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ぬるま湯を劇的に変えるために・・・

「でも・・・でも、やっぱり納得できません!」

 健一が逡巡する傍らで、オーナーの美穂が声を上げる。

「鈴木君は、このチームの大黒柱です。決して怠けていたとか、エースという立場にふんぞり返っていたわけじゃありません。常に優勝を目指し、一生懸命にプレーしてきました。いわば、チームの模範です。そんな選手を怪我したからと言って打者にコンバートするなんてチームが壊れてしまいます!」

 杉山監督を信頼している美穂であるが、エースの打者転向はやはり眉唾ものである。むしろ、二つ返事で了承できるとしたらそれはそれで問題である。

「第一、四番には高橋選手がいるし、山下選手や竹内選手も経験はあります。今更鈴木君を四番打者に育てるメリットがあるんですか?それに、そういう選手たちの気持ちはどうなるんですか?内野手が外野手に回るような、普通のコンバートとはわけが違いすぎます」

 思いを口にするたびに不安が募り、美穂はどんどん杉山監督をまくし立てていく。それを杉山監督はうんうんと頷いている。そして、ひとしきり聞くと、杉山監督は頭を下げた。

「あなたの思い、本当にお熱い。それだけチームのことを考えてくれている人物がオーナーであることを、選手の皆さんはもっと知らねばなりませんね。・・・だからこそ、私はあなたに歓喜を知っていただきたい。これはその前の生みの苦しみです」

 その言葉に、杉山監督に撤回の意思がないことを全員が悟る。あとは健一の返事待ちの状態だ。

「責任は全て私が負います。といっても、あなたには少なからず火の粉が降りかかることになってしまいますが・・・」

「わかりました。元々、こんなチームといわれているところに来ていただきましたし、あなたを監督に招いたときから腹はくくってます。・・・よろしくお願いします」

 そう言って美穂は頭を下げた。


 とここで、立ち尽くして様子を見ているだけだった友里が聞いた。

「監督、ちょっといいですか?健一は普段からかなり体のケアに気を遣っています。それだけ肩を大事にしているのに、どうして痛めてしまったんですか?それに、どうして痛めていると思ったんですか?」

「あと、どうして健一がバッティングに未練があるって感じたんすか?俺はそれが知りたい」

 次いで大輔も自分の疑問をぶつけた。

「そうですね・・・。では、鈴木君の答えが出るまで、君たち二人の疑問をお答えしましょう。まずは田中君のからですね」

 杉山監督はとつとつと語り始めた。

「鈴木君が肩を壊していると感じたのは、彼のピッチングにあります。一言で言えば、常に“本当に”全力投球をしていたからです」

 いきなり健一を除く三人の頭にはハテナマークが浮かんだ。大輔が戸惑い気味にツッコむ。

「・・・普通、全力投球しません?」

「普通はね。ですが、いわゆる全力投球は、その人のポテンシャルの70%程度なんですよ?」

「70%!?全力でですか?」

 杉山監督の説明に、目を丸くしたのは友里。思わず声が上ずる。そんな彼女に苦笑しながら、大輔は杉山監督の解説を聞いていた。

「人間の身体には自己防衛機能リミッターがあります。自分のポテンシャルを100%発揮してしまうと、身体に大きな反動が返ってきて怪我をしてしまいます。それを防ぐために、70%に抑えるリミッターが存在するのですよ」

「てことは・・・、健一はそれが壊れてるってことですか?」

「ん〜・・・彼の場合は、簡単に火事場の馬鹿力を発揮できてしまいますから、少し近いですね」

 つまり、健一はケアに細心の注意を払っていたが、常にフルパワー状態の身体は回復しきれないでいたということだ。その結果、健一は肩に痛みを貯めていったのである。

「その状況下において、入団から毎年200イニング以上を投げてきたのは、たゆまぬ努力と類まれなる才能故です。おそらく、そんじょそこらレベルの選手なら、1年どころかキャンプすら持たないでしょう」

「それだけのピッチャーを、じゃあなんでバッターにするんですか。手術でも何でもして、肩のコンディションを取り戻すことに専念させれば・・・」

「いや、むしろ、手術をしたら最期。彼は二度と再起できないでしょう」

 大輔の質問に、杉山監督はバッサリと切り捨てる。その断言を、大輔はなんとなく理解できた。

「彼はとにかく責任感が強い人間。四面楚歌であってもチームを変えようとするでしょう。ですが、手術によって復活を目指す人間にとって、責任感はむしろ足かせ。遅々として成果の見えないリハビリに焦れてしまい、必ず自分勝手に許容範囲を広げてしまいます。『役に立ちたい』『チームの力になりたい』という、責任感に起因する思いに駆られ、かえって傷口を広げてしまいます。第一、こうして肩を痛めたことをごまかしているじゃないですか」

 杉山監督の説明を聞いて、その場にいた誰もが納得する。健一もまた納得してしまっている。

「で?その中で俺をバッターにしたいのはなんでなんすか?動機とか意図ぐらいは教えてくださいよ」

 今度は健一が切り出した。その表情は、この答え如何で打者転向の返事をするつもりだと言っていた。杉山監督はまずこう答えた。

「一つは、チームの自立の促進です」

「自立?」

「鈴木君はこのチームの大黒柱です。先頭に立ってトップクラスの成績を残し続けてきました。・・・それが、このチームにとって良くない方向に働いてしまいました。ま、早い話、君に『甘えていた』のです。それを排除することで、このチームに危機感を植え付けたいのです」

 ただ、それに対して友里が反論した。

「でも、そんなにうまく行きますか?ただでさえ普通じゃないことなのに、そう簡単にチームが成長するとは思えないんですけど・・・・」

「田中君の危惧は最もです。というか、ほぼ間違いなく混乱するでしょう。でも、このチームには鈴木君をはじめ、プロ意識の高い選手も何人かいます。あなた方3人や渡辺君に高橋君、投手で言えば木村君や吉田君、松本君がそうです。特に、鈴木君がピッチャーから外れることで、木村君は大化けする可能性があります。単純な才能なら木村君が上ですからね」

 その評価に、健一は少し眉をしかめる。確かに木村の才能は健一も一目置いていたが、『自分より上』と評価されるのは、正直面白くないからだ。

「あとは・・・これは私の感性ですが、鈴木君が最も『四番っぽいバッター』だったからですよ」

「「「・・・・?」」」

 この表現には、選手三人ともさすがに言葉が出ない。美穂もポカーンとしている。

「これは僕の経験値によるものです。帝国ガリバーズで選手だったころには『ミスタープロ野球』こと長城茂樹、東武ライジングスで監督をしていときには、大野健太という強打者がいました。私はその二人に近いものを鈴木君に感じました」

「そ、それだけ・・・ですか?」

「まあ、ここは技術云々を語ると長くなりますが・・・簡単に言ってしまえばそうです。まあ、楽しみにしていてください。では、鈴木君。解答をうかがいましょう」






 その懇親会の翌日。


 健一は、「登板機会なし」という理由で一軍登録を抹消された。



 健一の新たな戦いが始まったのであった。

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