Drum
知らなかった、そんな風に見えていたなんて。
いや、
知りたくなかった。
薄暗い部屋の中。煙草の匂いが染み付いたライブハウスに、二人だけで居た。
ステージの縁に腰掛けて、すぐ隣で体温も分かるのに距離があって。
俺たちはただ無言でいた。昔はこの無言も気まずいものじゃなく、嫌いじゃなかったのに。
「久しぶり、だな」
いたたまれなくなって、俺はそう漏らした。
「うん、久しぶり」
場に合わない、変わらないふわふわとした声が返事をする。隣は見れないが、悪い空気は和らいだように思う。
「元気にしてた?……よな」
「うん、そっちは?」
「元気だよ」
元気にしてたかなんて、多分互いに分かってる。
だって高さは違えど同じ土俵の上。風の噂か物好きの噂か、今どうしてるなんてことすぐ情報として手に入るんだから。
テレビを点ければ、彼の姿を見ることだってしばしば。最近は特に多い。
それに比べ、俺はテレビに出るなんてほとんどない。だが色々なバンドのバックで叩いていると、多少なり有名バンドマンともお近づきになれるというもので。
「今何やってんの?」
「レコーディング。あとはドラマの撮影かな」
あの子、キーパーソン勝ち取ったんだよ。俺は只のその同級生。
懐かしむような目でそう告げた彼に、俺は少し微笑んだ。
「そっか、昔から頑張ってたもんな」
あの子――俺たちの中学の同級生は、「女優になるんだ」と言って何度かオーディションを受けていた。
当時は勿論志半ばで挫けてしまうんじゃないかと心配したし、やめようかなと相談されたこともあった。
今でもまだ主役級はとれないみたいだが、徐々に人気は増えてきている。彼女のサバサバした雰囲気、それと色気が魅力なのだろう。
彼は本業はミュージシャンのため、大きな役柄が回ってくることも望むこともない。けれどその容貌や声、ミステリアスな性格も影響してか、俳優としての座を少しずつ作り出していた。
「お前、変わったな」
俺は右手に持った缶のチューハイを流し込んで言った。それに彼はこちらを見て固まる。
だがすぐに同じようにチューハイを飲んで苦笑した。
「お前もな。背はチビちゃんのままだけどさ」
昔のように頭を撫でられる。そんなとこは変わってないんだ。実は癖も抜けていない。
「一人ででっかくなりやがって」
背の話のつもりだった。だけど俺は少し酔ってきていたのか。彼は目を逸らすと「ごめん」と呟いた。
「謝んなって。この対バンだって楽しくやりたいし、な?」
「だな」
昔何度か同じバンドで活動していた。そのとき彼は今のようにボーカルではなくてベースだった。
最後に一緒に活動したバンドも一年ちょっとで解散。彼の脱退ライブなんて今以上に気まずいまま行った。その後メンバーはバラバラになって、一人は細々と歌い続け、一人は皆の前から姿を消し、一人は芸能界で輝ける人になり、一人は音楽業界から抜け出せないままでいた。
あの頃のように喧嘩別れ、音楽性の違いで解散、なんてありきたりな終わり方が嫌でバックミュージシャンになった。小さい頃からやっていたこともあってか、レコーディングはおろか、極々たまに某生放送音楽番組に見切れることも出来た。
その頃には既に、彼はカメラの中心で笑って歌っていたというのに。
「そういや、アイツに会ったんだって?どんなんだった?」
俺と同じように、だが俺と違って専門的な方向に進んだ元メンバーとこの前対バンをした。その話だろう。
「元気にしてたよ。相変わらずだったし。お前のことも話してた」
一番酷く喧嘩したのはこの二人だ。こないだ聞いた妬みの言葉を、彼も想像出来たのだろう。苦虫を噛み潰したような顔で、でも聞いてきた。
「なんだって?」
『なんで売れてんの。信じられない。私はバンド解散してもずっと活動してたのに。ライブ経験だってもっとあったし、積極的なのは私の方。あの日から活動してない彼が上にいて、私はまだライブハウスでやってるなんて悔しい。CD出したのだって私の方が早いのに。専門学校だって行ったし、そもそもベーシストだったのに何でボーカルになってんの』
長々と愚痴られた内容を掻い摘んで伝える。案の定どんどん苦笑いになっていく表情に、俺は申し訳なくなった。
アイツが愚痴ったときに、俺は思わず彼を庇うような発言をした。何年も会わなかったとはいえ、バンドをやった仲には変わりなかった。
『確か、音楽配信は皆が思ってるのが最初じゃないよ。それに、あいつは……』
ベーシストをやめたことは俺も知らなかった。ベース好きなんだって、誰よりも伝わってきた。でも前々から零していたじゃないか、「俺、弾けなくなるかも」って。
やっぱり弾けなくなったんだ、とテレビを見て思った。新しいバンドではセンターにいた。見慣れた場所にはいなかった。それは俺にとって悲しい事実でしかなかったけれど。
「ごめんな、そんな愚痴聞かせて。どうにもならないんだけどさ」
「そりゃそうだろ。でもお前が悪いわけじゃないし」
彼は俺の言葉を聞くと笑った。笑い方も変わらなくて安心した。
「ありがとう、変わんないよね、そういうとこ」
「どんなとこ?」
「俺には優しいとこ」
お前は誰にでも優しいもんな、今だって共演の人老若男女関わらず優しくしてるんだろ?その言葉は無理矢理飲み込んだ。折角戻りつつある空気を悪くしてどうするんだって。
「俺優しいもん」
代わりにおちゃらけてみせる。昔の俺のまま。
「うん、優しいと思う」
そんな真面目っぽい返しも、昔の彼のままだ。
俺たちは、あと数十分お互いの近況を語った。