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突如現れた三人目の女性選手は何やら暗い過去をお持ちのようで

 その日の県民運動公園野球場は、おそらくプロ野球チーム誕生後最大の盛り上がりを見せたろう。ただでさえ二軍の球場という事で、ドラフト1位のルーキーでも来ない限り客が来ることはない。ひどいときには100人を平気で下回る。それがこの日は千人を軽く超える入場者数。対戦相手である福岡の二軍選手たちは驚きを隠せないでいた。

「おいおい。なんか今日の盛り上がりはすげえな。二軍の試合で内野スタンドがこうもやかましいこと、ここであったか?」

「いや~記憶にねえな。ここ数年は人がいるかどうかも疑わしかったのに・・・なんか張り切りたくなるな」

「それだけ向こうの二軍にスターが落ちてきたってことだろ。元エースに女スラッガーとくりゃ、否が応でも来たくなるってもんだ」



 一方で、和歌山サイドも、なぜ今日は観客が多いのか、なんとなく察してはいた。

「明らかにお前目当てだな」

 ウォーミングアップ中、健一は友里をそう冷やかす。

「どうかしら。エースの座を捨てた半人前バッターのお手並み拝見じゃないの?」

「遠征の前に出てたよ、試合」

「でも今日も四番でしょ。そろそろ結果出さないとあんたまずいわよ。あたしを冷やかす暇なんかあんの?」

「お前こそ。疲れたからって数字落としてるようじゃまだまだガキだったことだよ」

 傍から見れば、カップルの言い争いにも見える二人の会話。

 そのわきを、一人の選手が通りすぎた。


「ん?背番号・・・0?KOBAYASHI?」

 背丈は友里と同じぐらい。だが、健一も友里も、そしてほかの選手たちも見慣れない選手は、無言で二人を見る。

「なんだよお前。見ない顔だな。キャンプの時いたか?」

 健一の問いに無言の選手。友里が続く。

「何黙ってんのよ。なんか言ったらどうなの?」

 それでも、その選手は自分たちを一瞥するだけで口を開かず。そのまま去ろうとする。それを友里は呼び止めた。

「ちょっと待ちなさいよ。・・・あんた今笑ったわね。あたしが女だからってバカにしてんの?」

 語気を強めて選手の腕をつかんだ友里。だが、近くに詰め寄った時に、友里は驚きの表情を浮かべた。

「え!?あなたまさか・・・」

「そう。私も女よ。田中友里さん」

 対して、腕を掴まれた選手は真顔で淡々と口を開いた。


「私の名前は小林優子。ポジションはピッチャー。右のアンダースローよ。あなた達と違って育成で入ったの」

 自己紹介も淡々と語る優子。入団した敬意が違うことはわかったが、それでも今まで見かけなかった理由の解決にはならない。

「にしてもよ、てめえ今までどこで何してた。あの杉山監督おっさんのことだ。まさか怪我なんかじゃあるまい」

「そういう推理に至るのが逆にすごいわね」

「シーズン中にエースを打者転向させるほどの男が、まともな理由で選手を隠さねえよ」

 問いただす健一に対して、その推理を鼻で笑う優子。だが健一は笑みを浮かべて言い返す。杉山監督の志向を理解しているのか、優子も納得したように頷く。

「ま、野球留学ってとこかしらね。『来るべき時に呼ぶので2Aで投げ込んできてください』って言われて」

「2A・・・日本でいうところの『三軍』かしら」

「カテゴリー上はそうかもね。でも、さぼってたわけじゃないから」

「ま、お手並み拝見ってとこかしら」

「そうね。元エースの前で無様なピッチングはしてられないから」

 そう言った時、優子は初めて笑う。そして二人に背を向けてブルペンへ走っていった。 


「ずいぶん生意気な態度ね。なんかわたしを蔑んでた感じだわ」

「そうか?気のせいだろ。変な嫉妬してねえでお前も今日は打てよ」

「あんたこそ」


 再び始まった健一と友里のやり取りを見やり、優子は吐き捨てた。

(あの子・・・理解者に囲まれた野球人生だったのね。・・・・忌々しい)

 その思いを察する選手は、その場にはいなかった。





『守ります、フェニックス。ピッチャー、小林優子。背番号、0。キャッチャー、小林裕三。背番号、9』

 ウグイス嬢のアナウンスとともに、ゆっくりとマウンドに上がる優子。スラリとした長身は、まるでモデルを思わせる。この日マスクをかぶるのは、再調整のため二軍落ちしていたベテランの小林裕三。この二人、単なる同姓ではない。

「さてと優子ちゃん。ようやく、お目見えだな。どうだい、感じは」

 気さくに話しかけてくる小林に対して、優子はそっけなく返す。

「別に。実際にバッターに投げるまでは分からないからね。あとは受けて判断して頂戴。伯父さん」

「そうか・・・。まあ、いまさら聞くまでもないだろうね。優子ちゃんが歩んできた野球人生を思えば、それ相応の投球ぐらいはしてくれるか。ま、あまり気負うなよ」

 そう言ってマウンドを降りる伯父に、優子は何も言わなかった。


 小林優子は、今年FAで加入した小林捕手の姪に当たり、伯父は優子が野球をつづけることに血縁者の中でただ一人理解を示した存在だった。実家は裕福な部類に入り、父は日本有数の商社で管理職を務める。当初は健康的な身体作りの一環で野球を始めた優子だが、のめりこみ、才能を発揮するたびに両親は野球をつづけることに反対していた。中学3年の時に女子野球の日本代表に選出されるも「女が野球を続けても意味はない」と父は言い、「スポーツで生活しようなんてバカな考えはよして」と母もあきらめさせることに必死で、親戚中に説得をさせるほどだった。それでも野球を簡単にあきらめることはできず、両親に黙って女子野球部のある高校に進学しようとするも、なんとしても野球をやめさせたかった両親は、彼女の野球道具一切を廃棄するという暴挙に出た。

 これが引き金となり、優子は家を飛び出し、伯父の裕三を頼って彼の家に身を寄せ「野球がしたい。もっと挑戦したい」と訴えた。彼女の才能をプロ野球選手として惚れ込んでいた裕三は、周囲の反対を押し切って彼女の渡米を支援。優子はルーキーリーグや女子独立リーグで才能を磨き続けた。

 ただ、決して平坦ではない。言葉の壁に加えて人種差別まがいのいじめを受け、バックアップに対するねたみからの誹謗も日常茶飯事。一方で無名の世界に身を置く彼女に女子野球の日本代表は「詳細が分からない」と選考対象から除外。評価されることの少ない孤独な日々を3年にわたって続けた。気持ちが折れそうになった彼女を見かねた裕三が、自責の念から新井オーナーと杉山監督に「FAで僕が行く折に彼女も入団させてほしい」と直談判。育成ながら入団が決まり今に至る。


(さっさとこんな連中片づけて・・・。早く一軍で力を見せてやる!)


 そしてゆっくりとモーションに入る。力感あふれるダイナミックなアンダースローから、鋭いストレートが放たれた。



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