Keyboad
思い違いをしていたのかも知れない。
見間違いをしていたのかも知れない。
あの日撮影したシーンは、二週間後に放送された。
テレビを点け、チャンネルを合わせる。そわそわしながら待機すると、携帯が光った。
『もしもし』
彼だ。
『今から見るー?』
「見るよ」
『見たらびっくりするよ、上手いから』
クスクス、と電話越しに聞こえる。
『俺今日フリーだったんだけど、一緒に見ればよかったね。電話、繋いでよ?』
「女子か」
突っ込めば、変わらず笑っている。俺も笑いが零れた。
『あ、始まったよ』
途端に静かになる。向こうからも同じオープニングのメロディーが流れる。
「なんか恥ずかしいね」
その静けさが嫌で、何か言おうと思った。適当に言葉をかける。今でも話を繋げるのが苦手な彼は、笑うと答えた。
『俺は楽しみにしてるー。どんな風かな、拓真くん』
茶化すように"くん"付けで呼ばれて、何だかこそばゆく感じる。
テレビに目を向ければ、葛原と同じ大学の友達の会話。葛原が帰って、ポストに入った同窓会のお知らせを読んだところで場面転換だ。
その前に、涼夜が夏に相談を受ける場面になる。相談役として夏の傍にいる涼夜、本当は夏のことが好きなのに。
『なんか恥ずかしいわ、俺も。お前と電話繋いでるからかな』
「そうだよ、なんか見入っちゃう。会話、途切れちゃうね」
『もうすぐだよ』
涼夜がレストランから去る。夏が悩ましげな表情で窓ガラスの向こうを見るシーンが終わった。
『おっ』
「あっ」
俺らのシーンになったとき、二人同時に声を出してしまった。そして二人同時に吹き出す。
『ちょっと……真面目に、見ようぜ』
息が、と喘ぐ彼を電話越しに、俺は一息ついてテレビを見た。
同級生がわいわい騒いでいる。そんな中一人ぽつんと外れに座って、夏や葛原を見る涼夜。そこに拓真が近寄ってくる。
『なあ、涼夜』
俺でいて、俺じゃない声。むず痒く感じたし、何故か緊張した。これは新垣拓真だ、俺じゃない。
『なんだよ』
変な感じの、素人さが全面に出た俺と違った、プロを思わす彼の声や仕草。違いがはっきり見せつけられた気がした。
『何度やっても慣れないなあ』
自分自身への本気のダメ出し。彼のそんな言葉を聞いて、俺は話しかけられなくなってしまった。
『本当に……いいのか』
ハッと息をのむ。空気が乾く。その言葉の次がダブって聞こえた。
何度繰り返す、こんなこと。「終わりにしよう」そう言って4人別の方向に進んだ朝。「友達だから」そう言って泣きそうに笑った放課後。俺たちがずっと使ってきた台詞だ。
また画面に見入る。バンッとテーブルを叩く音にびっくりしつつ、先を進めた。
こんな表情してたのか、俺もお前も。
よく見れば、役に入り込んでいる俺。本来なら名前のない役だったのに、彼が簡単にでいいからと名前をつけてもらっていた役。きっと前のキャスティングでは彼を満足させられない、自惚れじゃないけどそう感じた。
『涼夜、それ違うよ。逃げてるだけじゃんか』
それはどっちに言う言葉だろう。多分、俺も彼も逃げた。最終的に無いもの求めて嫉妬して。
彼の演技を、最早演技として見れないくらいに重ねていた。いや、彼も思い出して入れ込んだのかもしれない。
どちらにせよあれはドラマでもなく役でもなくなってしまった、俺たちの間では。
『涼夜、何で泣いてるの?』
『何でもないよ』
そのシーンの俺は、少し泣きそうな顔だった。
そして俺のドラマ初出演の場面は終わった。
『どうだったよ』
「なんか……微妙だな」
演技どうこう、よりも色々考えすぎた。そんな風に見るものでもないだろうに。
『良かったと思うよ、役に入り込んでた。監督も、あの泣きそうな表情が良かったって』
「そうか?ありがとう」
また暫く会話が途切れる。その空気を壊したのは、今度は彼の方だった。
『俺、拓真の台詞聞いて思い出してたんだ。あれが別の人だったら、上手くいけなかったと思う』
「うん」
『逃げてるだけだって、分かってる』
うん、相槌も掠れる。なんだか喉が乾く。彼の真剣な口調から俺は逃げたかった。
『お前はそっちにいて正解かもよ、俺も彼女も結構ボロボロで』
耳を塞ぎたい。俺は彼みたいに聞き上手じゃないから、そんな本音聞きたくない。
『暗い湿った舞台裏で必死になって、明るい輝いた舞台で笑ってるだけなんて』
俺にとっての音楽は、そんなに辛いものじゃなかった。暗いけど心躍る舞台裏に、眩しいくらいの舞台。そこでは後ろの方でニコニコしてればいいのだから、前よりは明るさ減少だ。
『ううん、俺はまだましかな。やっぱり音楽は違うよ。舞台裏の努力もまた楽しいしね』
それに留まっていればよかったんだ。多分、数秒の空白にはその言葉が隠されている。
『だけど、それ以上にきてしまった。俺が俺であって、俺でなくなるの。お前もさっき感じたろ?』
「うん。俺であって俺じゃない」
『あんな感じ。だって俺をそのキャラで好きになった人もいるし、その前のキャラで好きになった人もいる。だけど俺はそんな性格じゃなかったらどうすればいい』
答えられなかった。その人のキャラが分からなくて、周りとぶつかって。でも本来の自分に戻せば、ファンは減っていくかもしれない恐怖があって。
『俺って誰なんだろう』
正直、もっと甘い気持ちで嫉妬して、このドラマであわよくばなんて考えていた。そんな俺が馬鹿に感じる。
もっとよく見れば、その葛藤がわかったかもしれないのに。俺の前だけが真の彼だということに気付いて、受け止められたかもしれないのに。
「お前の本当の姿を受け止められない奴は、本当のファンじゃない。そんな奴、こっちから願い下げとけ」
励ましにならない言葉しかかけられないけど、俺はお前の味方だって分かってくれるかな。
『ありがとう』
電話越し、彼の顔は見えないけど笑っているように思えた。