中庭へ
図書館入り口に行くと、明るい日差しの下、彼女が手を振ってこっちにやってきた。
「じゃさ、まず中庭に行ってみない?」
押しが強いというべきなのか、マイペースと言うべきなのか、彼女は僕が上履きのままなのをすっかり失念しているのか、そのまま制服の袖を引っ張って中庭までかけだしていきそうな勢いだった。
「ちょっとまって、まってよ雪之下さん。僕、上履きのままだから、靴取りに行かせてよ」
彼女は『あっ、そうか』というような顔をして
「あ、そっかそっか、ごめんごめん。じゃそこの校舎入り口でまってるね」
といって、僕と一緒に渡り廊下に沿って校舎に向かって歩き始めた。
「ねえ久保君、なんでいつも図書館でお昼は過ごしてるの?」
彼女は邪気のない笑顔で、僕の方を見ながら聞いてきた。どうやら彼女は前から屋外でもなく、教室でもない、よりにもよって図書館で僕がお昼を過ごしているのが不思議だったらしい。
「うーん、なんでだろ。はじめは体が弱いし、教室は五月蠅いしで、なんとなく図書館に来たのがきっかけだったと思うんだけど。あそこはお昼は人が少なくて席が空いてそうだったしね。そのうちお昼を食べたら図書館に行くのが癖になっちゃって」
そう僕が言うと、彼女は不思議そうな顔をしてこっちを見ていた。そして
「お弁当は友達と食べたりしないの?」
と聞いてきた。
「実は僕、お昼は購買でパンを一つ買ってそれで済ませちゃうんだ。食が細いのもあるけど、クラスの友達と一緒に食べるとすぐ食べ終わっちゃって、友達の食べるのをじっと見るのもどうかと思うし、つまらない話をしててお昼が終わるのももったいないと思って。第一、教室が五月蠅いのがなあ。すごく落ち着かないんだよ」
別に人付き合いが嫌いなわけじゃないよというような顔をして、僕はそう答えると、彼女はちょっと心配そうな顔をして
「久保君、お昼パン一個だけなの?だめだよもっと食べないと!だからいつも青白い顔してるんだよ」
と、いらぬ気遣いをしてきた。やっぱり初対面の女の子のお願いなんて聞くもんじゃないなあと思いつつ、早く図書カードが見つかりますようにと祈った。
校舎に着くと、じゃここで待ってるねと彼女は笑顔で手を振っていた。僕は渋々靴箱まで行って靴に履き替えた。時計を見るとあと20分ぐらいは休み時間は残っていたので、少し急いで雪之下さんの待つ校舎入り口に行った。
雪之下さんは僕が見えたとたん、こっちに走り寄ってきて、ぐいっと制服の右袖をつかんで、早足で歩き出した。
「たぶん、中庭だと思うの。私、放課後に時々あそこで読書するから」
ああ、それで中庭だったのかと思いつつ、意外と力強い雪之下さんの左手を感じながら、僕もつられて歩き出した。端から見たら元気な姉に連れられて遊びに行く弟みたいに見えただろう。
校舎と図書館の間を東に抜けて、校舎の東をぐるっと回り込んで、自転車置き場を通り抜けて中庭に着いた。