12(違います)
いつだってヒトとかモノとか、色んなこととの距離が上手く測れない。もしかしたら三人姉妹の真ん中ってのが原因かな、姉や妹ほどに自分を表現するのが下手だったし、引っ込み思案だった。そうは見えない? ううん、小学校の頃はホントに目立たない子供だった。誰々の妹が入学した、姉が卒業すれば今度は妹が入学して、わたしは誰々のお姉さん。
基準はわたしじゃないのね、いつも姉の妹であり、妹の姉ってこと。ちょうど三つ違いだら、小学校じゃそう云う感じだった。
だけど中学校に入ると、姉は高校生、妹は小学生。チャンスだと思った。あまり中学生らしくないね、なんだか計算高い子供みたい。ま、でもそれでちょっとした意識革命したのよ。自分の思ったこと、自分の意見をキチンと伝えようってね。自分は誰かの妹だったり、誰の姉でもない、自分は自分って。それで学級委員なんか引き受けて、色々提案しては、率先してクラスをまとめようとした。いいクラスにしようって。最初は良かったんだけどね、なんだか反感買っちゃて。文化祭の頃だったかな。別におかしなこと云ったつもりはないんだけど、はっきり自分の意見を云うとダメなんだね。それで、なんて云うか、ちょっとね、あったのよ、色々と。だから高校では、息を潜めてずっと目立たぬようにしてた。やっぱり時々苦しかったけど、その分一人の時間を大切にして、本ばかり読んでた。休み時間も通学途中も。クラスに必ずいるでしょ? そんな感じの子。それがわたしの高校時代。ええ、暗いですよ、認めますよ。でも、女子の世界ってのは男子の世界より面倒なんよ、そこんとこ留意して。
大学はわざと遠くを選んだ。地元から離れて一人暮らし。知っている人が誰もいないところに行って、もう一度違う自分になろうとした。いいじゃない、云いたいこと云って。自分は自分、他人は他人。中学とか高校と違って、大学ってそう云うところではすごく自由ね。制服も無いし校則も無い。不必要に人と関わらなくても良いし、やりたいことやって、好きなこと勉強して、それは本当に気楽で、楽しかったな。専門外でも面白そうな講義に出たり。そう云う意味じゃ無駄に単位取ったわね。だから遊んだりバイトばかりで出席なんてほとんどしない人が不思議に思えたな。試験前にコピー取らせてって、よく頼まれてさ。わたしのノート、学科内でだいぶ出廻ってたのよ。一度も話もしたこない子が持ってたのはちょっとびっくりした。
えっと……なんだっけ。うん、楽しい学生生活、友達もいたし、今でも連絡取り合ってる。まぁ、それはそれでいいんだけど、何かな、その反動? 一人で部屋に帰ったら、すごく気持ちが沈むの。三人姉妹に母は専業主婦、そんな家庭環境が当たり前だったから音のない家ってのになかなか慣れなかった。ただいまもおかえりも、いってきますもいってらっしゃいも、何も会話の生活。思えば結構、それがしんどかったのかも。でもまぁ、四年も続けてりゃ、むしろ実家が疎ましく思えたね、こっちに戻っても直ぐに家を出るくらいに。
そんなこんなで卒業して、就職して、ご存知通りの会社勤め。最初は楽しかったな、世界って広いなって。自分自身もどんどん広がって行くようで、見るもの聞くもの、何もかもが新鮮だった。でも……追いつけなくなったって感じが一番近い表現だと思う。なんだか疲れが溜まって、少しも抜けなくて、それが何か年々ひどくなってる気がする。歳の所為? 失礼な。
そう云えば、この間、印象が変わったって云われたな。印象……ねぇ? 何だろう、らしくないよ、なんて云われたら、気持ちがぐらぐらする。わたしって何? どうすればわたしなの? どういうのがわたしなの?
らしいとか、らしくないとか、簡単に口にする以上に残酷な言葉だね。特に他人に云われると、ぐさって突き刺さる。そう云うところ繊細なんだと思う。むしろ、繊細すぎると思う。
うーん……嘘ついた。
正直なところ、ただ弱いだけ。逃げ道を探してばかり。いつもどこかに逃げ場がないかとそればかり。認める、わたしはそう云う人間なの。あーあ、何、話してんだろ。
つまりね、見透かされたりするのがすごく怖いの。世間が怖い、世の中が怖い、人が怖い。本当は、何も持っていない自分ってのがバレるのが一番怖い。自分は自分で他人は他人だなんて、わざわざそう思うって、逆にすごくそう云うことを意識しているってことだと思う。違うかな?
だから、そこで眼鏡なのよ。
眼鏡って、自分と世界の間にレンズ一枚だけど距離を作れるじゃない。わずかな距離だけど、それってわたしにとってはすごく大切。眼鏡は世界を直視しないで済む道具。わたしには世界と自分を隔てる道具。
無くても充分見えるけど、無いとすごく落ち着かない。だからダテみたいな眼鏡。
※
祭りは少しずつ人が減っていった。早くも店仕舞いを始める露店もあった。わたしたちは黙ってそれを見ていた。四角い顔立ちの若い警官がふらりと現れた。
「彼のご家族?」マエダを指差し、わたしを見て、警官は云った。
違います、とわたしは眼鏡を戻しながら答えた。




