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強引ですが元鞘に納めました

「えっ!?」

「げっ!!」



 時間を巻き戻す。試合が9回を迎えている頃、杉山監督に教えられた和歌山市内の寿司屋にて、健一と友里が鉢合わせ、互いに声を挙げた。


「・・・なんであんたがいるのよ」

「こっちの台詞だ!お前がいるなんて聞いてねえよ」

「こっちだって。急に誘われて。監督がやけに強引だったし」

 憮然とした表情でその場に立ったままの友里。健一も座るように催促こそしたものの、暴言への申し訳なさからか、目線はそらしたままだ。

 しばしの沈黙。耐えきれず口を開いたのは友里だった。

「あたし帰る」

「なんでだ」

「あんた見たら気分悪くなった。監督には体調崩したって言っといて」

「はあ?お前そりゃねえだろ。待てよおい」

 健一の制止も聞かず、友里は店を出ようと扉に手をかける。と、ほぼ同じタイミングで友里のスマホが鳴った。

「はいもしもし?」

『ああ田中君、店にはつきましたか?』

 やや不機嫌な口調でそれに出る友里。かけてきたのは杉山監督だった。友里は目を見開いて絶句する。

『ちょうど今試合が終わったところです。マスコミ対応が終わったぐらい・・・40分後ぐらいにはそちらに参りますので』

「え、あ、あの、監督。ちょっとわたし、体」

『オーナーと佐藤君も連れてそちらに向かいます。もうしばらく、待っていただけますか?』

「・・・・はあ・・」

『おや?聞こえてませんか?』

「あ、い、いえ。ばっちり聞こえてま」

『それは良かった。ではお待ちください。なるべく早く行けるよう善処しますので。では』

 電話はそこで切れる。友里は完全に帰るタイミングも口実も逸したのである。

「どうすんだ?」

 立ち尽くす友里に、健一は声を絞り出す。

「・・・とりあえず、呑む」

 そう言って、健一から3席離れて座った。


 杉山監督が店に現れたのは、それから宣言通り40分後だった。



「では、皆さん。お疲れ様です」

 カウンターに5人並び、中央に座った杉山監督が乾杯の音頭を取る。

「お疲れ様です!」

「かんぱ~い」

 威勢よく返事する大輔と、選手に囲まれたことでテンションが上がっているオーナーの新井美穂。

「・・・うす」

「・・・・・」

 気まずい時間を過ごした健一と友里はやや覇気のない返事。

「おや?どうしましたか。二人とも、元気がありませんね」

「あ、いや。ちょっと・・・」

 白々しく健一を気遣う杉山監督。健一はチラチラと友里を見ながら返事。一方友里は正面を向いたまま無言でビールを喉に流す。横顔からでも「監督のせいでしょ」という不機嫌な表情が分かる。大輔にはそれが面白く、苦笑をこらえていた。

(普段はすげえ好々爺で通ってんのに・・・杉山監督って意外とタヌキだな)

 一方、事情を知らない美穂は、友里の態度をとがめる。

「ちょっと田中さん!せっかく監督が誘ってくれたのに、その態度はないんじゃない?少しは・・・」

「いえいえオーナー、お気になさらず。気分のすぐれないところを無理やり誘い、断るタイミングを潰してきた私が悪いのですから。それに、お酒が入る前に、話に入ってしまいましょう。・・・鈴木君」

 その杉山監督の言葉に、健一は「『ドキッとする』ってこういうことなんだな・・・・」と思った。




「鈴木君・・・。自分の痛点を突かれてムキになったって言うのは理解できるけど、チームメートに言うことじゃないわよね。多分、私が田中さんの立場だったら同じような反応をしたでしょうね」

 腕組みしながら美穂は健一をとがめる。

「鈴木君。今回の発言については、同情の余地はありません。しかし、謝りたい気持ちがあるというのは殊勝です。ここでしっかり、はっきりと謝ってください」

「はい・・・。友里、悪かったな。・・・ごめん」

 席から立ち上がり、友里に対して健一は深々と頭を下げる。

「田中君。今回は彼の素直な気持ちと、私に免じて許してあげてください。もっとも、あなたも彼の本心は初めから理解しているでしょう。彼は素直に謝りました。あなたも素直に許してあげてください」

「・・・。わかりました」

 友里はため息を一つ吐き、あきらめたように口元に笑みを浮かべた。

「次言ったら承知しないからね」

「ちょ、オーナー、なんで言っちゃうんですか!?」

 だが、言おうとしたセリフは美穂が先に言ってしまい、友里は唖然とする。その様子に場が一気に和んだ。


「しかし、女の勘て恐ろしいっていうけど、友里のやつすげえな」

 しばらくして全員酒が入る。胸のつかえが降りた健一はそうつぶやく。

「まったくだな。もっとも、俺も一応気づいていたけど、確証がなかったしな。こないだの超省エネ投球にホイホイと頷いて確信したけどな。いくらなんでもあんなリードに従うなんて明らかにお前じゃない」

 大輔はそう言って三杯目のジョッキを飲み干す。 

「大輔にもばれてんだからもう観念しなさいよ。いくらエースだからって、庇ってるうちに肩が壊れちゃったら元も子もないんだから」

 酒の力を借りているせいか、あるいはこちらもすっきりしているのか、友里も饒舌になって健一をからかう。

「うるせ~なあ。このチームのエースは俺だぜ?ちょっと痛いぐらいで下がるわけにはいかねえんだよ」

 健一はもうやけになっている。その光景を美穂は微笑ましく見せている。


「監督、とりあえずよかったですね。これでわだかまりは解けたし、またシーズンに向けていいチーム状態になりそうですね」

 だが、杉山監督は眼鏡を光らせ、真顔で意外なことを口にした。

「いえオーナー。本番はむしろここからです」

「え?」

「悪い表現ですが、田中君と鈴木君のわだかまりは、この場を開く上でのとっかかり。前菜なのです。それに、今日私は大きな決断をすることになりそうですので、オーナーにはその立会人として来ていただいたのですよ」

「それはどういう・・・」

 尋ねる美穂に返事せず、杉山監督は立ち上がり、健一に近づいた。

「さて、宴もたけなわですが、鈴木君。今日の本題に入りますよ」

「ふぇ?」

 間抜けた返事をする健一。だが、次の一言に、健一の酔いはさめ、周りの人間は絶句した。



「鈴木君。君は・・・“何年前から”肩を痛めていますか?」


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