「目先」よりも「納得」を求めよ!
友里に引っ張られてベンチ裏に連行された健一。唐突な展開に戸惑うばかりだった。
「いてえなこの!優子といいお前といい、何が不満なんだよ!」
「全部よ全部!なんで短く持ったりするのよ!目先の結果なんかに走っちゃってさあ」
「んだよ・・・。そんなことか。それで罵られるってのはマジむかつくなおい。いちゃもんにもほどがあるだろよ」
これで話は終わりと切り上げようとした健一だが、再び友里に腕をつかまれてかなわず。友里はさらに説教じみたことを言い始める。
「あのね。あんたはホームランを求められてんの。そのために今ここで必死になって練習してるんでしょ?あんな『いつでも打てる』ヒットぐらいでほっとしたら、あんた一軍で絶対に打てっこないんだからね」
「はあ?てめえルーキーのくせに何を偉そうに・・・」
「いや、田中の言う通りだぞ」
そこに、巡回コーチとして二軍に帯同している、平野打撃コーチが現れた。
「おい田中、チェンジだ。早く守りに行け。ファーストがいなきゃ内野手はアップができないんだぞ」
「あ、はい!すいません」
どうやら健一に説教することで頭がいっぱいだったようで、慌ててベンチに戻る。すれ違いざま、健一に言った。
「とにかく、今は結果がどうあれ、ヒットを狙う必要ないの!分かった?」
そう言って走り去っていった友里。健一はけだるそうにため息をついた。
「ちぇ。ルーキーにあそこまで説教されるってのは、正直気分は良くないっすね」
「ははは。ま、そう言うな。それに、プロのバッターってことならば、お前は田中の後輩だぞ」
愚痴る健一に同調しつつも、友里の言い分を肯定する平野コーチ。一つせき払いして健一に告げる。
「それに、俺もあのセンター返しは好きじゃないな。普通に打ったのならまだしも、バットを短く持った。一軍のエース級相手ならともかく、二軍レベルになりふり構うってのは、いざ一軍に上がったときに弱気の虫が出るんだぞ」
「そうは言ってもよ、一軍は今きついんだろ?」
「きついからこそ、お前にはそんなこじんまりしたバッティングしてる場合じゃないんだ。それに、監督もお前に些細な結果を追ってほしくない。監督が求めているのは、右の四番バッター、お前がなれるスラッガーだ」
平野コーチの言葉に、健一は息をのむ。そしてさらにコーチは続けた。
「今は目の前の結果じゃなくて、その先にあるものを掴める。そう納得できるバッティングをして来い。監督が見初めたスラッガーとしての資質を見せてこい」
そして、次の打席は八回に回ってきた。
まず先頭の友里が、意表を突くセーフティバントでサイクルヒットを達成。さらに二番打者がヒットで続くと、三番はストレートのフォアボール。ノーアウト満塁で健一の打席となった。
(俺が納得できるバッティング・・・)
ふと、健一は目を閉じる。頭の中を巡らせていた。そう言えば、一度だけ、心底満足したバッティングがあった。夏の甲子園の決勝戦。インハイに飛んできたストレートを思い切り引っ張り、レフトスタンドの中断に決勝ホームランを叩き込んだ。その一発が、一番自分らしいバッティングだった。
普通、過去を追いかけた場合、大概は上手く行かないことが多い。おそらく健一が並のバッター、いや、野手としてプロに入ったバッターだったら打っていない。だが、シーズン途中にエースの地位を捨てて打者に転向し、その年のうちに一軍の戦力になろうとし、転向させた監督が本気でできると信じられる才能。それを持っている健一は、イメージ通りに打つことができた。
インハイに飛んできたストレートを引っ張ると、レフトスタンドの場外に消えるグランドスラムとなった。
「それよそれ!やればできるじゃな~い!」
ホームベースではしゃぎながら待っていた友里の頭を、健一はバシバシ叩いた。
「偉そうに言うんじゃねえよ。人に説教しといね何いけしゃあしゃあとバントヒット決めてんだよ」
「あはは、才能の差ね」
その日の夜。ナイターの試合前。増田ヘッドコーチは、ファームから上がってきた報告を杉山監督に伝達していた。
「そうですか・・・ようやく打ちましたか」
「はい。平野コーチ曰く、完璧な打球だったそうです」
「何よりです。これで、後半戦に向けた最後のピースが手に入りました」
杉山監督は満足げにつぶやいた。
次回、重大なお知らせがあります。