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大振りと大きいスイングの違い

 七回裏。俗に「ラッキーセブン」と呼ばれるこの回。

 杉山監督は先頭打者の近藤に代打を送った。

『七回の裏、フェニックス、ラッキーセブンの攻撃は、八番、近藤に代わりまして、中村。ピンチヒッター、中村、哲平。背番号、8』

 ネクストサークルでマスコットバットをブンブン振り回す中村。このフルスイングでそれなりに彼は知られ始めていた。だが、こんな陰口も聞こえた。

「なんだよあいつ。こりねえな。体格に見合ったバッティングしろっつの」

「だよな。小さいのにホームランしか狙ってねえんだから」

「足速いんだろ?尚更持ったいねえぜ」

 ベンチ上のスタンドや、ベンチ内の味方からもそんな小言が聞こえていたが、中村は耳を貸さず素振りに専念していた。

(うるせえ外野ども。『チビ=脚で勝負』なんてクソくらえだ。今日こそ打ってやる!)

 そういきり立っているのが丸わかりな後ろ姿を見守りながら、杉山監督は平野打撃コーチに声をかけた。

「平野君。本当に大丈夫なんですね。このまま彼をホームランバッターとして扱っても。周りの言うように、彼の俊足を活かさない手はないと私も思いますが」

「はい。率直に言えばそうかもしれません。しかし、選手は将の駒であっても作品ではありませんので」

「ふふふ。なるほど」

「それに、キャンプからあいつのバッティングを見ていましたが、矯正の必要性は感じませんでした。ボールを捉えた後のフォロースルーが大きいだけで、スイングはきっちりコンパクトでした。それにフライを打ち上げさせれば、あいつは新人の中では一番うまい。ホームラン打者としても高橋と似たようなものを感じます。まずは横に流れるタイプの変化球を持たないピッチャーからホームランが打てれば、一気に活躍できます」

「わかりました。ではそれを信じることにしましょう。もっとも、そろそろ結果が欲しいところですがね」

 杉山監督の言うように、中村はここまで11打数2安打8三振。2安打はいずれも三塁打と長打力と機動力があることは示しているが、開幕一軍で使うにはもう一つ結果が欲しいところだった。マウンドにいるのはツインズの三番手右腕・松戸。速球とフォークが持ち味のリリーフピッチャーである一方、平野コーチが言ったように、スライダー系の横に曲がるタイプの変化球を持っていない。中村にとってはうってつけのバッターであった。


(ブンブン振り回してくる奴だな。まあいい。初球からフォークでいくぞ。ワンバウンドになってでもいいから思いっきり落とせ)

 キャッチャー樫山のサインにうなづく松戸。初球、真ん中低めにフォークを投じ、中村はこれをフルスイング。しかし、バットはむなしく空を切るだけだった。

 二球目。同じコース。同じフォーク。同じようにフルスイングしたが、今度は辛うじてかすってファールとなった。

(当てたか。つまりそれだけ低めに目線が行っているってこったな。高めのつり球で振らせてやれ)

 そう考え、樫山はサインを出し、高めのボールゾーンに構えた。スピードのあるボールが高めに来れば、バッターの本能としてつい振ってしまうところだ。

 だが、中村は微動だにせず平然と見送った。これには樫山は慌てた。

(え、これ手え出さんのか?ボールを見れてるってことか?)

「なるほど。彼は確かに『大きいスイング』ができていますね。『大振り』はトップの位置からすでに大きい軌道を描いてしまっているので当たりっこありませんが、『大きいスイング』はボールをミートするまでは身体の前をコンパクトに振り抜き、最後の振り抜きを大きくする。始動の瞬間は小さいのでボールもそれだけしっかり見られる。スイングスピードも速い。確かに、少々アッパー過ぎますが、いいスイングをしています」

 杉山監督の総括に、平野コーチは付け加えた。

「あいつには『肩の力を抜け』とだけ言ってあります。力むとスイングスピードがかえって落ちますし、悪いアッパースイングになりますので」

 平野コーチの指導内容に、杉山監督は満足気だった。


 その時だった。スタジアムが沸いたのは。

 中村が4球目のストレートを捉え、ホームラン性の打球をバックスクリーンに向かって放った。一瞬入ったかと誰もが立ち上がったが、紀州ボールパークは、フェンスは2メートル50と低いが、センター130メートルととにかく広い。スタンドには届かなかったが、センターの頭上を超えたので三塁打になった。

「ナイスバッチ、中村テツ

 三塁で小島コーチはそう声をかけたが、中村は憮然としていた。

「くっそー、引っ張れてたら入ってたのに・・・」


 杉山監督は、続く九番打者にも代打を送る。送られたのは、ヤル気満々でバットを振っていた竹内、ではなく、出番はないと決めてかかり、何の準備もしていなかった石川だった。

「くそったれ。なんでキャッチャーの俺なんだよ。こういうところは打力のある竹内だろ」

 アナウンスに慌てて素振りも出来ずにバッターボックスに駆け込む石川。何の準備もできていなければ、ストレートであってもそうそう打てるはずもなく、ど真ん中のストレートにどん詰まってショートゴロ。中村は果敢にホームを狙ったが、ショートが前進守備だったこともあってわずかの差で憤死した。

 一方の石川は一塁に残ったが、代走の山本と交代でベンチに下がる。露骨にすねてチンタラとベンチに帰ってきた石川を、杉山監督は呼びつけた。

「おやおや石川君。ずいぶんご機嫌ですね」

「ええまあね。何の準備もできてないのに問答無用で送られて、打てっつうほうが無理あるんでね」

 石川は、言葉はそうでもないが表情には「あんたのせいだろ!」というのがありありと出ていた。

 しかし、杉山監督はむしろその感情を逆撫でするようなことを言う。

「何の準備もできていない・・・それはおかしいですねえ。あなたほどのキャッチャーなら、試合を読む力ぐらいは備えていると思っていましたが」

「ぐっ・・・」

 反論できない石川をよそに、杉山監督は続ける。

「弱いチームとはいえ・・・いや、弱いチームだからこそ、10年という長い間正捕手であり続けることはまず無理でしょう。弱ければ原因を捕手に求め、とっかえひっかえしがちですから。にも関わらずあなたは常に競争を生き残ってきた。オールスターにも何度か選ばれてますよね。つまり、力はあるはずです。流れを読む力が」

「・・・」

「準備ができなかった、というのはただの責任転嫁に過ぎません。ふてくされるのは結構ですが、一軍ここにいる以上あなたは戦力です。常に集中していただかなければ困ります」

「・・・っす」

 最後は小さく頭を下げて石川はベンチの裏に下がる。何かを蹴飛ばす音が聞こえた。



 さて試合に戻る。

 ノーアウト三塁のチャンスを生かせなかったが、続く渡辺が初球攻撃で三遊間を破ると、友里の送りバントの後、加藤が粘りに粘ってフォアボールで出塁。四番高橋にツーアウト満塁という舞台を整えた。

 ツインズベンチも松戸の乱調に業を煮やしたか、昨年のセリーグセーブ王、ストッパーのウィンストンを投入した。

「げ、あのスライダー野郎かよ。参ったなあ」

 そう言って高橋は頭を抱えた。昨年交流戦で対戦した折は対戦した5打席全て三振。トータルでも3年前の初対戦から公式戦10打席10三振。オープン戦を含めると15打席14三振と、苦手をいう表現を超越するほど相性が悪い。

「左バッターには外に逃げていくスライダー。右バッターにはえぐいぐらい食い込んでくるクロスファイアーのストレート。正直開幕前にあたって調子崩したくないよな」

 次のバッター山下が他人事のようにぼやく。

「ふん。今年も三振しちゃあゲンが悪いや。今日こそは打ってみせっぜ」

 そう言って高橋は打席に立った。


 セリーグ屈指のクローザーと、パリーグの新進気鋭の四番打者。それまでチャンスらしいチャンスが少なく、特に和歌山ファンにとってもう一つ盛り上がりを欠いた中で、初回以降の大チャンス。高橋には声援ばかり飛ぶ。

「高橋ぃっ!今日こそ打てよっ!」

「いつまでも三振してんじゃねえぞ、今日こそ仕留めろっ!」

(へっ。四番はつらいぜ。否が応でも期待に応えねえといけねえからな)

 ファンの声援に浸る高橋だったが、その中にこんなヤジが紛れ込んでいた。

「杉山監督やめとけっ!こんな扇風機でチャンスつぶすんだったら右の代打出せえ。まだ竹内残ってっだろ」

 それに敏感に反応した高橋はタイムをかけて、声の方向を怒鳴った。

「うるせえこのやろうっ!だったら俺が打ったら土下座しやがれっ!」

 わざわざその野次を怒鳴り返す。そして野次った本人も律儀に応じ、

「わかったっ!そのかわりまた三振したらてめえが土下座しろ!」

 と返してきたので

「あり得ねえっ!てめえは黙って見てろ」

 と高橋は言い返した。ちょっとしたヤジ合戦の末に打席に戻った高橋に対して、ウィンストンは初球ビーンボールを投げてきた。しょーもない漫才に無駄に待たされたその報復的なものか。二球目もインハイに150キロ近いストレートを投げ込んで、またも高橋はのけぞらされた。

 さすがに大事な四番打者を怪我させられてはまずいとファンがブーイングを送るが、高橋を野次っていた男は「いいぞいいぞ!いっそのことぶつけて離脱させちまえ。そいつがいようがいまいがチームは変わんねえぞ!」と嬉々とした野次を吐く。

「あの野郎・・・とことんふざけてやがる」

 いらだつ高橋を尻目に、キャッチャーの樫山はサインを出す。

(これだけインハイにボールを見せたんだ。外に逃げるスライダーには手は出まい。それに一度手を出した後はいつものように内と外を交互に攻めて三振だ)

 出したサインにウィンストンが頷き、投げる。アウトローに逃げていく、ウィンストン得意のスライダーだ。

(来たっ!最初からこいつを待ってたんだっ!!)

 それが狙い球と直感するや、高橋は外角に思いっきり踏み込んで、得意のアッパースイングでボールを捉えた。強烈な腰の回転と腕力で吸い上げた打球を、高橋はふんぞり返ったままボックス内で見守る。野手の誰一人動くことなく、歓喜に沸くライトスタンドの上段に突き刺さりメガホンが拍手が揺れるのを見届けて高橋はバットを天高く放り上げた。

「どうだ馬鹿野郎っ!土下座しやが、れ?」

 そう言って一塁を回るところで、自分を野次っていた男を探すが、忽然と姿を消していた。

「あんのやろう・・・逃げやがったな!」

「んなこと知るか!さっさとまわれバカ。ベース踏み忘れるなよ」

 ベースを回ることをやめてきょろきょろと内野スタンドを見渡す高橋を、一塁コーチの千葉は怒鳴りつけ、再開させた。

 その後五番山下も気落ちしたウィンストンから二塁打を打ったが、橋本が倒れて七回の攻撃は終わった。


 満塁ホームランが飛び出したことで余裕のできた杉山監督は、ここで大きくメンバーをいじった。

 まず代打の中村をそのままセカンド、石川の代走山本をショートに。さらに指名打者を解除して友里をファースト、ファーストの高橋をライト、ライトの加藤をレフトにそれぞれ回し、さらには大輔もサードのポジションにつかせ、新たに札幌から移籍してきたベテラン小林裕三にマスクをかぶらせた。


変更前(六回裏終了時)

1中 渡辺

2指 田中

3右 加藤

4一 高橋

5三 山下

6左 橋本

7捕 佐藤

8遊 近藤

9二 中川

 投 鈴木


変更後(八回表開始前)

1中 渡辺

2一 田中

3左 加藤

4右 高橋

5投 鈴木

6捕 小林

7三 佐藤

8二 中村

9遊 山本




「というわけで、よろしくな鈴木」

「健一でいいっしょ、コバさん。鈴木なんて堅っ苦しいや」

「そうはいかねえよ。なにせパリーグを代表するエースとバッテリーを組ませてもらうんだ。万年二番手捕手には恐れ多いさ」

「・・・それで19年プロで生きてんだから、あんたのほうが大したもんでしょ」

 軽い口調で声をかけてきた小林は、とてもプロ19年のベテランとは思えない接しやすさがあり、健一は初めてながら好感を持てた。


 小林は今シーズン19年目。セリーグの神宮ファルコンズを皮切りに、パリーグの福岡ゴールデンソックス、札幌グリズリーズを、正捕手の控えとして渡り歩いてき、それぞれの球団の黄金時代をすごした。明朗な性格と何事にも真剣に取り組むさまは常にチームの見本となり、これまで仕えた監督の多くは「チームの引き締め役」と評価してきた。出場試合は400ちょっとしかないが、経験に裏打ちされたリードとキャッチング技術には定評がある。


「まあ、監督から最後のイニングだって聞いてるし。しっかり締めて8回完封でマウンドを降りような」

「そっちこそ、俺のボールしっかりとってくださいよ?打席で見るのと実際に受けるのとじゃ違うんすからね、俺のボールは」

「ほいほい」


 そう言って八回も健一は投げたのであった。

9 小林裕三こばやし・ゆうぞう 捕手 右投げ左打ち 180センチ86キロ

 3球団を渡り歩いたプロ19年目の大ベテラン。杉山監督が就任した折にフロントに獲得を依頼し、金銭トレードで移籍してきた。吉田とは高校時代の同級生。打力は今一つながらリードとキャッチング、そして年下を乗せる雰囲気づくりに定評があり、過去の所属球団でも第二捕手として重宝されてきた。ほんわかした性格でつかみどころがない。

昨年成績 4試合 打率100

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