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充実しているようでそうでもない投手陣

セリフがあり、結構それなりのポジションを占める選手は、随時あとがきで名鑑を書いていきます。

※2015年1月30日をもって、田中の名前を薫から友里に改名しました。

 あっと言う間に年が明け、2月1日のキャンプインの日。パリーグの和歌山フェニックスも、沖縄の宮古島でそれを始めていた。


 この時期はプロ野球選手にとって、資本である身体を一年間戦えるように仕上げる大事な一ヶ月。主力、ベテランは心技体を整え、新人や若手は一軍でプレーするために猛アピールをかます。

 初日というのに、アピールが必要とされる面々はすでにプルペンで投げ始めている。そんな投手たちを、エースである健一はあきれていた。

「キムよ。あの連中はピークを間違えてねえか?まだ2月だぜ。なんであんなに投げる。これじゃキャンプのブルペンで投げるために自主トレしてるようなもんじゃねえか」

 球場の外野でランニング中、健一にそう声をかけられた2つ下の後輩、木村翔太は苦笑混じりに返した。

「まあ、人それぞれじゃないですか?早い段階で投げとけばコーチだけじゃなくてマスコミにもアピールできますし」

「アピールしなきゃいけねえのはシーズン中だろ?結局春でつぶれてシーズン後半に使えなくなんだよ。学習能力がねえよ」

「確かに・・・。健一さんみたいに一年間働く人って、誰も初日から入りませんからね」

「そんな俺達をマスコミは『自己流』だとか『余裕』だとか言って、生半可な野球バカがそれを鵜呑みにすんだ。シーズン怪我したくないから走り込んでんのによ」

「そうっすね。肩は特に僕らの商売道具ですからねえ」

 健一のボヤキを全肯定するように、木村はうんうんと頷いた。

 木村は健一と同じく甲子園でも活躍し、プロ野球のエースナンバーとされる背番号18を背負い、フェニックスにおいても3年目の若手ながら先発ローテーションの一角を担う。健一とは野球観が合うのか、何かと一緒にいることが多い。「腰巾着」と揶揄する声もあるが、すきあらばエースの座をくすねてやろうと虎視眈々としている。だからこそ健一もその座を守ろうと結果を残しているのである。

 その二人は、基本的にキャンプ前半はランニングと遠投を軸としたメニューをこなし、身体作りに専念している。ニュースで使う画の為に、広報部の圧力を受けたコーチにブルペン入りを強要されても応じはしなかった(それでもルーキーの年は渋々従ったが)。キャンプで無理をしないためにシーズンを万全に過ごすことができるのだ。

「にしても健一さん。今年きた新しいコーチは何も言いませんね」

「ああ。菅原さん・・・だっけ?俺達のやり方を認めてくれてるのか、めんどくさいのか。実際どっちなんだろか」

 そう言って二人は、球場のファールゾーンでパイプ椅子に座る菅原コーチを見る。と、その様子がおかしいことに気づいた。

 腕組みし、帽子を深くかぶり、うつむいたまま微動だにしていない。そして今、ガクっと頭がぐらついた。

「あれ、寝てるよな」

「寝てますね」

「ちょっと起こすか」

 そう呟くと、健一は足元に転がっていたボールを拾うと、コーチ目掛けて投げつけた。

「えっ、ちょ、健一さん何を」

 木村は慌てたが、健一はコーチではなくその横。フェンスのラバーに150キロ近いストレートをぶつけた。ラバーは「ボゴォンっ!!」と大きな音を立てた。


「わわわわわっ!!」


 音に驚いた菅原コーチは、慌てふためいた挙げ句、ドンガラガッシャンとずっこけた。あまりにも絵に描いたような反応に、健一はあっけにとられるだけだった。


 杉山監督が就任するにあたり、コーチ陣も刷新された。一軍の投手は菅原、久保の両新コーチが担当。菅原は起用法の進言、久保はブルペンの管理を担う。菅原は情けない姿をさらしたのだが、ブルペンでは久保コーチが早速仕事をしていた。


「はい井上と小川あがり〜」

 カウンターを片手に三つ持ちながら、久保コーチは投げ込んでいた井上と小川に命じる。しかし、二人は不満をあらわにした。

「ええ?もう終わりですか?」

「まだ50も投げてないですよ!」

 だが久保コーチはにべもなく返した。

「初っぱなからそんなに投げる意味ないだろ。ブルペンの練習なんか自己満足しかないんだから」

「でも、俺達は今までこれでやってきたんすよ?なんか調子狂います」

 なおも小川は反論するが、

「じゃあ実際シーズンで結果だしたか?」

 と言われると、何も言えなくなった。

「ピッチャーにとって肩は心臓なんだ。もっと大事に使っとけ。大事なのは実戦での結果だ。ブルペンで一万投げても最多勝は約束されないんだから」


 それに例年のようにマスコミにアピールしようにも、肝心のそれが今年はあまりブルペンにいない。

 なぜなら全ての耳目は、今バッティング練習をしている背番号4に集まっていたのだ。


 カッ!


 心地よい打球音を残して、ボールは鋭いライナーで外野のフェンス近くまで飛ぶ。それどころか、決して狭くない球場の外野スタンドまで何球か届いている。フェンスに当たるかスタンドに入るかすると、その度にゲージの後ろでカメラを構える男たちがざわめく。


 何せ打球を放っているのが初の女性選手、田中友里だからだ。


「次、ラストお願いします!」

 ハキハキした声でバッティングピッチャーにそう告げた友里は、左打席でバットを構え直す。ピッチャーのタイミングに合わせて右足を上げ、90センチ近い長いバットをコンパクトなスイングで振り抜き、ボールを捉える。最後の一球はスタンドに届いた。

「ほほう・・・なかなかどうして、彼女は女子の世界では収まりきらなかったようですね」

 見守っていた杉山監督は、素直に目を細めて感嘆としていた。これだけ間近で彼女のバッティングを見たのは初めてで、それが予想を越える程の完成度だったのである。

「バッティングの肝である腰の動きが完璧です。それにリスト(手首)も強くて柔らかい。これほどのバッターはそうそう目にかかれませんよ!」

 若き打撃コーチ平野は、友里の技術に完全に心酔。ヘッドコーチの増田も昔を懐かしみながら語る。

「我々がライジングスを率いていた頃の、大野を彷彿とさせますなあ。やつも高卒上がりにしてはなかなかの逸材でしたがねえ」

「これこれ二人とも。あまり彼女ばかり誉めるものではありませんよ。今年のルーキーは他にも実力者がいるのですからね」

 杉山監督が言うように、今年の新人はとかくバッティングに秀でている。渡辺も左打席からスタンドインを連発し、佐藤大輔も右の強打者として鳴らした前評判をきっちり発揮している。

 その中で、杉山監督は平野コーチに聞いた。


「ところで君に聞きたいのですが、彼をどう思いますか」

 そう言って指さしたのは、背番号10のバッターだった。広角に鋭いヒット性の打球を打ち分けているが、どうももうひとつ迫力がない。技術こそあるものの、それを十分発揮できていないといった印象だ。

「当てるのは確かに巧い。でもそれがむしろ本来の良さを消しているような印象がありますね」

 バッターの名前はデニス加藤。日系三世のアメリカ人で、フェニックスのいわゆる「助っ人外国人」である。2年連続打率3割をマークしたメジャーの好打者という触れ込みで入団したものの、来日してからの2年間はもう一つパッとしない。あらゆる変化球を捉えられるミート技術より、速球に力負けする場面のほうが日本では目立ち、俊足強肩の外野守備で戦力となっているが、3年契約が切れる今シーズンは結果が望まれている。

「メジャーは日本よりも力任せなピッチャーが多いのだから、非力な選手が生き残れるわけがない。居残っているのならそれなりに力はあるはずですからね」

「では、彼の良さを引き出してください。彼の外野守備は広い紀州ボールパークでは重要な戦力ですからね」

「わかりました」

「しかし、バッター陣はある程度めどが立ちますが・・・。果たしてピッチャー陣は戦力となれるのでしょうかねえ」

 遠い目をしながら、杉山監督はつぶやいた。

 就任してからピッチャーたちを多く見てきたが、戦力として星勘定のめどが立つ投手とそうでない投手との格差があまりにも激しかった。

「鈴木、木村、そしてベテラン左腕の吉田、あとはリリーフエースの松本君。この4人だけではねえ」

 顎をさすりながら杉山監督はつぶやく。


 そして杉山監督の心配事は、球界初の女性オーナーとして話題の新井オーナーが視察に来た日、嫌な形で露見した。

 この日、主にルーキーら若手選手を相手に、昨年の一軍で投げたピッチャーたちが投げたのだが、その結果は惨憺たるものだった。

「大輔よ。お前もだいぶめんどくさいチームに入ったな。B級、いやC級ピッチャーで勝たなきゃダメなんだからよ」

「ナベ・・・さすがにそれは言い過ぎだろうよ」

 井上、小川と昨年30試合以上に投げた2人のピッチャーを相手に15打数9安打4ホーマーと打ちまくってご満悦の渡辺は、大輔にそう冷やかした。

「しかし、あれが中堅格じゃ12球団ワーストのチーム防御率も頷けるぜ。ま、俺のバットで勝たせるしかねえよな」

「おいおい。『俺の』とは言ってくれるじゃねえか新人さんよ」

 その渡辺に対して、高橋は敵意むき出しで声をかけてきた。

「チームを勝たせるのは四番打者の『俺の』バットだ。図に乗るなよ?引き立て役が」

「チーム打率も12球団ワーストの貧打線のなか、ベストナインを取るほど奮闘しているのは分かるが、所詮は最下位チームの四番打者。どっちが引き立て役か、シーズンが始まったら教えてやるぜ」

 嘲笑を浮かべながら背を向け、ひらひらと手を振って高橋をあしらう渡辺。だが、その表情はすぐに怒りの表情に変わった。

(なんてポンコツチームだよ。どっちにしろ俺が勝たせるしかねえな)

 高校、大学と名門のエリートコースを進み「勝って当たり前」の世界で生きてきた渡辺にとって、この体たらくは腹立たしかった。何より、新人に打ち込まれたにもかかわらず「何で打たれるんだろうなあ」という弛緩した雰囲気を醸し出すピッチャーたちが、見ていてむかついたのだ。

 そんな渡辺の心境を知る由もない高橋は、こちらも怒り心頭といった表情で打席に立つ。

「あの野郎・・・ちょっと大学で活躍したからって浮かれやがって。どっちが四番にふさわしいか見せつけてやるぜっ!!」

 そう言って打撃練習を始めた高橋。16打数9三振7場外弾と、いいのか悪いのか微妙な数字に終わっていた。




「でえぃ!!」

 キャンプ終盤。エースである健一は捕手を座らせての本格的なピッチング練習に入っていた。受けるのは、4年ぶりに再会した恋女房、大輔だった。健一に頼まれ、大輔はピッチャーがキャンプの仕上げに行う「特投げ」に付き合っているのである。

「ラスト、ストレート!」

 そう叫びながら健一が投じた150球目。唸りを挙げて大輔のミットに収まった。


「うし、お疲れ。やっぱプロで4年も投げてりゃ違うな」

「あたりめーだ。大学でのんびりしてたオメーとは違うんだよ」

「はは、言うな」

 健一と大輔は、ボーイズリーグの頃からバッテリーを組む間柄で、特に大輔は健一の事が手に取るようにわかる。そして高校時代からの進化を実感していた。

「さすがに球種は増やしたな。ストレートとカーブだけじゃプロは通じなかったか」

「ばか言え。新人王はその2つだけで獲ったようなもんだ。それにツーシームとチェンジアップも基本使わねえよ。俺にはストレートとカーブがありゃ十分だ」

「まあ確かに、それぐらいいいもんな。お前のストレートとカーブは」

「で、お前から見てうちってどうなんだ?俺以外のピッチャーも受けたんだろ?」

 健一にそう聞かれると、大輔は首をかしげて唸った。

「そうだな。まあ木村と吉田さんはさすがだな。コントロールも良くて球種も多いし、『今時の先発投手』って感じだったな。確かにお前とあの二人がいたらそうそう最下位にはならねえわな」

「他は?」

「そうだな・・・松本さんは、いいっつうよりすげえ。身体小さいのにあんなキレて重いボール投げてさ。決め球の高速スライダーもいい。さすがストッパーだなと感心しちまったよ」

「その三人は誰が見てもいいのはわかんだよ。他にもいねえのかよ」

 じれったそうな健一の物言いを、大輔はむしろ楽しんでいた。健一が言ってほしい選手を、大輔は分かっていたからだ。

「わかってるよ。高木って言ってほしいんだろ?確かにあいつはお前ばりにすげえよ」

「だろ?あいつは絶対使えるピッチャーだぜ。ただなぁ・・・」

 一度明るくなった健一の表情は、すぐさまため息混じりに暗くなる。

 健一が持ち上げたピッチャー、高木宣久は健一と同い年、木村と同期入団の長身右腕である。

 即戦力の高卒社会人投手として逆指名で入団したのだが、過去2年間、いずれのシーズンも一軍では防御率が二桁と散々で、ファンの間では早くも「不良債権」と罵られている。

 2メートル近い長身とリーチの長い腕から投げ下ろしてくるストレートは迫力があり、フォークとパームの落差も一級品で、奪三振力が求められる抑え向きのピッチャーだ。ただ、図体に反比例して気が弱く、考え込んでしまう性格のため、一度打たれ出すと止まらない炎上要素もあり、敗戦処理にマウンドに上がっては残り火に油と酸素を注ぐピッチングが続いている。


「あいつはうちのだらしないリリーフ陣を立て直す切り札になれる。松本さんばっかに助けられてちゃいつまでたっても成長できねえ。なんとかあいつを出世させてえ」

「そう意気込むけどよ健一。お前はコーチじゃねえんだ。まずは自分じゃねえか?」

「そうだけどよ、うちが優勝するにゃそういうピッチャーがいるってことが大事なんだ。お前だって頼むぜ?さっさと正捕手になって、プロ野球でも優勝するぞ」

「分かったよ。ま、オープン戦、お互い頑張ろうぜ」


18 木村翔太きむら・しょうた 投手 右投げ右打ち 180センチ75キロ

 140キロ後半のストレートを軸に、スライダー、カーブ、シンカーを操る技巧派。フェニックスでは健一に次ぐ実力を持つ先発投手。年間与四死球数、暴投数は健一よりも少ないほどコントロールがいい。一方で被本塁打数は2年連続でリーグワースト。2年連続で9勝どまりの遠因となっている。

昨年成績 28試合9勝12敗 防御率3.66 奪三振126

防御率リーグ9位


4 田中友里たなか・ゆり 内野手 右投げ左打ち 179センチ60キロ

 女子プロ野球史上最強打者の触れ込みで入団した、プロ野球史上初の女性選手。高校卒業後女子プロに入り、4年連続で首位打者。打点王も2回。通算15本塁打をはじめ、女子プロ界の長打系の記録を多数保持。女性ながらやたら長打が多いのは、90センチかいバットの遠心力をフル活用しているから。


5 渡辺和真わたなべ・かずま 外野手 右投げ左打ち 182センチ80キロ

 逆指名で入団した即戦力ルーキー。本来はショートだが杉山監督の方針で外野にコンバートされる。走攻守全てにおいて別次元の才能を有し、多くの専門誌で「四冠王(首位打者、本塁打王、打点王、盗塁王)を狙えるただ一人のバッター」という賛辞がやまない。勝ちに対する意識が高く、チームに蔓延している負け犬根性に早くもイラついている。


2 佐藤大輔さとう・だいすけ 捕手 右投げ右打ち 180センチ84キロ

 強肩強打の即戦力捕手。前評判は「そのチーム捕手事情を10年は安泰にできる」というくらい。健一とは甲子園だけでなく子供のころからバッテリーを組んだ幼なじみ。左打者の多いチームにあって貴重な右の長距離砲としての期待もかかっている。

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[気になる点] >ゲージの後ろで 籠を意味するCageに由来するので、ケージです。
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