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帰ってきた奇人

 交流戦も折り返しに入り、パリーグの首位、さらに交流戦でも3位につける和歌山フェニックス。

 投打ともに好調を維持するチームにあって、ちょっとした選手の入れ替え。投手では先発ローテで3連敗中の井上が再調整のため抹消。代わりに二軍から木村の同期である山口という右ピッチャーが昇格した。切れ味鋭いシュートと落差のあるチェンジアップを操るリリーフ投手である。

 また野手では主に六番を打っていた橋本が、横浜との試合で死球を喰らい右手首を負傷。治療のため抹消された。代わりに『奇人』と名高いスイッチヒッターが昇格してきたのであった。






「いよ~高橋、久しぶりだね~ずいぶん四番らしくなってきたじゃねえか」

「やっと戻ってきたんすか。オープン戦で野次られたんじゃやらないわけにはいかないでしょうが」

「あれ?気づいてた」

「あとでね」

(詳しくは「大振りと大きいスイングの違い」を参照)

「いよ〜山下。なんか生意気にスタメン張ってるみたいだなぁ」

「あ、お久しぶりです」

「守備の練習もっとしとけよ〜?なにせ今シーズンはもう指名打者は空かねえからさ」

「そうっすか?負けねえっすよ」

 この日、紀州ボールパークにてセリーグの中京ドラグーンズを迎え撃つべく、試合前練習をするフェニックスの面々。昇格してきたスイッチヒッターは一軍選手面々と楽しげに会話していた。





 見慣れない選手が、いろいろと野手たちとコミュニケーションをとっているのを、外野から眺めていた清水はまずそれがどういう人なのかがわかっていなかった。

「ねえ鈴木さん、今度一軍に上がってきたあの人って誰なんですか?」

「ああ・・・伊藤誠いとう・まことっていうすげえバッター・・・・である以上に超がつくほどの変態だ」

「へ、変態!?」

「ま、とりあえず無警戒で近づくな。100%胸つかんでくるぞ」

「む、胸ですか・・・」

健一の説明に清水はただただ戸惑ったが、そのやり取りの最中に事件が起きる。友里の打撃練習中のときだ。




「ん~・・・いいおしりだねえ」


「ほほう・・・うなじもなかなかセクシーだな」


「おほほ。すげえ美人。今時の女子アナにもこんなチャンネーはいねえや」


 ゲージの後ろから聞こえている伊藤のセクハラトーク。友里は気にしないそぶりを見せたが、視線だけでなく言葉もあるので相当集中力がそがれる。そろそろ注意しようと思った矢先だった。

「ぅわお、なかなかマシュマロバストだねえ~」

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 なんと伊藤が突然ゲージに乱入し、背後から友里の胸を鷲掴み。そしてがっちりと揉んだ。

 球場内に、それはそれは大きな絶叫が響き、友里が反射的にはなった裏拳が伊藤の鳩尾みぞおちを捉え、「お~ぅ・・・モウレツぅ~」と恍惚の笑みを浮かべながら伊藤はゲージの外に叩きだされた。


「なあ大輔よ。信じられるか、こんなセクハラ野郎が・・・」

「ああ・・・。生涯打率3割3部越えの日本記録保持者だとは・・・思えねえな」

 一部始終をゲージ裏から見ていた渡辺と大輔は唖然としていた。一方、外野でそれを見ていた健一は「ああ、やっぱやったか」と予想通りという表情でつぶやき、清水はただただ「なななな何があったんですか!?今!?え、え、え?」とパニくっていた。





「え~・・・大体事の顛末は伺いました。伊藤君、少しは慎みなさい。そもそも選手である前に、田中君は女性ですよ。女性に対してセクハラなんてもってのほかですよ」

「いや~・・・男だらけのグラウンドに女がいるってだけでテンションアゲアゲでしてねえ」

 騒ぎを聞きつけ(というか監督室にまで友里の悲鳴が聞こえてきた)グラウンドにやってきた杉山監督は、伊藤を諭すようにとがめた。それに対して悪びれなく言い訳する伊藤。友里の怒りは収まらない。

「監督っ!!!この変態オヤジを即刻降格してくださいよっ!!!つーかなんでいままで首になってないんですかぁっ!!」

 かなり取り乱している友里はまくし立てるように抗議。友里にとって、こんな痴漢男が自分の指名打者の座を奪うというのなら言語道断である。

「ふむ・・・。ではせめて、野球の実力だけでも見せなさい。田中君だけでなく、他の新人選手もあなたには嫌悪感しか抱いてないでしょう」

 言われて伊藤は周りを見る。確かに周囲の視線は失望の色しかない。

「へ~い。そんじゃ、話題のナックル嬢ちゃんに、俺のバット捌きを見せましょうか。おっと、ベッドでのバットじゃねえぜ~」

 懲りずに下ネタを言い放ち、ドヤ顔で親指を立てる伊藤に友里がマスコットバットを両手に持って襲い掛かろうとしたが、健一と山下が静止した。




 急に呼び出された格好になる清水は状況をもう一つ呑みこめなかったが、とりあえず一打席勝負という事でマウンドに立ち、大輔がキャッチャーを務める。

「テレビで見てたけど、なかなかいいナックル放るんだってねえ彼女。頼むぜ若いの」

「じゃ、お手並み拝見ですね。・・・つーかちょっとは落ち着いたらどうっすか。ボックスでつっちゃかつっちゃかせわしない」

 大輔はそう言って清水にサインを出し、ナックルを投げさせる。左打席の伊藤はそのまま右足を大きく上げ、上半身からツッコミ大根切りのようなスイング。最後はバレリーナのような格好で無様な空振りを見せた。

「おっほ~いいナックルじゃん」

 突っ伏して清水のナックルの感想を呟く伊藤に、大輔は戸惑っていた。

「あ、あんたふざけてんのか?とてもじゃねえけどプロ野球選手のスイングじゃねえぜ」

「だから俺は『奇人』なんだよ。・・・ほんとはもっと曲がるんだろ?」

 目の色が変わった伊藤に、大輔は一瞬殺気に近いものを感じた。

(ただの変態じゃねえんだな・・・あえて三本指で行ったけど見抜いたか・・・)

 伊藤の放つオーラに清水も呑まれる。

(この人に全力で行かないと・・・)


 伊藤の、打者としてのオーラを感じ取った周囲も息をのむ中、清水は切り札の四本指ナックルを応じる。さらに変化するボール。だが、伊藤は足を上げたまま一向にバットを振る気配がない。見送るのか、と思った瞬間だった。

「これ最後だな」

 一瞬何かをささやくと、一気に踏み込むとさっきのような大根切りでボールを捉え、外野フェンスに直撃させて見せた。

「ん~・・・あれが関の山だな」

「あ、あんた。さっき言ったのって」

「あ~聞こえてた?ま、打てないことないわ。とりあえず、俺が味方でよかっただろ?お嬢ちゃん」

 大輔に構わず清水にウインクする伊藤は、そのままロッカールームに消えていった。

「純ちゃんのナックルを・・・あんな簡単に?」

 同じように戸惑う友里。健一が改めて伊藤のすごさを話す。

「あの変態は、とりあえず一度見たボールの軌道をほぼ完ぺきに覚える。俺も新人の時に、カーブを二回目で持ってかれたぜ。バックスクリーンに」

「あんたのカーブを?」

「とりあえず、変化球で抑えるのは不可能に近い人だぜ。日米野球で来たナックルボーラーは全員あの人の餌食になったしな」

「とりあえず、バッターとしてはすごいのね。人間として最低だけど」

「ところでよ・・・。そんなにやわらかいのか?お前の胸」


 最後の最後で天然発言の健一の鳩尾に、会心の肘鉄が入ったのは言うまでもない。

伊藤誠 6 内野手 右投げ両打ち

 通算打率3割3分1厘の日本記録を保持するアベレージヒッターであり、あらゆる遠征先に現地妻を持つといわれるプレイボーイ。昨年末に痛めた腰の治療のため春季キャンプから調整していたがこの度一軍に復帰。「打てない変化球は存在しない」といわれるほどの打撃センスを持つ大打者だが、上記のうわさから尊敬はされない。また独特すぎる(金城以上に忙しなく動く打撃フォーム)打撃センスも相まって「日本一子供のためにならない野球選手」と言われて久しい。

 ちなみに妻子持ち。3男2女の子だくさん。

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