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On the Stage  作者: kanoon
2/5

Bass


多分、気づかないフリをしていた。




結局リハの後俺たちは互いにバンド関連で忙しく、目すら合わせられないまま本番を迎えた。

オープニングアクトは彼のバンド。巷で人気な彼らのシークレットライブは、超がつくほどの盛り上がりを見せた。熱気は有名バンドのそれで、俺は彼の人気を実感した。

「お前ら行けるかーっ!楽しんで帰れよ?」

彼の声にわあっと歓声があがる。その声の大きさは、一度だけ体験したホール級の会場を彷彿とさせるものだった。

そのあとも数バンド続き、トリを飾るのは俺たち。

ちらりと彼を見ると、親指をたててガンバレと口パクで言われる。俺はそれに手を上げて答えると、ドラムスティックをとった。

ボーカルのMCが終わって、俺が曲フリのカウントを出す。

さっき彼のライブを見てしまったから、やっぱり違うんだということを思ってしまう。勿論彼の昔の音や姿を見たわけじゃないから、今もあの音でリードしてくれるかは分からない。

だけど俺にとって彼の音は全てだったし、今でもあの音を追い求めている部分がある。

たった30分、数曲のライブを終えてお客さんを退場させる。楽しかった、の声だけで疲れた顔も笑顔になれる。どのバンドマンだって一緒だろう。

「お疲れ様です」

声を張ることを好まない彼は、やはりふわふわと喋っていた。

今からは俺たちの後片付けの時間。それぞれのゴミや荷物を纏め、綺麗かどうか点検をする。マイクのコードを縛って、スタンドを脇に寄せて。ドラムもスネアの位置を元に戻したり、椅子の高さを戻したり。

その間も彼は手際良く手伝っていた。昔はちょっとおどおどしてたのに、とんだ成長だ。

「これで、よし。では皆さんお疲れ様でした!」

主催者の一人が声掛けすると、出演者全員で挨拶する。そして一人、また一人と地上へと通じる階段を上っていった。

「お疲れ」

背後から聞き慣れた声がして振り返ると、彼が笑ってたっていた。きっとライブだけじゃないスケジュールで疲れているのだろう、でも楽しげな表情だった。

「楽しかったなあ。やっぱり小さい箱ってお客さん全員の顔見れていいよね」

「だよな。一回ホールやったけど、あれはお客さん見えないんじゃないのって感じだった」

うんうん、と頷く。

「アリーナだとね、もっと見えない。後ろも上も見えてるぞー!って言ったって、上はまだしも後ろは流石に」

お客さん大事にしたいから、本当は見たいんだけどね。1000人キャパくらいじゃ、なんとか見えそうだけど。

彼の苦笑は深くなるが、楽しそうに言葉を続けた。

そのとき、彼のポケットからバイブ音が聞こえた。

「ごめんね」

そう断りを入れてから彼は電話に出た。彼の口振りからして、仕事関係だろうか。先程の楽しそうな空気は一変して、仕事の空気に変わった。

「うん。……聞いてみるね。無理だったらごめん」

はーい。電話を切った彼はこちらを見て言った。

「明後日、暇?」

何のお誘いだろうか。流石に俺もさっきの電話に関連するのだろう、というところまでは予想できるのだが。

「暇っちゃ、暇」

そう返事をすると、嬉しそうに目が輝く。見た目は大人っぽさ溢れるが、実は子供っぽい表情をするときもあるんだよなあ、とのんびり構えた。

だが次の瞬間息を飲む。

「誕生日プレゼント、くれる気ない?」

断じて忘れてたわけじゃない。何年もあげてないからあげにくいというか。

だから俺は「勿論」と答えた。

「お前の時間、俺にちょーだい?」

妖艶な笑みは昔からだった。多分、作った笑顔だとこうなるんだろう。やらしい意味はない。だからこそ、俺は心の中で溜め息をついた。

何をするのか、分からなかったから。


帰り際、「ちょっと待って」と言われてコンビニに寄る彼についていく。

スタスタとコピー機に向かうと、鞄から冊子を取り出してパラパラと捲りはじめた。あるページでとまると、そこをコピーする。

「何やってんの?」

「待ってー」

適当な感じではぐらかされ、俺は大人しく待つことにした。彼は何ページも印刷していく。

そろそろやりすぎじゃ、と思った頃に冊子を取り出して閉じ、コピーした用紙をまとめた。

はい、と渡される。そのときに彼は自分の冊子の表紙を見せた。

「台本……?」

「うん、悪いんだけど明後日までに覚えてきて欲しいんだ。そんな長くないから」

歩きながら話すよ、と言われて俺たちはコンビニを後にする。

「エキストラの子がね、別のオーディションで引っこ抜かれちゃって。枠が空いちゃったの。だけどエキストラといっても台詞は少しあるし、俺との掛け合いだから知り合いで居ればその人でって」

「それで、俺?」

そういうのってありなのだろうか。イマイチ芸能界を知らない俺は分からないが、彼がやってくれというのなら。

「うん、時間があればまたオーディションするんだけど。なんせ撮影明後日だしさ、スタッフも慌てちゃって」

何もこっち蹴ることないじゃんね、決まってから長いのに。

口を尖らせてボソッと呟く彼に、俺は決心して言った。

「いいよ、お前が必要としてくれるなら俺はやる」

どんどん上にいく彼に昔みたいに必要とされたかった、という気持ちが強かった。演技なんてふざけてアテレコしたくらいで、全くの初心者初挑戦。出来るかは分からなかった。

「フォローするし、緊張しなきゃ大丈夫。カット少ないし。あ、役名は新垣拓真だから」

コピーされた台本を見る。見ても中々台詞が出てこない。雰囲気や内容を知るために、前後も印刷してくれたのだろう。

「あ、あった」

主に彼と俺の掛け合い。同窓会か、その場には主人公や親友演じるキーパーソンも居る。本当にエキストラの代替である俺でいいのか。読んでいくと、この会話が後々に繋がるらしい。

「いいのか、こんな役を俺に……」

「お前じゃなきゃ出来ない」

彼にきっぱり言われて、俺は断れなかった。断る必要もなかったし、もしかしたらなんて考えもなかったわけじゃない。

「分かった」

また明後日、で俺たちは別れた。


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