終わりの日
ある空気の乾燥した日のことでした。
人気のない森に朝から強い風が吹いていました。風が木々を揺らすたび、枝同士が強く擦れ合います。
そしてついに、ある枝から細い煙が立ち上りました。
その日は、とても、とても空気が乾燥していました。煙は少しずつ太くなっていきます。
――世界に、火が生まれました。
それに最初に気付いたのは、森に一番近いところにいた青年でした。
狩りをしていた青年は、片手にその日の獲物をぶら下げて仲間の元へ帰る途中でした。
青年は森から濃い灰色の何かが空に上っていくのを見、驚きました。彼は急いで仲間の元へ帰り、事情を説明しました。
仲間の男達は連れ立って森へ赴きました。彼らが到着した時には、幸いなことに火はほとんど消えていました。
男達はその中で未だ小さな炎を上げる一角を見付けました。
赤く揺らめく不思議なものに手をかざすとじんわり温かさが染みます。その温かさに惹かれ、彼らは持って来た矢の一本から鏃を外し、火に近付けました。
――人は、火を手に入れました。
人は次第に火を様々なことに使えるようになっていきました。暖を取り、灯りに使い、食べ物の煮炊きも覚えました。
人力で熾せるようになった火は、世界中に広まっていきました。
ある日、あるところ、ある部族のある人が、ある森の中でたき火をしていました。
そこで一夜を過ごしたある人は、朝にそこを立ち去りました。あとには、消し損ねた小さな火が残りました。
風に乗って飛んできた乾き切った枯れ葉が、その火の上に落ちたのはほんの偶然でした。
今にも消えそうになっていた小さな火は、枯れ葉を得て力を取り戻しました。
風が、枯れ枝が、火を守り育てます。
その火は周囲のもの全てを呑み込みながら、誰も知らないうちに少しずつ成長していきました。
草を、木を、そして森を。
気付いた人々は消し止めようとしました。けれど燃え広がる火の方が遥かに速く、ほとんど効果はありませんでした。
森を、動物を、人を、村を。
火はとどまるところを知りません。
村を、国を、星を――そして、世界を。
世界は、火に呑み込まれました。
※ ※ ※
「やっほー、カイ。元気?」
「私はカイではなく仲介人ですよ。あなたは……聞くまでもなく元気そうですね、破壊者」
「まあねー。……カイはカイだよ、だってカイの方が呼びやすいもん。それとー、破壊者じゃなくて刹那って呼んでってば」
「あなたの正式名は破壊者でしょう、私が仲介人であるように」
「いーの、あんたはおねーさまの言うことを聞きなさい。ね?」
「……分かりましたよ、刹那」
「うん、よろしい。あ、そうそう、この前の『火』の仲介、ありがと」
「ああ、終わったんですか。お役に立てて何よりです」
「うん。あの世界は絶対火で壊してみたかったのに、あそこ『火』って概念ないんだもん。でもカイのお陰で綺麗に壊せたよ」
「それは良かった。私も仲介した甲斐がありました」
「ほんと、みんなにも見せたかったなー。……そろそろ行くね、慌ただしくてごめん」
「次の仕事ですか?」
「うん、創造主にせっつかれててさ。世界の破壊者はつらいよ。じゃあまたね、カイ」
「ええ、また」