ぶつかりあい
あれから一週間後、紀州ボールパークで行われた広島カブスとの試合、そのマウンドに健一は上がり、友里はセカンドの守備についた。
あの日、健一は最後まではぐらかしたが、友里は疑念を払拭できないでいた。尚も問い詰めてスッキリしたかったが、健一がよそよそしい態度をとって距離をとるようになったため、晴れるどころかむしろ深まった。
(もう・・・分かりやすいんだから。なんでそこまで無理するのよ)
そう心の中で呆れながら、試合はしっかり集中している。今も一二塁間を破ろうかというゴロをスライディングキャッチ。そのままグラブからボールを掻き出すようなスナップスローでアウトにした。
「相変わらず軽快だな。お前ホントに女なのかよ」
「女だから無駄な動きを減らして、少ない動作で済む方法を磨いただけよ」
「すっかりウチの内野に欠かせない選手になっちまったな。今日は楽できるな、健一」
「・・・ん、ああ・・・」
唖然とするファーストの高橋に、友里はニヤリと笑ってみせる。ただ、健一は友里を見やりはしたが、声をかけることなくベンチに戻っていった。健一の無愛想な様子に、高橋は首を傾げた。
「なんだあいつ。やけにそっけねえな」
「・・・」
明らかに自分を避けている健一に、友里も口をつぐんでしまった。この態度が、ますます友里に不信感を持たせていた。
ただ、健一の投球スタイルの変化は、意外なほど誰も気づかない。この日健一は、とにかく省エネ投球を徹底。大輔との呼吸もぴったりだったため、「今日はずいぶん違うな」という第一声こそあれ、「でもこれでも勝てるのはさすがだな」という声が続いた。
当然、守っている時間も少ないために、打線も活発に打ちまくる。
渡辺や高橋、そして代打で登場した竹内がアーチをかけるなど17安打11得点の猛攻。健一は8回をホームランの1本に抑え、最後は点差が開いていることもあって青木が試合を締めた。
「ちょっと待ちなさいよ」
「うるせーな。しつこいぞお前」
球場から引き揚げる時、友里は健一を追いかけ左手を掴もうとし、健一はいらだってそれを振り払った。
「今日のピッチング、やけに省エネだったじゃない。あんたやっぱり肩痛めてない?」
「たまにはこういうのもするってだけだ。証拠もねえのにでたらめぬかすな!」
「じゃあなんであたしを避けるの?もっと面と向かって言いなさいよ!」
似た者同士のせいか、次第に二人の口調はヒートアップ。だんだん言葉が乱暴になっていく。
「エースピッチャーのくせに自己管理もできないの!?少しは自分の身体を大事にしたらどうなの!!」
「俺の肩は俺が一番分かってんだ!!やっと優勝できるチームになってきたんだ。多少無理してでも投げ続けるのがエースってもんなんだよ!!」
「でも・・・!!」
「うるせえっ!女のくせに俺の野球に口出しすんじゃねえっ!!!」
あまりにもくらいついてくる友里に対して、堪忍袋の緒が切れた健一は激昂。突っぱねるように言い放った。次第に友里の表情が曇っていくが、健一は友里が浮かべた涙にはっと我に返った。同じようにプロの世界で野球をする仲間に対して、言ってはいけない言葉を言ってしまったことに気付いたからだ。
「・・・・わ、悪い。今のは、・・・言いすぎた。すまねえ」
「・・・・・」
謝罪の言葉を絞りだした健一だが、うつむいたまま返事をしない友里。健一がもう一度謝ろうとしたときに、友里は顔をあげる。眼を据わらせ、呆れたように笑いながら吐き捨てた。
「・・・もう知らない。無茶して肩壊しちゃえば!!」
友里はそのまま走り去っていった。後に残った健一は、ばつ悪そうに頭をかいた。
「あいつの勘ってのはすげえな」
健一の手は自然に右肩をさすっていた。