7.瞑目
アントワネットは暗闇の中、目を覚ました。
「ここ。どこ?」
そこは窓もなく、それどころか何も荷物が置かれていない部屋だった。
そこは彼女が生を受けて初めて見た場所に、近い雰囲気だったが、それにしては何か様子がおかしかった。
「目が覚めたみたいだな」
ドアから、誰かが入って来た。部屋の中は暗く、声から男性だろうとしか想像つかない。アントワネットは人影に向かって尋ねた。
「あなたは、だれ?」
アントワネットの問い掛けに、人影は答えた。
「誘拐犯さ」
アントワネットは男性の言葉を繰り返した。
「ユウカイハン、さん?変な名前」
男性は苦笑しながら、アントワネットに近付いた。男性の顔に外の光が差し、彼女は男性の顔を確認出来た。無精髭が目立つ、やややつれた表情の男性。三十代半ばだろうか。彼女は今までこんな人を見た事がなかった。
アントワネットは何かを思いついたかのように、勢いよく立ち上がった。そして男性を見て言った。
「今、何時?帰らなきゃ」
そう言い彼女は出ようとしたが、男性に静かに止められた。
「無駄だよ。ドアには鍵を掛けてあるから」
アントワネットは男性の言葉を無視してドアに近寄ったが、男性の言う通り開かなかった。しばらくドア相手に格闘していたが、諦めたのか彼女は男性をじっと見つめた。
「どうして私を誘拐したの?」
「君に興味があるからだよ」
男性はそう答え、新聞の切り抜きを幾つか見せた。
そこには『路地裏で男性の遺体』やら『少年が行方不明』、そして『少女が変死体で発見』などと書かれていた。男性はそのうちの一つをアントワネットに見せ、断言した。
「これらは、君の仕業だろう」
マリーは部屋にアントワネットがいない事に気付いた。だが、彼女はアントワネットが外に出る所を目撃していない。
「嫌な予感がするわね」
マリーが玄関を見ると、アントワネットの靴は無くなっていた。最近外に出ないように言っていたのに、一体どこへ行ったのやら。マリーは思い通りに動かないアントワネットに腹を立てながらも心配し始めた。
「外へ出たのは間違いないとして、どこへ…」
マリーは家中を念のため一通り見て周ったが、やはりいなかった。マリーの後ろで廣志が心配そうな泣き声を上げていた。マリーは安心させるように廣志の頭を撫でながら独り言を言った。
「一体、あの子はどこに行ったのかしら」
マリーはしばし考え、外出した。彼女が向かった先は、どこにでもある普通のビルだった。そしてマリーは目的のビルに辿り着くと、辺りを見回して中に入った。
アントワネットを誘拐した男性は、彼女に再び問い掛けた。
「全て、君が関わっているんだろ?」
アントワネットは何も答えなかった。それでも、男性は辛抱強かった。次々と切り抜きや写真、ビデオを見せて問い続けた。
見せ続けて三十分程経った時だった。アントワネットがふいに顔を上げ、男性に話しかけた。
「私は、分からないわ。それよりも…」
「それより、何だね?」
アントワネットはどうして自分に興味を持つのかが分からなかったので、尋ねた。
「どうして私に興味を持つの?私は普通の女の子よ」
「普通、ねぇ〜。人体構造上有り得ざる動きをしているのにかい?」
男性は笑いながら答えたが、目は笑っていなかった。アントワネットは精一杯に威厳を保ち、余裕の笑みを浮かべて返した。
「証明できるの?」
「それは簡単にできる。例えば、君の瞳は光に反応して縮瞳していない」
「な、に。それは?」
アントワネットは急に言われて戸惑いを隠せなかった。男性はそんなアントワネットに容赦なく言い続ける。
「一般にいう『死の三判定』の一つだよ。瞳孔拡大、心停止、脈拍停止。これらを確認し、人間は死を判定する。まぁ、心拍動の確認はここでは出来ないけど…」
男性は途中で止め、アントワネットの腕を掴んだ。そして手首に手を当て、ニヤリと笑う。
「脈拍も、ない。先程、君が寝ている時に調べたが、君は呼吸もしていなかった。これで心拍動が停止していりゃ、君は普通の人間なら死んでいる状態なんだよ」
畳み返され、アントワネットは小声で言い返した。彼女には男性の意見を違う術を持っていなかった。
「私は、生きている、わよ?」
「だから、おかしいのさ」
男性は言うなり、出て行った。アントワネットは彼が出るのを見届け、部屋にある窓を開けようとした。だが窓には外から板で張り付けしてあるのか、開かなかった。
アントワネットが部屋の中で悪戦苦闘している頃、マリーはビルの中にいた。マリーは町の地図を広げて、アントワネットの行方を推測し始めた。
「この辺りにいると思うんだけど」
マリーが推測した場所は、あくまで独りで歩いて行ける範囲であった。アントワネットはバスも電車も、知らない。移動手段は歩きしかない。歩いていける範囲にいるはずだ。彼女はそう思っていた。
「近い場所から当たって行くしかないわね」
地図を片手に持って、ビルから出たマリーだったが、いくら探しても見当たらない。
「流石に、疲れたわね」
困り果て道に立ち尽くしたマリーの前を、飼っている動物達が通り過ぎていった。
「もしかして…」
マリーはわらにもすがる思いで、それに付いて行く事にした。
動物達はゾロゾロと同じ方向へと向かって行く。あまり動かないためか、彼等の動きはゆったりとしている。昼間なのに通りに人影はなく、ぬいぐるみのみが歩く景色は、まるで夢の世界のようだ。
部屋に閉じ込められたアントワネットは、手や足を使いドアや窓に向かったがビクともしない。それでも一心不乱に開けようとするアントワネットに向かって男性の声が響いてきた。
『そんな事をしても、無駄だよ』
壁の中に仕込まれているスピーカーからの声が部屋中に響き渡る。
「ここから、出して」
アントワネットは声がした壁を向いて言った。その声は怖がる少女の声ではなかった。凛として貴賓のある、女性の声だった。
『君が話してくれたら、出してあげてもいいよ』
再び男性の声がスピーカーを通して、部屋に響き渡った。
『先程見せた事件は、全て君が関わっているんだろう?一体、君は何者なんだ?』
アントワネットは首を振り「分からないわ」、と言ったきり何も言わなかった。
しばらくしてドアが開いた。そして男性が中に入って来る。男性は入るなり、アントワネットに捲し立てた。
「そんなわけ、ないだろう!君は人間なら死んでいる状態だ!それなのに、こうして動き回っている!」
叫びながら、男性はアントワネットを引っ張って部屋を出た。着いた先はコンクリートがむき出しの部屋だった。中にはドラム缶が置いてある。
男性は無言で火を付けた。そしてアントワネットを見て、冷ややかに言った。
「君が本当の事を言わないと、君を燃やすよ」
だが、アントワネットは何も言わなかった。男性はそんなアントワネットに切れたのか、アントワネットを火の中に突き飛ばした。
アントワネットは男性に突き飛ばされ、火の中に身を投げた。彼女は慌てて火から遠ざかったが、彼女の腕には火が付いていた。辺りには人間の焼ける臭いではなく、土の焼ける臭いがする。
その時だった。
『バタン』
ドアが開き、たくさんのぬいぐるみが飛び込んで来た。ぬいぐるみの一部が男性に襲いかかったため、男性はぬいぐるみに追われながら、ドアから外に出ていった。
そして残りのぬいぐるみ達がアントワネットに向かって走り寄った。そして自らの体を使い、火を消そうと辺りに彼女の周りに散った。
ぬいぐるみ達は懸命にアントワネットに纏わりつく火を消そうとしたが、火は消えるどころか勢いが増すばかりだ。それでも彼等は諦めずにアントワネットにへばり付く。
「もう、止めて。お願いだから」
アントワネットはぬいぐるみ達に懇願したが、彼等は止めようともしない。ぬいぐるみ達は一匹、また一匹と灰へと化していった。
『バタン』
ドアが開き、男性が入ってきた。手にはズタズタに切り裂かれたぬいぐるみを持っていた。
「ぬいぐるみが動くなんて…」
「ひろ…し?」
男性が持っている耳は千切れ腹が裂かれたぬいぐるみは、あの廣志だった。廣志は無残にも中の綿がはみ出て、ピクリとも動こうとしない。
「君も、なのかな?」
男性は笑い、火も恐れずにアントワネットに近いてくる。
『プシュ!』
物音に紛れるぐらいの軽い小さな音がしたかとおもうと、男性がうつ伏せに倒れていった。
入ってきたのは、サイレンサー付きの拳銃を持ったマリーだった。そばには複数の人々が立っている。マリーは愉快な声でアントワネットに話しかけた。
「これで、終わりね」
アントワネットは目の前のマリーが信じられなかった。
「マリー、お願い、助けて」
だがアントワネットの悲痛の叫びも、マリーには届かなかった。マリーは微かに微笑んで、言い捨てた。
「さようなら、アントワネット。楽しかったわ」
マリーはそう言うと、彼女と行動を共にしていた人々を引き連れて部屋から出て行った。
ビルから出たマリーは、ビルに着く前にいた建物に戻った。そしてスモークガラスで出来た部屋に入る。
部屋の中には広いテーブルがあった。中には何人もの人々が座っている。その中の一人がマリーに話しかけた。
「上手くいったのかね?」
「ええ、当たり前でしょう。私はあなたの出来損ないの部下じゃあないのよ」
マリーはそう言い、部屋の隅に立つ男性を睨み付けた。彼は最初にアントワネットに話しかけた男性だった。それを見た人々はマリーを無視して話し始める。
「やはり、元の人格が出てくるんでしょうか?」
「完全に、ではないですよ。あくまで多少、でしょう」
無視されたマリーは、当たり前のように空いている椅子に座って話した。
「一つ言える事があります。彼女が命を与えられた時、何も覚えていなかった。古いものを使うと、記憶や知識がなくなってしまうという事ではないでしょうか」
「だが新しいのは簡単には手に入らないぞ。何か方法がないか?」
マリーは待っていましたとばかりに、ニヤリと軽く笑った。そして「それでしたら私に考えがあります」、と言い話し始めた。
「次は私にお任せを。毎度毎度、失態の尻拭いだけじゃあ腕の振るいようもないわ」
人々は見合わせて頷きあった。そして一人がマリーに向かって言った。
「分かった。やってみろ」
スクリーンには灰になったアントワネットのみが映っていた。しばらくして、その画像は消え、新しい画像が映し出された。
「ここは、どこ?」
そこには、一人の少年が座っていた。
そんな彼に一人の女性が話しかける。
「私は、あなたに命を吹き込んだのよ」
少年は思った。どうして?
「さぁ、話してごらんなさい。あなたは話せるし、考える事も出来るわよ」
少年は口を開けた。今まで開かなかった口が開いた。そして苦労しながらも、話し始めた。
「どうして?僕は何者なの?」
声は彼の質問に答えなかった。そして、一方的に語りかけた。
「それはあなたが自分の力で見つければいい。これから何をするか、自分の名前、全て自分で決めなさい。一つだけ、忠告しといてあげるわ。過度な好奇心は身を滅ぼす事になる。前のあなたと同じ道を辿らないよう、祈っているわね」
そして声の主は消えた。少年は苦労して立ち上がり、外の世界に出る事にした。




