リリーフ陣の最終試験
健一が投じた121球目。150キロのストレートがアウトローいっぱいに決まり、バッターは手が出なかった。
「ストライッ、バッターアウッ!」
主審がそうコールしながら右側にパンチを繰り出す。試合が終わりを告げ、野手がマウンドに集まった。
6−0の完封勝利だった。
「いやあ素晴らしい。9回で150出すなんて、どんな肩してるんだよ〜」
「いやいやコバさん誉めすぎっすよ。あんたのキャッチングがいいから最後に馬力だせたんすよ」
健一と小林のやりとりに、大輔が不満げにささやく。
「なんだよ健一、不倫かよ。お前の女房は俺だろ?」
「ふふ、大輔。男がぶりっこやってもかわいくないわよ」
大輔のボケに突っ込んだのは友里。途中から守備についた小柄な二人は健一にクレームをつける。
「鈴木さん、三振もいいけど、もっと打たせてくださいよ。俺達の見せ場ないじゃないっすか」
「そうですよ。哲平はまだしも僕は守備が取り柄なんですから。守備機会なしじゃ消化不良ですよ」
「はん。真也よ。文句があるならお前ももっと打てるようになれ。そしたら哲平みたいに試合に出やすいぞ」
健一の一言に山本はむくれたままだ。そんな和気あいあいとした雰囲気で、フェニックスの内野陣は引き上げてきた。
ただ、この日の表情とは裏腹に、チーム状態ははっきり言ってもうひとつだった。以下、この試合後の杉山監督のコメント。
「開幕投手や先頭打者、四番、繋ぎ役とパーツは少しずつ揃いましたが、『チーム』という本体はまだまだ脆弱です。優勝するにはシーズン初めまでチームづくりの期間がずれるかもしれませんね」
「シーズン中もチーム作り、か。そんな悠長なことやっていいのかねえ」
「どうだろうな。ま、確かに鈴木以外あてになるピッチャーはいないしな」
翌日の練習。外野で言葉を交わすのは高橋と渡辺。二人は小島コーチの指導の下、外野フライを受ける練習をこなしている。入団当初から練習していた渡辺はもちろん、ここ最近は高橋も外野守備の練習をしている。指名打者制のないセリーグとの交流戦に備えてのものだ。
「しかし、やってみるとホントフライって難しいな。こうも距離感つかめねえものかねえ!あーくそ!」
小島コーチが打ち上げた打球を追いかけながら高橋は愚痴る。最初のスタートを誤ったせいで打球に追いつけず、絵に描いたような『バンサイ』をしてしまった。
「まあ、内野手はそんなに打球を追いかけまわすことも、上を見上げることもねえし、外野手は落としたら大概長打になる。フライに対する緊張感は、ショートじゃ味わえんことだ」
渡辺は笑うことなく淡々と返す。自分のキャンプ初頭はろくに捕球できなかったからだ。
プロ野球界において、外野手は打力のある選手をそれに専念させる手段として、よくコンバートされるポジションだが、実際周りが考えるほど簡単ではない。単純に走る範囲が広いし、後逸は失点に直結しやすい。また、二人が苦労するように、打ちあがった打球の落下点を予測して、打球を見ずにそこに走るという一連の動作、『目を切る』という行為は内野手はほとんどしない。成長期を内野で過ごしてきた二人にはなかなか苦労する作業だった。
そんな中、神宮球場での最後のオープン戦。この日を杉山監督はリリーフ陣の最終試験と位置づけ、試合前、ベンチ入り投手全員を集めて告げた。
「さて、いよいよオープン戦も今日で最後です。まだまだ不安のあるチーム状態ですが、君たちリリーフ投手だけでもめどをつけたい。そこで今日は1人1イニングずつ投げていただきます。たとえ完璧なリリーフをしたとしてもイニングはまたがないし、火だるまになっても三つアウトを取るまでは下ろしません。1イニング、それぞれ自分のピッチングをして役目を全うしてたしてください」
指揮官が直々に告げることで、集まったピッチャーの表情が一気にこわばる。ここにいるピッチャーは、昨シーズンからその役割を担っていたものもいれば、ルーキーや二軍の若手、移籍選手など多種多彩。生き残りのチャンスをものにしようという気概は感じられたのだが・・・杉山監督は表情には出さないが内心肩をすでに落としていた。
(まったく・・・心臓が弱いというか、プレッシャーをかけるとどれだけ自分に自信を持っていないかがわかってしまう。やはり、松本君抜きでは持ちませんね)
杉山監督が頼みとする松本大成は、球界ではそれと知られた左のリリーフ投手である。帝国ガリバーズにドラフト8位という低評価で入団したが、キレのいい縦と横のスライダーを武器に、敗戦処理やワンポイントを黙々とこなしてリリーフエースにまでのし上がった叩き上げとして名を馳せた。ガリバーズが強打が伝統のチームゆえなかなかセーブやホールドといったリリーフの記録はそれほど残せず、「もっと自分勝手に投げたくなった」といって和歌山に移籍。昨年シーズン通して抑えを任され、それまで10年の通算19セーブのほぼ倍の36セーブを記録しセーブ王を獲得した。
「さーて、今日俺は休めるのかねえ」
そんな松本は、菅原コーチが登板順を読み上げ、呼ばれたときに上ずった返事をする他のリリーバーを尻目に、ベンチで胡坐をかいてipadで音楽を聞いていた。
さて試合開始。神宮の先発は新外国人のクーパー。力のあるストレートが持ち味のメジャー34勝の実力者である。が、今のフェニックス、特に上位打線の敵ではなかった。いきなり渡辺が三塁打、続く友里が二塁打、デニス加藤がフォアボールで歩いた後、高橋が2点タイムリー。
「忘れられてたまるかあっ!」
そして友里がファースト、高橋がライトに入った恩恵で五番DHで出場した竹内が10打席目の初ヒットとなる2ランホームランをかっとばし、いきなり五連打。その後も外野ばかりに打球が飛び交い、打者13人の猛攻でいきなり9点のリードを奪った。
だが、楽勝ムードは、初回から消し飛んだ。
「今日が最後・・・。ここんとこ調子悪かったからなあ。何としても抑えなきゃ」
「あのー、田村さん?」
「9点のリードがあるんだ。多少打たれたっていい・・・とにかく、自分のピッチングを第一に・・・」
(だめだこりゃ。聞いてねえや)
1番手投手は、右の6年目田村。ここ3試合は打ち込まれて当落線上となっているだけに気合が入っていたが、すでに周りが見えなくなっている。何度か声をかけた大輔だが、まるで耳に届いていない。それではコントロールすらままならなかった。
「げっ!抜け球!」
先頭打者は打ち取ったものの、その後連続フォアボールで塁を埋めると、四番のバステンにど真ん中の棒球。打球はピンポン球のごとく空の彼方に消え、あっという間の3失点だった。
(悪いピッチャーの典型だよな。大量リードに逆に力んでひどいピッチングっていう。フォアボール一つ出したぐらいで青ざめてるもんな・・・)
後続が打ち損じてくれたおかげでなんとかそれだけで済んだが、マウンドを降りた田村はそのままベンチ裏に消え去った。
二回裏のマウンドに上がったのは2年目の速球派右腕青木。こっちはいいところを見せようと張り切ってはいたが、肩に力が入りすぎストライクがまともに入らない。アウトはすべて三振で打ち取り、何とか無失点で済んだものの出したランナーはすべてフォアボール。対戦した打者6人全員フルカウントまでいくなど実に46球を投じた。
「いやあ疲れましたねえ」
「当たり前だ!つーかストライク入れろ!守ってる選手のこともっと考えろバカ!!」
自覚のなさに大輔は思わず怒鳴った。
この独り相撲が空気を悪くしたか、三番手の左腕横山はストライクを意識しすぎてど真ん中にボールが集中。ホームラン2本を打たれて3失点。四回裏に投げた藤原もピリッとしない内容で2失点。瞬く間にリードは1点となった。
「しっかしひどいっすね。これじゃうかつにマウンド降りれないっすよね」
スタンドから観戦していた木村は、隣に座る健一にぼやく。
「ますます『完投しなきゃ』って気にさせられるよな。自分の勝ち星がかかってんだからよ」
「自分の星は自分で守れってか?シーズン持たねえぞ、そんなことさせられちゃ」
健一に続いて吉田もぼやく。チームの先発三本柱は、目の前の体たらくにため息が止まらなかった。
だが5回裏。すでに2本のホームランを打っている四番バステンから始まるというところで、五番手のマウンドに上がったピッチャーが、その不安を断ち切るようなピッチングを見せた。
『フェニックスのピッチャー、藤原に代わりまして、高木。背番号、70』
コールされ、小走りでマウンドに向かった高木。その雰囲気は長身と相まってかっこよく見える。出迎えた大輔は思わず苦笑した。
「しかし人間こうも変わるもんですかね。度つきのゴーグルかけて髪を短く刈り込むだけで」
「人間、何事も外見。第一印象が大事だ。少なくとも、去年までの高木はここにおらんよ。なあ!」
そう言う菅原コーチからボールを受け取った高木も、つい照れ隠しで笑ってしまう。
「自分でもびっくりですよ。まだ早いかもしれませんけど、コーチのおかげですよ。ほんと」
高木は、以前健一が言ったように、素質はぴか一ながら心臓のノミっぷりとコントロールの悪さで才能を発揮できないでいた。そしてキャンプ中、ピッチング練習でまるでストライクが投げられない高木に対して、菅原コーチがいろいろと『改造』した。
まず視力矯正(コーチ命令で検査させると裸眼が0.1というひどさだった)の一環で、度つきのゴーグル(野球選手がつけているサングラスみたいなの)をつけさせた。そして眉もそりこませ、頭も坊主頭にてまず外見から怖くした。そしてコントロールを安定させるために、常にセットポジションから投げさせた。すると別人のように結果を残し始め、ここまで5試合に投げながら無失点としている。
「いいか。腕の角度80度。そしてキャッチャーのミットから目を離すな。それさえできてりゃ、お前は打たれることはねえよ」
菅原コーチはそういってマウンドを降りる。
「そういうわけだ。今試合のリズムも悪いし、びしっと頼むぜ」
「わかったよ、佐藤」
そして高木は期待に応えた。
菅原コーチの指示により、真上から振り下ろすように投げ込まれるストレートは、腕の長さ、背の高さ、さらにマウンドの傾斜も相まって迫力威力ともに満点。ストレートに滅法強いバステンが怯んでいた。
さらに凄かったのが決め球のフォークだ。「1メートルは落ちてるだろ!?」というくらいの落差と鋭さでバステンのバットは空を切った。
『おいおい、なんなんだあの野郎。すぐにメジャーでも活躍できるぜ』
バステンはそう愚痴るのが関の山だった。この回高木は三者連続三球三振という『怪』投を披露したのだった。
「みろよヨッさん、キム、俺の言った通りあいつすげえだろ」
健一は興奮気味に、快投した高木を持ち上げる。
「いやいや、前がダメすぎたからそう見えるだけでしょ」
木村は眉唾という態度を崩さなかったが、「しかしああも変わるもんかね。いや、どっちかっつったらあれが本来の高木か。あれがシーズンでもやってくれたら楽だな」
吉田も信じられないという表情だった。
この高木のピッチングが、眠っていた打線を起こす。大輔がオープン戦2本目のホームランを放ち、その後も連打で追加点を上げ、再び点差を5点に広げた。
そして負けられまいと、六回裏に巨漢山崎、七回裏に左のベテラン佐々木、八回には去年のセットアッパー山田が立て続けに無失点リレー。そして最終回。満を持してクローザーの松本・・・ではなかった。そのピッチャーがコールされた瞬間、スタジアム中がどよめいた。
『ピッチャー、山田に代わりまして、清水。背番号、20』
「ええっ?清水?あの女ピッチャー?」
「ドラフト6位の、あの?」
「見ろよ。あんな小さいのにプロで行けるのか?」
「つーかぶっつけじゃねか。ここまで一度も投げてないのに」
いろんな不安がスタンドから飛びかうなか、小走りで清水はマウンドに走った。しかし、その外見はどうみても始球式に招待された野球少女といった感じ。下手な小学生よりも小さく感じた。
不安なのはベンチも同じ。清水を出迎え、ボールを渡してベンチに戻ってきた菅原コーチもそれを口にした。
「ふー。秘密兵器をここで投じたが、大丈夫なんですかねえ監督」
「そこまで心配しなくてもいいでしょう。なにせ彼女には素晴らしいコントロールと、絶対的な決め球があります。まあ、ちょっと下(二軍)でキャンプの延長を行いましたが、まあ大丈夫でしょう」
対して杉山監督は平然としている。新人の中でただ一人、ベールを着たままだった清水は、静かにマウンドでつぶやいた。
「今日も頑張ってね。あたしの爪」
16 松本大成 投手 左投げ左打ち 165センチ63キロ
移籍2年目の昨シーズンセーブ王。層の厚い伝統球団において、ドラフト8位からリリーフエースにのし上がった努力家。2種類のスライダーであらゆるピンチを切り抜ける。無失点にこだわり「僕の白星は僕の恥」が座右の銘で、最終回のマウンドを締めくくるうえでの責任感は強い。
昨年成績 47試合4勝1敗36セーブ 防御率1.80
タイトル セーブ王
54 田村智樹 投手 右投げ右打ち 180せんち87キロ
プロ6年目の右のリリーバー。昨年にプロ初登板を果たしたばかりだが、極度の緊張しいで結果を出せていない。
昨年成績 6試合 防御率27.00
41 青木彰吾 投手 右投げ左打ち 176センチ69キロ
最速150キロの速球派投手。ルーキーイヤーの昨年からすでに一軍のマウンドを経験している。アウトのほとんどを三振で奪っているが、それ以上に四死球の多いノーコン。責任感のない発言も少なくない。
昨年成績 11試合1勝2敗 防御率9.00
66 横山正 投手 左投げ左打ち 179センチ75キロ
青木と同期の大卒社会人投手。カーブやスライダーを操る。球威がないのが課題。
昨年成績 13試合1敗 防御率5.67
53 藤原良則 投手 右投げ右打ち 184センチ77キロ
3年前にセリーグの中京ワイバーンズから移籍したリリーフ投手。2軍でセーブ王になった経験あり。昨年は主に敗戦処理をこなした。いわゆる「一軍半」の選手で、二軍での好投が一軍で披露できないでいる。
昨年成績 23試合 防御率4.50
70 高木宜久 投手 右投げ右打ち 196センチ79キロ
木村の同期で健一たちと同い年。長身から投げ下ろすストレートと落差の大きいフォークを武器とするクローザータイプのピッチャー。昨年まではノーコンぶりばかりが際立っていたが、菅原コーチの手ほどきで改善の兆しがある。
昨年成績 17試合1勝5敗1セーブ 防御率4.39
21 山崎卓 投手 右投げ右打ち 180センチ108キロ
球界屈指の巨漢投手で、フェニックスではロングリリーフの一番手として信頼を得ている。見かけとは裏腹に技巧派でコーナーに投げ分けて打たせて取る。それなりに変化球を投げ分ける。
昨年成績 37試合3勝2敗11ホールド 防御率2.78
13 佐々木一成 投手 左投げ左打ち 174センチ80キロ
プロ13年目の左打者キラー。去年チームで一番投げている。頑丈で回復力に秀でた肩を持ち、呼ばれるとすぐにマウンドに上がり5球で肩を作れる。
無口。
昨年成績 61試合2敗23ホールド 防御率3.10
12 山田強 投手 右投げ左打ち 183センチ85キロ
健一の後輩、木村の先輩という立場。クローザーの松本に繋ぐセットアッパーを任されている。ストレートとシンカー、カーブを駆使する。
昨年成績 49試合5勝2敗29ホールド3セーブ 防御率2.00
昨年ホールド数リーグ3位
※いるかどうかわかりませんが、選手名鑑のつもりでどうぞ。