25(一緒に)
砂浜を歩いて、波打ち際に立った。潮騒がわたしたちを包んでいた。海の上を渡る風が心地よかった。
わたしは思う存分、潮のにおいを胸いっぱい吸い込んだ。「到着したよ」
「しましたね」
「大変だった」
「特に先輩はね」
まったくだよ。
わたしは肩をすくめた。「暑いしアンタは重いし」
「でも、いい人に逢えましたね」
わたしは頷く。「コンビニの店長に、トラックの人、バス停の爺サマ。変な取り合わせ」
「それは先輩もでしょう」
そうね。否定しなかった。何せ、巨大な金色の繭と一緒だもん。
「さてと」わたしは両手を夜空に突き上げ、大きく伸びをした。背骨のどこかでこりっと気持ちの好い音がした。「目的地だ」
「ええ」
「思ってたよりも なんか、あまり感動、無いね」
「そうですか?」
「感動してる?」
「特に」
「そうだね」
わたしはマエダに触れた。今やマエダは立派な球体になっていた。
「これからどうする?」
わたしは訊いた。「どの辺まで転がしていけばいい?」
「せっかくここまで来たのなら、もっと行ってみたいですね」
「どこへ?」
「海の中」
わたしは薄く笑った。「そこまではついていけないよ」
「分かってます──先輩」
「何?」
「どうですか、一緒に行きません?」
「無理だって、海の中は」
そうじゃなくて、とマエダは云う。「ちょっと手を、ゆっくり中に押してみてください」
わたしは云われた通りに繭に触れていた右手を、ゆっくり押してみた。
不意に、手がすうっと繭の中に入っていった。びっくりして手を引き戻そうとしたら、中から包み込むような感触があった。
「大丈夫ですよ、先輩」
導かれるようにわたしの手は繭の中に入っていった。肘が入って、肩が入って、頭が入って、左の肩も入っていった。
繭の中は温かで、けれども不快でなく、色も光も無くて、でも暗いわけでも無く、それと同時にわたしの意識が広がっていくようで、どこまでもどこまでも広がっていくようで、まるで身体が内からひっくり返って、解き放たれていくような感じで──それは、わたしの知っているどんな言葉でも表現できない世界だった。
この中にいれば大丈夫ですよ。
マエダの声が聞えた。
こんな風になっているんだ、中は。
ええ。快適でしょう?
確かに悪くはないね。
素直にいい所だって認めてくださいよ。
それなりにいい所だね。
ねぇ先輩、一緒に行きませんか? 海の中、そうずっとずっと深い深い海の中へ。
アンタと二人で?
二人とか僕とか先輩とか、そんなことじゃないですよ──。
その時、母の笑う声が聞えた。
母の笑顔。幸せそうな母の笑顔。
それをきっかけに、家族とか会社とか友達とか、全部が全部いっしょくたになって何も見えないけれども、その存在を確かに感じた。
それはわたしを取り巻く世界の全てで、むしろ、それらが全て、わたし自身なのだ。わたしがわたしで在ることの、わたし自身を構成する全てなのだ。
やがてそれらが一つずつわたしから離れて、まるでシャボン玉のようにたゆたって、ゆるやかに溶けて消えてゆくのを感じた。
繭の中では、わたしがわたしであることや、マエダがマエダであることは無意味なのだ。
繭の中では、わたしは何者でもなくなる。




