Vocal
気張って笑うだけが役目じゃない、
そんなことお前だって分かってるだろ?
電話の後数日は大丈夫かと心配になった。だが撮影も順調で、何ら変わった様子はないと聞いてほっとした。
多少なり俺の言葉で救えたなら、と思ったんだ。
俺の方は相変わらず、何の転機にもならなかったみたいで音楽一本だ。だが音楽に関しては少し影響があったみたいで、バックについて欲しいと色々な人からオファーを受けた。
そしてあのドラマのクールも終わり、俺の全国ツアー同行も落ち着いてきたときに知らせを受けた。彼との共演。
勿論演技面で抜擢されるような人じゃない俺と、ドラマや舞台で共演するわけじゃない。あの某生放送音楽番組である。
何度か番組で叩かせて貰ってはいるが、彼のバンドと被ったことはない。しかも、今回は今バックについている人たちもfeat.としてMC席に座れるらしい。
ドラマが終わったと思ったらシングルリリースで音楽番組に引っ張りだこ。そんな彼はやはり見ていて輝いていた。
だけど一つ気付いたことがあった。キャラのブレが落ち着いてきたような気がするのだ。あのときの言葉が背中を押したか、芯を見つけたようで。
俺が彼の"今まで"に関われているのなら、もう変な嫉妬はしないだろう。
リハーサルで歌声を聴く。伸びやかなロングトーン、綺麗な高音。メンバーの息のあった演奏、コーラス。
今、彼はあのバンドにいて幸せだろうか。俺が見るに、幸せに違いない。だって今までに無かった一体感がそこにはあった。仲の良さでしか生まれない絆が。
結局そこに俺の入るスペースはないし、邪魔して壊すことも出来ない。ただ彼らを見て応援して、応援されるだけ。
まるで戸塚涼夜のような。
「ガンバレ」
そう伝わらない声で呟くしか出来ないんだ。
本番、生放送で緊張した俺と緊張した風の彼が同じ画面に映る。ドラマではなくホームグラウンドのバンドとして。
シングルランキングの途中、彼らのバンドのシングルが二位だったことを告げると、ワイプに映った彼は軽く会釈して笑って手を振った。
それに比べ、俺は緊張してただ下のモニターを見るだけで。正直何カメがどこにあって、とか分からなかった。
演奏のときもそう。今までは遠くに見切れることが定番で、ズームなんてされたことがない。変な顔で必死に叩いても気付かれないわけで。
そんな中、席の入れ替えのときに彼が隣にきた。そして顔を少し寄せて囁いた。
「普段のライブのときの笑顔、素敵だよ。自信持って」
そうか、普段通りでいけばいいのか。どうせMCは俺には振られない。現に今も最近ハマってるもので彼がトークしている。俺はここに居るだけだけど、ライブでの存在感はある方だと思っているから。
俺たちが先にスタンバイする。美男子事務所のアーティストを一番手にもってきて、人気な人を最後にとっておくのがこの番組のスタイル。
「ガンバレ」
そう彼に口パクで言われた気がした。
演奏は上々。いつものライブ同様に、遠慮せずに自分の存在をアピールする。勿論演奏を邪魔するようなことではない。周りと協調しつつ、我をはっきり示す。
やっぱりこれが俺のスタイルだ。
きっと良い笑顔だったはず。帰ったら録画したのを見ようかな。
そして最後は彼らの番。彼が作詞したこの曲は、切ない気持ちの綴られた歌。青や紫のライトが彼を照らす。抜かれた画面には、アップの目の伏せられた顔。
「これが、彼」
喉元が震えて、少し艶のある唇が艶やかな声で歌を紡ぐ。大人の色気をふんだんに振り撒いてその歌は始まり、終わった。
でも、もうその姿に俺や俺の立場を重ねることは無かった。
渋谷のスクランブル交差点で見上げる。
そこには彼と彼女と俺の姿。次のクールのドラマの巨大ポスターが貼ってある。その隣には、彼が主演のそのドラマにあわせて主題歌の宣伝ポスターもある。
――『On the Stage』Coming Soon.
結局俺は彼の背中を追って、徐々に役者の仕事に手を出してしまった。それに彼ら二人も主役級をやるまでに成長した。
俺は変わってないのかもしれないけど、関係は多分良い方向に変わっている。それに彼も彼女も無理せずに活動している。
今度のドラマはコメディタッチだけど、俺ら三人の昔を思い出しながら出来るはずだ。なんたってあの頃は馬鹿やってたからな。
「おーい、置いてくぞ」
前から声が聞こえる。そちらを向くと、笑顔の彼。俺は嬉しくなって駆け寄った。
「ほら、皆待ってるから」
正直俺たちは疲れてないわけじゃない。ドラマの方は既にクランクインしているし、番宣の収録もある。
だけど今は幸せだ。だって彼と肩を並べてあるけて、尚且つ俺の右手にはスティックケース。
「本番オンステ転けたら承知しねえ」
つん、と頭をつつかれる。
「なんだと?俺が転けるわけないだろ」
つん、とつつきかえす。顔を見合わせて笑った。
「そのためのスタジオ練。行くぞ」
「おう」
前みたいに一歩二歩下がって歩くんじゃない、少し出遅れても今みたいに追い付いて隣に並ぶんだ。
「気張って笑うだけが役目じゃない」いつだか、高校のときだかに彼が言った言葉に何度も励まされた。
俺だけじゃなく彼も、上にのぼるのに必死でバタバタともがくだけだったんだ。だから彼は笑えばいいって問題じゃない、泣くのも役目だって言って俺を泣かせたんだろう。
だからこれからもそう言って泣かせてよ。自発的には笑うことしか出来ないだろうから。
その代わりに俺も言ってあげるから。もう逃げないで聞いてあげられるから。
「新曲がドラマで流れるの、楽しみだな。早く聞きたいよ俺たちの曲」
彼越しに彼を見て言う。彼も横目で自分たちの姿を見ると柔らかく微笑んだ。
「そうだな。初めてだもんな」
もう一度見ると、ポスターの俺たちは輝いてみえた。