27(心と身体)
ありがとう。
その一言が云えれば、きっと、わたしは祝福を受けるのに相応しくなれる。相応しい人間になれる。あの日の水道水、カルキのにおい。自身を赦せなくとも、わたしを赦してくれる世界。わたしを受け入れてくれる世界。
ありがとう。母さん。ありがとう。
わたしを祝福してくれて。わたしを産んでくれて。わたしを育ててくれて。わたしを受け入れてくれて。わたしを愛してくれて。
ありがとう、母さん。
目を伏せた。涙が零れた。
涙は静かに目から溢れ、押し戻そうにも、留めようにも、どうにもできなかった。次から次へと溢れて零れ続けた。
わたしは唇を噛んで、涙を零し続けた。
わたしの中で何かが切れた。
堪えきれなかった。立っていられなくなった。
ありがとう、だなんて!
ありがとう、だなんて!
わたしは泣いた。声を上げて泣いた。しゃがみ込んで、子供みたいに涙を流して嗚咽した。ただただ一人の人間として泣きじゃくった。
母の言葉と、マエダのこと。部長の言葉、コンビニの店長、トラックの運転手、バス停の老人、その他たくさんのわたしを取り巻く世界。
わたしは分かっていたのだ。マエダがわたしを受け入れたのではない。わたしの中で、わたしが、わたしがマエダの心を受け取っていたのだ。わたしは、わたしを取り巻くたくさんの世界から心を受け取っていたのだ。
マエダと共に海の底へと行かなかったのは、覚悟が足りなかったからじゃない。それは──わたしにとって必要じゃなかったのだ。不要だったのだ。
わたしは、ここにいていいんだ。
わたしは、ここにいるべきなんだ。
わたしは、ただ受け入れればいいんだ。
切なくても、苦しくても、辛くても、哀しくても、惨めでも、やるせなくても、ただ、在るがままに世界を受け入れればいい。そうすれば、世界の方からわたしを受け入れてくれる。そしていつか、わたしは世界に何かを受け渡すことが出来る。難しいことなんて何もない。難しくしていたのは、ただのわたしのワガママでしかない。
わたしは心のままに、ただ受け入れればいいだけなのだ。
あの日、水道水のカルキのにおい、十四歳のわたし、何もしなかったわたし──過ぎたことは変えられない。けれど、これからのことは変えることが出来る。
自分で望んで変えることが出来る。思うように変えることが出来る。
世界はいつだって単純で、明快で、難しいことなんて何一つ無い。
分かっていた、分かっていたんだ。
わたしは泣けるだけ泣いた。
どこからそんなに出るのか分からないほど、涙は次から次へと溢れて頬を伝い、咽喉の奥から到底自分のものとは思えない声が漏れた。止めることもできなかったし、止めようとも思わなかった。
ただ、したいように、心と身体が望むままにした。




