Guitar
眩しい世界にはいられない。
やっぱり違うんだ、背中が遠い。
二日後、待ち合わせ場所に行くと先に待っていたらしい彼を見つけた。一昨日のバンドマンの顔とは微妙に違う、俳優としての顔。
「お待たせ」
そう声をかけると、俺を見た彼はニッコリ笑って「おはよ」と言った。
「どこでやるの?」
「そこにマネージャーの車止まってるから、それで行くよ」
彼に連れられて、人の若干少なくなった場所にある車に乗った。落ち着くと、彼はサングラスを外して俺に聞いてくる。
「ねえ、どんなかんじ?」
台詞のことか。俺は「出来は分かんないけど、覚えたよ」と答える。すると満足げな顔をした。
「お前なら出来ると思ったよ」
そういうのは監督からOK貰ってからの感想じゃないか、そう思ったけど敢えて言わない。嬉しそうな彼をそのままにしたかった。
「平沢夏にも会えるよ」
本名でも芸名でもない、役名で彼は彼女のことを呼んだ。だがすぐ俺に伝わって頷く。
「変わった?」
「良くも悪くも変わらねえよ」
「そっか、楽しみだな」
着きましたよ、と彼のマネージャーに言われて外に出る。先を見ればスタッフは多いが、その中に共演者が混じって談笑している。
同窓会のシーンだから、ちょっとお洒落な居酒屋を使うらしい。
彼は慣れたように挨拶をしながら中に入っていく。俺は縮こまりつつ、遅れないように彼についていった。
「お待たせ。こちらが、」
「新垣拓真役の……」
自己紹介すると、皆が口々に「よろしく」と言ってくる。「よろしくお願いします」と答えながら、平沢夏を見た。
ポカンと口を上げて俺を見ている。その間抜けさに俺は吹き出した。
「ちょ、何その顔。久しぶりなのに」
「えっ、なんでアンタがここにいるの?ちょっと涼夜!」
彼女も彼を役名で呼ぶ。戸塚涼夜、それが彼の役だ。
「夏、俺が呼んだの。あのエキストラの子の代わりに」
「事前に知らせてくれればいいのに」
と本気で驚いたであろう彼女が、俺に近づいてきた。
「久しぶりだね。ちょくちょく噂は聞いてるよ、ドラム上手いんだってね」
「久しぶり。地味にやってるよ。そっちもテレビで見るようになったし」
「そうね、脇役ばっかりだけど」
苦笑いで言う彼女に、彼がフォローを入れる。
「でも最近キーパーソン多いよな。俺が一番良いように使われる脇役」
ケラケラと笑う姿に、釣られて俺たちも笑う。メイク中もずっと昔話に花を咲かせて、すっかりリラックスムードだった。二人とも無意識ながら緊張していた俺をほぐしてくれたんだろう。昔と変わらないやりとりをしてくれた。
それが凄く幸せだった。
「スタンバイお願いします!」
スタッフの掛け声に、人が動く。この位置で、こういう風に、と予め言われたようにする。自然体を心掛ける。
何回か撮って、全体を把握する。そして少しのダメ出し。主に俺なんだけど。
「もっと肩の力抜いて。多少棒でも、仕草が自然ならカバー出来るから」
そう彼に言われる。分かってるけど、初心者には辛いものがある。出来ない、というよりやり方が分からないんだ。
『なあ、涼夜』
一人で平沢夏や主人公、葛原修司を見つめる戸塚涼夜。新垣拓真はそんな涼夜に近寄って声をかける。
『なんだよ』
『本当に……いいのか』
『何が』
鬱陶しそうな目に変わり、拓真を睨みつける。
『夏のこと。止めなくていいのかよ』
『あいつが決めたんだ、邪魔するなんて出来るかよ』
『そうだけど、』
拓真は引き下がらない。
『葛原のこともそう。夏、言ってないんだろ』
『だから何なんだよ!』
急に大声を上げて、テーブルを叩く涼夜。周りが静かになり皆が注目しているのに気付くと、ポツリと零した。
『わりぃ』
そして拓真の方を見て言う。
『もう、俺たちに関わるな。お前の出る幕じゃない』
涼夜は立ち上がって外へ向かった。拓真はそれを追いかける。
『涼夜、それ違うよ。逃げてるだけじゃんか』
静かに言うと、涼夜は肩を跳ねさせて振り返った。
『分かってる、逃げてることくらい。だけどどうしようもないんだよ。夏の夢を応援してやりたい、だけど葛原の恋も応援してやりたい。でも行っちゃうから告白してこいなんて言えないんだ』
そこで一旦言葉を切る。涙目の涼夜は、悔しさや悲しさを込めて吐き捨てた。
『夏が葛原とくっつくのが嫌なんだよ』
『うん』
拓真は相槌を打つだけしか出来なかった。涼夜の言葉の続きを待つ。
『最低な友達だよ、俺は』
堪えきれずに泣く涼夜の隣に行き、無言で頭を撫でる。すると拓真は店から出てきた夏に気付き、そっと離れる。
『涼夜、何で泣いてるの?』
『何でもないよ』
寂しそうに笑う涼夜をチラと見た後、拓真は店の中に戻った。
「――カット!」
「良かったよ、初めてにしては上出来だよ」
プロデューサーさんに言われ、照れているところに彼にも「良かったよ」と言われる。最中はある意味無我夢中で、どんな演技をしていたかなんて覚えてないが。上手くいったのなら良かった。
俺の出番はこれで終わり、店のカットの出演者はゾロゾロと戻る。次の平沢夏と戸塚涼夜の回想シーンを見学させてもらう。
二人とも本物だった。俺とは立っている場所が違う、キラキラした役者だった。そんな同級生二人を見ていて俺がちっぽけに思えて、胸がチクッと痛んだけれど目が離せなかった。
『葛原には言わないの?』
『うん。未練残したくないし』
戸塚涼夜は知っていたんだ、平沢夏が自分のことを見ていないと。葛原修司と両想いだということ。
だからあんなに葛藤して、自分の気持ち押し込んで。
まるで、本当の彼みたいじゃないか。俺は思い出の中でも一番辛かった時期を思い出して苦しくなった。
『夏がそれがいいっていうなら、俺は何も言わないよ』
『ごめんね、涼夜』
涼夜は儚く笑った。