水面下で監督は動き、整えた
翌日の紀州ボールパーク。今日勝てば、他会場の結果次第で交流戦の優勝が決まるとあって、スタジアム周りには長蛇の列が生まれていた。この日が休日であることも一因だろうが、人の数が増えるのはチーム状態にも比例するものである。
一方で、グラウンドでは妙にピリピリした空気が漂っている。
「なあ、あの二人なんかあったのか?」
「さあな。あったんじゃんえのか」
打撃練習中、高橋の問いかけに、渡辺はそっけなく返す。
「なんか健一が爆弾踏んだみたいだな。友里ちゃんすげえ変なオーラ出してね?」
「さあな」
「・・・・お前、興味ねえの?」
「ない」
「健さんどうしたんすかね。な~んかずっとバツ悪そうっすね」
一方の投手陣。ジョギング中の木村が、並走する松本に声をかける。
「大方、彼女にまずいこと言って怒らせたんだろ。基本的に思考は単純だからな」
「まあ、女の人の扱いは絶対下手ですよね。あの人」
「あの・・・田中さん。今日はどうしたんですか?」
「何が?」
「いえ、ずいぶん怒ってるみたいですけど・・・」
「別に」
同じ女性選手である清水は、どうも気になってつい声をかけるが、友里の返答はそっけない。口ではそう言ったが、明らかに怒っている。
「あの・・・」
「ごめん純ちゃん。今日は放っておいてくれる」
なおも聞いてくる清水に一方的に言うと、友里は足早にベンチ裏に消えた。
「おや、田中君」
「・・・」
途中、声をかけてきた杉山監督にも目もくれず。友里はうつむいたまま無言ですれ違った。
「?」
普段なら一礼くらいするところ、グラウンドから離れることしか頭にないような雰囲気に、杉山監督はただただ首を傾げた。
「ふむ・・・おかしいですね。いつもならこの時間は打撃練習をしているはずですがねえ・・・」
そこに、同じようにうつむき加減で、さえない表情をした健一がやってきた。
「おやおや、鈴木君も渋い表情ですね」
「あ、監督。ども・・・」
「どうしたんですか?昨日の勝利投手が、浮かない顔をしていますねえ」
「いや、まあ、大したことないっしゅ。・・・はい」
ガッツリ噛んで、なおさら様子がおかしいことをさらした健一。足早に去ろうとする健一を、杉山監督は呼び止めた。
「鈴木君。今夜、一杯どうですか」
「え?」
「和歌山に来てから、行きつけにしている寿司屋があるんですが、よければいかがですか?まあ、無理強いはしませんが・・・」
そう言いながら、いつものような仏のような笑顔を見せ、断りづらい雰囲気を作る杉山監督。健一は気は進まなかったが、せっかくの誘いを断るだけの都合もなかった。
「ああ、ゴチになります・・・」
「そうですか。では、9時にこの店に行っておいてください。私は試合がありますから少し遅れます。先に呑んでいてくれて結構ですよ」
「本日も、和歌山フェニックスへのご声援、よろしくお願いいたします」
その後、ほどなくしてスタメン発表。その中に、友里の名前はなかった。しかも、その後のメンバー表交換で広島の尾形監督が、思わず杉山監督に聞き返した。
「あれ?杉山さん。これでいいんですか?」
「なにがです?」
「い、いえ。ベンチ入りメンバーの中に田中の名前がありませんので」
「それが何か。誰をベンチに控えさせるかは、私の自由ですよ。それに、あなたにとっていない方が都合がいいのではありませんか?」
にっこりと笑って返す杉山監督に、尾形監督は口をつぐんだ。
同じような反応は友里も見せた。
「えっ?今日私ベンチ外なんですか?」
「ええ。今日のあなたを見て決めました。打撃練習時間にも関わらず、途中で引き上げた上に私とすれ違っても気づかなかったでしょう。周りが見えないくらいコンディションが良くないのなら、使う必要はありませんしね」
「で、ですが、私は別に・・・」
「しかし、その様子では元気そうですね。よければ、今夜寿司でもつまみましょうか」
「は、はあ・・・」
戸惑う友里に構わず一方的に約束をとりつけた杉山監督。友里も渋々ながら了解したのであった。
試合は先発吉田が序盤から快調なピッチング。大輔の大胆なリードも手伝って、6回を1失点にまとめる。打線は四番高橋の二点タイムリー、八番近藤のスリーランなどで効率よく加点し、最後は山田、松本、高木のリレーで逃げ切った。
「お疲れ様でした。佐藤君」
「はい。ありがとうございます、監督」
試合を終え、杉山監督はベンチに引き揚げてきた大輔を出迎えた。
「早速ですか佐藤君。これから、寿司でもつまみに行きませんか。私が持ちますよ」
「ええ、いいんですか!?喜んで」
二つ返事をした大輔に、杉山監督は笑みを浮かべる。そして、周りを目をやって大輔を手招く。大輔は言われるままに杉山監督のそばに耳を出す。
「君は・・・鈴木君と田中君の様子がおかしい原因を知りませんか?」
杉山監督の質問に、大輔はこう答えた。
「・・・・一から十まで知ってます。俺、あの時偶然居合わせたんで」
「なら結構。では、着替えたら参りましょうか。あの二人も待っていますからね」