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On the Stage  作者: kanoon
5/5

Vocal


気張って笑うだけが役目じゃない、

そんなことお前だって分かってるだろ?




電話の後数日は大丈夫かと心配になった。だが撮影も順調で、何ら変わった様子はないと聞いてほっとした。

多少なり俺の言葉で救えたなら、と思ったんだ。

俺の方は相変わらず、何の転機にもならなかったみたいで音楽一本だ。だが音楽に関しては少し影響があったみたいで、バックについて欲しいと色々な人からオファーを受けた。

そしてあのドラマのクールも終わり、俺の全国ツアー同行も落ち着いてきたときに知らせを受けた。彼との共演。

勿論演技面で抜擢されるような人じゃない俺と、ドラマや舞台で共演するわけじゃない。あの某生放送音楽番組である。

何度か番組で叩かせて貰ってはいるが、彼のバンドと被ったことはない。しかも、今回は今バックについている人たちもfeat.としてMC席に座れるらしい。

ドラマが終わったと思ったらシングルリリースで音楽番組に引っ張りだこ。そんな彼はやはり見ていて輝いていた。

だけど一つ気付いたことがあった。キャラのブレが落ち着いてきたような気がするのだ。あのときの言葉が背中を押したか、芯を見つけたようで。

俺が彼の"今まで"に関われているのなら、もう変な嫉妬はしないだろう。


リハーサルで歌声を聴く。伸びやかなロングトーン、綺麗な高音。メンバーの息のあった演奏、コーラス。

今、彼はあのバンドにいて幸せだろうか。俺が見るに、幸せに違いない。だって今までに無かった一体感がそこにはあった。仲の良さでしか生まれない絆が。

結局そこに俺の入るスペースはないし、邪魔して壊すことも出来ない。ただ彼らを見て応援して、応援されるだけ。

まるで戸塚涼夜のような。

「ガンバレ」

そう伝わらない声で呟くしか出来ないんだ。

本番、生放送で緊張した俺と緊張した風の彼が同じ画面に映る。ドラマではなくホームグラウンドのバンドとして。

シングルランキングの途中、彼らのバンドのシングルが二位だったことを告げると、ワイプに映った彼は軽く会釈して笑って手を振った。

それに比べ、俺は緊張してただ下のモニターを見るだけで。正直何カメがどこにあって、とか分からなかった。

演奏のときもそう。今までは遠くに見切れることが定番で、ズームなんてされたことがない。変な顔で必死に叩いても気付かれないわけで。

そんな中、席の入れ替えのときに彼が隣にきた。そして顔を少し寄せて囁いた。

「普段のライブのときの笑顔、素敵だよ。自信持って」

そうか、普段通りでいけばいいのか。どうせMCは俺には振られない。現に今も最近ハマってるもので彼がトークしている。俺はここに居るだけだけど、ライブでの存在感はある方だと思っているから。

俺たちが先にスタンバイする。美男子事務所のアーティストを一番手にもってきて、人気な人を最後にとっておくのがこの番組のスタイル。

「ガンバレ」

そう彼に口パクで言われた気がした。

演奏は上々。いつものライブ同様に、遠慮せずに自分の存在をアピールする。勿論演奏を邪魔するようなことではない。周りと協調しつつ、我をはっきり示す。

やっぱりこれが俺のスタイルだ。

きっと良い笑顔だったはず。帰ったら録画したのを見ようかな。

そして最後は彼らの番。彼が作詞したこの曲は、切ない気持ちの綴られた歌。青や紫のライトが彼を照らす。抜かれた画面には、アップの目の伏せられた顔。

「これが、彼」

喉元が震えて、少し艶のある唇が艶やかな声で歌を紡ぐ。大人の色気をふんだんに振り撒いてその歌は始まり、終わった。

でも、もうその姿に俺や俺の立場を重ねることは無かった。



渋谷のスクランブル交差点で見上げる。

そこには彼と彼女と俺の姿。次のクールのドラマの巨大ポスターが貼ってある。その隣には、彼が主演のそのドラマにあわせて主題歌の宣伝ポスターもある。

――『On the Stage』Coming Soon.

結局俺は彼の背中を追って、徐々に役者の仕事に手を出してしまった。それに彼ら二人も主役級をやるまでに成長した。

俺は変わってないのかもしれないけど、関係は多分良い方向に変わっている。それに彼も彼女も無理せずに活動している。

今度のドラマはコメディタッチだけど、俺ら三人の昔を思い出しながら出来るはずだ。なんたってあの頃は馬鹿やってたからな。

「おーい、置いてくぞ」

前から声が聞こえる。そちらを向くと、笑顔の彼。俺は嬉しくなって駆け寄った。

「ほら、皆待ってるから」

正直俺たちは疲れてないわけじゃない。ドラマの方は既にクランクインしているし、番宣の収録もある。

だけど今は幸せだ。だって彼と肩を並べてあるけて、尚且つ俺の右手にはスティックケース。

「本番オンステ転けたら承知しねえ」

つん、と頭をつつかれる。

「なんだと?俺が転けるわけないだろ」

つん、とつつきかえす。顔を見合わせて笑った。

「そのためのスタジオ練。行くぞ」

「おう」

前みたいに一歩二歩下がって歩くんじゃない、少し出遅れても今みたいに追い付いて隣に並ぶんだ。

「気張って笑うだけが役目じゃない」いつだか、高校のときだかに彼が言った言葉に何度も励まされた。

俺だけじゃなく彼も、上にのぼるのに必死でバタバタともがくだけだったんだ。だから彼は笑えばいいって問題じゃない、泣くのも役目だって言って俺を泣かせたんだろう。

だからこれからもそう言って泣かせてよ。自発的には笑うことしか出来ないだろうから。

その代わりに俺も言ってあげるから。もう逃げないで聞いてあげられるから。

「新曲がドラマで流れるの、楽しみだな。早く聞きたいよ俺たちの曲」

彼越しに彼を見て言う。彼も横目で自分たちの姿を見ると柔らかく微笑んだ。

「そうだな。初めてだもんな」

もう一度見ると、ポスターの俺たちは輝いてみえた。


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