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冷たい風が吹き抜けて・・

作者: アメメン

「本当ですか?」と、少し声がうわずった。

隣町の山林で発見された古い人骨が、長年行方知れずになっていた親父のものだったと教えられた息子の反応としては、不適切だったかも知れない。

きわめて事務的に説明をしていた年配の警察官が、不審そうに眉を寄せて僕の顔を睨み付けた。

変な話だけれども、親父が死んでいた・・という事が僕には嬉しく感じられたのだ。

そんな事を言ったら「親不孝者!」と叱られてしまうかもしれない。

亡くなっていた事は悲しむべき事なのだけれども、親父は連絡を取らずにいたのではなくて、取る事が出来ない状態にあった訳だ。

その事は、僕にとって大きな意味があるのだ。


僕の親父は、ケチなコソ泥だった。

何を盗ったのかは知らないが、盗ったモノよりも盗った相手が悪かったらしい。

警察にコネの効くような「金持ち」だったようで、罪の割には妙に速く異例の指名手配が掛けられたのだ。


その日は運悪く、僕の小学校生活を締めくくる最後の運動会の前日だった。

勉強の出来なかった僕にとって、運動会というのは大切なイベントの一つなのだ。

普段は僕の事などには目もくれないクラスの皆が、この日ばかりは全員でリレーのアンカーである僕を応援してくれるのだから・・。

クラス一丸となった派手な応援パフォーマンスの後押しを借りて、僕はMVPになる筈だった。

この日の為に学校に通っていたのだ・・と言っても過言ではない。

でも、夕方から家に張り込んでいた警察官の会話を小耳に挟んだ瞬間、全てが不安の中に沈み込んでいった。

「子煩悩なヤツだから絶対現れるさ。そうしたら・・」

6年生ともなれば、親父が運動会に来るという事が、何を意味しているかぐらいは理解出来る。

親父には逃げて欲しかった。

それでも、親父に見に来て欲しいと思う気持ちもあった。

僕が晴れ姿を見せられるチャンスは、そうそう巡っては来ない。

相反する気持ちが入り交じって、その晩は眠る事が出来なかった。


お袋はもっと大変だった。

警察官に張り付かれ、夜遅くまで色んな事を聞かれていた。

僕の弁当など作っている場合じゃ無かったろうが、早起きして炒り卵と海苔と鳥そぼろの三色御飯を持たせてくれたのだ。


何をしていても、何処にいても、一目で警察官と分かる男達にマークされて、平静を保っていられる小学生など居るだろうか・・。

僕の記念すべき1日は散々だった。

そして張り込んでいた警察官達は、無駄な一日を送った。

親父は現れなかったのだ。

皆の見ている前で親父が捕まらなかったのは喜ぶべき事なのだろうが、僕は捨てられたような気がして落ち込んでいた。

警察の目をかいくぐり、親父が来てくれる事をどこかで期待していたのだろう。

いけない・・とは思いながらも、派手な大捕物の末に捕まった親父が、声の限りに僕の名を叫ぶ・・という感動的な場面を想像したりしていたのだ。

なんて罰当たりな息子だろうか・・。


その日はそれで治まったが、それから徐々に親父の事が皆に知れ渡り、学校には行き辛くなってしまった。

結局、卒業式を待たずに田舎へ引っ越す事になった。


あれから18年。

当初は親父の事で肩身の狭い思いもしてきたが、とっくに時効も成立したし、ほとんどの人が事件のあった事すら忘れていた。

隣町の大地主の偏屈婆さんが亡くなり、代替わりした息子が借金をこさえなかったら、親父は見つからなかったかもしれない。

山林を借金のカタに巻き上げた不動産屋が、宅地造成を始めて親父の骨を見つけたのは偶然だったのだ。

あの時に盗ったモノが見つかったのかどうかは教えてもらえなかったが、死因の特定が難しい事と、一緒に埋まっていた親父の時計が運動会の前日の日付で止まっていた事を、若い刑事がこっそり教えてくれた。


どんな死に方だったにせよ、親父は来たくても運動会へは来られなかった訳だ。

お袋が生きていたら「馬鹿言うんじゃないよ。あの人は、私達を捨てて逃げようとしただけじゃないか!」と、言ったかもしれない。

それでも僕は確信していた。

どうしようもない親父だったが、警察の包囲網なんか恐れずに学校に現れて、息子の晴れ姿だけは一目見るつもりでいたに違いない。


警察での手続きを終えた後、しばらく振りに来た故郷だから・・と思ってブラブラと歩いてみた。

18年も経つと街は様変わりしており、昔の面影は薄れていた。

住んでいた家は、取り壊されて大きなマンションになっていた。

懐かしい小学校も例外ではない。

木造だった校舎は跡形も無く、真っ白く塗装されたコンクリートの校舎が、久し振りに訪れた僕を冷たく跳ね返す。

やり切れない寂しさを抱えて歩いていく内に、色んな事が思い出された。

お袋が亡くなった時に過分な香典を送りつけて来たのは、例の隣町の大地主の偏屈婆さんではなかっただろうか?

お袋とその婆さんは、知り合いだったのだろうか?

いや、そんな筈はないよ・・きっと何かの間違いだろう・・。


そんな事を考えながら歩いていたら、古い商店街に出た。

街全体が埃を被った感じで古くはなっているが、確かに見覚えのある商店街だった。

休みなのか・・潰れてしまったのか、シャッターを下ろしている店舗が目につく。

その中の一軒は、コロッケの美味しい肉屋だった。

そういえば、運動会の弁当はトンカツと稲荷寿司と決まっていたのに、あの日は三色御飯だったんだよなぁ・・。

「材料が無いから、今日はこれで我慢して頂戴・・ごめんね」お袋はそう言った。

運動会の前日なのだから、買い物に行かない訳が無い。

いや・・行った筈だ。

警官が来るちょっと前に、自転車で戻って来たのだから・・。

あの時、何故、何も買わずに帰って来たのだろう?

破れそうなテントが風にはためいて、止め金具がギシギシと嫌な音を立てた。


あの日・・弁当を渡す母の目に、涙が浮かんでいたのを思い出した。

その瞬間、本当の事が分かったような気がした。

お袋は、親父が死んでいる事を知っていたに違いない。


空っぽになってしまった僕の身体の中を、冷たい風が吹き抜けていった。

おわり


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