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28(水平線)
どれくらいそうしていただろう。
泣けるだけ泣いて、泣けるだけ泣ききって涙が涸れた頃、空腹を憶え、鼻をすすり、熱っぽい目で海を見た。潮風が濡れた頬を優しく撫でてくれた。波が静かに砂の上を行き来していた。遠く遠く、水平線が赤くなっている。夜が明けようとしている。
三度目の夜明け。左腕には汗でしおれたバンソウコウ。わたしはそれを剥がし、丸めてポケットに入れた。消えかかった、ほんの小さな印。
わたしはナップザックの中からカッターを出し、その銀色の刃先と左手首を見比べた。それから小さく、本当に小さく印をつけた。
また少し、涙が出た。
わたしは目を拭って立ち上がる。そして大きく振りかぶってカッターを遙か彼方、水平線に向かって投げた。
カッターは夜明けの空に放物線を描いて、遠く遠く、白く泡立つ波間に溶けて消えた。
感慨なんて何も無かった。
投げたカッターに未練とか思い入れとか、何ひとつ心の中に浮かぶことは無かった。
わたしは屈んでナップザックを拾い、軽く砂を払って担いだ。それから束ねていた髪を自由にし、風の思うままに任せる。
マエダはいなくなった。
けれどわたしは生きていく。
─了─




