いじれるうちにいじる
開幕戦スイープという予想以上のスタートを切ったフェニックス。唯一の三連勝なので一応首位にいるわけだが、それ自体が八年ぶりなのだから、ある意味前途多難と言える。
その勢いを持続するためにも、昨年最下位の仙台エクスポズを迎え撃つホーム開幕三連戦も勝ち越すことが求められた。
ただ、首脳陣の不安は尽きなかった。
「ホーム開幕戦を、裏ローテの三人で挑むとはなあ・・・」
菅原投手コーチを伴い、増田ヘッドコーチは肩を落としていた。
「まあまあ増田さん。そう肩を落とさんで。久保の話じゃ、リカルドの調子は上々だそうで」
「ブルペンで上々でも実際のマウンドが問題なんだ。しかもホーム開幕戦だぞ。打線も打てる奴とそうでないやつとの差が激しすぎる」
「開幕戦なんてそんなもんでしょ。ホームともなりゃ起きてくれる連中はいますから。それに、うちはまだ3人しか投げてないんだ。リリーフは使い放題、期待しましょうよ。杉山監督の采配を」
悲観的な増田コーチに対して、菅原コーチは最後まで楽観的だった。
ただ、増田コーチの言うように、打線は好不調がはっきりしすぎていた。
好調なのは三試合で14打数8安打3打点と打ちまくった友里を筆頭に、渡辺も13打数7安打2本塁打4打点。大輔が12打数5安打1本塁打3打点。
高橋も率は良くないが2本塁打と四番の面目は保っている。一方で加藤、中村が3試合でヒットなし。橋本も1安打止まりと打てていない。この結果を受けて、杉山監督は早くも打線を改造した。
ホームの開幕戦とあってそれなりに騒がしい演出が続く中で、両チームのスターティングメンバーが発表される。エクスポズのスタメンが読み上げられ、派手な音響とともにフェニックスのメンバーが発表された。
『続きまして、後攻、和歌山フェニックスのスターティングメンバーです。皆様、ご声援よろしくお願いいたします!』
ウグイス嬢の呼びかけに、フェニックスファンの集まるライトスタンド全体が盛り上がった。
『一番。ライト、渡辺、和真。背番号、5』
パッパララパ~(ドンドンドンドン)「そ~れわったなべ~」
選手名が読み上げられるたびに、ライトスタンドがトランペットと太鼓で盛り上げ声援を送る。野球場ならではの光景だ。
『二番。ファースト、田中、友里。背番号、4』
パッパララパ~(ドンドンドンドン)「そ~れたっなっか~」
『三番。キャッチャー、佐藤、大輔。背番号、2』
パッパララパ~(ドンドンドンドン)「そ~れさっとっお~」
『四番。レフト、高橋、謙二。背番号、3』
パッパララパ~(ドンドンドンドン)「そ~れたっかはし~」
『五番。指名打者、デニス、加藤。背番号、10』
パッパララパ~(ドンドンドンドン)「そ~れで~にっす~」
『六番。サード、山下、勇剛。背番号、26』
パッパララパ~(ドンドンドンドン)「そ~れや~まっした~」
『七番。セカンド、近藤、智樹。背番号、36』
パッパララパ~(ドンドンドンドン)「そ~れこっんど~」
『八番。ショート、山本、真也。背番号、7』
パッパララパ~(ドンドンドンドン)「そ~れやっまもと~」
『九番。センター、森、寿人。背番号、22』
パッパララパ~(ドンドンドンドン)「そ~れもりひさと~」
『先発ピッチャー、リカルド、斎藤。背番号、15』
パッパララパ~(ドンドンドンドン)「そ~れりっかるど~」
スタメン
右 渡辺
一 田中
捕 佐藤
左 高橋
指 加藤
三 山下
二 近藤
遊 山本
中 森
投 斎藤
「く~緊張すんな。すでにシーズンは始まっちまったけど、やっぱ初スタメンは高ぶるぜ」
そうつぶやくのは、この日センターに入る森。守備範囲の広さはリーグでも隋一の快速外野手で、元内野手の渡辺の高橋のカバーリングを期待されての起用だ。シーズン中盤の交流戦、指名打者不採用の試合を想定してのもので、この日は高橋の守備力を把握したいのが杉山監督の狙いだ。友里があれだけのバッティングを見せていては、四番とポジションがかぶっていても使いたくなるからだ。
「まあ、なるようになりますよ。まだシーズンは始まったばかり。試せるうちに色々試しましょう」
杉山監督はそう言った。
「う〜ん」
一通りのイベントが終わり、リカルドのボールを受ける大輔は、そのたびに首をかしげた。
確かにリカルドの球種は豊富で、そのいずれもストライクがとれる程度の質がある。
ただ、裏を返せばこれと言った決め球もなく、一見リードしやすいようで、アウトを取るのに苦労するという、大輔にとって悩ましいタイプのピッチャーだった。
「ダイスケ、俺ノ球ドーダ?」
「え、ああ。まあいけますよ」
片言の日本語で聞いてきたリカルドに、大輔は悩みながらも答えた。確かに『使える』のは間違いないからだ。
「ま、キャッチャーの見せどころだな。やりたいようにやってみっか」
この試合、大輔はエクスポズ打線のデータは頭に入れていない。いつもなら昨年のデータを入念にチェックして頭に叩き込むのだが、こと今年のエクスポズ打線にそれは無意味だった。
三年連続最下位という現状に、業を煮やしたオーナーの手により、今シーズンは陣容がガラリと変わった。まず体質改善の名目(人件費削減の裏名目もあり)で昨年のクリーンアップにリードオフマン、先発ローテ投手二人にストッパー、助っ人外国人全員に果ては正捕手に至るまで主力クラス15人に戦力外を通告。これで浮いた10億前後とオーナーのポケットマネーをFA戦線とメジャーリーグからの引き抜きにつぎ込んだ。
結果、セリーグからは中京ワイバーンズの三番打者豊橋、関西ツインズの元盗塁王星川、神宮スパローズの正捕手古秦、同じパリーグ東武ライジングスから元最多勝投手の若居をそれぞれFA争奪戦に勝利して獲得。さらにメジャーから通算2000安打のクラッチ(勝負強い)ヒッター、ジェフ・ロビンソンと、本塁打王5回のスラッガー、ホセ・ゴンザレス両内野手に、「コリアン・ロケット」の異名を取る速球派左腕、朴秀成、元セーブ王の日本人投手甲斐剛と、ネームバリュー抜群の選手をずらりそろえた。こういう補強は日本人的には拒絶反応を起こしやすいが「全員プロ意識の高い選手。若い選手たちにはっぱをかける」というオーナー評は見事に当たり、鳴けず飛べずの若手たちが目の色を変えて取り組んだことでエクスポズは生まれ変わった。開幕戦は東武ライジングスに勝ち越している。
「正直いまのリカルドさんにゃ荷が重いな。俺にしてもそうだけど。ま、やるだけやってみるか」
大輔はそう肚を括った。
『一回の表、エクスポズの攻撃は、1番、センター、星川。背番号、10』
「さて・・・」
大輔はちらりと、右バッターボックスに入る星川をみる。
(セリーグで盗塁王をとったことばっか取り上げられてるが、この人の真骨頂は選球眼の良さと粘り強さ。ただリカルドさんのコントロールは悪くない。ならはじめはコーナーを突く)
大輔は初球、サインを出してアウトコース低めにミットを構える。うなづいたリカルドは、アウトコースに速いボールを投じる。
(ボールから入るのか?)
そう考えた星川は見送る。が、それはベース手前でストライクゾーンに食い込んだ。
「ストーライッ!!」
審判の右手が高々と上がる。まずワンストライク。
二球目。今度はインコース低目。またも寸前で食い込ませてストライク。スライダーだった。
(やばい。ちょっと早く追い込まれすぎた)
星川はわずかに焦る。
(よし、最後はこれだ)
大輔は遊ばずに三球勝負にかかる。その一球はど真ん中に投じられた。
「何っ!?」
ツーストライクと追い込まれていたことでベースの端っこに意識がいっていた星川は、ど真ん中に投じられたボールに一瞬戸惑う。だが、それに球威がないと感じると、気を取り直して打ちに行く。
だが、それはフッ・・・と急降下。フォークボールだった。当然星川のバットは空を切った。
「ットラィッアウッ!!」
セリーグ屈指のリードオフマンを三球三振。リカルドの持ち球の多さを生かした大輔の好リードだった。これで主導権を握った。
続く二番打者にはカーブ、シンカーで低めを意識させて高めのストレートでつった後にフォークで空振り三振。三番の豊橋には、初球から豊橋のホームランゾーン(もっともホームランを打ちやすいコースのこと)へカットボールを投げてひっかけさせてサードゴロ。何とたった9球で初回を終わらせた。
「ダイスケ!ナイスリード!」
「うす。リカさんもナイスボールっす」
ベンチに戻る間際、バッテリーは互いをたたえてグラブを交わした。
「佐藤君、ちょっと」
しかし、対照的に杉山監督が渋い表情で大輔を呼び寄せる。「打席が回りますから、防具を脱ぎながらでいいので聞きなさい」と前置きして苦言を呈す。
「君は斎藤君が先発であることを忘れていませんか?初回からあんな目一杯のリードをしてどうするんです」
一応大輔にもそれなりの考えがあったので、まずは言い返す。
「でも、リカさんの持ち球はまだ使ってないのもありますし、それらをうまく組み合わせれば試合を作れると思ってるんで・・・」
「なるほど。しかし、手を変え品を変えのリードでは、二回りは抑えられても三回り目はどうなりますか?まさか君はリリーフ投手の投入を決め込んでいるんですか?」
「え?」
「リリーフピッチャーを送るかどうかはベンチが決めることであって、君が決めることではありません。まして、キャッチャーの目一杯はピッチャーに簡単に伝わります。もう少しリードに余力を残しなさい」
「あ、はい」
「ただ、星川君への三球勝負は見事です。その強気も忘れないでください」
「はい!」
苦言に少々へこんだ大輔だったが、最後のフォローに素直に喜んだ。
杉山監督が「仏」と形容されるのはこういうところにある。
その裏のフェニックスの攻撃。「イッツマイライフ」をBGMに打席に立った渡辺は、エクスポズの補強の目玉であるパク。メジャーで実績があるだけに、何度かテレビで見たことがある。
(どんなボールか・・・この打席を捨ててでも見るか)
そう考えた渡辺の、想像以上のボールが投げ込まれた。
『ケケケ。これがメジャーのボールだ』
ノーワインドアップ(振りかぶらない投げ方)から投じられた初球。唸るようなストレートがキャッチャーのミットに突き刺さる。球速表示は155キロと出た。
(速いな・・・。つーか、重そうだな。こいつは打つのに苦労しそうだな)
打席で渡辺は、とにかくタイミングを合わせることに徹する。二球目、三球目のストレートを投げてきたパク。三球目のストレートをカットしてみた渡辺だが、打球は三塁ベンチ前に飛ぶ。押されている証拠だ。
「ちっ・・・。こいつはしびれるぜ」
四球目も高めのボール球に手を出したが、バットは空を切り三振。ベンチに引き上げるとき、渡辺は薫と大輔に告げた。
「この打席は捨てとけ。じゃないと打てないぞ」
「そんなに速いの?」と目を見開く友里。
「速いってもんじゃねえ。多分、重さは健一以上かもしれん」
「マジか。そいつは・・・ちょっとルーキーにゃ、デカすぎる壁だな」
大輔はそう言ってバットのグリップに滑り止めのスプレーを振る。そしてこうもつぶやいた。
「打てりゃ、新人王には近づくかもな」
そうほくそ笑んでいた。
「きゃっ!」
実際に打席に立って、友里はそのストレートに息をのんだ。
(すごいストレート。それでいてコントロールがいい。コーナーでストライクが取れるなんて)
最後は鋭く落ちる、150キロ近いスプリットに空振り三振を喫した。
そして大輔は、長らく健一の速球に見慣れていたせいか、ストレートにはついていけた。しかし、スプリット、そして大きく曲がるスライダーに手こずり、最後はショートゴロに倒れた。
「パクさん、ナイスピッチっす」
『ククク、ルーキーにやられてるようじゃ、話にならんからな。これぐらいは当然さ』
キャッチャー原田に声をかけられたパクは、余裕しゃくしゃくの笑みを浮かべた。
一方で、ベンチで防具をつける大輔は、危機感に表情をこわばらせていた。
(やべえな・・・。1点2点の試合になる。それまでリカさんを持たせねえとな・・・さてどうするかね)
頭の中はすでにリカルドへのリードでいっぱいだ。若き司令塔は、大きな重圧を感じつつあった。