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やけくそと開き直りは似て非なるもの。

「え~っ!健一を四番に!?」


 ところは北海道・札幌ドーム。ファルコンズとの三連戦のために、フェニックスは移動していた。その練習前。一軍の遠征に合流した平野打撃コーチは、杉山監督から伝えられたことに絶叫した。全員の眼が自分に集まったのを感じ、咳払いして気を取り直し、監督に対して声を荒げた。

「いくらなんでも無茶ですよ。まだアイツは野手になってから内野安打1本だけですよ?スイングだって、まだまだ野手のそれじゃないんです。とても四番なんて任せられるほどじゃ・・・」

「ですが、外野には飛んでいたのでしょう?それも惜しいのが。それで十分ですよ。手も足も出ないというのなら話は別ですがね」

 対して杉山監督は、不安どころか実に楽観的である。それがかえって平野コーチを不安にする。

「しかし・・・。二軍とはいってもたった一人のために試合をしているわけじゃないんですよ?ただでさえ反感を買っているのに」

「大丈夫ですよ。あなたが思っているほど、鈴木君は弱くはありません。むしろ、そういう逆境に立つほど、しっかりと開き直れますからね。そうなれば覚醒間近。殻にひびが入ったようなものです」

「そんなものでしょうか・・・やけを起こしませんか?普通」

「やけくそは意思すらも捨てて当てなく突っ走ること。開き直りは明確な意思を以て前進すること。特に後者においてはそういう才能がない人はできないものですよ」

「健一は、それができると」

「まあ、繰り返しますが、あなたが思う以上に、彼は頼もしいのですよ」

 不安がぬぐえない平野コーチの隣で、杉山監督はホクホクと笑っていた。




「四番、指名打者、鈴木。背番号、1」


 その頃。遠く離れた本州の西端で、健一はウグイス嬢にそう読み上げられて打席に向かった。初回、一死一、二塁という先制のチャンスの場面でだ。

(くそ・・・まさかもう回ってくるとはな)

 苦笑いを浮かべながら足元を均す健一。塁にいるツーベースの中村とフォアボールの橋本を見る。

(どうせなら楽な場面で立たせてくれよな。ま、しょうがねえか。しかし、ちょっと壁は高そうだぜ)

 広島の先発、竹原は一昨年に二けた勝利をマークした実力を持つ。近年は故障がちで二軍暮らしだが、ストレートとスライダーはまだまだ一線級。正直、打者になったばかりの健一には荷が重い相手だ。それでも腹を括った健一は、初球からフルスイングすることを心掛けた。そしてど真ん中近辺のストレートを真芯でとらえる。放たれた痛烈なゴロは・・・ショートの真正面だった。

「げっ!やべえっ!!」

 打った瞬間に健一はそう叫ぶ。全力疾走で一塁に向かうが、当然ながら間に合わず。6-4-3のダブルプレーの完成を見届ける羽目になった。


「お前ねえ・・・初球打ちでゲッツーはないんじゃね?」

 肩を落としてベンチに帰る健一に、二塁でアウトになった橋本がすれ違い様ぼやく。

「しょうがねえっしょ。野球ってのは真芯食った打球のコースにポジションが決まってんだから。あんたがタイムリー打っときゃよかったのに」

「はん。責任転嫁はみっともないぜ?四番バッターさんよ」

 むくれる健一の愚痴を、橋本は笑って返した。

 健一の次の打席は四回。先頭の橋本が、今度はデッドボールで出塁していた。


「また橋本はっさんがランナーか。つーかマウンドの竹原さんわざとか?」


 愚痴りながらも、健一は打席に立った。前の打席はストレートをショートゴロ。同じようにゴロにしまいと、無意識のうちにアッパースイングになる。

 その結果・・・


「いっ!!」


 今度は外のスライダーを見事に引っかけセカンド正面。4−6−3のゲッツーが成立した。


「今の甘かったのによ〜・・・くそっ!」

 健一は首をひねりながらヘルメットを投げ捨てた。

「お前おもしれえやつだな!次は5−4−3か?」

 そう笑いながら橋本が肩を叩く。こういうからかいならまだいいが、もっと質の悪いぼやきが健一の耳に入る。

「杉山監督もバカな真似するよな。せっかく勝ちまくってんのに、わざわざエースをバッターにするかねえ」

「交流戦で思ったよりも打ててるし、優勝したんでとち狂っちまったんだろ。昔は名将だったらしいが、現場離れてモーロクしたんだろ」

「その結果がこのザマだからな。一軍も先が知れてるぜ」

 わざとらしくぼやいたのは、去年までのレギュラーだった内野手の中野と外野手の原田。健一が声の方を向くと、二人はわざとらしく目をそらし守備についた。


(くそったれ。自分がレギュラーを外されたからって、恨み節を言うだけのあんたらにゃ言われたかねえや。・・・しかし、このザマじゃ言われても仕方ねえわな)


 見返してやるという気持ちはある。そもそも、彼らの言うように、常識では有り得ないコンバートだ。生半可な覚悟ではやっていけない。その辺は「もう賽は投げている」と腹はくくっている。

 ただ、改めて実感しているのが、バッティングの難しさだった。唐突に開眼するケースもないわけではないが、それであってもまずは一歩一歩の積み重ねである。そしてそのスピードはとかく遅いものである。



(オールスターが明けるまでの一月か。・・・どこまでできるもんか。まあ、自分で決めたんだ。やるだけやるしかねえや)



 この日の健一は、またも4打数ノーヒットに終わった。



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