれても死なないが、この高さで落ちたら死ぬぞ」

「大丈夫しゅ」

「その先に、ウィルしゃんだからと付けたら、この屋根から蹴り落とすからな」

 ムーがベェーと舌をだした。

 王城のドーム型屋根の上。

 簡単には追っ手もこられない。

 が、オレ達も降りられない。

「フライで飛びましゅか?」

「いや、今回はそんな危ないことはしなくても大丈夫だ」

 時間が解決してくれるさ、とムーに言い、オレは広々とした屋根に寝ころんだ。

 真っ黒な夜空に、一面の星空。

 3日前に桃海亭に屋根がついて、昨日と一昨日、夜空を見ずに寝られた。

 今日は、満天の星空。

 明日からも、エンドリアの夜空を見ての就寝だ。

「寝るときに、屋根は欲しいよな」

 オレのつぶやきに、ムーが強くうなずいた。




 ルブクス魔法協会の調査団によってオレ達が屋根から救出されたのは、明け方前だった。

 茶色のブヨブヨはオレの計算より増殖したらしく、オレ達が屋根に避難した頃にはルブクス魔法協会に救援要請が入っていた。

 3日後にはブヨブヨは消えたが、王城はボロボロになった。ムーによる殺人計画実況中継もあり、レザ聖王国の存続は難しいようだ。

 オレとムーはルブクス魔法協会から、前回の茶色ブヨブヨ山被覆事件も合わせて、ブヨブヨについて追求をうけた。今回は素直に認めたが、前回はシラをきりとおした。

 礼にもらった神像はオレ達のものだと認められた。魔法協会の取り調べから5日目、桃海亭にもどったオレ達は、神像をシュデルの前に置いた。

「ようこそ、桃海亭へ」

 神像の目に埋め込まれていた黒水晶はシュデルが手をさしのべると、勝手に飛び出してきた。神像はただの石の像で黒水晶の器だったらしい。

「ゆっくり休んでくださいね」

 青銅の高杯に酒をなみなみと注いで、そこに黒水晶をいれた。

 酒も黒水晶もさざ波がうつように細かに揺れながら光っている。

「シュデル。ムーが働いていたのは黒水晶だと言っていた。オレはレザ聖王国の占いは、この黒水晶がしていたと考えた。間違っていないか?」

「はい、占いができたのは、この黒水晶だけです。見ての通り黒いので、表面に映した占いの結果が読みとれず、占いには使えないと思われたようです。残りの4つの水晶の占いを黒水晶がして、その結果をそれぞれの水晶に映していたそうです」

「黒水晶への伝言はなんだったんだ?」

「蒼水晶は黒水晶が疲弊して壊れる寸前のことを知っていました。ここにきたときボクに黒水晶の状況を伝え、助けることができるか聞かれました。いま黒水晶が浸かっている青銅の高杯は、注がれた酒に魔法道具の損傷を回復する力を与えます。それにより回復すると考えたボクは、できると答えました。

 蒼水晶はそれをボクという存在がいることをわかるように伝えて欲しいといい、伝言を蒼水晶に付けるという形で渡しました。

 桃海亭にくれば元気になれます。

 それが蒼水晶に頼まれたボクから黒水晶への伝言です。ムーさんには、疲れたからこのまま壊れると返事をされたようですが」

 ちらりと黒水晶を見るシュデル。

 オレに道具の気持ちはわからないが、黒水晶は酒にひたっていてご機嫌に見える。

 金貨500枚も可愛い姫巫女も、手には入らなかったが、ご機嫌そうな黒水晶をみていると、まあいいかという気分になってくる。

「他の水晶たちは大丈夫でしょうか」

「水晶なら買い手が決まった」

 魔法協会が調査の後に水晶は貴族や大商人に高額で引き取られることになったらしい。ただ蒼水晶だけは王城崩壊の時に行方不明になっていた。オレとムーは猫ババを疑われたが、部屋にいた関係者が全員、オレ達が持ってでること不可能だったと証言があり無実が証明された。

 それから一ヶ月ほど経った日の朝「よく来たね」と嬉しそうなシュデルの声が入口から聞こえた。

 シュデルの手に乗っているのは、泥だらけの蒼水晶。

「ひとりで転がってきたんだ。大変なだったね」

「蒼水晶、猫ババしゅ」

 後ろから、ムーの声。

「いや、蒼水晶がシュデルのところに来たんだから猫ババじゃないだろう」

「欲しいしゅ」

「お前のいうことをきくと思うか?」

「売っちゃうでしゅ」

「オレも賛成だ。売るのはムーがやってくれ」

「イヤしゅ!」

 そこで良い手を思いついた。

「なあ、ムーが蒼水晶を通して、黒水晶にカジノの勝敗を占わせたら儲かるんじゃないか?」

「蒼水晶がボクしゃんのいうことを聞いてくれると思いましゅか?」

「シュデルに占わせる」

「シュデル、頭、カチカチでしゅ」

「ダメか」

「ダメしゅ」

 金貨を作れるモップ、占いで勝敗がわかるる王子様、金の種になりそうなものはあるのに。

 オレは店の奥にある食堂のテーブルに乗った朝食を見て、ため息をついた。

 豆のスープのみ。

 店の修理代で地道に貯めた金が、全部消えた。

 当分、肉は口に入らない。

「黒水晶さんは元気になったよ。もう大丈夫。」

 真に占える魔法道具の価値は、一国に値する。

 今日も気持ちよさそうに酒に浸りながら、日向ぼっこをしている黒水晶に、ため息をついてしまうオレだった。



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