11(元後輩)
二人、連れ立って祭りに出かけた。夏の夜は蒸していた。月が出ていた。半月だった。下弦と上弦の違いは忘れた。下駄が、からりころりと呑気に鳴った。
「彼氏でも出来たの?」
さっそく露店で買い求めた綿飴をちぎり、妹が聞いてきた。いつか聞いたセリフと全く同じ。わたしは小さなため息ひとつ。「何で?」
「眉間の皺がとれた」
虚を突かれた。
わたしが怒るかと思ってか、妹は嬌声をあげ、下駄を鳴らしながら駆け出した。
眉間に触れてみた。指摘されるほどにわたしは皺をきざんでいたろうか。
少し悲しかった。
印象が変わったね、なんて。
そうかな、分からないわ、だなんて。
そうなの、実は眉間の皺がなくなったの。
最低。何もかも、最低。
彼氏でもいれば幸せなのだろうか、楽しいのだろうか、眉間の皺がなくなるのだろうか。一人で生きて、一人で消える、それは認めてもらえないのか、赦されないのか、どこまで行ってもやっぱり半人前なのか──ぐたぐだ考えながら、人ごみを避けるように歩いた。露店は公園の中にも続いていた。
人の合間を縫って、わたしはマエダのそばに向かった。そこへ行けば安全なような気がした。妹は日常、祭りも日常、でもマエダは非日常。そして、赤い印のわたしも非日常。
「こんばんは」マエダは云った。それから、あれ、と続けた。「なんか雰囲気違いますね」
「浴衣だよ」
「うん、分かります」
どこに穴があってマエダが外の世界を覗いているのか、そんなことを考えるのは止めた。
わたしは眼鏡を取って、眉間を揉んだ。「ねぇマエダ」
「何ですか」
「わたしって眉間の皺、ひどかった?」
マエダは、ややあって答えた。「僕は嫌いじゃなかったですよ」
「何が?」
「先輩の眉間の皺」
なんだよ、コイツ。
わたしは軽くマエダを叩いた。その時、妹が見知らぬ青年をつれて、わたしとマエダの前に現れた。中肉中背の、ちょっとチャラい格好をしたその青年に目配せして妹は云った。「紹介するね、この人、タケシ、あたしたち付き合ってるの」
タケシ青年は、初めまして、と頭を下げて挨拶した。わたしは眼鏡を戻して、しどろもどろに挨拶を返した。彼氏を紹介するなら最初からそう云えばいいのに。
格好は別として、タケシ青年の顔立ちには誠実そうな雰囲気があり、少し安心した。同時に、そんなことを気にする自分に戸惑った。まるで妹のお目付け役。そんなのわたしの仕事じゃない。妹だって子供でないのだし。
妹はマエダをちらりと見て云った。「紹介してくれないの?」
「何を?」
「その人」
わたしもちらりとマエダを見た。「元後輩のマエダ君」
初めまして、と挨拶もそこそこに妹はべたべたとマエダに触る。すごい、すごい、と貧困な語意で精一杯、感嘆の意を表している。タケシ青年まで一緒になってべたべた触り、硬いね、すごいねなどと云う。
わたしは、妹が金のタマゴを見て「その人」と云ったことを、ちょっと考えた。
殻に篭ろうが、マエダはマエダとして受け入れられている。公園で遊ぶ子供たちだって何の疑問も感じず、奇異とも思わず、マエダをマエダとして当然のように受け入れている。
一体何なんだ、このタマゴは。
ヒトかモノか、それとも関係ないのか、わたしがこだわり過ぎなのか。全くもって非日常、非常識。なのに「その人」だなんて。
ひとしきりマエダで楽しんだ後、妹カップルは祭りの雑踏の中へ消えていった。仲睦まじく手をつないで。
わたしはマエダに寄り掛かり、ヒトでごった返す祭りを見つめた。なんだか疲れた。履き慣れない下駄の所為もある。眼鏡を取って、また眉間を揉んだ。
「眉間の皺、気になります?」
マエダが聞いてきた。
わたしは頷いた。「気にしないのは難しい」
人から指摘されると、特に。
「大丈夫ですよ、先輩」
「何が?」
「眉間に皺があっても無くても先輩は先輩ですから」
「それはフォローのつもり?」
「そう思います?」マエダはハハハと笑った。「もしかして、先輩の眼鏡って、眉間の皺を隠すためだったんですか?」
まさか。考えたことも無かった。
「女の人ってけっこう嫌がるでしょう? 眼鏡って」
マエダは殻に篭っているクセに随分と俗っぽいことを云う。
「この眼鏡、ほとんど度は入ってないの」
へぇ、とマエダは云った。「ダテですか」
「どっちかと云えば」
「本当はどうなんです?」
マエダの真っ直ぐわたしの中に言葉を投げて来た。わたしはちょっと逡巡して──でも結局、話した。




