残した数字と得た手応えは、乖離(かいり)していること多々あり
カァッ!!
健一の打球は、乾いた音を残して大空に舞う。だが、思った以上には飛ばず、レフトがフェンス手前で捕球した。
「思ったよりは飛ばねえもんだな。やっぱ、投手と野手とじゃ、意外と加減してるもんなのかな」
健一は首を傾げながらそうぼやいた。それが聞こえた選手、ルーキーの中村哲平は、噛みつくように言い返した。
「ずいぶん贅沢な悩みっすね。四番を約束されてるからって、余裕こきすぎでしょ。監督から言われたらしいけど、結局判断したのはあんたでしょ。チームを混乱させてんのに、もうちょっと危機感持ったらどうなんすか」
「はは。なかなか言いやがんなお前。危機感持って簡単に結果出るなら苦労しねえし、焦ったからといってショートカットもできねえんだよ、バッティングってものは。まずは自分のスイング、振りたいように振れたかが大事なんだ。お前は逆に気を緩めろよ。せっかくの長打力が持ち腐れだぜ」
泰然自若とした健一の振る舞いに、中村は言葉が詰まった。
この日、健一は5回打席に立ち、三度外野に飛ばしたがヒットはなかった。試合後は平野コーチとの反省会だった。
「スイングはまずまず。外野フライも角度の良いやつが二つあった。あとは逃げる変化球の見極めだな。二打席目のスライダーを追いかけて空振ったのが」
「なあコーチ。ピッチャーってものは、相手が投手と野手とじゃ力加減を変えるもんなのか?俺は常に全員に全力だったから、その辺よくわかんねえんだけど」
急な健一の質問に、平野コーチは「俺の話聞いてたか?」と苦笑しながら、疑問に答えた。
「まあ、それでピッチャーの力加減が変わるってのはないわけじゃない。だが、今日に限れば、お前がまだ野手のスイングができてないからさ」
「野手のスイング?」
「さっき言った角度のよかった外野フライ。バッターとしてプロに入った奴だったら、どっちかはスタンドに持っていってた。まだお前は才能だけでバッティングしてるってことさ」
今、平野コーチが言った「才能だけ」というもの。意外にもプロの世界でも、才能が抜きん出ている為に、拙い技術でも数字を残す選手はいる。ただ、長続きしないし、主力を任せるには心許ない。ましてや、四番打者として期待されているのだから、技術も相応に身に付けてもらわねば困るのである。
「とりあえず、この一か月間。基本的に一番・指名打者でプレーしてもらう。実戦を通して野手のスイング、野手の走塁を身に付けてもらう。結果よりもそれを意識しろよ」
「うっす。ま、迷惑かけてる分、必死こいてやってくっすよ」
しかし、いくら才能があるとはいっても、急に開花するというわけではない。しばらく健一は、手応えとは一致しないバッティングに悩まされるのである。
その後、健一はさらに2試合で「一番・指名打者」で出場する。しかし、いい当たりは出るもののヒットにはならず。最後の打席でヒットは出たが、打ち損じたボテボテのゴロが三遊間の深いところに転がった内野安打。打者デビュー後、最初の3連戦は14打数1安打。フォアボールもなし。打率に直すと.071であった。
「そうですか。ヒットは内野安打だけですか」
その日の夜。杉山監督は自宅の書斎で平野コーチから電話で報告を受けていた。
「外野フライは全部定位置より後ろに飛んでますけど・・・最後の押し込みが足りないって感じです。それができれば長打になるんですが・・・・」
「変化球の見極めは?」
「ん~・・・まだ不十分です。やっぱりスライダーとかフォークとか、速い変化球にはまだ手を出してしまいます。カーブとかチェンジアップは下半身のタメで打ててますが」
「なるほど。まあ、初めにしては上出来でしょう。引き続き『無茶しない』ように、監視をお願いしますよ」
そう言って杉山監督は電話を切った。そして別の場所に電話をかけた。
「・・・・。ああ、もしもし。杉山です。明日の試合ですが・・・」
一日おいて、和歌山フェニックスの二軍は山口県に遠征していた。セ・リーグ広島の二軍と対戦するためだ。二軍は単純に西日本と東日本に分かれてリーグ戦を戦うため、セ・リーグとパ・リーグのチームが対戦することはままある。
「試合に先立ち、両チームのスターティングメンバーをご紹介します。先攻和歌山、一番、セカンド、中村。背番号8」
ウグイス嬢のアナウンスに、健一は首を傾げた。
(あれ?今日は一番じゃねえのか?)
話が違うじゃんと平野コーチにツッコもうとする。が、それ以上の驚きが待っていた。
「三番、レフト、橋本。背番号25。四番、指名打者、鈴木。背番号1」
「はあっ!?」
健一はそう叫んでスコアボードを見る。確かに自分の名前が四番に刻まれている。同時に健一は肩を叩かれる。振り向くと、桜井新助二軍監督がいた。
「杉山監督から頼まれたんだ。今日から四番を打ってもらう。打順に慣れながら、野手のスイングを身につけてくれとの事だ」
言うだけ言って桜井二軍監督は去った。
「やべぇ・・・こりゃマジでエンジン上げてかねえとな」
健一は頭をかいてぼやいた。