開幕はこの28人で戦う
(さあて、何事も最初が肝心。頼むぜ清水)
サインを出し、ミットを構えながら、大輔はそう念じた。マウンドの清水も、そんな大輔の念を感じたか、緊張の面持ち。そして投球モーションに入る。ワインドアップからのオーソドックスなオーバースロー。力みのないきれいなフォームだったが、逆に言えばこれといった怖さもなかった。
(まるで打撃投手じゃん)
打席の松木はそう思ったが、投げられた球に驚愕した。
「うおっ!?」
清水の手元から離れた瞬間は、何の変哲もない山なりのスローボール。だが、それは次第に揺れ始め、最後は完全にぶれまくって落ち、打ちに行った松木のバットは空を切った。
「な、ナックルだと!?しかもすげえ揺れたぜおい」
続く二球目。今度も同じようにスローボールが出る。
「けっ。元から遅い癖にナックルばっか投げたところで・・・え?」
今度は全く揺れず、自然に落ちていく。投げられたのはチェンジアップだった。そして三球目。
「うおぁっ!!」
80キロ以下のボールを二球連続で見せられていたことで、インハイに飛んできたストレートに全く手が出ず。つい動いたバットを止めたが、審判は三振をコールする。
「いまのビーンボールだろ!」
松木はそう抗議したが、審判は淡々と返した。
「低めに目がいっていたからそう見えただけだ。インハイのコースにきっちり入ってる」
そしてもっとショックだったのは、スコアボードに一瞬移っていた球速表示。ストレートにも関わらず、105キロと表示されていた。
(あ、あんな遅いボールに俺はビビったのか・・・)
対してマウンドの清水は赤面していた。
(と、取れた・・・。あたしが、三振を、プロのバッターから・・・)
緊張による恥ずかしさというより、思わぬ結果に興奮している様子だった。
(やっぱ舞い上がるわな。プロ相手に三振とれりゃよ。だが、本当のびびりだったら二球目のチェンジアップは投げらんねえ。いくらナックルのインパクトが強烈だったとはいえ、な。自分のボールに自信がなきゃできねえ。しかし・・・)
清水の投球に感心するものの、いつまでも落ち着かない様子に、大輔は喝をいれた。
「清水っ!まだアウト1つだぞ!いい加減次のバッターに気持ち切り替えろっ!」
「ひゃっ、は、はい!」
「・・・ったく世話のやける」
見た目も行動も幼さが残る清水だったが、ピッチングの胆は据わっていた。
続く椛田には、なんと初球、ど真ん中にチェンジアップを投じる。松木からナックルの凄さを聞かされ、初球は様子を見ようと考えていたが、裏をかかれた格好。いくらプロで、ボールが絶好球であっても、意識がないところに突発的に投げられては手も足も出ない。よく野球中継でど真ん中を見送って三振、なんてシーンを見るが、あれもど真ん中に意識がないからである。
そして絶好球を見送ったことで焦った椛田は、二球目のナックルについ手を出して引っかけ、ピッチャーゴロに倒れた。試合終了まであと一人。そこに四番のバステンが立ちはだかった。この試合ホームランを2本かっ飛ばしている。
だが大輔はすでに勝ちを確信していた。
「ええ!ナックルだけですか?」
バステンとの対戦を前に、大輔はマウンドに行って清水と打ち合わせ。その際出された案に清水は驚いた。
「で、でも相手は今日ホームラン打ってるし、力で持っていかれたらひとたまりもないですよ」
うろたえる清水をなだめるように、大輔はリードの根拠を説明する。
「いいか?ホームランを打つ上で力があるに越したことはない。ただな、遅かったり回転のないボールをスタンドに放り込むには力だけじゃだめだ。このバステンな、去年のホームランの映像とデータ全部見たが、45本のうち32本は140キロ以上の速球系を打ってる。逆に120キロ以下の遅球系は2本だけだ。しかも2割打ってないんだと」
「本当ですか?」
「『のれんに腕押し』って分かるか」
「えっと・・・手応えがない、ってことですよね」
「そうだ。ナックルはちゃんと決めれればそうそう打たれやしねえ。俺がサイン変えるまでナックル一辺倒でいくぞ。こいつを抑えりゃ、開幕一軍が見えるぜ」
「開幕一軍・・・。はい!頑張ります!」
「うし。笑って返事できりゃ上出来だ」
打ち合わせを終え、大輔はホームに戻る。座るとバステンが挑発してきた。
『この俺に打たれる覚悟は決まったか?』
対して大輔も笑って返す。
『んなわけないでしょ。アンタを仕留める確信ができたんだよ』
バステンの表情が、変わった。
一球目。清水のナックルは低めに外れてボール。見送ったバステンは鼻で笑った。松木から聞いたほど、ナックルの変化が激しくなかったからだ。
『ふん。マツキはこの程度のボールに面食らってたのかよ。メジャーのほうがもっとマシなナックル投げるぜ』
変化の少ないナックルは、ホームランボールと紙一重である。二球目、またも投じられたナックルはど真ん中近辺にきた。
『フン!ジングウの外に放り込んでやる』
意気揚々と打ちにいったバステンだが、次の瞬間驚愕する。
『な、なにいっ!!』
ボールは前の球とは比べ物にならないほど揺れ、バットはあっけないほど空を切った。
『バカな。同じナックルなのか?まるで揺れが違うぞ!・・・貸せ!』
信じられないバステンは、思わず大輔からボールを奪う。だが、それには何の変哲もなかった。
『満足したかい?なんらやましいことはないぜ?』
『す、すまん・・・』
いぶかしむままのバステンを見て、大輔はほくそ笑む。
(ククク。わかんねえだろうよ、からくりは。あいつは三種類のナックルを操るんだぜ?)
時同じくして、フェニックスベンチでも清水のナックルについて菅原コーチが杉山監督に説明していた。
「清水いわく、あいつはナックルを投げるときに時々工夫するんです。普通ナックルは親指と小指で挟んで、人差し指、中指、薬指で弾き出すんですがね。時々薬指を使わなかったり、小指も弾くのに使ったりするんですよ」
「ほう。普通は三本指のところを二本にしたり四本にしたりするんですね」
「まあその分ただでさえ握力を使うところを余計に使うから、特に四本指は一球でいっぱいいっぱいなんですと」
「なるほど。しかし、パワーヒッター対策としては面白いかもしれませんねえ。バステンもすっかりのまれているみたいですしね」
悶々とするバステンを見やって、杉山監督は笑みを浮かべた。
二本指のあとの四本指に完全に惑わされたバステンは、その後のナックル攻めに後手を踏む。三球目は再び空振り、四球目は辛うじてバットにかすらせた。
(ワンバウンドするナックルにかすった。よし!)
大輔はとどめを刺すべく最後のサインを出す。
(これで仕留める。思いきってこい!!)
そう訴えかけるように大輔はミットを構え、意志を感じた清水も頷く。そして最後の一球をクイックモーションから放つ。
『なっ、しま・・・』
ナックルの残像が焼き付き、さらに低めに意識がいっているさなか、急なクイックモーションからのストレート。インハイに飛んできたそれに力みきったスイング。気づいた時にはすでに主審が空振り三振をコールしていた。
清水が最終回を三人で斬って取り、オープン戦を締め括ったのであった。
それから数日後。紀州ボールパークのミーティングルームで、杉山監督ら首脳陣が一同に介しての開幕一軍メンバー28人を決める会議が開かれた。
「では、はじめましょうか。まず内訳ですが・・・28人のうち、投手は13人登録します」
杉山監督の切り出しに、にわかにコーチたちはざわめく。
「13人?ちょっと多すぎませんか?」
全員を代弁するように増田ヘッドコーチが聞く。杉山監督はこう返した。
「先発ローテの6人とリリーフの7人をいれるつもりですが、それがなにか」
「先発を6人とも入れてしまうんですか?」
「私は頭数を揃えるためだけに選手を一軍に呼ぶつもりはありません。ましてや開幕一軍は一年間戦うチームを誇示するための格式の高いもの・・・実力もないのに入れるのは失礼というものでしょう」
通常、先発ローテに組まれたピッチャーがリリーフに立つケースはあまりない。そのため、開幕当初は登板予定のないピッチャーの代わりに野手やリリーフで穴埋めし、先発投手の登板日に入れ替えるというケースが多い。しかし、杉山監督はライジングス時代からそれをよしとせず、一軍は単純にそれに足る力を有する選手だけを登録してきた。
「それに、一軍登録をしたからといって、二軍の試合に出れないわけではありません。むしろ一軍にいて緊張感を維持してもらいましょう」
まずリリーフの人選に入る。昨年セーブ王の松本、ホールド数3位の山田、さらに佐々木と山崎は順当に選ばれた。そしてオープン戦で好投した高木、最終戦でインパクトを残した清水もブルペン担当の久保コーチの推薦で一軍入りとなる。
そして最後の一人には、快速球が持ち味の青木が、菅原コーチの推挙で選ばれた。
「あいつはまだまだ荒削りですが、ストレートの威力はそれこそ鈴木並にあります。一軍の雰囲気になれれば化ける可能性もあります」
そう菅原コーチは力説した。
続いて先発投手だが、開幕投手の健一と3本柱を組む木村、吉田は満場一致。しかし、6人でのローテーションを予定している中で、あと3人の先発投手は消去法で選ぶことになった。
「うーん・・・井上と、林かなあ」
渋い表情で増田ヘッドコーチはつぶやく。いずれも昨年のローテーション投手だが、どちらももう一つの戦績。去年は2人で実に13の借金を作り、健一がいなければ間違いなく最下位転落の戦犯扱いだった。ただ、2人以上に先発としての経験が豊富な選手は3本柱以外に見当たらず、オープン戦の内容も及第点だったので選ばれた。残るは1人。ここで杉山監督が菅原コーチに尋ねる。
「私が決めていいんですか?」
「ええ。あなたは現役時代、その年もっともすぐれた投手に贈られる『エース・オブ・ジャパン賞』(読者諸兄でいう沢村賞)を2度も取った200勝投手です。その感性でどうぞ」
しばらく考え、菅原コーチは決めた。
「リカルドでいきましょう。アイツはとにかく使える変化球をたくさん操れる。器用貧乏なところは否めないですけど、試合を作る先発としては悪くないんじゃないかと」
菅原コーチが推薦するリカルド・斎藤は来日2年目の日系三世のブラジル人投手。スライダー、カーブ、カットボール、チェンジアップ、フォーク、スプリット、シンカー、シュートととにかく使える変化球が多い。母国ブラジルでは『レインボーハンド』の異名を取り、野球世界一決定戦のワールド・ベースボール・チャンピオンシップのブラジル代表にも選出され、一昨年のオフにテスト入団した。昨シーズンはパッとしなかったが、ここまでのオープン戦は3試合17イニングで1失点と結果を残していることもあり、杉山監督は決めた。
「では続いて野手ですが・・・。キャッチャーは佐藤、小林、そして石川の3人を登録します」
「ちょ、ちょっと待ってください監督。野手は15人中9人がスタメンで出てしまう!いざとなった時のためにキャッチャーを3人も入れてしまっては・・・」
杉山監督の案に増田コーチは立ち上がって反論し、大塚バッテリーコーチもそれに賛同する。
「それに石川は監督に対して露骨に不満を持っています。不穏分子を入れたままというのは・・・」
だが、杉山監督は動じずに意図を説く。
「確かに。しかし、以前オープン戦で佐藤にサードをさせましたが特に問題はありませんでしたし、いざとなったら指名打者を解いてしまえばいい。それに、代打や代走、守備固めを必要としない選手でスタメンを組むつもりですから。それに大塚コーチの指摘するように石川が私を敵視しているのは分かっています。しかし、彼は力のあるキャッチャー、小林よりも若いし投手陣を良く知っている。それに、チームの改革の手法は『刷新』だけにありません。既存選手の意識を変えることもまた改革ですよ」
そしてそのまま内外野手の選抜に入る。
まず内野手はほとんど迷いがなかった。四番の高橋、右の長距離砲の山下と竹内、内野ならどこでもこなす近藤、そしてルーキーの友里、中村、山本の3人も選ばれた。
そして外野手も、渡辺を筆頭にデニス加藤、橋本の両左打者、内野もできる若手の森、チーム屈指の強肩を誇るベテラン松田ととんとん拍子に決まった。
戦う順番は、ほぼ整った。
次回は一軍入りメンバー全員の軽い寸評を載せます。