表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/34

水面下で監督は動き、整えた

 翌日の紀州ボールパーク。今日勝てば、他会場の結果次第で交流戦の優勝が決まるとあって、スタジアム周りには長蛇の列が生まれていた。この日が休日であることも一因だろうが、人の数が増えるのはチーム状態にも比例するものである。

 一方で、グラウンドでは妙にピリピリした空気が漂っている。



「なあ、あの二人なんかあったのか?」

「さあな。あったんじゃんえのか」

 打撃練習中、高橋の問いかけに、渡辺はそっけなく返す。

「なんか健一が爆弾踏んだみたいだな。友里ちゃんすげえ変なオーラ出してね?」

「さあな」

「・・・・お前、興味ねえの?」

「ない」



「健さんどうしたんすかね。な~んかずっとバツ悪そうっすね」

 一方の投手陣。ジョギング中の木村が、並走する松本に声をかける。

「大方、彼女にまずいこと言って怒らせたんだろ。基本的に思考は単純だからな」

「まあ、女の人の扱いは絶対下手ですよね。あの人」



「あの・・・田中さん。今日はどうしたんですか?」

「何が?」

「いえ、ずいぶん怒ってるみたいですけど・・・」

「別に」

 同じ女性選手である清水は、どうも気になってつい声をかけるが、友里の返答はそっけない。口ではそう言ったが、明らかに怒っている。

「あの・・・」

「ごめん純ちゃん。今日は放っておいてくれる」

 なおも聞いてくる清水に一方的に言うと、友里は足早にベンチ裏に消えた。

「おや、田中君」

「・・・」

 途中、声をかけてきた杉山監督にも目もくれず。友里はうつむいたまま無言ですれ違った。

「?」

 普段なら一礼くらいするところ、グラウンドから離れることしか頭にないような雰囲気に、杉山監督はただただ首を傾げた。

「ふむ・・・おかしいですね。いつもならこの時間は打撃練習をしているはずですがねえ・・・」


 そこに、同じようにうつむき加減で、さえない表情をした健一がやってきた。

「おやおや、鈴木君も渋い表情ですね」

「あ、監督。ども・・・」

「どうしたんですか?昨日の勝利投手が、浮かない顔をしていますねえ」

「いや、まあ、大したことないっしゅ。・・・はい」

 ガッツリ噛んで、なおさら様子がおかしいことをさらした健一。足早に去ろうとする健一を、杉山監督は呼び止めた。

「鈴木君。今夜、一杯どうですか」

「え?」

「和歌山に来てから、行きつけにしている寿司屋があるんですが、よければいかがですか?まあ、無理強いはしませんが・・・」

 そう言いながら、いつものような仏のような笑顔を見せ、断りづらい雰囲気を作る杉山監督。健一は気は進まなかったが、せっかくの誘いを断るだけの都合もなかった。

「ああ、ゴチになります・・・」

「そうですか。では、9時にこの店に行っておいてください。私は試合がありますから少し遅れます。先に呑んでいてくれて結構ですよ」





「本日も、和歌山フェニックスへのご声援、よろしくお願いいたします」

 その後、ほどなくしてスタメン発表。その中に、友里の名前はなかった。しかも、その後のメンバー表交換で広島の尾形監督が、思わず杉山監督に聞き返した。

「あれ?杉山さん。これでいいんですか?」

「なにがです?」

「い、いえ。ベンチ入りメンバーの中に田中の名前がありませんので」

「それが何か。誰をベンチに控えさせるかは、私の自由ですよ。それに、あなたにとっていない方が都合がいいのではありませんか?」

 にっこりと笑って返す杉山監督に、尾形監督は口をつぐんだ。

 同じような反応は友里も見せた。

「えっ?今日私ベンチ外なんですか?」

「ええ。今日のあなたを見て決めました。打撃練習時間にも関わらず、途中で引き上げた上に私とすれ違っても気づかなかったでしょう。周りが見えないくらいコンディションが良くないのなら、使う必要はありませんしね」

「で、ですが、私は別に・・・」

「しかし、その様子では元気そうですね。よければ、今夜寿司でもつまみましょうか」

「は、はあ・・・」

 戸惑う友里に構わず一方的に約束をとりつけた杉山監督。友里も渋々ながら了解したのであった。


 試合は先発吉田が序盤から快調なピッチング。大輔の大胆なリードも手伝って、6回を1失点にまとめる。打線は四番高橋の二点タイムリー、八番近藤のスリーランなどで効率よく加点し、最後は山田、松本、高木のリレーで逃げ切った。

「お疲れ様でした。佐藤君」

「はい。ありがとうございます、監督」

 試合を終え、杉山監督はベンチに引き揚げてきた大輔を出迎えた。

「早速ですか佐藤君。これから、寿司でもつまみに行きませんか。私が持ちますよ」

「ええ、いいんですか!?喜んで」

 二つ返事をした大輔に、杉山監督は笑みを浮かべる。そして、周りを目をやって大輔を手招く。大輔は言われるままに杉山監督のそばに耳を出す。

「君は・・・鈴木君と田中君の様子がおかしい原因を知りませんか?」

 杉山監督の質問に、大輔はこう答えた。



「・・・・一から十まで知ってます。俺、あの時偶然居合わせたんで」

「なら結構。では、着替えたら参りましょうか。あの二人も待っていますからね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ