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金の繭  作者: 長束真
27/28

27(心と身体)

 ありがとう。

 その一言が云えれば、きっと、わたしは祝福を受けるのに相応しくなれる。相応しい人間になれる。あの日の水道水、カルキのにおい。自身を赦せなくとも、わたしを赦してくれる世界。わたしを受け入れてくれる世界。

 ありがとう。母さん。ありがとう。

 わたしを祝福してくれて。わたしを産んでくれて。わたしを育ててくれて。わたしを受け入れてくれて。わたしを愛してくれて。

 ありがとう、母さん。

 目を伏せた。涙が零れた。

 涙は静かに目から溢れ、押し戻そうにも、留めようにも、どうにもできなかった。次から次へと溢れて零れ続けた。

 わたしは唇を噛んで、涙を零し続けた。

 わたしの中で何かが切れた。

 堪えきれなかった。立っていられなくなった。

 ありがとう、だなんて!

 ありがとう、だなんて!

 わたしは泣いた。声を上げて泣いた。しゃがみ込んで、子供みたいに涙を流して嗚咽した。ただただ一人の人間として泣きじゃくった。

 母の言葉と、マエダのこと。部長の言葉、コンビニの店長、トラックの運転手、バス停の老人、その他たくさんのわたしを取り巻く世界。

 わたしは分かっていたのだ。マエダがわたしを受け入れたのではない。わたしの中で、わたしが、わたしがマエダの心を受け取っていたのだ。わたしは、わたしを取り巻くたくさんの世界から心を受け取っていたのだ。

 マエダと共に海の底へと行かなかったのは、覚悟が足りなかったからじゃない。それは──わたしにとって必要じゃなかったのだ。不要だったのだ。

 わたしは、ここにいていいんだ。

 わたしは、ここにいるべきなんだ。

 わたしは、ただ受け入れればいいんだ。

 切なくても、苦しくても、辛くても、哀しくても、惨めでも、やるせなくても、ただ、在るがままに世界を受け入れればいい。そうすれば、世界の方からわたしを受け入れてくれる。そしていつか、わたしは世界に何かを受け渡すことが出来る。難しいことなんて何もない。難しくしていたのは、ただのわたしのワガママでしかない。

 わたしは心のままに、ただ受け入れればいいだけなのだ。

 あの日、水道水のカルキのにおい、十四歳のわたし、何もしなかったわたし──過ぎたことは変えられない。けれど、これからのことは変えることが出来る。

 自分で望んで変えることが出来る。思うように変えることが出来る。

 世界はいつだって単純で、明快で、難しいことなんて何一つ無い。

 分かっていた、分かっていたんだ。

 わたしは泣けるだけ泣いた。

 どこからそんなに出るのか分からないほど、涙は次から次へと溢れて頬を伝い、咽喉の奥から到底自分のものとは思えない声が漏れた。止めることもできなかったし、止めようとも思わなかった。

 ただ、したいように、心と身体が望むままにした。

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