リーグへの挨拶代わり
「フェニックス、選手の交代をお知らせいたします。レフトの高橋がファースト。ファーストの田中がセカンド、セカンドの近藤がサード。サードの山下に代わり、松田が入りライト。ライトの渡辺がセンター。センター森に代わり、高木が入りピッチャー。指名打者の加藤がレフトに入ります。一番、センター、渡辺。二番、セカンド、田中。四番、ファースト、高橋。五番、レフト、加藤。六番、ライト、松田。背番号、48。七番、サード、近藤。九番、ピッチャー、高木。背番号、70。以上に代わります」
※ようはこうなった。
中 渡辺
二 田中
捕 佐藤
一 高橋
左 加藤
右 松田
三 近藤
遊 山本
投 高木
「ウグイス嬢マジ大変でしたね」
九回表の始まる前、ウグイス嬢の長いアナウンスをブルペンで聞いていた木村は、健一にそうぼやいた。
「高橋さんファーストに戻すのは分かるけど、なんで田中さんがセカンドなんすかね」
「もともとセカンドらしいからな。正直なところ、あいつのバッティングは使える。タカに外野やらすのと一緒で、友里が本来のセカンドでの守備が、男だらけの世界で使えるかって試してえんだろ監督は」
「試すの好きっすねあの監督」
「チームを改革できるかどうかってのは、本人なりの確信がなきゃできねえってことだ。うちみたいになまじ最下位に落ちてないから、覚悟程度で改革できるほど甘くねえ。結局チームを代える旗頭は監督だからな」
「ケンさん、なんかウン十年野球やってるベテランみたいっすね。老けるっすよ?そんなセリフ言ってると」
「うるせ」
「ふ~」
投球練習を終えて一息つく高木。表情からは緊張が見て取れる。
「緊張するよな、初めての大役だから」
大輔がからかうように声をかけ、高木も自虐的につぶやいた。
「つーか『俺なんかでいいのかな』っていまだに思ってるよ。周りのみんなは期待してんのにさ・・・」
「あ?俺は期待してねえよ」
「へ?」
大輔の言葉の意味が分からず高木は間抜けた声で返事する。だが大輔は肩を組んで小突いた。
「『期待する』ってのは俺は失礼な話だって思ってんだ。100パーできる人間に『いい結果に転がってください』なんて期待するなんてさ」
「100パーって・・・」
「キャッチャーてのはそう思わねえとやってけねえんだ。そうじゃねえとてめえの尻に火が付かねえだろ」
高木の顔つきが変わる。大輔がニヤリとする。
「いいツラだ。頼むぜ、新守護神さんよ」
「おう」
「九回の表、エクスポズの攻撃は、二番、鶴見に代わりまして、軽井沢。バッターは、軽井沢。背番号00」
最終回、上位打線から始まるエクスポズは、先頭打者に代打を送ってきた。送られてきた代打、軽井沢鉄浩は、右の代打の切り札。代打一筋に18年もプロでプレーする異彩を放つバッターだ。
(出た。『代打の大将』何つーか変な雰囲気あんな)
のっしのっしとやってくる軽井沢に、大輔はどうしても目が離せない。ずんぐりむっくりとした体形。丸出しのストッキング。昭和の映像からそのまま飛び出てきたかのような古臭い風貌。
「何や坊主。ワシに惚れとんのか?さっきからじろじろ見よって」
「いや別に。なんか・・・草野球のおっさんみたいだなと思ってたけど、腹見なきゃ顔は若干イケメンなんすね」
「フフン。なかなか口の達者な奴や。ほめたるで」
「どうも」
その時、笑い返してきた軽井沢の眼を見て、大輔は気を引き締めた。もう彼は勝負の世界に入っていた。初球から打ってくる。
(決して力のないバッターじゃない。ここのスタンドに放り込むくらいはできるだろ。・・・並の球ならばの話だがね)
大輔はストレートのサインを出し、ど真ん中に構えた。高木もまた力強く頷く。その時の目つきは「俺のストレートは少々のことで打たれはしない」というメッセージがこもっていた。
そして高木は振りかぶり、初球攻撃が信条の代打屋に、渾身のストレートを投じる。モーションに合わせてスイングを始めた軽井沢は、高木の右手から放たれたストレートに驚愕。ど真ん中のはずなのに、バットは空を切った。
(なんじゃ今のストレート・・・。えらいうねり上げてたで?)
二球目。またもストレート、そしてまたもど真ん中。
(空振りしたからか?なめんなガキが)
今度は捉えた。軽井沢には手ごたえがあった。だが、インパクトの瞬間にそのストレートの重さに驚愕した。
(な、めっちゃ重っ!!)
そしてもっと驚くことに、バットは芯でとらえたはずが、真っ二つに吹き飛んだのである。打球はボテボテのピッチャーゴロ。折れたバットの先端は、セカンドの友里のもとに転がっていった。
(なんちゅうストレートの重さじゃ・・・。去年対戦したときはビビりのでくの坊じゃったが・・・ありゃあ・・・鈴木のストレートを、はるかに凌駕しとる!)
球場中のざわめきが止まらなかった。
ズドンッ!!ズドンッ!!!ズドンッ!!!!
「トライーっ、バッターアウッ!!」
フルスイングした後の体勢で主審のコールを聞いたバッターの豊橋は呆然としている。セリーグを代表する強打者も、高木のストレートの前には赤子同然だった。
「あれホントに高木か?」
「だれか入れ替わったんじゃねえの?同姓同名のと」
「ストレートえぐぐなってるよな・・・」
「マジパネね・・・」
球場中からそんな声が聞こえてくる。それが高木には笑えた。
(まるで信じられてないな、俺。菅原さんが言ってた通りだな)
さかのぼること、キャンプの中盤。
高木は度つきゴーグルの効果を体験しながらブルペンで投げていると、傍らに立っていた菅原コーチがある提案をした。
「だいぶストライクが入ったな。んじゃ、明日からもうあと・・・15度ひねれ」
「15度、ですか」
「そうや。トルネード気味に放るんや」
そう言われて、試しに捻りを入れてみる。すると、不思議としっくりきた。タメが作れるだけでなく、心なしか今までよりも(ほんの数秒だが)長くキャッチャーのミットを見られることでコントロールもついた。
「タメを作るのがすべてじゃねえが、お前にゃこれが合ってるだろ」
「はい。なんかすごいしっくりきます」
「よし、それじゃ次のテーマは、腕を振りきることだな」
菅原コーチは、高木のピッチャーとしての資質の高さにほれ込んでいた。だからそれを壊さないように微調整を加えた。だが高木にとって良かったのは、菅原が必ず自分の意見を受け入れたこと。しっくりこなければすぐにやめれたし、逆に自分のしてみたいことを受け入れてくれた。こうした「丁寧」な師弟関係が、大化けにつながったのである。
「さて、最後の敵は大物だ。仕留めろよ」
四番ロビンソンを迎えるにあたり、菅原コーチはベンチでつぶやいた。
『四番、ファースト、ロビンソン』
スタジアムこの日一番の盛り上がり。突如現れたニューヒーロー候補と、現役バリバリの大リーガー。
一球目、ど真ん中のストレート155キロ。ロビンソンは微動だにしない。だが、二球目。
カッ
ロビンソンのバットは、高木のボールを捉えた。バックネット(キャッチャーの真後ろ)に突き刺さる。大輔は生唾をのんだ。
(やっぱこの人のバットコントロールはすげえ。二球目でもうアジャストしやがった)
ファールにもいろいろあって、どん詰まりや振り遅れで内野に転々と転がるものから、ポール近辺に飛ぶあわやホームラン的なものもある。だが、一番怖いのは真後ろへのファール。これはタイミングがあっていないとこの方向に飛ばないからだ。
だが、同時にほくそ笑んだ。
(これで『切り札』を使える。勝負どころだぜ)
大輔のサインに高木はうなづいた。磨きをかけたもうひとるのボールを、高木は投じた。
「!」
投げられたボールにロビンソンは目を見張る。さっきと同じストレートとは思うのだが、どうも勢いがない。
(タイミングを外すために抜いたのか?だが、スピードを殺すだけで狂わされるほど、私のバッティングは愚かではない)
球速が10キロ違うだけで、打者はタイミングが狂わされるのだが、ロビンソンは瞬時に微調整。ドンピシャのタイミングでバットを出した。次の瞬間。
「What!?」
ミートする瞬間、ボールは真下に『消えた』。145キロのフォークボールだった。
(信じられん。あれだけのフォークを投げるとは・・・もし私がメジャーのスカウトなら、間違いなく彼を連れて帰る。シーズン40、いや50セーブはできる逸材だ)
新守護神高木のデビュー戦は、三者三振という100点満点の出来だった。
今年の和歌山フェニックスは違う。ホーム開幕戦のインパクトはそれほど大きかった。
翌日の試合に登板した井上は「惨めなピッチングはできない」と気合を入れて登板。やや空回りした立ち上がりに2点を失ったが、加藤の1号3ランで逆転。山下、橋本にもタイムリーが生まれるなど着実に加点し、それを山田、松本、清水とつなぎながら高木が二夜連続の三者三振。5-2で勝利した。
3戦目は乱打戦となる。
先発の林は井上以上に意気込み、さらに空回ってストライクが入らず初回いきなり6失点KO。あとを受けた山崎が4イニングのロングリリーフを強いられてさらに3失点と打たれた。だが、打線がそれを取り返しきった。
「よっしゃあぁこれいったあっ!!」
振りぬいた瞬間、高橋は両こぶしを天に突き上げて吠える。5回裏、それまで無得点に抑えられていた相手先発畑山から二死満塁のチャンスを作り、高橋がライトスタンドにグランドスラムを叩き込む。続く6回には7番橋本のソロ、一死一塁から渡辺が2ランで3点を返し畑山をKOする。さらに7回に大輔を塁において高橋が二打席連続アーチとなる2ランで同点に追いつく。
しかし8回、青木の後を継いだ佐々木がピリッとせず無死満塁のピンチを迎える。ここで四番ロビンソンに対して杉山監督は清水をぶつける。全球ナックルで挑んだ清水は最後はピッチャーゴロ。1-2-3のダブルプレーにロビンソンを打ち取ると、続くゴンザレスは松本が三振に片付け同点のまま裏の攻撃に入る。
ここでエクスポズは反撃の機運を高めるために、補強の目玉であったクローザーの甲斐を投入。
八番近藤、九番山本の代打竹内を連続三振に切って取り、一番に返って渡辺を迎え撃った。
(パクからホームランを打った男か・・・。どの程度のモノか試してやるか)
上から目線で甲斐は渡辺に挑む。初球のストレートはいきなり158キロ。スタジアムがどよめき、さすがの渡辺も肝を冷やす。
「すげえ・・・」
思わずそうつぶやいた。
(一昨日のパクのそれと比べると、たぶん重いのは向こう。だがこっちのほうが伸びるしキレもいい。こいつは苦労しそうだぜ)
さらに渡辺を驚かせたのは、甲斐の二球目、151キロのシュートボールだった。真ん中近辺に来たと思ったボールの軌道がボッキリと折れてバットが空を切る。その瞬間、渡辺は笑った・・・。
「やべえ、この人おもしれえぜ・・・。打ちてえ」
一方でマウンドの甲斐は、渡辺の雰囲気になにかを感じた。
「何かこいつはやりそうだな・・・。さっさと仕留めるか」
そして三球目。またも150キロのシュートを投じる。渡辺はそれを見事にとらえて、三遊間を破ってみせた。打たれた甲斐は少なからず驚いた。
「ほう。俺のシュートをねえ。なかなか面白いやつだ」
『二番、指名打者、田中』
そして続いたのは友里。この試合、まだノーヒットだが、個人的に甲斐が対戦を楽しみにしていたバッターである。
「女でありながらリーグ首位打者か・・・。果たして、俺のボールが打てるかな」
五球連続でストレートを続けてくる甲斐。友里も懸命についていった。
「すごいストレート・・・。ついていくのがやっとだわ」
「だいぶついてきたか。なら、これならどうだ」
そう言って甲斐が投じたのは、100キロを切るチェンジアップ。球速差60キロのボールに友里のタイミングは完全に狂わされた・・・と、誰もが思った。
「なっ!?」
だが、友里はもう一度テイクバックを取り直した。そしてタイミングをアジャストしたのであった。
「遅いので助かった~」
ほくそ笑んでコンパクトに振り切った打球は一塁線を破る。渡辺はすでに快足を飛ばして二塁を蹴っていた。
(大した奴だぜ。下半身の強さで緩急を完全に克服しやがった。・・・さすがの俺にもできない芸当だ)
友里の打撃を認めながら快足を飛ばす渡辺は、そのままホームに滑り込んだ。試合をひっくり返す逆転タイムリー。そこで得た虎の子の1点を、またも高木が三人斬りで守り切った。
万年Bクラスのマンネリ球団、和歌山フェニックス。
まだ6試合しかしていない。
しかし、チームは変わっていた。
「さあとるぜ、ペナントをよっ!!」
健一は誰かに聞かれるでもなく、そうつぶやいた。