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臥薪嘗胆真っ最中。その頃一軍は?

(どうだ!?)

 自分の放った打球の行方を目で追いながら、健一は一塁を蹴る。意を決してフェンス際でジャンプするレフト。そのグローブに健一の打球は収まった。二塁に達したところで見届けた健一は天を仰ぎ声をあげた。

「くっそー!なんでいい感じの打球に限ってアウトになんだろうなあ。・・・ふぅ」

 手袋を外しながら健一はぼやいた。この三連戦、四番についた健一の成績は11打数2安打。フォアボール一つ、打点1。そして4併殺打。ヒットはボテボテゴロの内野安打とポテンヒットと、もう一つ喜びに欠く。一方で外野に飛んだ打球は、大概が正面。あるいは今のように相手の好プレーに阻まれていた。

「こうももどかしいものはねえな。改めてバッティングって・・・奥が深いし難しいんだな。今更分かったぜ」

 試合が終わり、球場から引き上げるとき、健一は自虐気味にぼやいた。そんな健一を、中村がにらむ。

「ずいぶん自分勝手な感想っすね。二軍つっても試合に勝ちたいのに・・・四番任されてこんな体たらくないでしょ」

「はは・・・。そうだな。打点は1つでアウトは4つ余計に稼いでるからな。俺は今完全なA級戦犯だわな」

 正論なので健一はそれ以上言い返さない。ただ、気持ちは死んでいない。

(ただ、感触はだんだん良くなってきてる。もうちょっとしたら・・・打てそうだな。ホームラン)



 健一が遠く山口で感触を得始めたころ、一軍はどうなっていたかと言うと・・・・





 その日の夜、札幌ドームでのファルコンズ戦。マウンドに立った木村は苦しいピッチングを見せていた。

(今日負けたら6連敗。絶対俺で止める!!)「でぇぃっ!!」


 決して調子は良くないながら、要所を締めて得点を許さない。しかし、そんな木村を打線が援護できない。友里や大輔、渡辺らルーキー勢がここに来てコンディションを崩しており、本来のパフォーマンスから程遠い出来に終始。ならばと高橋が孤軍奮闘するが、放たれた一発もランナーなしでは空砲続き。次第に耐え切れなくなった木村が逆転されると万事休す。健一が二軍で打者として調整している間、一軍はなんと6連敗を喫していたのである。

「くそっ!なんでこんなことになるんだよ。まるで俺が四番じゃダメだって証明してるみてえじゃねえか!!」

 球場から引き上げる際、語気を強めていらだっていたのは高橋だ。この期間、彼は今日の試合を含めて4本のホームランを放つなど22打数8安打7打点と好調を維持。四番打者の責任は果たしていた。だが、それが勝ちにつながらないことが、彼をとにかくイライラさせた。杉山監督が健一を打者転向させた折、直接聞いたわけではないが、人づてに「四番打者がいない」と聞いたのが脳裏にこびりつき、こうして勝利につながらないことが、それを肯定しているかのようであったからだ。

(なんでなんだよ・・・。俺だって、優勝目指してやってんのに・・・クソ)



「まあ、えてして若いチームですから、この梅雨時に連敗することなど、よくあることですよ」

 試合後の囲み取材で、杉山監督は飄々と語る。

「鈴木投手のコンバートが、チームのバランスを崩したとは考えられませんか?」

「別に。たった一人いなくなるだけで崩れるのであれば、所詮それだけのチームであったということ。ならばまた作り直せばいいだけじゃありませんか」

「しかし、十分優勝できる可能性があったのに、なぜここでそのチャンスを自ら手放すような真似をなさったので?」

「可能性はね。でも可能性であって確実ではない。それに、シーズンの最後に一番上にいればいいだけの話です。まだ先は長いのですからね」

 なおも質問をかける記者たちだったが、杉山監督はそう言ったのを最後に会見を打ち切り、バスへと引き上げてしまった。


「やれやれ。このチームの番記者は浅はかな記者が多い。ほんの半年前まではBクラスだったチームが、もう優勝を宿命づけられたかのような物言いですね」

 他人事のようにあきれる杉山監督に対して、増田ヘッドコーチは声を荒げて詰め寄る。

「しかし、実際一理ありますぞ。たかが一人、されど一人。鈴木の存在はそれだけ大きかったのですから」

「ならなおのこと、そんないびつな土台は叩き壊しましょう。一人におんぶでだっこのチームでは、偶然の優勝を成しても、日本一には絶対になれません。ましてや、翌年以降は転げるようにチーム力が落ちてしまいます」

「ふ~・・・しかし、あなたと付き合うと、毎回どこかでろくな目にあいませんな」

「それに備えるため、頑丈な縁の下であるあなたを呼んだのですよ」

 ケラケラと笑みを浮かべる杉山監督に、増田コーチはまたひとつ大きなため息を吐いた。

「それよりも・・・。ちょっと一軍もテコ入れが必要かもしれませんね。特に、田中君は一度リフレッシュを設けるべきでしょうね」

 そう言って、杉山監督は後ろを向く。視線の先には、疲れ切ったような表情浮かべる友里がいた。この6連敗中、友里は24打席連続ノーヒット。3割3分前後を推移していた打率が急落していた。

(それに・・・案外彼女が、健一君が覚醒するキーマン・・・いえ、キーウーマンになるかもしれませんしね)

 杉山監督は心の中で笑う。


 そして和歌山に戻るや、友里にファーム行きを命じるのであった。

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