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【三話】新しい仲間は川の中から。


 他国との玄関口であり、皇国でも最北端に位置する北深は、世界有数の火山地帯である。

 またそれと同時に名湯も多く、平時であれば湯治客や観光客で賑わっていた。

 清らかな川のせせらぎ。

 その河原に作られた露天風呂を満喫しているのは三人のうら若き女子であった。

 林尚、加藤陽、国場梓。

 全員が花の女子高生だ。

 しかし今は小銃を持って国土を守る兵のひとりでもある。

「北深といえば温泉! そして与えられた二日間の休暇! って喜んでたらまさかの! 露天風呂手作りとか誰が思うかあっ!!」

 川に向かって大きめの石を投げ入れながら声を張り上げているのは林だった。

 特別休暇が二日間も与えられた分隊の面々は、せっかく北深にいるのだから温泉に行きたい入りたいと上官である山崎に言い募り、山崎もまた慰安という名目でならいいだろうと快諾した。

 そして連れて来られたのが古の歌人も詩った風光明媚な河川敷である。

 連れてこられた分隊は嫌な予感に山崎を見上げると、「さあ、自分たちで露天風呂を作ろう!」と輝くような笑顔を向けられ、肩を落とした。

「まあ、山崎軍曹がそういう人だっていうのは分かってた」 

 川に向かって仁王立ちしながら腰に手をあて、深く頷く林。

「湯冷めしちゃうよ、尚ちゃん」

 加藤がそんな林をなだめる。

「だってさあ、見てよ! この立派な露天風呂を!」

 男達が森へ木材を調達して脱衣所と囲いを作り、皆で協力して露天風呂を作った。これだけで約半日を消耗したのだ。

「いいお湯ですよねえ」

「気持ちいいよねえ、梓ちゃん」

 源泉は約六十度。清流を引き込んで湯の温度を調整している。

「もうっ、二人とも私の話聞いてる?」

 加藤と国場の元に戻る林。

「そういえばここ一帯のお湯は美肌効果があるって服部さんが言ってましたよ」

「くうっ、美肌なんて家に帰るまで無縁の言葉だわっ」

 こぶしを握りしめる林に加藤が苦笑した。

 そのとき、脱衣所ーーというには簡素なものだがーーの戸が開いた。

 三人はなんとなくそちらに視線を向ける。

「あら、先客がいたのね」

「椿中尉」

「ああ、敬礼とかいらないわよ。休暇中だもの」

 タオルに身を包んだ椿要は同じ中隊で、別の分隊を指揮している女性士官の中尉である。

 有史以来、皇家を支え続けてきた名門椿家。文武両道を是とし、皇国の歴史にも名を残すような将校らを輩出してきた。

 現在の椿家当主には五人の子がいるが、要は二番目の子として男女の差別無く軍への門を叩いた。

 桶はないので手ぬぐいを湯に浸し、汗や体の汚れを拭う椿。その様を林がきらきらとした目で見つめる。

「美人すぎる上に、ナイスボディすぎる」

「あら。でもよく見るとあちこち肌も痛んでるわよ。こんな生活してたら肌のお手入れなんて、とてもじゃないけどできないもの」

 肩までゆっくりと浸かって椿は一息ついた。

 景色を一周見渡して苦笑する。

「でも休暇も露天風呂作りで終わったなら世話ないわねえ」

「うう、言わないで下さいよー」

「でも尚ちゃん、途中から楽しくなってたでしょう?」

 にこにこと加藤が林にとどめを刺した。

 実際は林だけでなく、露天風呂作りに精を出した分隊全員、最初こそ文句を言っていたものの、途中から楽しくなってきて脱衣所に休憩用の椅子まで作り上げてしまったのだ。

「この辺りの村の人が戻ってきたら、きっと大喜びですよね」

 両手の指先同士を女子らしく合わせてきゃっきゃと言う国場に、椿も頷く。

「しばらくは後続の隊が使うでしょうけどね」

 四人で世間話をしながら湯を堪能していると、不意に脱衣所の向こうから声がした。

「あー、女性諸君」

 ごほん、とわざとらしい咳払いに、四人は顔を見合わせる。

「山崎軍曹だ」

「山崎軍曹だね」

「山崎軍曹ですね」

「何しにきた、山崎」

 椿だけが本気声である。

「げっ、要さん?」

「げっとは何?」

「いや、いやいやいや、俺まだ何もしてないのに、なんでそんなに怖えんですか」

「すみません、私の用事なんです」

 くすくすと笑う声に、今度は四人の声が揃う。

「恩田少佐だ」

「恩田少佐だね」

「恩田少佐ですね」

「恩田少佐殿、どうされましたか」

 椿は湯から上がると手早くタオルを体に巻き付けて脱衣所へと行ってしまった。

 湯に残された三人はその行動の素早さを見送るだけである。

「椿中尉。せっかくですからもう少し湯に浸かっていて下さい」

「そういうわけにはいきません」

 骨の随から軍人である椿にとって、恩田は特別なのだ。

 階級は少佐でこそあるが、恩田のもたらした技術は軍事の技術革命と言っても過言ではなく、本来であればもう少し厳重に守られるべき警護対象であってもいいと思っているのだ。

 その昔、インペリアルストライトを発見し、その有用性を世に知らしめた研究者もまた、皇国がすぐに庇護下に置かなかったという迂闊さによってその命を散らせてしまったーー、そういう過去がある事を椿は知っていた。

 濡れた体を手早く拭いて軍服に着替えた椿は、脱衣所の前に立って困ったように笑っている恩田に敬礼する。

「お待たせしました」

「もう。本当に良かったのに」

 答礼する恩田よりも、椿の方がすこし背が高い。

 椿の恩田に向ける視線は、尊敬の念も入っている。

「要さん、頑固すぎだろ」

「うるさい、黙れ大輔」

 容赦ない鉄拳制裁が山崎を襲った。

 のたうつ山崎を華麗に無視して、椿は恩田へと姿勢を正した。

「ところで、恩田少佐」

「ああ、ちょっと女の子をひとり、探してまして」

「女の子?」

「ええ。今日の昼には到着しているはずなんですが」

「探させましょう。名前は?」

「中山六実二等兵。十七になったばかりの志願兵です」

 年齢に椿の目が一瞬厳しいものになる。

 国民皆兵、かつ十七歳となれば選抜ではあるがまだ高校生である。

「もう陽が落ちる。北深の夜は深い……。その前になんとか探してくれないかな」

「了解」

 椿は敬礼すると踵を返して去っていった。

「ねえ、山崎」

「おう」

「椿中尉はちょっと堅いねえ」

 ふーと息をつく恩田の横で、鉄拳をくらった顎をさすっていた山崎は、片眉をあげる。

「珍しいな。苦手か?」

「ううん。なんていうか、私相手にあそこまで畏まらなくてもというか」

 困ったような表情で笑う恩田。

 山崎からすれば、椿の態度は至極当然のものであるが、恩田自身にはそれが分からないのだろう。

「統は最近やっと慣れてきたんだけどなあ」

 椿統少尉。

 恩田付きの秘書官の名前である。

 名前からして察する余地もなく、椿要中尉の弟であった。

 恩田に随伴して戦地へ来ているが、今は例の二等兵を探している。

「あのぉ……」

 脱衣所から恐る恐る顔を覗かせたのは林だった。

「ああ、ごめんね。何でもないんだ。皆はゆっくりしててね」

 恩田はにっこりと笑う。

 しかし困ったように脱衣所へと振り返って、林は小さく二人を手招きした。

 恩田と山崎は顔を見合わせて、脱衣所へと近づく。

「覗いても大丈夫?」

 聞くと林は頷いた。

 見れば林、加藤、国場の三人はきちんとタオルを体に巻いてる。

 それを見て、恩田と山崎は顔を再び見合わせると頷きあって脱衣所へと足を踏み入れた。

 先頭に立っていた山崎の陰から顔を覗かせた恩田は、ぱっと顔を明るくした。

「探したよ」

 脱衣所の向こう、露天風呂のまた向こう、川の中にいる兵が恩田の声に反応して振り向く。

「恩田少佐」

「もう、どこに行ったのかと思った」

「いや、草介。待て待て」

 わああと両腕を広げて、その兵に抱きつこうとしたのを止める山崎。

「まず、その子は風呂が先」

 見れば全身濡れていた。

 腰まである長い髪から水がぽたぽたと落ちている。

 元々肌色が白いのか、寒むさのせいなのか、顔色も決していいとは言えない。

 経緯はさておき、まずは体を暖めた方がいいのは明白であった。

「林、加藤、国場。頼んだ」

 三人はそれぞれに返事をする。

「中山六実二等兵」

 山崎に引きずられている恩田が言う。

「今日から君たちの分隊に配属だ。仲良くしてあげてね」

 ぴしゃっと脱衣所の戸が閉まり、川のせせらぎだけが耳に響く。

 そして残された三人と、びしょ濡れの美少女がひとり。

「なんかよく分かんないけど」

 林は手を差し伸べた。

「六実っ、早くこっちに来なさいよ」

 名前を呼ばれて、川の中の少女が顔をあげた。

「六実ちゃん、早く~」

「風邪引いちゃいますよ」

 三人の招きに無言で頷き、一歩踏み出したーーと同時に石に足をとられたのか、そのまま川の中で転んだのはここだけの話である。


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